【薬草と観察の午後】
東門をくぐる前、セリナは歩を緩め、門番のひとりにそっと頭を下げた。
「……昨日は、ありがとうございました。通してもらえて、助かりました」
相手は、昨日と同じ初老の門番。
セリナの顔を見て、はっとしたように目を細める。
「おお、おまえさんか。無事だったかい。
……ああ、いや、礼なんていらん。困ってる人間を助けるのは、当然のことさ」
そう言って、気恥ずかしそうに頭を掻いた。
「今日は、どうしたんだ? もう街を出るのか?」
「はい。ギルドで、薬草の採取依頼を……東の丘まで、ヒリ草を集めに」
「ああ、あれか。あのあたりなら安全だし、ひとりでもなんとかなるな。
……お、ちょっと待て、そうだそうだ。ヒリ草な、摘み方にコツがあるんだよ」
門番はそう言うと、自身の腰にぶら下げたナイフをひょいと抜き、地面の草をちょんちょんと突く。
「こうやって、根元を斜めに切るといい。上から引っこ抜くと中で折れて、品質が落ちちまう。
鑑定評価で損するぞ?」
「……なるほど。ありがとうございます。気をつけます」
「はっはっは、あとは袋に詰めるときも、できるだけ潰さないようにな。
……応援してるぞ、セリナちゃん。立派な冒険者になれるといいな」
「……はい。がんばります」
そう言って一礼するが――
その背を向けた瞬間、セリナの瞳はほんのわずかに細められる。
(ちょろいおじさんね。でも、情報はありがたくいただくわ)
演技も挨拶も完璧にこなし、セリナは東の丘へと歩を進めた。
草原に差し掛かると、遠くにうっすらと波打つ丘陵地帯が見えてくる。
風が乾いていて、草が微かに揺れている。
魔物の気配は――なし。だが、索敵は怠らない。
セリナは薬草袋を軽く背負い、しゃがみ込みながらあたりを見渡した。
(……視界は良好。地形はゆるやかな傾斜で、遮蔽物少なめ。
遠くの岩陰に人影……多分、同じく採取系の冒険者ね)
(魔物の反応は……いまのところ、弱い野生動物だけ。
けど、地面の爪痕……これ、昨日か一昨日くらいかしら)
索敵魔法こそ使わないが、視覚・聴覚・空気の動き――すべてを通して情報を拾う。
任務とは別に、彼女は今、この世界の“外”を調査していた。
とはいえ――
「……これが、ヒリ草……っと。根元を斜めに、ね」
ちゃんと依頼も忘れない。
門番に聞いた通り、斜めにナイフを入れて、丁寧に薬草を収穫していく。
(……土が柔らかいから作業しやすいわね。気候も安定してるし、魔力の流れも穏やか)
(せつな様もこの土地のエネルギー構造、たぶん気に入ると思う)
……気づけば、時間は小一時間ほど経っていた。
背負った薬草袋は――ずっしり重い。
(……あら。採りすぎた?)
知らず知らず、セリナの手は止まることなく動いていた。
索敵のついで。
土地の調査のついで。
そのつもりだったのに――仕事も、完璧にこなしてしまう。
(ま、いっか。品質評価が上がれば、報酬も増えるし。街の流通データも見えてくる)
風に揺れる草原の中。
仮面の少女は、小さく満足げに息を吐いた。
任務と調査と、ついでに仕事も完璧にこなしてしまうセリナ。
索敵しながら薬草を回収する様子は、まるでスパイ兼職人。
無自覚に“有能”すぎる彼女の初依頼、その成果がどう出るか……次回へ続きます!




