【閉ざされた檻で/中断された愉悦】
【閉ざされた檻で】
薄暗い石室の空気は、湿り気と金属の臭いを帯びていた。
壁の隙間から漏れる灯りもなく、目を開いていても、ほとんど闇しか見えない。
セリナは、その中で小さく丸くなって、壁に背を預けていた。
両手は背中で縛られ、足首には簡素な鉄鎖がかけられている。
「……っ、こわい……っ」
かすれる声。震える吐息。
ただの怯えた少女にしか見えない、完璧な演技。
だがその内側――仮面の奥では、まったく別の“熱”が脈打っていた。
(……ふふっ。いいわ、ほんとに。これ以上ないくらい状況が整ってる)
セリナの意識は、縛られた身体とは別に、鋭く世界に向かって開かれていた。
感覚スキル《気配感知》《空間把握》《音律追跡》《魔力読解》。
すべてを、限界まで研ぎ澄ませて展開する。
(右隣の壁の裏、空間が広がってる。二人分の魔力反応。立ち位置と動きから……見張りか)
(天井の空気、ほんの僅かに“暖かい”……抜け道じゃない、煙突。厨房が上にある)
(この石室全体が魔力障壁で包まれてるけど、構成が甘い。魔導士じゃなく、道具式ね)
目を閉じながら、まるで音楽を聞くように空間を“読んで”いく。
小さな音、湿気の流れ、床をかすめた微風。
すべてが、情報だった。
(向かいの部屋、男の囚人が独り。……声が小さい。呼吸が浅い。眠らされてる……?)
(下の階……鈍く振動してる。あれは……“魔力炉”? 拠点にしては規模が大きい)
そんな中、石壁の向こうから声が届く。
「……今夜“選別”する分は終わった。明日は“反応持ち”を順に運ぶ。女を優先しろ」
「管理番号17番と23番、それから仮登録のガキ……セリナって名だったか。あれも候補だ」
セリナの口元が、ほんの僅かに吊り上がる。
(あら……もう見つかっちゃった。ふふ、“反応持ち”って分類、されちゃったのね)
(でも残念。あたし、ただの仮登録の新人ですよ? ……ねぇ、早く誘導してくれないかしら)
拘束されたまま、情報の網を張り巡らせながら。
その胸の奥では、“観察者”としての興奮が高鳴っていた。
(このアジト、絶対にただの誘拐施設じゃない。
魔力炉に反応選別……裏には、もっと大きな“意志”がある)
(なら、全部引っ張り出して……せつな様に届けなきゃ)
怯えた仮面の下で、セリナは静かに息を吐いた。
「……だいじょうぶ、きっと……誰か、助けに来てくれるから……」
弱く、揺れるように。
それは、誰かに寄り添う“優しい声”のふり。
でも実際は――
救助の足音が近づくのを、ただ楽しみに待つ“黒い仮面の少女”。
その微笑みは、夜よりも暗く、けれどどこか妖しく光を孕んでいた。
【中断された愉悦】
カチン――
扉の魔力封印が解除される、乾いた音。
それに続いて、ゴトンと鉄の鍵が回され、石室の重たい扉が軋みながら開いた。
「起きろ。貴様、次の選別だ」
足音が近づき、乱雑な手つきでセリナの肩を引き起こす。
彼女は小さく身体を揺らし、縛られたまま不安げに首を傾げた。
「……どこへ、連れていくの……?」
声は震え、目元には仄かに涙すら浮かんでいる。
だがその内心は、別物だった。
(やっと、来たわ……“選別”。このまま連れていかれれば、もっと深い情報に近づける……)
(魔力炉、管理者、目的、内部構造――全部引き出せるチャンス)
セリナは自分の中の興奮を懸命に押し殺しながら、“おびえた少女”を演じ続けた。
連行役の男が無言で彼女の縄を引く。
(さあ、奥まで案内して。あとは観察して記録して、せつなに全部――)
――そのときだった。
ズガァンッ!!
遠くから響いた、爆音。
地下構造の天井が小さく振動し、空気が一瞬だけ震える。
「な、なんだ!? 外からか!?」
怒号。走り出す足音。
続けて、複数の魔法が爆ぜる音と、剣戟の金属音。
(……はぁ……)
セリナは、縛られた手をわずかに持ち上げ、表情に出さぬまま深く息を吐いた。
(きちゃった……まじか。……タイミング、最悪)
(あと数分。たったそれだけ我慢してくれてたら、“裏の中枢”に辿りつけたのに……)
連行していた男が動揺し、手を離す。
セリナはそのまま地面に座り込む形になり、震えるふりをして身体を小さく丸めた。
「ひっ……な、なに……!?」
だが、内心では明確に“しょんぼり”していた。
(情報、あと三層分くらい取り損ねたじゃない……。せつな様に報告する内容、薄くなるじゃん)
(ま、でも……助かっちゃうんだもん。喜ばなきゃ、かな?)
救助の足音が確かに迫ってくる。
そして同時に、囚われていた冒険者たちが歓声を上げ始める。
「来てくれた!ギルドだ!」「た、助かったんだ……!」
セリナはその中心で、仮面の奥からため息まじりに微笑む。
(……ありがと。でも今度は、もっとじっくり潜らせてね)
今回は、セリナが囚われた中で情報を拾い、ついに“選別”という核心へ迫ろうとする場面でした。
ですが――そこに届くのは、仲間たちの足音。
助けに来てくれたのは間違いなく“希望”ですが……セリナにとっては“ちょっと惜しかった”ようで(笑)




