私立金足大学 (1)
「避難してきた人ですね」
道中危うく怪物に見つかりそうな場面もあったが、幸運にも無事に避難区域に辿り着くことができたわたしは、先に避難してきたのであろう一人の男性に話しかけられた。黒いTシャツに青いジャケット、そしてジーパンを身に付けた男性である。
何だよう、人と話すのは嫌いなのに。
「え、あぁはい。何か用ですか?」
「…いやその、中々大変な事態になりましたよね。あなたはお一人で避難してきたんですか?」
「…はい」
事情を知らないから仕方ないとは言え、やはりこれは無神経だと誹ってやりたくなるような質問だ。
「一人ですけれど、それが何か?」
「いえ…何でもないです」
え、何それ、変なの。
変なの!わたしに気でもあるのかしら!?ふん!あんたみたいな男、わたしを口説くのなんて百年早いんだから!何よ!どうせ体が目当てなんでしょ!?ふん!
……冗談はさておき、ただそれだけ話して立ち去った男性の後ろ姿を見ながらわたしが怪訝な顔をしていると、青ジャケットの男性の友人かと思しきもう一人の男性が近寄ってきて、話しかけてきた。
「ごめんね、あいつはきみが件のバケモノじゃないのかってうたぐってたみたいなんだよね」
「え?わたしが?」
『件のバケモノ』というのは、決して予言獣の妖怪の事ではない。予言の妖怪・くだん…どんな容貌の妖怪なのか知らないが、さしものわたしも、そんなものと間違われる程に醜い容姿をしているつもりはない。内面の醜さはともかく。
「いやほら、あのバケモノどもはさ、いろんな動物の姿をしてるでしょ?なら、ヒトの姿をしたバケモノもいるんじゃないかって話をしてたんだけど、そこできみが来てさ。きみみたいな女の子がひとりで行動しているのはヘンだとかなんとか言い出してさ。あはは、ちょっと思いこみが激しいタイプなんだよねアイツ。気にしないでね」
何というか、どうやら失礼な男だったようだ。
いや、それも仕方ないのか?
『人の姿をした化け物』というワードに関しては、わたしとしても少し気になるところである。
もしそんなのがいたら、それはもう空恐ろしいことこの上ない。もう既にモンスターパニック映画みたいなことになっているのに、更にホラー映画みたいなことにもなってしまったら、もうそれは地獄だろう。地獄だ。わたしが認めるのだから間違いない。
「あ、名乗るのが遅れたね。ぼくは鎌田っていうんだ。あいつのほうは三沢。まあこれからいろいろあるかもしれないし、よろしくね」
「はあ、よろしくお願いします」
軽く挨拶を交わすと、鎌田さんは三沢さんの後を追うようにして歩いて行った。
ちょっと親切な人だったのだろう。訳もわからずに立ち尽くすことになりそうだったわたしに、一応の説明をしてくれたという訳であったようだ。
◆ ◇ ◆ ◇ ◆
時に、この場所つまりは避難所だが、またしても学校だ。ただし、小学校ではなく大学である。
私立・金足大学。
先程、大体の場所を見回ってみた。
この大学は何故だか、敷地の周りをぐるっと囲むようにして石垣が造られており、その高さは4mにも及ぶ。石垣の上に学校の敷地があるから、学校の敷地が周りの土地よりも4m高い位置にあるのだ。
更に、仮にその石垣を登ったとしても頑丈そうなフェンスが聳えて待ち構えている。これなら怪物どもも侵入するのに幾分か手間取るだろうて、その隙に逃げることができるという訳だ。そもそも、あれだけ体長がバカでかい怪物どもと言えども、体高がそこまで高い訳ではないだろう。なんなら怪物どもに見つからずに生き延びることだって不可能とは言えない。
勿論、校門を始めとする出入り口はバリケードで封鎖されており、それぞれのバリケードに一箇所だけ、人だけが通れるくらいの狭い穴を開け閉めできるようにしてあるらしい。
「この学校の石垣もバリケードも、貴方の所有物ではありませんよね?」
不意に、背後から声をかけられた。
え、わたし?わたしだろうか?
