【静かなる連行/沈黙の檻】
【静かなる連行】
月は雲に隠れ、森の中は闇の帳に包まれていた。
荷馬車の車輪が、湿った地面を鈍く軋ませながら進んでいく。
セリナは拘束されたまま荷台の隅に座らされ、身体を小さく震わせていた。
仮面の下、その目だけがわずかに揺れている。
「……怖い……どこに、連れていかれるの……っ」
震える声。
擦れた呼吸。
怯える少女を装うには、どれも申し分ない“演技”。
(……ふふ、最高。こんなに堂々と潜入できるなんて、普通じゃ味わえないわ)
縄で動きが制限された手首の間から、
彼女は少しずつ、草の繊維で作られた小片を落としていく。
《残響標》――通称、“街灯符”。
弱い香りと目印を持つ、追跡用の視認式痕跡。
(これで、通った道を見つけやすくなる。せつなやじゅぴには見えなくてもいい。
誰かの目に止まれば――“助けたい”と思う人の希望になれる)
「……うぅ……いたい……」
顔を伏せ、膝を抱え込むようにして震えてみせる。
その肩に、ひとりの女性がそっと触れてきた。
「……だ、大丈夫、ですか……?」
かすれた声。
恐怖と疲労のにじんだ顔。
その少女も、セリナと同じく捕らえられた“冒険者”の一人だった。
「こ、こわいですよね……。私……まだ、駆け出しで、こんなの初めてで……っ」
「……わたしも……はじめて、です……」
震えながら、でもどこか冷静に相手の情報を探るセリナ。
(言葉の端にある訛り、装備の質、所持品の数と配置。
所属ギルドは……“白月の刃”か。あそこ、治安系の依頼中心のはず)
ほかにも、数名の男女が同じように囚われている。
一様に目を伏せ、怯え、震えていた。
(……この人数……単なる“身代金目的”じゃない。
捕らえてから何かを“する”前提で動いてる)
「だ、だいじょうぶ……みんな、きっと助けてくれる……から……」
そう言って少女の手をそっと握る。
仮面の下のセリナの表情は――演技の微笑みを浮かべながら、
内心、静かにぞくりと背筋を震わせていた。
(怯え、縋られ、涙を見せられる……仮面の奥で、笑いが込み上げる)
(仮面がなかったら、きっと笑いが止まらないわね)
そのとき――馬車がゆっくりと止まった。
「着いたぞ」
低く、無機質な男の声。
扉が開かれ、冷たい夜風が流れ込む。
見上げた先には、重厚な石造りの門。
黒い金属で縁取られた建物の輪郭が、月明かりに浮かんでいた。
(……ここが、アジト。ちゃんと“中枢”っぽい建物ね)
「降りろ。大人しくしていれば、痛い思いはしない」
そう言われて、一人、また一人と引きずり降ろされていく。
セリナは最後まで、怯えたままの“少女”を演じきった。
だが、仮面の奥の目は――
冷たいほどに静かで、研ぎ澄まされていた。
(さあ、そろそろ見せてちょうだい。“あなたたちの本性”)
【沈黙の檻】
黒い石造りのアジトは、地上から見えるよりもずっと広く、地下へと深く続いていた。
セリナは他の囚われた者たちとともに、薄暗い通路を無言で連行される。
獣避けの香と、土の冷たい匂い。足音以外、なにも響かない。
(……構造は縦型。中心に魔力障壁、通路は一方通行。
この構造……逃げにくく、外からも見つかりにくい造り)
冷静な思考とは裏腹に、セリナの肩は小さく震えていた。
「……や、やだ……たすけて……」
少女のような声で、喉を震わせる。
隣の女冒険者がまたそっとセリナの手を握ってくる。
怯えるその仕草を、セリナはそっと受け止める。
(ごめんね。でも、あんたのその手……情報源として役に立つのよ)
やがて、一行は小さな監房のような石室に押し込まれた。
格子も、扉もない。ただ、出ようとすれば“魔力障壁”が起動する作り。
「しばらく静かにしてろ。選別は順番だ」
扉が閉まる。
闇と静寂が満ちる。
誰もが沈黙し、時折すすり泣く声が漏れる中――
セリナだけが、静かに“耳”を研ぎ澄ませていた。
(……っ)
――気配が、あった。
ここからずっと西……山をひとつ越えた、さらにその奥。
数人規模の強い魔力反応。
しかも、均一に散っている。
(……気配。魔力が均等に散ってる――展開型の布陣。来てる、街の冒険者たち)
セリナは、心の奥でふっと笑った。
(気づいたのね、あたしの痕跡。ちゃんと届いてる)
(それに……たぶん、じゅぴも見てるよね。……ふふ)
彼女は仮面の奥で、ほんの一瞬だけ目を閉じた。
涙を流す“ふり”をして――
その瞳の奥には、確かな安堵と、高揚があった。
(ここからは、“耐える”時間。私は何も知らない少女。選別される弱い冒険者のひとり)
(でも、その先に――全部、暴いてやる)
小さく、目元を拭うふりをしながら。
セリナは再び、“演技”を完璧に張り直した。
そして、救助が来る“そのとき”まで――仮面を脱ぐつもりは、なかった。
今回は、ついにセリナが敵のアジトに“連行”される回でした。
けれど彼女は怯えるだけの少女ではなく、仮面の下で冷静に観察し、痕跡を残し、救助の布石を打っていきます。
演技しながらも、どこか楽しげな彼女の本音――




