其のニ 能力
大変賑やかな通りだった。人々は皆笑顔で、楽しそうだ。
俺は店々を見ながら歩くことにした。中には、八百屋や肉屋などの食料を売る店から、骨董屋や織物屋などの好事家がやっている様な店も多くある。
「兄ちゃん!買っていくかい?」
何気なく覗いていた八百屋の男に声をかけられた。どれも見た事ないような、異世界らしい物が並んでいたので、気づいたら眺めてしまっていたらしい。
ふと思いついて、ポケットを探ってみたが、案の定、空っぽだった。あのアカセドが気の利いた事なんて出来るはずがないのだ。
「それが今無一文なもんで」
そういえば言葉は通じるのか?そんな俺の不安は八百屋の男の「そっかー」という明るい声で、すぐに晴れた。
それにしても、骨董品や布類はまだしも、食料を売る店には見慣れた物が一つも無い。これぞ異世界!と言うべきなのだろうか。
建物は木かレンガで作られており、西欧風の街並みだ。そんな所も珍しく、歩くのを楽しんでいると、気づいたらが日が落ちかけていた。
「戻るか…」
宿には案外すんなりと入ることができた。止められたりと面倒臭いことになるかと思っていたのだ。 部屋に入り、背が低いベッドを眺める。はぁ…。と、自然にため息が漏れる。睡眠にこだわる俺にとって、夢の中とはいえこんな硬いベッドで寝ることは屈辱だった。
やることも無いので寝ようとベッドへ入ると、不快感はやはり増した。アカセドへのイラつきも。
しかし、そんな気持ちなど気にせず睡魔はやって来る。
目を覚ましても自分の部屋には戻っていなかった。この貧相なベッドのせいでなんだか目覚めも悪い。
「ってあれ?ベッドが豪華になってる?」
あの背が低くて硬いベッドより、明らかにグレードアップしているのだ。
「というか、ここどこっ!?」
そこはあの宿屋の何も無い部屋ではなかった。圧倒的に部屋が豪華になっている。まるで高級ホテルのような内装だ。
俺の予想は当たったらしい。部屋を出てみるとそこはホテルで、恐る恐る聞くとしっかり予約してある部屋であった。
またアカセドが何かしたのか…。またしてもあのいい加減な男に振り回されるのは癪なので、俺はいたって冷静にホテル内を散策した。
そこはどこか海外の高級ホテルに旅行に来ていると錯覚する程に、異世界感が無かった。エントランスには噴水があり、見上げると天井はとてつもなく高い。
「こんなこと来たことないからテンションあがるなぁ」
そんな気軽な事を言いながら散策していると、ある会場を見つけた。その前には「朝のバイキング」とある。そういえば、しばらく何も食べていない。食べても…バチは当たらないよね?
異世界でバイキング…。なんだかより、一人旅感が増した気がする。
しかし、料理を見ると、やはり異世界にいるのだと再認識せざるを得なくなった。見たことない名前と見た目。だが、おいしい。
高級ホテルを堪能した俺は部屋に戻り、これまた高級感のあるソファに座った。
さて、寝ても現実には戻らない。夢にしては長くないだろうか。認めたくはないが、アカセドの言っていた「転移」が現実味を増してきた。だが、俺の理性は未だ、「転移」という非現実的な現象を否定している。
「考えても仕方がない。どうせならこの高級ホテルのベッドを味わおう」
そうして、俺は眠りについた。
目が覚めて、俺は最初にため息を吐いた。
「また違う場所か…」
家に戻った訳でもない、また知らぬ地。
「アンタ、こんな所で寝てたら風邪引くよ」
知らない男に声を掛けられた。俺が寝ていたのは、ある街の広場にあるベンチであった。街並みは最初の西欧風の街に似ている。
ベッドじゃなくて、ベンチにも飛ばされるのか…
「すみません、あの…この街の名前って何ですか」
「へえ?アンタ記憶喪失かなんかか?此処はウェストルっていう都市の端っこさ」
「ウェストルか…ありがとうございます」
男と別れ、俺はこれまで起こった事を振り返り、真面目に考えることにした。
まず、寝る度にどこかにテレポートするというのは確定だろう。テレポートの先が寝れる場所なのが唯一の救いだ。
これは俺特有の能力なのだろうか?そもそもこんな不便な力、「能力」と呼べるのかどうかも怪しい。
そして、もう一つ確かめたいことがある。テレポートは同じ世界を行き来しているのか、はたまた違う世界を転移し続けているのかと言うことだ。こればかりは、時間をかけていくしか無いだろう。
「…骨が折れるな」
ウェストルの街を少し散策した後、俺はすぐ眠る事にした。無一文なので、ベッドですら眠れないことにストレスを感じたが、今は仕方ないことだろう。
起きて最初に、ベッドにテレポート出来たことに感謝した。やはりベンチとベッドでは目覚めが全く違う。部屋の雰囲気は異世界に来て初めての宿屋に似ている。