「はい、貴方です。この学校を囲む石垣やバリケードは貴方の物ではないのですよね?」
「え、ええ、そうですけど」
「ならば、それらを主語にする場合には謙譲語を使うべきではありません。貴方からさっき、『石垣が造られており』とか『封鎖されており』とかっていう文章が出ましたけれど、それは不適切ですから、『石垣が造られていて』や「封鎖されていて」に直しましょう」
わたしが振り返った所には、わたしと同じくらいの歳に見える、一人の女の子が立っていた。
いかにも育ちが良さそうなシンプルなお洋服と、スカート。髪は後ろで結んでポニーテールにしてあるようだ。
見てくれは平凡だが、何だろう、この女の子。わたしの解説に細かい事を言ってケチを付けてきたようだが……
戸惑いながらも、しかし流石はわたし、そこで冷静に話を切り替える。
「なるほど参考にします、ところでどちら様?」
「私は紫野梨乃と申します。恐らく貴方と同じくらいの歳だと思いますが…」
「わたしは高校2年生ですけど…」
「私は高校1年生です」
「梨乃ちゃんね。わたしは篠守久凪。よろしくね!」
「相手が歳下だと分かるや否や気さくに振る舞い始めるのはどうかと思います……剰えそのように清々しい程までに豹変するのは、もはや変態的ですよ……」
へ、変態的?いやぁ…あはは。
「それで、貴方…疑問に思っていることがあるのでは?私が何故先程から、貴方の考えを読んでいるのか気になっているのではありませんか?」
ああ、そうだそれだ。
この子、梨乃ちゃんは、先程からわたしの心を見透かしたような言動が目に付く。わたしが考えている事を言い当て、その上でわたしの謙譲語の誤用を是正した。(誤解の無いよう言っておくが、わたしのナレーションは必ずしも口に出さずに心の中で言っているとは限らない。この場合は心の中でしか言っていなかったナレーションの話をしているが、口に出すタイプのナレーション、即ち台詞兼ナレーションという場合もある。)
何故?どうして彼女には、わたしの考えが読める?
「それは読めますよ。貴方のように友達が少ない代わりに一人で考え事をするのが好きそうな人って、大抵そんなことを考えていそうなものですから」
……いや。
何だこいつ!
つまり、彼女はわたしを偏見だけで判断し、偏見だけでわたしの考えを読んだということか…?
そんな偏見が見事に的中してしまっているという事実には、正直かなり傷ついている。ちくしょうめ。
何という屈辱…!
「へぇ〜そうなんですね。え、紫野さんはそうやって、人を偏見で見るタイプなんですかぁ?」
おっと、わたしの陰湿な部分が出てしまう。
いきなり敬語に戻して、面に不自然な笑顔を貼り付けて、失礼を失礼で返して、なんて嫌味な性格なんだと、自分でもそう思う。
「わたし、偏見で物を判断する人って嫌いなんですよね〜あはは。道徳的にも間違いで法的にも間違い。そんな愚行を小学生のうちに卒業できないのは人としての何かが欠けているのかもねー」
ああ、そうだった。
最低だ。
わたしは最低な人間なんだった。
怒りに任せて、怒りに支配されて、それに託けて自分を正当化して、保身して。
例えこんな非常時であっても、腐った性根は治らない。
家族はもう一人もいなくて、それでわたしは気分が悪くて機嫌が悪くて、でもそれを言い訳に相手を動揺させて、困らせて、傷つけて。内に秘めるべきである筈の攻撃性を発露してしまう。
なんと、醜い。
申し訳なさはある。謝りたいけど、でもやっぱり謝ることはできない。わたしは中学生の時から一度も謝ったことが無い女!その誇りをこんな所で台無しにする訳には…!
