【玉座と対峙】
【玉座と対峙】
漆黒の謁見の間。
重く静寂が支配する空間の中、調査隊の隊長は玉座を見上げたまま、動けずにいた。
その視線の先――
王のような気高さと、獣のような殺気を同時に纏った“存在”が、玉座に座していた。
一言で形容するなら、“異質”。
気を抜けば、そのまま意識ごと呑まれそうな圧に、兵たちは自然と膝を折っていた。
(……これが、ただの“未確認の拠点”だと? ふざけるな……!)
隊長は喉を鳴らし、気合で一歩を踏み出す。
「……おそれながら、我々は王都より派遣された正規調査隊。 突然の構造物出現により、国家として調査の必要があると判断した次第です。 不躾を承知で参上しましたが――このような形式で対話の場を設けていただいたこと、深く感謝いたします」
その言葉に、場の空気がほんのわずかだけ緩んだ。
玉座の主――せつなは、静かに肘を置き、低く、圧のこもった声で返す。
「……なるほど。国家の判断か。ならば問うが――“国家”とは、いったい誰の意思だ?」
「……は?」
「この場所に構造物が現れた。それを“脅威”と決めつけ、軍を差し向けた。 では、その判断の根拠は? 貴様らがここに立っている、それだけの“資格”はあるのか?」
隊長が一瞬、返答に詰まる。
だがその間隙を埋めたのは――
「……ねぇ、じゃあ教えてもらえる?」
じゅぴが甘く微笑みながら、音もなく玉座から数歩前へ出る。
「こっちに“敵意”も“領土拡大の意志”も“暴走”も一切ないのに、どうして“調査対象”にされてるんすかねぇ?」
「たとえ城が突如出現したとしても……何の宣言もせずに、使者ではなく、兵を送り込むっすか? ……それ、“宣戦布告”って言うんじゃないっすか?」
くすりと笑うじゅぴの視線が、まっすぐ隊長を貫く。
そしてもう一つの影――
せつなの右手に控えるリィナが、ゆっくりと一歩前に出た。
「せつなの城を、“調べるだけ”で済むと思ってるなら……そっちのほうが異常だよ」
その声音は柔らかいが、内包する殺意は鋭利だった。
「ぼくたちは、“なにもしてない”のに。 勝手に来て、勝手に見て、勝手に調べて……気に入らなかったら、攻めるの?」
「そういう国なら、“話し合い”なんて要らないよねぇ」
一瞬、場の空気が張り詰める。
調査隊の数人が無意識に武器に手をかけかけ――
「やめろ、下がれ!」
隊長が鋭く命じる。
「……謝罪します。“監視下での調査”に値するかどうかの判断が、我々にはつかず……迂闊な対応でした」
その言葉に、玉座の主がようやく、静かに頷いた。
「……いいだろう。貴様らの態度、“及第点”とする」
一瞬、隊長が息を吐く。
せつなの声が続いた。
「報告に“虚偽”を混ぜるな。事実だけを持ち帰れ。――そして、“ここにあるもの”の意味を、正しく伝えろ」
「……はっ」
「貴様らにとって、ここは“異物”かもしれん。だが俺にとっては、“始まり”だ」
紅い光を帯びた視線が、全員を見渡す。
「――この世界の本質がどうあれ。ここは、俺の城。誰にも、渡すつもりはない」
その言葉に――誰一人、反論する者はいなかった。
静寂が戻る。
……
やがて、せつなが静かに立ち上がる。
その声は、決して大きくない。だが、すべてを支配する“王”の声だった。
「……帰れ。今日は“許す”。
――ただし、道中で“我の城から宝を持ち帰ろう”などとほざいた愚か者どもは……返す気はない」
その瞬間、隊列の後方で、ひとりの若い兵士がビクリと肩を揺らした。
「ち、違うんです! あれは、冗談で……! 本気で何かを盗もうなんて……っ!」
必死な弁解と共に前へと出る男。
だが、その足音は玉座に届く前に、すべてを凍りつかせた。
「……貴様、王の声を“言い訳”で遮るのか?」
その言葉と同時に、空気が変わった。
ギィィ……と空間が軋むような音。
それは、圧力の形をとった“怒気”だった。
兵士は、何かに喉を掴まれたように言葉を詰まらせ――膝をつく。
「リィナ」
「……了解」
せつなの命令に、一切の間を置かずに答えた影が、すでに動いていた。
音もなく近づき、男の背後から――刃閃。
一瞬。
血すら、まだ空中に留まっているうちに――兵士の命は、途絶えていた。
「……“愚者”に与える慈悲はない。それだけのことだよ?」
リィナは振り返ることなく、せつなの傍に戻る。
その動きに、恐怖すらも凍りついていた。
隊長は顔を伏せ、拳を握りしめながら、声を絞る。
「……深く、深く、お詫び申し上げます……」
せつなは、無言でそれを見下ろし――そして、言った。
「……残りの者は、帰っていい。
“許す”とは、そういう意味だ」
誰も口を開かない。
いや、開けなかった。
調査隊は――まるで処刑場から解放された囚人のように、謁見の間を後にしていった。
“王の城”という意味を、その足で、骨の髄まで理解しながら――
“交渉”とは名ばかりの、
“王による裁定”が下されました。
この空間において、真の意味で“言葉が通る”というのは、
それだけで“資格”の証明でもあります。
今回、王国の調査隊は、“生還”しました。
だが、彼らが見たのは――決してただの城ではなかった。
「ここは、俺の城。誰にも、渡すつもりはない」
その言葉の重みが、彼らの足跡に刻まれています。




