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流れされやすい者達


思い返せば、わたしの身体はやはり、不自然だった。

決して壊れない、何があっても無傷で済む特別な肉体だったのだと考えれば、それも辻褄は合う。それ程までに、不自然な現象が起こっていた。

横転した自動車の上から転落して全身を打ちつけたのに、打撲の一つも負わなかったことも。

化け物に右腕を咬まれたのに、傷が付かなかったことも。

あれだけ全力疾走をしておきながら、翌日になっても筋肉痛が起こっていないことも。

そして……化け物に上半身をかじられて、(あまつさ)え全身に小銃の集中砲火を受けたのに、無傷で済んだこともだ。

ともすると、自衛隊の人が大鴉を仕留めたあの時、ヘリコプターからの機関銃による射撃はわたしにも当たっていたのではないだろうか。興奮のあまり痛覚が麻痺していて、衝撃波が当たっただけだとばかり思っていたが、『殴りつけられたかのような感覚』は錯覚ではなく、本当に被弾していたのではないだろうか?

さもありなん。

銃弾から発せられる衝撃波など、たかが知れている。


「あの、全然関係ないんですけれど、ちょっと気がかりなことがあります。今わたしを食おうとした、そこに倒れている化け物なんですけれど……」

直後、わたしの上半身をかじった怪物の死骸をよく観察してみたのだが、この怪物はどうやら、身体の大きさをある程度変化させることができるようだった。

折り畳み傘のように、コンパクトに身体の一部を折り畳んでしまうことができるような構造をしていて、口を開ける時はその折り畳みを解くことで、体長に見合わない程に大きく口を開けることができたという訳である。

ここで、問題が二つ。

まず一つ目は、こんな生物はこれまで存在しなかった筈だという点。わたしを含めてその場にいた全員が、口を揃えて見たことも聞いたことも無い生き物だと言った。

インターネットで調べてみても、やはりそんな生物は存在しないということになっている。

明らかに、これまで人類に発見されてきた生物とは違う。新種の生物と言えば聞こえは良いかも知れないが、その実態がこんなのでは嫌すぎる。

そして、二つ目の問題だが……


「すみません、ナイフとか持ってる方います?」

「え?持ってるけど…」

「ちょっと、この生き物の腹の中に何があるか確認したいので、腹を切開してくれませんか?それがお手数であれば、わたしに貸してくれるだけでも構いません。お願いします!」

「ええ…?それは何故?興味本意とかじゃないよね」

「はい。どうしても、確認しておかなければならないことがあるんです」

わたしの真剣な眼差しから意志の強さは伝わったらしく、自衛官の一人がコンバットナイフを貸してくれた。

いや、本当にわがままを言ってしまったものだ。ナイフが血で汚れてしまった後に、手入れをするのは誰だと思っているのかと叱責を受けてもおかしくはない。

しかし、どうしても。

どうしても、確認しなければ。

「うわぁ……よくやるよ君……」

木吉さんが、怪物の腹を切り裂くわたしに引いている。

でも大丈夫だ、引かれることには慣れている。


「……あった」


そうして、乱雑に有機物と無機物が混ざり合った混沌、つまりは化け物の消化管の中から見つけたのは、一つのネックレスだった。

そしてそれは間違いなく、わたしの母の物だった。

母・彩陽(あやひ)が、わたしの祖父にあたる、彩陽にとっての父親からプレゼントされたという、小さな丸い石を付けた手作りのネックレス。

彩陽はこれを大層気に入っていたようで、あるいは祖父の形見としてか、いつも肌身離さず身につけていた。

なんでも、このネックレスは石で出来ている割には、どんな衝撃を受けてもヒビ一つ入らないんだとか、そんな話を聞いたっけなあ。

今のわたしと同じように、決して壊れないらしい。


「………」

「………」

おっと。ついうっかり、空気を重くしてしまったようだ。

わたしが思いを馳せている間中(あいだぢゅう)、わたしの背後に立ちながらずっと沈黙を貫いてくれた木吉さんともう一人の自衛官さんには、その空気を読む能力の高さに感服しつつ感謝の意を表明したいところだが、それとは別にわたしも反省せねば。

結局、この怪物が母の(かたき)だと判明したところで、わたしには意味が無かった。

わたしは別に、仇討ちとか復讐とか、そういうのに興味は無い。大切な人を殺されたのだとしても、犯人がもう絶対に誰も殺せないという状態になったのであれば、それ以上人が死なないだけまだ幸せなほうだと甘んじるタイプだ。

この怪物が母の仇であろうがなかろうが、母の仇が死のうが死ぬまいが、それはどうでも良いことだった。ただ何となく、何か感情が湧いてくるんじゃないかという漠然(ばくぜん)たる意図から行動を起こしただけであり、結局は案の定、特に何も思わなかった。

