【リィナ=シュヴァルツ】
【リィナ=シュヴァルツ】
男の手足は、既に魔力拘束具によって床に縫い止められていた。
身体が浮かぶことも、指を動かすことすらもままならない。
その目の前に、コツン、コツン……と軽やかな足音が近づく。
現れたのは――小柄な影。
黒いフリルのついたメイド服に、無表情の少女。
「……こんにちは。ぼく、リィナ。よろしくね?」
男の顔色がさらに悪くなる。
彼女から発される気配が、“人間”の範疇を逸していた。
「せつながね、教えてって言ってるの。だから、ぜんぶ、喋って?」
「だ、誰がお前らなんかに……っ!」
「……うん。やっぱり、そう言うと思った」
リィナは膝をつくと、男の頬にそっと指を這わせた。
それは丁寧で、優しげで、まるで恋人に触れる仕草のようだった。
「ねぇ……知ってる? 舌って、噛み切っても、意外と死なないんだよ?」
男の肩がビクリと揺れる。
「ほら、あなた……いま、考えたでしょ? “どうせ口を割るなら”って。
でもね――もうちょっと我慢してからにした方がいいと思うよ?」
リィナの瞳が、紅く淡く光る。
その瞬間、男の身体から“冷や汗”とは別の、“魔力の拒絶反応”が迸った。
「……ッ! ま、まさか……!」
「……ねぇ、舌、噛もうとしてるでしょ?」
リィナがそっと男の口元へ指を差し伸べる。
だが、次の瞬間――彼の顎が、動いた。
(噛み切る……! )
ガクン!
その瞬間、男の口に小さな衝撃が走る。
リィナの指が、ほんの指先だけで“顎の付け根”を突いた。
骨の動き、筋肉の軸――その全てを見切っていた。
「うん、ダーメ。
“自害”なんて、ぼくの前じゃ通じないんだよ?」
男の口元から、よだれと血が滲む。
舌は、ほんの数ミリで噛み切れず、顎が脱力した状態で固定されていた。
「喉の奥に封魔印、貼っといたから。しゃべることはできるけど、それ以上は何もできないよ? よかったね、“楽”になれないで」
リィナは小さく微笑む。
その口調は、どこまでも甘く、とろけるように優しかった。
「じゃあ、教えて。“反応”ってなに? なにを選別してたの?
……ねぇ、全部、せつなに報告したいの。ぼく、“褒めて”もらいたいの」
男の表情が、ついに崩れ始めた。
口元は震え、目には明確な恐怖が宿っていた。
彼の口から、少しずつ、情報が零れ始める――
セリナによって転送された“指示者”を迎えたのは、ネザリアの影――リィナ=シュヴァルツ。
甘く優しい声で言葉をかけながら、逃げ道も自害の余地も封じ、じわりじわりと情報を引き出していくその様は、まさに“影のメイド”にふさわしい姿でした。




