友愛と、再会と
「なん…はあ、はあ…」
尋常外に埒外に、苦しい。
「相当疲れているようですね……まずは落ち着いて、呼吸が整うのを待ってください。心配せずとも、四号館の近くにいた大鴉も、全て私が斃してきましたから。これで、全ての大鴉を排除したことになります」
「はあ、はあ、はぁ……」
むう、自分の体力不足が憎い。
これが一流のマラソン選手だったら、すぐに口が利ける状態まで回復するのに。マラソン選手のように持久力の高い人間は、例えば長距離を走り終えてひどく疲労した状態からでも、楽な姿勢で休めば1分とかからずに歩けるレベルまで回復するらしい。体力があれば、息切れからの回復も早いということらしいが……
「お察しの通り、私も『抵抗者』だったようです。異能が使えることには、つい先程気付きました。私の異能を簡単に説明すると、切れ味の良いピアノ線を空中に固定するように出現させる、という感じです」
「はあ、はあ、はあ…」
読心術じゃないんかい。あの読心術は何だったんだよ。というか、やけにファンタジー色の濃い能力が出てきたな……
じゃなくて、えーと、わたしはかれこれ5分間くらい、歩くどころか喋ることもまともにできず、アスファルトの地面に大の字に寝転がって、必死に呼吸をすることしかできなかった。
普段から特に運動をしない人間が、肉体の限界を超える程の運動をしたのだから、それは当然なのだが……
しかし、そんな理の当然を無視してでも、わたしは梨乃ちゃんに、まず問わなければならないことがあるのだ。
早く、問い質したいことがあるのだ。
「なんで……何で、助けに来たの?」
ようやく口が利けるようになったわたしは、静かに、叱責するように、紫野梨乃に尋ねる。
「わたし達に何かあっても、助けに来ないでって言ったでしょ?勝手に逃げてって言ったでしょ?何で来たの?」
あの時……
避難民を前半グループと後半グループに分けようという話になって、早く避難したいんだと前半グループを志願する者もいる中で、梨乃ちゃんが後半グループとして四号館に残ると言い出したのを聞いた時、『ああ、やっぱりこの子は真面目なんだな』と感心する一方で、わたしはどこか安堵していたような気もする。
わたしも、手前側の出入り口がガラ空き状態だというのは妙だと思っていた。その大胆不敵な内容こそ読めなかったものの、罠とかがありそうだという勘もあった。そうでなくとも、大人数で移動すれば窓の外から発見されるリスクは高いため、実は後半グループよりも、前半グループのほうが身を危険に晒すことになるものだと直感していた。
だから…というか、それが……
ん、んん…?ええと、何を言おうとしたんだっけ。
それがつまり、えー…わたしが安堵したような気がする理由となるのだが……何故なのだろう。
それが理由になる理由は何なのだろう。
心配?親しくなった…かのようにわたしが一方的に錯覚しているだけなのかも知れない女の子を、本気で心配して、その生存に本気で安堵したのか?他人を危険に晒したくないと、本気で思ったのか?
わたしが?
いや、柄じゃない。
しかし、あれ?わたしは自分の家族に対してだけは、そう思いながら生きてきたんだっけか。ああ、そうだったな。
それで、家族に対する感情と他人に対する感情との間には、どんな区別ができるのだろう?どんな差別ができるのだろう?事実や客観ではなく、抽象や主観において、家族と他人はそんなに重みが違うものだろうか?これまでの人生では、それはかなり違うものであったが……それは単に、他人とそこまで親しくなった試しが無いから?それか、この場合は家族がいなくなったことで、相対的に……いや駄目だ、よくわからなくなってきた。
「……ご迷惑でしたか?」
「そうじゃなくて!!!」
あれ?どうしてだ。
怒鳴った拍子に、涙が出てきた。
わたし、泣いているのか?
何故だろう。
昨日のあれとは、全然状況が違うのに。
「………」
梨乃ちゃんはただ、沈黙する。
「あぁ、怒鳴ってごめんね。いや、感謝はしているわよ?結果論的には感謝してるし、なんなら経過論的にも感謝はしているけれど、それとは別にあなたには、あなたにだけは来て欲しくなかったっていうか…?」
わたしは頬を濡らしながら、何を言っているのだろう?本心を言っているつもりだが、その本心が何なのか、自分でもよくわからない。
ただ、何故か涙が出てくるのだ。
無性に泣きたい気分なのだ。
悲しさとは違う、それこそ安堵から来るような、しかしそれだけでもない、言葉にできない感情がこみ上げてくるのだ。
もう訳がわからない。
「すみません」
自分でも訳もわからず涙を流すわたしを、あるいはそんなわたしのよくわからない胸中を察してなのか(凄いことだ)、慰めるように宥めるように、梨乃ちゃんは謝罪の意を言葉にした。
「ううん、いいのよ。別に謝って欲しい訳じゃなくて…」
辛気臭い空気が苦手なわたしは、ついそこで引き下がってしまう。これを狙って謝罪してきたのだとすれば、梨乃ちゃんも相当な策士だ。
「ただその、ほら、何でわたしなんかをわざわざ助けに来てくれたのかなーって思ってさ」
なるだけ空気を軽くしようと、おちゃらけた感じの言い方で尋ねてみた。
呼応するように、梨乃ちゃんも、
「いえ、何ということはありません」
と、平然とした態度で前置きをして……
しかしそれとは裏腹に、確信を持ったような強かな口ぶりでもって、答えた。
「私はただ後輩として、先輩を助けただけです」




