【目覚めの朝】
薄明の光が、石造りの窓の隙間から差し込んでいた。
セリナは静かに目を開け、身じろぎひとつせず、しばらく天井を見つめていた。
(……“目覚める”って、意外と悪くないわね)
眠りのなかった頃にはなかった、こうした静かな感覚――少しだけ、気に入っている。
NPCだった“あの頃”にはなかった、微細な感覚の数々。
(でも――演じるのも、ここからが本番)
すっと上半身を起こし、布団を丁寧に整える。
姿見のない室内で、仮面の位置を指先で微調整しながら、朝の“少女の顔”を整えていく。
身支度は完璧。
扉の向こうは、舞台の上。
セリナはもう、“家族を失った気丈な少女”として歩き出していた。
扉を静かに開けると、廊下にはすでに数人の冒険者が行き交っていた。
誰もが寝ぼけた表情を浮かべ、日課のように食堂へと足を向けていく。
セリナもその流れに自然と紛れながら、食堂へと歩を進めた。
広間の一角――丸テーブルがいくつも並ぶ食堂。
木の香りが残る古びた空間には、パンの焼ける匂いと、温かいスープの香りが漂っていた。
(ここでの“日常”……ちゃんと観察して、溶け込まなきゃ)
朝食は質素なものだった。黒パン一枚、野菜スープ、薄く切られた干し肉。
だがそれでも、寮の生活を続ける者たちには“日常の味”として根付いているようだった。
セリナは角の席に腰を下ろし、周囲の会話にさりげなく耳を傾ける。
「……昨日また西門の方で誰かが消えたってさ」
「まじかよ、あそこ前も何人か……ってか、ギルド連中、なーんも言わねぇし」
「絶対なんかあるよな、あの区画」
(……西門。また、“消えた”のね)
耳に残すだけで、反応は一切しない。
ただ、スープを口に運びながら、断片的な情報を心に記録していく。
すると、向かいの席に座った若い男が、不意に声をかけてきた。
「お、新顔さんだよね? 昨日登録してた子。名前……セリナ、だったっけ?」
(……名前、ちゃんと覚えられてる。思ってたより視線、集まってたかも)
仮面の奥で気配を整え、ゆるく微笑む。
「……はい。昨日、登録させてもらいました」
「そっかそっか、緊張するよな最初は。ま、あんまり気張らないほうがいいぜ。
この街、妙な空気してるし……無理は禁物だ」
「……ありがとうございます。気をつけます」
礼を言いながら、内心では冷静に分析していた。
(“無理は禁物”。……つまり、街の内部に何か圧力があるということ)
この街の日常は、仮面のように整っていた。
……セリナ自身が、それに似た仮面を被っていることを、ふと自覚する。
(……せつな様、今日もまた、情報を持ち帰るね)
仮面の奥、紅い瞳がひそやかに揺れた。
今回は、セリナの“仮面の日常”が少しずつ始まる朝の風景でした。
ギルドでの立ち回り、街の空気、人々との距離感――そのすべてを観察しながら、情報を拾い続けるセリナ。
でも時折見せる、素の揺らぎも……ちょっと可愛いなと思ってもらえたら嬉しいです。




