自衛隊、到着
無我夢中で気付かなかったが、見上げてみると、木々の隙間からヘリコプターが飛行していることに気付く。
そしてそこから、大鴉に向けて機関銃を連射しているのが見えた。あの巨躯にも関わらず、それは結構効いているように見える。皮膚が脆いからなのか、機関銃やその弾薬が特別だからなのかは定かではないが……
静音ヘリというやつなのか、プロペラの音が小さいというのもあって、わたしは直前まで気付くことができなかったという訳だ。
しかし、射撃手もわたしに気付いていなかったのだろう。あまりにわたしの近くまで弾が飛んでくるものだから、銃撃の爆音と衝撃波で、本当に頭上から殴り付けられたかのように感じた。驚いて転んだ拍子に身体を打ちつけたのか、あちこちが痛い。
危ねえじゃねえか!
でも助かりましたありがとうございます!
「ギャッ!ギャアァッ!」
かくして、大鴉は力尽きて地に伏した。
あの巨体だから、もっとタフなんじゃないかと思っていたのだが……最近の技術は凄いということで納得しておこう。
さて、どうすれば良いのかわからないわたしは、取り敢えず隠れていた林から出て目立つ場所に立った状態で、ヘリコプターに乗っている人達に向けて、両手を大きく振る救援要請の合図を送った。
お察しの通り、ヘリコプターは自衛隊のものであり、乗っている人達もまた自衛官であった。
漸く…なんて言葉を使うのも視野が狭そうな感じでアレだけれど、とにかく二日目にして、避難所に自衛隊が駆け付けてきてくれたという訳である。
「無事ー!?そこにいて!」
「あ、はい!」
おい自衛官、なんで民間人にタメ口なんだよ。
服の中にアリを5匹ほど入れてやろうか。
……ともかく、ヘリの乗員がわたしに敬語も使わずに声をかけてきて、わたしはそれに敬語で返事をした。
◆ ◇ ◆ ◇ ◆
程なくしてヘリは着陸し、わたしのほうに数人の自衛官が小走りで近寄ってきた。銃を手に持ちながら近寄ってくるものだから、あたかも重犯罪を犯した犯人であるわたしを制圧しようとしているかのような錯覚を感じたけれども、それは警察官の仕事であって、わたしの前にいるのは自衛官である。
そうして、自衛官の人達がわたしを安全な場所まで避難させてくれる…よりも先に、わたしは簡単な事情聴取を受けることとなった。
「状況は?そこの大学はどうなってるの?」
「えーと、今さっき斃したような大きな鴉があと3体いて、大学の構内中央に集まっている人達に向かって迫って行っている状況です」
「ありがとう。ちょっと待って」
男性の自衛官が無線で何かを喋っているのを邪魔するのも宜しくないため、他の自衛官に対して、
「あの怪物たちは一体何なんでしょうね」
と尋ねてみた。
案の定、答は要するに「わかりません」だったが。
まあ、敬語を使う相手と話せているだけマシだ。
「それについて、現在も我々は調査しておりますが、しかし変ですよね。あの怪物たちはどういう訳か突然現れたようですし。恐らくは生物兵器なんでしょうけど、聞くところによると、例の怪物たちによる被害が出ているのは日本だけじゃないらしいんですよね」
「え!?」
「あっ…やべ」
ちょっと待て、いやいやいや、「やべ」じゃないが。
機密情報でも口走ったのか?しっかりしてくれ公務員。
「まあいいか、どうせちょっと調べれば判ることですし。諸外国でも、ああいう化け物が沢山出没しているらしいんですよ。一体何がどうなってんだか……」
…となると、国家が一つ崩壊するどころの話でさえなかったという訳か。想像もできない程の異常事態だ。
これはもう、世界の終わりなのか?
もう終わりだあ!って感じ。
「一人で避難してきたんですか?」
「ああ……はい、まあ……」
……もう何も言うまい。
「さっきまで金足大学の中にいたんですよね?貴方、そこから一人でここまで逃げて来たんですか?」
「はい。わたしも一度は構内の中央辺りまで逃げたんですけれども、あの鴉どもは結構知能が高いみたいで、大学の四方から中央に向かって他の人達を追い込むように動いていたので、このままではまずいと思って逃げ出してきたんです」
「他の人達に声はかけなかったんですか?」
「はい。わたしの選択も結構リスキーでしたから、人に推奨できることではないなと思いまして……」
「ああなるほど……」
うーん、我ながら落ち着きが無いのがわかる。事情聴取なんて早く済ませて、さっさと避難させて欲しいという気持ちが浮かんできてしまう。
「避難…したいですよね。ただ、少し残酷な話かも知れませんが、自衛隊によって保護されている特別な避難所もあるものの、そこには一般人は避難できないんですよね。お偉いさんとか、あとはまあその…有能な人材とかじゃないと」
「はあ、有能な人材…ですか」
「まあ、はい…ちょっとこう…ね」
おっと?また民間人には言えない情報か?