外に出て、まず最初にした事は、とにかく「ウェストルという街を知っているか」と、街行く人々に聞く事だった。
「ウェストル?知らないねえ」
「すまん、分からない」
「聞いたことないな」
雲行きが怪しい…。寝る度に世界が変わるなんて、どうやって生きていけばいいんだよ…。いや、絶望するにはまだ早い。俺だって、外国の都市名を全て知っているわけがない。国名を聞いておくべきだったかな…。
「ん?ここの国名と地名?メインテン国のスイタっていうとこだぜ」
場所の名前を覚えたところで、次は金の問題が俺の前に立ち塞がる。流石にホテルのビュッフェからは時間が経ち、寝た事も相まって腹が空いてきた。
「あ、ちょっと…」
国名と地名を聞いた男を呼び止めた。
「手っ取り早く金を稼ぐ方法ぉ?この場所の事も知らないし、お前さん大丈夫か?」
「すいません…」
そりゃ怪しまれるのも当然だ。
「まあ、今日中に金が欲しいなら日雇いの肉体労働を募集してるとこがこの通り真っ直ぐ行った所にあるぜ」
なるほど、日雇いか…。帰宅部の俺に肉体労働は少し不安だが、文句も言ってられないだろう。
バイトもしたことがなかったので、労働というものが初めてだ。男に教えてもらった建物に入ると、受付らしい場所に白髪のおばあさんが座っていた。
おばあさんは俺のことを上から下までゆっくり見ると、疑わしい顔で「うちは肉体労働しか扱ってないけど、大丈夫かい?」と聞いてきた。それはちょうど自分自身でも不安なことだ。
「大丈夫です!」と元気よく答えると、俺はすぐに労働場所へ案内された。
「取り敢えずこの木材を、あっちに運ぶだけでいいから」
現場を仕切っているらしい男は簡単に言うが、この木材を俺が持てると思っているのか…?悪いが、とても持ち上げられる気がしない。
なんとか頑張るか…。そう腹を括り、木材に手を回す。
「ふんっ!…。あれ?」
木材は軽く持ち上がった。触っている感じ、確かに木材なのだが、とても木の重さには感じられない。
異世界に来て、力が強くなっているのか?何にせよ問題なく仕事をこなせそうで一安心だ。
日が傾いてきた頃に、仕事の終了を告げられた。結構長い時間働いた気がするが、不思議と体は疲れていない。むしろ、体を動かせて清々しいくらいだ。
「いやぁ、良い働きっぷりだったよー!言ってくれればいつでも雇用するぜ」
その場の監督らしい人にも褒められてしまった。
俺には土木作業の才能があったのだろうか?
受け取った金を持って、まず人が多く入っている料理店で腹を満たした。
ホテルのビュッフェより味は落ちるが、料理が喉を通らないなどということは無く、安心した。
料理店を出た俺は、考えていたある物を買うために、雑貨屋に入店した。
「世界地図ってありますか?」
「そこにあるよ」
店主が指さしたのは、店の隅っこにあるダンボールだった。そこには丸められた筒状の紙が入っている。その一つを手に取り広げてみると、歪な大陸の形がかたどられた、正に世界地図であった。だがやはり、馴染み見た地球の世界地図とは大きく違う。
「これ一枚いくらです?」
「250ゼニルだ」
この世界はお金の単位をゼニルと言うらしい。土木工事で得た金が4000ゼニル。およそ時給換算で800ゼニルだ。そして飯代が一食1200ゼニル。
これは、1ゼニル=1円と考えていいだろうか?
俺は250ゼニルを払い、店主に聞いた。
「ウェストルっていう街を知ってますか?」
「おう知ってるぜ!俺の故郷なんだ」
おお!なんたる偶然。店主は世界地図の一点を指差して言った。
「ウェストルに行きたいのか?」
「いえ、そうじゃないんだが…。ちなみにスイタはどこですかね」
「お前さんここら辺の事何も知らないねえ。スイタはここ。ウェストルとは結構近いぜ。」
店主はウェストルの位置から指を北に少しずらした。
なるほど確かに近い。俺は店主にお礼を言って店を出た。なんとか、テレポートは同一の世界を移動する物だという可能性が高くなってきた。
それから何日かを過ごし、この能力についてわかってきた。
まず、やはりこの能力は寝る度に、同じ世界のどこかランダムにテレポートする物らしいという事だ。世界地図だと流石に街行く人はそこがどこか指差してくれた。
次に、服などに入っていたり、寝る時にベッドの上などの体の近くにあった物は、一緒にテレポートしてくれるという事だ。これは、金をポケットに入れたり、ベッドに置いたりして寝ることで確かめることが出来た。
この能力のことが分かっていく内に、なんだか謎解きをしている様で楽しい。
それに寝る度に新しい街というのも新鮮で、楽しもうと思えば楽しめると思えるようにもなってきた。
そして迎えた、何度目かの目覚め…
瑛太は旅行などの時、好みでないベッドや布団は我慢します。そこは空気読むらしい