其の四 初めての
「…お前、冒険者になれ」
「え?」
これまた聞き馴染みのある単語が出てきた。この世界には冒険者という職業があるということだろうか?
「冒険者はこの世界の住民ならば誰もが知っていて、一度は憧れる職業だ。」
スペイドの話はこうだった。
冒険者は、普通の人では到底立ち向かうことの出来ない危険な魔物を倒し、討伐報酬を貰う職業の一つらしい。もちろん相当の戦闘力が必要で、冒険者になるには「冒険者選抜試験」なる物をクリアしなくてはいけない。
「でも、なんでわざわざ冒険者を勧めるんだ?」
「それは、冒険者になった暁に与えられる権利が理由だ」
「権利?」
「自分の才力の名前から能力の詳細まで全てが分かる才力診断を無償で受けられる。冒険者でない、一般人が受けるとなると、大金が必要になるんだ」
なるほど。冒険者になることで、才力の詳細を知ることが出来る上に、冒険者の活動で収入を得られるってわけか…。
「だけど、冒険者になるには相当の戦闘力が必要なんだろ?俺の才力は今のところ寝たら知らない地に飛ばされるってだけだ。とても冒険者選抜試験を突破できる気がしないだけど…」
「そこでだ!」
スペイドはさっきまでよりも目を輝かして言った。
「魔法を習得しよう!」
「魔法!?」
この世界はやはり異世界だ。ファンタジー満載の世界に、俺は男として分かりやすく興奮している。
「魔法、使いてぇ!」
「ま、俺は教えらんないんだけどねー」
「えぇ…」
「魔法道場ってのが街に一つはあるからそこで習得するんだ。大丈夫、お前ならすぐに使いこなせるさ」
「根拠はどこから来てるんだか…」
スペイドはツッコまれて嬉しいという風に小さく笑っていた。
「というかスペイドの事も教えてくれよ!どんくらい旅を続けているんだ?ていうか今、スペイドは何歳なんだ?」
「なんでそんな事気になるんだ?まあいっか。いま17歳で冒険し始めてからは…4年くらいかなぁ」
スペイドは指を折って、数える仕草をしながら答えた。
「え!!17歳って俺と同い年だ!」
「お!マジか!お前とは運命の出会いかもなー」
こんなどうでも良い会話を異世界でするなんて思いもしなかった。まるで学校の休み時間だ。
「俺たち気が合うかもなぁ!」
スペイドとの会話は本当に楽しいものだった。もっと早くに出会いたかったと、恥ずかしい言葉が口から出かけるほどには。
異世界に来てからこれほど楽しい時間も、これほど気を許せる相手も初めてだった。
気づいた時には太陽が落ちかけていた。
「そういえば、シャークバードを倒した時は何をしたんだ?速すぎて見えなかったよ」
「ああ、あれか。あれは俺の才力を活用させた物だ。だからお前には真似できないぞー」
「いちいちウザいな…。でも、お前の才力はバリアを発生させるものじゃなかったか?」
「そっか。覚醒の話をしてなかったな」
「覚醒?」
「才力は覚醒する!覚醒すると才力の性能がアップするんだ。もしかしたらお前のテレポートの能力も覚醒したら操れるようになるかもなー」
「どうやって覚醒するんだ?」
「それは分からない。ある時突然起こるのが覚醒だ。死ぬまで起こらない人だっている。っていうかそういう人の方が多いか」
目標が一つ増えた。強制テレポートを操れるようになる可能性が少しでもあるのなら目指す価値がある。
どのくらい話したのだろう。あたりは真っ暗になってしまったので、スペイドがランプを付けてくれた。夜の心地良い風が眠気を誘う。
「そろそろ…寝ようかな。」
エイタが言う場合、その言葉は別れる事を意味する。その意図をスペイドは汲み取ったのか、「そうか」とだけ言った。
「異世界に転生してきて、新鮮な体験が出来るってはしゃいでたけど、あれは不安を紛らわす空元気だったのかも知れない。いきなり知らない地に立って、知っている人が一人もいないなんて初めてだったし」
ランプの明かりに照らされたスペイドの横顔は、より男前に見えてなんだかムカついてくる。
「でも、この気持ちに気づけたのは異世界で初めて気を許せたスペイドのおかげだと思う。お前は俺の異世界で出来た初めての友達だ」
スペイドは照れ臭そうに笑った。数時間前に出会ったばかりなのに、別れるのがすごく寂しい。スペイドの言う通り、この出会いは運命なのではないかと思ってしまう。
「俺もこんな仲良くなったのはおまえが初めてだ。昔は…まあ色々あってな。だから本当に楽しかったよ、おまえと話できて」
目をこする。いよいよ、瞼が重くなってきた。
「あ!おまえに魔法の才能がある気がするって言ったの、建前じゃないからな!根拠はないけど…本当にそう思うんだ。」
そう、スペイドは思い出したように言った。
「うん。ありがとう」
「…それじゃあ、寝る」
「ああ。俺はこれからも旅を続ける。お前も強制的に世界中旅させられるんだ。またどこかで会おう」
最後まで才力に対する皮肉を忘れない、嫌なヤツだ。
エイタは「もちろんだ!」と、元気よく答え、瞼を閉じた。