語るに落ちるこの自衛官のことだ、また口を滑らせてくれないだろうか?気になるぞ。じっ。
「…ゴホン。そんなにじっと見られても、言えることと言えないことがあるんですから。何か質問されても、答えられる範囲でしか答えられませんよ?」
「因みに、好きな食べ物は?」
「え?…ええと、ラーメンが好きですけど」
「なるほど、ところで彼女さんとかいるんですか?」
「いません」
「そうなんですね…それじゃあ、特別な避難所に避難する権利を持つ有能な人材っていうのは具体的に何なんですか?」
「全然誘導になってないんですが」
むぅ……なかなか難しい。
じゃなくて、ついうっかりしょうもない駆け引きに興じてしまった。こんな事態だと言うのに。
いやあ、やはり確実に安全と言える『特別な避難所』には、残念ながらわたしは連れて行ってもらえないらしい。それは普通に察したよ。
しかしながら、そう理解した上で、自衛隊と合流してしまえばもう安心だろうという慢心も、わたしにあったということは認めざるを得ない。
いや、その慢心だって、ある程度は妥当である筈だ。
妥当であった筈なのだ。
避難させてもらえないとはいえ、武装した自衛官がすぐそばにいるこの状況で、そこまでわたしが気を張る必要は今のところ無いと思っていたし、そう思うのも仕方ない筈だったろう……が。
やはり、気を抜くべきではなかった。
「あっ…」
「え…?あの…」
「危ない!!!」
自衛官のお兄さんがそう言うが早いか、わたしの目の前は真っ暗になった。
痛い。
痛い!?痛っ!!!
一瞬、何が起こったのかわからなかったが、しかし妙な臭いと湿り気、腹部と背中に走る痛み、そしてその二箇所を起点に持ち上げられて、身体が浮かんでいる感覚……これらの手がかりから、わたしは背後から来た何かしらの巨大な怪物に、上半身をかじるように食われているという状況を、かろうじて理解した。
だが、それだけだ。
そして、それまでだ。
身体が浮かされていて、もはや足をバタつかせるくらいしか抵抗の余地も無い。何に食われているのかわからないが、わたしの上半身はこいつの口の中だ。腹と背中には思いっきり歯が食い込んでいる。
無情にも、咬む力はどんどん強くなっていっている。更に、遠心力でわたしの下半身だけを吹き飛ばさんとばかりに、わたしの身体を咬んだままの口をぶんぶんと振り回しているようで、わたしの方向感覚はもうめちゃくちゃだ。どっちが上でどっちが下なのか、よくわからない。
いつからわたしの背後にいた?
なぜ気付けなかった?
隠密する化け物…?
気づかれないように背後から忍び寄って、上半身に大きくかぶり付くように喰らう…?
それは……
まさか。
いや、考えている場合ではない。
まずい。
痛い。
胴体を噛みちぎられてしまう。
背骨を噛み砕かれてしまう。
腹から下が、いや、腹から上が、無くなってしまう。
わたしはここで終わりなのか?
こんなところで、終わってしまうのか?
嫌だ。
誰か…誰か、助け…
「もう駄目だ!助からない!撃て!撃てええ!!!」
ちょっ…ちょっと、待っ…!
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鳴り響く銃声と、全身を襲う激痛。
わたしは、わたしを食っている化け物ごと、小銃の集中砲火によって蜂の巣にされた。
わたしの命を見限ったように、まだ息のあるわたしに、まだ意識のあるわたしに、とどめを刺すように。
数人の自衛官による、一斉射撃。
当然、わたしは被弾した。
足はもちもん、化け物の口を貫通した弾丸が、腹に、胸に、腕に、首に…そして頭に、命中した。
そうしてわたしは、死亡した。
……という結果には、しかし、ならなかった。
「……あれ?」
「……え?」
わたしは、生きていた。
しかも、どういう訳か、無傷だった。




