其の三 出会い
この能力に慣れてくると、目覚める場所がどのような所なのか楽しみになる様になった。
世界地図にこれまでテレポートした場所をマークしている。これを見ると、この能力のテレポートする場所は完全にランダムだという事がよく分かる。
起きた時に寝てる所も、良質なベッドから、広場のベンチまで、当たり外れがあるので運試し的な要素もある。
こんな能力を楽しめてしまっているのも順調に異世界に染まって来ているということなのだろうか…。
いつの間にか頭の中からは「今見ているのは夢」という感覚は消えてしまっていた。恐らくもう、一週間以上はこの異世界で過ごしているので無理もない。
そして、不思議な事に、元の世界に帰りたいという気持ちも起きてこない。その理由はずばり、今、毎日が新鮮で楽しいからであろう。
いつかは帰れるだろうと、あまり焦っていないのはあまりに楽観的だろうか?
一日ごとに過ごす場所が全く違えど、一週間程を異世界で過ごした。しかし、いまだに収入源は日雇いのその日暮らしだ。不自由は無いが、やはり骨が折れる。安定した収入源が欲しいところだ。
そんなことを考えながら夜を迎えた。
エイタが目を覚ました時、最初に見えたのは白い壁だった。床は硬い草で出来ているようで、正直寝心地悪い。
しかし起き上がり、少し歩いたところでエイタは、そこがどういう場所なのか、今どういう状況なのか、理解することが出来た。
その白い壁は巨大な卵で、硬い草の床は巨大な巣の一部だったのだ。
周りを見渡すと、そこがさらに巨大な木の中であることも分かる。
「生き物の巣もベッド判定かよっ!?」
その時、頭上から威嚇するような奇声を発して、巨大な鳥が飛んできた。恐らく親鳥。
エイタを巣を襲った敵として捉え、迷いなく突っ込んでくる。
「避けれねえ…!」
巨大鳥の鋭いクチバシに、死を覚悟したその時、
「危ないっ!」
という声が聞こえ、巨大鳥の進行が突然現れた半透明な壁によって止められた。
いつの間にかエイタの近くに来ていた声の主は、思わぬ現象によって混乱した巨大鳥を、恐ろしく素早いパンチによって退けた。
ー 今何した…?
気を失った巨大鳥は、遙か下へ落ちて行く。
「なんでシャークバードの巣なんかにいたんだ?お前、命知らずにも程があるぞ」
助けてくれた男は、ニヤつきながらエイタにそう聞いた。
男は、シャークバードは標高の高い所に巣を作る、世界で一番危険な鳥だと言う。
そんな鳥の巣に飛ばされるなんて。やはり、この能力はろくなものでは無い。
「で、なんでこんな所で呆けていた?」
男は興味津々だという顔をして尋ねてくる。
男は金髪が目立ち、薄汚れた服を着ていた。端正な顔立ちに、無精髭を生やしている。日本人では無いことだけは確かだ。
エイタは自分が異世界に転移してきた事、寝る度にテレポートする力の事。つまり、異世界に来てからの全てをその男にありのまま話した。
なぜその男に話す気になったのかは分からない。命を助けてもらったからかも知れないが、男の目は裏表が無い好奇心の塊のようなものだった。純粋に自分の事を知りたがっているその男を信頼することが出来たのだろうか。
エイタの話を、目を輝かせながら聞いていた男は話が終わると、
「へぇー!おもしろい人生送ってんなーおまえ!」
と、声を上げた。
「確かに退屈はしないですけど…」
そうエイタが苦笑いしながら答えると、男はわざとらしく不機嫌そうな顔をして、
「さっきから堅い言葉ばっか使ってるけど…。敬語とか気にしなくていいぞ!あっ、この世界の事なんも知らんのか。基本、タメ口で話されて気にするやつなんていないからー。」
とにかくこの男は元気そのものだった。いわゆる陽キャってやつ。
「そういえば自己紹介まだだったな!俺の名前はスペイドルーカットって言うんだ。長いからスペイドって呼んでくれや。おまえはー?」
とにかく人当たりが良い印象だ。遠慮なくタメ語で話させてもらおう。
「俺は眠川瑛太。エイタって呼んでくれ!よろしくスペイド!」
ふぅ…。陽キャか陰キャかで言ったら圧倒的に陰キャな上に、人とまともに話すのは一週間ぶりなのだ。こんな洋画に出てかるイケメンがするような自己紹介、あまりにカロリーが高い。
エイタのタメ語での自己紹介を聞くと、スぺイドはニカッと笑い、エイタに隣に座るよう指示してきた。心を許してくれたらしい。
「俺はこの世界を旅しているんだ。自由気ままにな。だから少しだが教えれるぜこの世界の事」
「それは助かる!知りたいことがいっぱいあるんだ。起きたらテレポートしてるこの力の事とか、安定した収入を得るにはどうしたらいいかとか…」
「まあ、落ち着け!ゆっくり一つずつだ」
スペイドは指を一本たてて、エイタをなだめた。
「まず、お前のその厄介な能力だが…。それは才力って言うものだ。」
「才力?」
エイタにとってはゲームなどで聞き馴染みのある言葉だった。
「ああ。これを見てみろ」
そう言ったスペイドは視線を横のエイタから正面に移し、「バリア」と小さく唱えた。
すると、目の前に半透明の壁が現れた。六角形のタイルが敷き詰められたような形をしている。
「これって!」
「ああ。さっきシャークバードの突進を止めたやつだ。これが俺の才力、【障壁】。俺の目が届く範囲に、任意でこの壁を出現させることが出来る。」
「それって結構強くないか?」
「そりゃあ強いぜ。俺の才力なんだからな。」
なんだか鼻につく言い方だ。
「才力は人が生まれつき持っている特殊な力の事で、その内容は一人一人全く違う。俺みたいに戦闘向きなモノから家事に向いている便利なモノまで様々だ。」
「なるほど…。要は、才力はその人の才能の一つって事か。」
そいうことっ。的な感じでスぺイドがウインクする。
「てことは、才力は変えることも出来ないし、無くすことも出来なさそうだな…」
「その通りだ」
「だったら、俺の才力…あまりにも不遇過ぎないか?」
スペイドは少し考える仕草をして、言った。
「才力は基本、その持ち主に利を与えるものだ。不利益のみを与える才力なんて聞いたことが無い。」
「何かしら俺に利益を与えてくれてるはず。ってことか?」
「そう。だがどんな利益をおまえに与えてくれているのか?力の持ち主のおまえが分かっていない時点で、調べる方法は一つしかない。」
「方法があるのか!」
スペイドが頷く。
これはエイタにとって朗報だった。これまで試行錯誤して辿り着いた能力についての考察の答え合わせが出来る。
「で、方法ってのは?」
「…おまえ、冒険者になれ」