「謝罪します。失礼を言ってしまい申し訳ありませんでした。貴方を傷つけるつもりは無かったんです。ごめんなさい……」
……謝られた。
「え、あ、あぁ…うん」
深々と頭を下げる彼女を前に、息が止まる。
あまりの拍子抜けに、不意に怒りを忘れてしまう。
「いやっその、良いのよ、ゆ、許す。許してあげますわよ」
「口調がおかしいのはさておき、気を遣わせてしまってすみません。ご親切にどうもありがとうございます」
何だ?この子…
待て、本当は素直なのか…?
いや、馬鹿な……
「や、やけに突然折れたけれども」
「いえ、本当に悪気は無くて。気が抜けていると失礼なことをつい言ってしまうというのは、私の悪い癖で……すみませんでした」
え、悪気は無かったのか…?
まさか、本当に?
「悪い癖、ね。それは、まあ、そう……いや、そんなことないわよ〜!人間、そういうこともあるって〜!」
「嘘ですね。そんなことあります。人間、そういうことは普通ありません。本当に、こんな状況であんな風に傷つけてしまって、何とお詫びをすれば良いか……」
「あぁ……うん」
…………
これでは、恥ずかしさすら湧き上がってくる。
わたしの怒りは見当違いだったのだろうか。わたしの攻撃性の発露は無意味だったのだろうか。
わたしは別に、言われた内容そのものに怒った訳ではない。
友達が少ないのは、『少ない』のは認めるし。『そんな事を考えていそうなもの』って、一見するとそれは決め付けで、腹立たしいようにも思うが、しかし内容がやけに具体的で正しいため、偏見や勘違いだと一蹴するのが論理的なのかは定かではない。
わたしはただ、相手の悪意に対して怒っただけだ。
言葉の裏に見え隠れした…ように思った、相手の敵意に腹を立てただけだ。わたしはそういう人間だ。
しかし、そんなものは存在しなかった。
相手が自分に対する敵意と攻撃性だけで喋ってきていると勝手に決め付け、わたしはそれに応じたかのように勝手に思い込んでいた。しかしてその実、相手はただ悪気なく不意に失礼な事を言ってしまっただけで、剰えその内容は正鵠を射ていた。
わたしはただ、誤解して逆上しただけだったというのか…?
……いや。
そもそもこの子だって、こんな状況に気が気でないのか。
にしても梨乃ちゃんのあれはやはり失礼で、言わなくても良いことだったと思うけれど、わたしだって質問した立場とまではいかないにせよ、それを聞きたいと思って聞いたのだし、そもそもわたしはその程度の失礼は気にしないとは言わずとも、あまり重要ではないと考えている。
受け取り手が感じる失礼さはどうでも良くて、悪気があるか無いかだけが重要なのだという価値観なのだ。ついうっかり無意識に失礼な事を言ってしまう人間もいる以上はそう考えるべきなのだと、祖父からの受け売りとは言え、そういう信条を持っている…筈だったのに。
やってしまった。
せめて、潔く許さなければ。赦さねば。
そもそも謙譲語の使い方を間違えたのはわたしの方だ。この子に悪気は無かったのなら、もうこれ以上空気を険悪にする必要は無い。
え?わたしは謝らないのかって?
ははは。
「まああの、さっきのアレは失礼な物言いだったから、わたし相手になら良いんだけど、他の人には例え訊かれてもあんなこと言っちゃダメだからね?オブラートに包まなきゃね。それで、まあ話は変わるけどさ、ところで梨乃ちゃんのご家族はどうしたの?死んだの?」
「すみません、篠守さん、まだ怒りが残っていますよ」
あ、ごめん。
「両親は元々いません。ずっと前に亡くなりました。姉はいますが、安否は不明です」
「じゃあ、一人で来たんだ?わたしと一緒だね」
「親近感を感じられても困ります…」
露骨に眉を顰める梨乃ちゃんだった……って、え?わたしに親近感を感じられるのって、そんなに嫌なことなの?たった今謝った立場で、それでも尚そんな反応を見せる程に?
