【黒き門の開示】
調査隊の先頭に立つ副官が、馬上から腕を振り上げる。
「……接近、停止。全隊、展開!」
掛け声とともに、城門前にずらりと整列する調査隊の兵たち。 全員が無言のまま、漆黒の巨城を見上げていた。
その門は、まるで意思を持つかのように静まり返り、
ただ重圧と異質さだけを放ち続けている。
――ごくり、と誰かが唾を飲んだ音が響く。
「……何だ、この空気……誰もいないのか?」
「静かすぎる……まるで、“監視されてる”みたいだ……」
副官が小さく首を横に振ると、隊長が前へ進み出た。
「こちら王都所属・南方調査隊。突然の出現につき、交渉および調査のため来訪した。 応答願いたい……!」
その声が、虚空に吸い込まれる。
誰もいない。 返答もない。
だが、その沈黙こそが――異常だった。
そのとき。
――ズゥウウン……ッ!!
大地が、低く震えた。
兵たちが反射的に剣を抜きかける。
そして。
黒き城門が、ゆっくりと……音を立てて、開き始めた。
ギィィィ……ィイイ……
軋むような、けれどまるで演奏されたかのような重厚な響きが、調査隊の耳に染み渡る。
その先に、誰かの姿が見えるわけではない。 ただ、開いた門の向こうに続く“玉座への道”が、静かに現れる。
「門が……!?」
「誰か、出てくるのか……?」
その瞬間――
空中に、突如として音が響いた。
低く、圧のある声。
すべての兵士がその場に凍りつくような、絶対的な響きだった。
『貴様らが、“我が領域”を無断で侵犯した理由……それを問おうか』
声は、どこからともなく降り注ぐ。
頭上か、胸の奥か……聞こえる場所がわからないほどに、深い。
『返答次第では――応えてやってもいい』
一瞬の静寂。
隊長が額に汗を浮かべながら、言葉を紡ぐ。
「こ、こちらは王都よりの正規調査隊! 貴殿の存在を“領内における未確認勢力”と判断し、交渉および確認のために派遣された!」
『ほう……貴様らの“正規”とは、随分と“無礼”を許す制度らしいな』
隊長の顔が引きつる。
兵士たちは……誰一人として、軽口すら挟めない。
それほどまでに、その声には威圧と――“本物の格”があった。
『いいだろう、ならば――入れ。
貴様らが語る言葉に、“価値”があるかどうか……我が決める』
――ゴウン……
門が、さらに大きく開かれる。
中に、無数の重厚な魔導灯が灯り、黒い石畳が奥へと続いている。
その道を、“試される者”のように歩くか――
あるいは、“踏み込めば消される”のか。
調査隊は、沈黙のまま――城の中へと、歩を進める。
黒き門をくぐった調査隊を迎えたのは―― あまりにも静かで、そして“異質”な空間だった。
延々と続く、漆黒の回廊。
壁、床、天井……すべてが漆黒の魔導石で構成され、 ところどころに走る金の装飾が、蝋燭の炎に照らされて仄かに輝いている。
石床には幾何学的な魔法紋様が刻まれ、踏みしめるたび、微細な魔力の脈動が足元を駆け抜けた。
(……なんだ、この城……構造も材質も、すべて“未知”だ……)
副官が硬い顔のまま、周囲を見回す。 だが、それ以上に部下たちは落ち着かない様子だった。
「お、おい……あの旗、見たか?」 「……通路の両側に吊るしてあるやつ? 何枚も……」 「ありゃ王都でもそうそうお目にかかれねぇ高級品だぞ……帰り際に、こっそり一枚くらい……」
その瞬間、背後から激しい怒声が飛んだ。
「……誰が許可した!!」
中隊長が剣の柄に手をかけながら、鋭く睨みつける。
「この場を“戦場”とでも勘違いしているのか! 目に見えるものすべてが、“敵の監視下”だと知れッ!」
「ひ、ひぃっ……! す、すみませんっ……!」
頭を下げる兵士たち。 だが、その緊張は、次の瞬間――“ある存在”を前に、さらに跳ね上がる。
謁見の間の扉、そこに立つのは――
黒基調の美しいメイド服を身に纏い、静かに佇む、二人の少女。
「……な、なんだよあれ……めっちゃ可愛くないか……?」 「へへっ、お嬢ちゃん、名前は――」
「…………」
まるで聞こえていないかのように、メイドたちは無表情のまま、礼儀正しく一礼した。
その所作には一切の隙がない。 ただの案内役――そう見えた者は、何かを“見誤った”だろう。
「こちらへ。謁見の間に、御案内いたします」
誘導に従い、重厚な黒鉄の扉がゆっくりと開く。
その先に広がるのは――
黒の玉座の間。
床も壁も天井も、すべてが“闇”のような深淵の黒で統一され、 金色の線が魔力の流れを描くように広がっていた。
天井の奥行きは視認できない。 黒に黒が溶け込み、どこまでが空間か、どこからが“闇”なのか……その境界が曖昧だった。
左右には、漆黒のフルプレートに身を包んだ兵士たちが静かに控え、 ただの“飾り”ではないと、誰の目にも明らかだった。
そして――
玉座の最奥。
黒曜の大玉座に、堂々と腰掛ける“支配者”がいた。
隙間から紅い光を灯すその視線は、確かに“見下ろして”いる。
その傍らには、軽やかに魔導卓を操る少女――じゅぴ。
そして、黒いメイド服に身を包み、玉座の右に控える影――リィナ=シュヴァルツ。
彼女たちの存在そのものが、“格”だった。
「……ここが、“謁見の間”……」
「……っ、動くな。無礼は……絶対にするな……!」
誰かがそう言ったとき――
空間に、再び“あの声”が響いた。
『ようこそ、“我が玉座”へ。……さて、続きといこうか』
その声に、兵たちは反射的に跪いた。
もはやこれは“交渉”ではない。
これは、“選別”。
この場に立つ者が、“存在を許されるのかどうか”――
その判定の場に、踏み込んでしまったのだ。
ついに王国の調査隊が、“玉座”の間へと足を踏み入れました。
だが――彼らが見たのは、ただの交渉の場ではありません。
そこは、“支配者が立つ場所”。
そして彼らは、今まさに“選ばれるか否か”の試練に立たされているのです。
この場に許されるのは、言葉ではなく“格”。
果たして、彼らの言葉に“価値”はあるのか