無駄に若手自衛官さんのナイフを汚しただけだった。

「ナイフ、ありがとうございました。身勝手を言ってしまってすみませんでした」

「あー、はい、うわ…結構汚れて…」

「良いの良いの!君はもうVIPみたいなもんなんだから、これくらいしてあげるよ!ナイフなんてまた手入れすれば良いんだから!」

「……」

木吉さんが、不満を漏らそうとした若手自衛官の言葉を遮るように、そんな親切なことを言ってくれた。

わたしにとっては都合が良いけれども、いや文句の一つくらい言わせてやれよ。わたしがナイフの持ち主の立場だったら、ネチネチと陰湿に相手をなじってやるところだ。


「これで手を拭いて」

ヘリコプターの中に行っていた一人の自衛官が戻ってきて、タオルを手渡してくれた。

「手を洗うのはもう少し我慢してよ。この辺りに安全な場所かつ手を洗える場所はまだ無いから」

「はい、十分です。それで、皆さんはこれからあの怪物…大きな鴉どもを殲滅(せんめつ)するんですよね?」

「んー……えーとね、そうしたいところは山々なんだけど、抵抗者の保護はそれ以上に優先すべしと命令されているから……」

自衛官の一人が、申し訳なさそうに言う。この場合、その申し訳なさはわたしに対するものではなく、わたし一人を保護するために見殺しにされる大勢の一般人に対してだ。

他の自衛官の方々も、辛気臭い表情を浮かべる一方で、その発言に異を唱えることはない。

「わたしの保護、ですか。しかしわたしはこの通り、不死身ですけれど」

「まあそれはそうなんだけどね……」

……はっきり言おう。


「わたしも戦います」


「え!?」

わたしは淡々と、しかし熱を帯びた口ぶりで続ける。

「こうしましょう。わたしは今から、問答無用であの大鴉どもに戦いを挑みます。皆さんはわたしを保護しなければならないので、大鴉を殲滅するしかありませんね」

「勝手なことを言わないでよ、そんなことをする必要は無いでしょう!?」

「…失礼、今のは言い方が穏やかではありませんでした。でも、最後にもう一つだけわがままを聞いて欲しいんです。ここで大学の中央に集まっている人達を置いてわたしだけ避難すれば、高確率で中央にいる大勢の人達が死ぬ。それだけは、どうしても駄目なんです」

……我ながら、適当なことを言うものだ。

別に、わたしはそんな正義感に溢れた人間ではない。心にも無いことをつらつらと言い(つら)ねて、自分でやっていることながら、虫唾が走る思いだ。

ただ、ここは引けない。もう、引くに引けない。

これはわたしの、最後の矜持(きょうじ)だ。

「お願いします!足手まといにはなりません!銃が使えなくとも、偵察くらいはできます!偵察ができなくても、囮にはなれます!わたしにできることなら何でもやります!だからわたしと一緒に、今すぐあの大鴉どもを殲滅してください!」

「………」

頭を下げるわたしの前に、沈黙が続く。

本当に、頭を下げたりもしておいて、それでも却下されたりなんかしたら、もうやってられない。しかし、却下される可能性だって十分にある内容の提案だ。

わたしが問答無用で大鴉と戦いに行こうというのなら、自衛隊も問答無用でわたしを引っ捕らえて強制的に連行しようとしてくるかも知れない。

頼む、聞き入れてくれ。

これこそある意味で、一生のお願いだ。

いや、どんな意味でも一生のお願いだ。保険をかける必要など無い。そこに欺瞞(ぎまん)は無いと誓おう。

頼む。

「……」

「……」


「じゃあ、偵察をしてもらおうかな」


木吉さんが、そう答えた。

「…!」

「え、ちょっと!」

すかさず、他の自衛官が問いただす。

「冷静になりましょうよ、そんな危険に晒すこともないでしょう…?折衷(せっちゅう)案として、篠守さんにはヘリコの中にいてもらって、その状態で怪物と戦うとかが妥当だと思いますが…!」

すました表情で、木吉さんは言う。

「そのやり方だとさ、篠守さん、不満は無いの?」

「…」

「あるみたいだね。なら意味が無い」

「いやいやいや…おかしい…そんなこと言ったって…」

……いや。

あのー、確かにおかしいっす。

「彼女にだって覚悟はある。それに彼女の肉体は頑丈だ。例えば彼女があの鴉に食われて飲み込まれたとしても、その程度じゃ死なない筈だ。我々がその鴉を殺して、すぐに腹の中から救出すれば良いだろう?その程度の代償しか払わずに、偵察用員が加わってくれるのなら、メリットとデメリットの比率もそんなに悪くはないと思わないか?」

「う、うーん…いやぁ…」

木吉さんは何だろう、もしかしてわたしのことが好きなのか?わたしのことを大層気に入ってくれているようで、何やら他の自衛官の人達を説得してくれているが……、いや別に、ヘリの中にわたしを確保した状態で戦ってくれても、それはそれで不満は無いんだけどなぁ……

木吉さんが作り出した折角の空気を台無しにするような気がして、中々それを言い出せない。

さっきはああ言ったが、あれは自衛官の皆さんを戦いに仕向けるための方便みたいなもので、別にわたし自身がそこまで戦いたい訳ではないのだが……


「…仕方ありませんね。わかりました。異論はありせん。他の皆さんはどうですか?」

「はぁ…ならわたしもその案に従います」

いや、そんな簡単に言いくるめられてんじゃねえよ。

「上にはどう報告します?抵抗者の保護を優先しなかったというのが露呈したら、処罰の対象になるでしょうけれど」

「うーん、まあ、鴉の怪物と戦っている最中に抵抗者を発見したことにすれば良いんじゃない?」

不真面目かよ。そこは『全責任は私が負う』とか何とか言い出す場面じゃないのかよ。これが自衛隊なのかよ。何たる堕落だ。何たる退廃だ。別の意味で、もうこの国は終わりだよ。


「まあそういう訳だ。篠守さん、君にはこれから無線とGPSを装備して偵察に行ってもらう。しかし、我々が代わりに偵察をすることが難しい理由もそうだが、これはとても危険な行為だ。君が一番よくわかっているだろうけどね、そこの大学の中はもう地獄だと思うよ。それでも、行ってくれるかい?」

儀式めいた、あくまでも確認に過ぎないと言わんばかりの問いかけに、さしもの図太いわたし(あるいは流されやすいわたし)も、『危険でも行けよ、自衛官だろ』なんて言えず、

「はい、行きます」

と応えるしかなかった。


わたしに流される木吉さん。

木吉さんに流される他の自衛官の皆さん。

その空気に流されるわたし。

誰が元凶という訳でもなく、この場にいた全員が、何かに流されていた。


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