「嫌というか…まあ、その…嫌かも知れないというか」
「嫌かも?へえ、じゃあ嫌じゃない可能性も…」
「嫌です。間違いなく嫌です。疑いようもなく嫌です」
突然豹変しないでくれ。変態かよ。
いやさほら、わたしだって、親近感を感じたくて感じている訳ではない。梨乃ちゃんには割と失礼なことを言われたし。でも、ここまで境遇が似通っていると、感じざるを得ないのだ。
悔しいけど、でも感じちゃうのである。
「変態的というより、変態そのものでしたか」
「……」
……何故、バレるんだろうね。
「と、ところでさ、避難したは良いけれど、この後どうすれば良いんだろうね?」
「ん、どうするも何も……、え、えーと、少なくとも、変態は他の人間に近づくべきではありませんが」
梨乃ちゃんは返答に困っているようだ。
……最後のほうは聞こえなかった。
適当に話を振ったが、ちょっと聞き方が悪かったようだ。わたしとしては柄にもなく、親近感が湧いた女の子と仲直りの意味も兼ねて雑談をしてみようとしたのだが、どうもこういうのは苦手だ。
「ほら、何もせずにずーっとここにいてもさ、食糧とかが無くなっちゃうでしょ?食糧問題はどうするんだろなーって」
「自治体や自衛隊が多少は助けてくれるでしょうけれども、それ以外にも何かしらの策は必要でしょうね。助けてくれる前に飢え死にする可能性もありますし、そもそもここに怪物が侵入して来ないとも限りませんし」
……フラグはもう沢山だ。
「すみません。何も不安を煽るつもりは無かったので、お気になさらず…」
「ああ、別にいいのよ。こっちが始めた話だし」
梨乃ちゃんのほうこそ、気遣いの上手い女の子だ。わたしの暗い感情を気取ったか(気遣いが上手いかどうかと、無神経かどうかはあまり関係ないみたいだ)。
この子、人の表情に敏感すぎる。何だっけ、HP……HS…PS5だっけ、何だったか…
「HSPでしょう。ヒットポイントでもヘッドショットでもプレイステーションでもなく、ハイリーセンシティブパーソンです。」
そう、それだ。梨乃ちゃんはそれらしい。
「どうでしょうね。私はそうは思いませんが」
「え?今HSPだって言わなかった?」
「それは篠守さんの言おうとした言葉の話であって、私の話ではありません。」
さいですか。
「そう言えば梨乃ちゃん、さっきからわたしを苗字とかで読んでるけど、ちょっとさ、『先輩』って呼んでみない?」
「嫌です」
「えっ」
即答された!?
「いや、ちょっとほら」
「嫌です」
いや、あの、『嫌』じゃなくて…
「えへへ、そんなこと言わずに…」
「近寄らないで下さい」
待って?せっかく親しくなりかけた相手に、早くも嫌われてしまいそうなのだが。今からでもやり直せんか?
しかし残念だ。そんなにきっぱりと断られては仕方ないが…何?もしかしてこの娘、テレパシーでも使えるのか?普通の人は、わたしの優越感と満足感のために利用されそうになったのをそんなに早く察知できるものではないと思うんだけれど……
わたしの思考を読み取れるのも実はテレパシーを使えるからでしたーみたいな展開の方が、何だか腑に落ちるし。
「……」
「……」
おっと、沈黙が続いてしまっているぞー?
間を持たせなきゃまずいぞー?
わたしもそうだが、どうやら梨乃ちゃんもちょっと人見知りっぽいところがあるのかも知れない。
微妙な空気を断ち切ろうと、わたしはありもしないコミュニケーション能力を振り絞る。
「話は変わるけどさ…こういう時、謎の脅威が発生したっていうようなこういう非常事態って、何を目標にどんな理念で行動するべきなんだろうね?勿論、まず生き延びなきゃだけれど、その後は?体力を温存しておいたほうが良いのか、体脂肪を付けておいた方が良いのか、今からでも何かスキルを身に付けておくべきなのか…」
「微妙に話が変わっていないという点には目を瞑るとして、それは場合によるでしょうけれども。例えば私達の場合は現時点で独り身ですから、食事や運動の様に、根本的な生命活動や健康維持のために入れるべき力はそこそこで充分でしょう。食費は一人分しかかからず、運動は自分一人だけがすれば良い。他の人に声をかけるために労力を費やす必要は無い、と。ただ一方で、他の人間との繋がりというか、人間関係の構築については結構な努力や工夫が必要になるのではないかと考えます。人は一人では生きていけませんからね」
「あーなるほど、じゃあさ〜わたしと…」
「ただし、その人の精神状態にもよるのかも知れません。極端な例ですが、例えば鬱病の患者にとっては食事も運動も…」
とまあそんな調子で、梨乃ちゃんの冷徹なスルーによってわたしの揶揄いが否されながら、わたし達は暫し、三つ四つの雑談を繰り広げた。それは無駄話もそうでない話も含んでいたが、少なくともわたしは雑談しているというつもりでその時間を過ごした。
わたしのような人間が三つも四つも話をしていられる理由もそれだが、話が合うようで良かった。梨乃ちゃんはこういう系の話が好きなのだろうか?実はわたしもちょっと好きだし、やはりわたし達は似ているということなのだろうか。
普段のわたしなら、別に人と積極的に雑談をしたがる訳ではない。しかし今はどういう訳か、とにかく誰かと一緒にお喋りでもしていたい気分だった。それは、梨乃ちゃん…紫野梨乃にしてみたって、同じなのではないだろうか。
とかいうことを考えていると、案の定、彼女はわたしの心を読んできやがって、ちょっと気を悪くしたような反応を見せてきた。
現実的な線でいくなら、読心術か何かだろうか?
「ー」
梨乃ちゃんは呆れたように嘆息する。口からではなく、鼻から吐くタイプのため息を吐いた。
そういうのは割とやめて欲しい気持ちもあるが、これもまあ、仕方ないのだと妥協しよう。
彼女…紫野梨乃は、本来ならばこんな所でわたしなんかと無駄話をするつもりは無かった筈だ。恐らく学力からしてわたしとは違うし、こんなしっかりした…いやどうなのだろう、とにかくしっかりしていそうな富裕層っぽい女の子が、普通ならばわたしのような賎民に好き好んで話しかけてくる訳が無い。
だからまあ、ちょっと嘆息する程度なら許す。似たもの同士のよしみだ(どれか一つでも条件を違えたならば許さん)。
それでだ。そんでもって……
「梨乃ちゃんはさ、わたしに話しかけてきて、今もこうしてわたしの話に付き合ってくれている理由っていうのは、もしかして、そういう…」
「…ええ、お察しの通りです」
やはりか。
こんな梨乃ちゃんが何故、こんなわたしに話しかけてきたのか。それはやはり、現時点では家族も誰もいなくて、恐らくは友達もいなくて、やることも無いから暇潰しに話しかけてきたという訳なのだろう。自分と似たもの同士であるように直感した、このわたしを相手に。
「いえ、全然違いました。早とちりで肯定してしまいました。その言い方だと、私に友達がいないように聞こえてしまいます。貴方の名誉のために友達がいない事が悪い事だとは限らないという前置きをした上で、真実と違う事を思われるのはぞっとしないものですから否定します。私にも友達はいます」
「うぬーん…」
うぬーん!なんかまた失礼なことを言われた気がする!
やはりこの子は読心術を操るのだろう。今確信した。何だ何だ、能力者か?異能者か?漫画じゃあるまいに。
まあ実際のところ梨乃ちゃんはただ、この非常事態のせいで精神的に不安定な状態になってしまったため、誰かと話をしていたいというだけのことなのだろう。
気持ちを落ち着かせるための、雑談。
愚痴を含めて、それは実際、合理的であるらしいし。
「確かに暇潰しのつもりでしたが、もう十分です。良い気分転換になりました、ありがとうございます。では私はそろそろ、失礼します」
そう言ってお辞儀をしてから、梨乃ちゃんはわたしに背を向けて、大衆が集まっているグラウンドの人混みのほうへ向かうように歩いて行き、立ち去った。
別段、こちらからも他に言いたいことがあった訳ではなかったので、わたしもそのまま見送った。