【あの世へのナビ】
「さて、どうするかな」
春のお彼岸で、妻の実家に行き、法事を済ませたものの、妻は後片付けで明日電車を乗り継いで帰ると言う。
妻の実家は本家に当たり彼岸には親戚全員が集まる。
みんな忙しそうにしているのに何もしないでいるのは気が引けるし、実に居心地が悪い。
法事が終わったので、そそくさと挨拶をしてブラブラ帰ることにした。
しかし、もう夕方だし、家に帰れば深夜になってしまう。
家に帰って夕飯を作るのも面倒だし、いろいろ考えて、久しぶりに白布温泉に泊まってから、次の日の朝帰ることにした。
桧原湖方面に抜ければ、家への近道だし景色も良い。
米沢に入る手前で市街地を迂回して白布温泉に向かったが、着いてビックリ、旅館が三軒とも全焼していたのである。
何でも、昨夜出火して瞬く間に燃え広がったらしい。
茅葺き屋根だから、火の廻りが速かったのだろう。
もう、夜の8時を廻っているが、このまま白布峠を桧原湖方面に抜ければ、裏磐梯にはペンションか旅館があるだろうと考え、峠越えをすることにしたのだ。
この道路は「西吾妻スカイバレー」という有料道路だったが、夜は通行量が少なくて、手間の方が掛かるから徴収員がいなくなり無料で通れたのだ。
いかに通行量が少ないと言っても、対向車ぐらいはあるはずだが、この時は全く擦れ違わなかった。
九十九折の道路を通っているうちに、ナビの画面が上下にブレてきてしまったが、どうせ桧原湖までは一本道だ。
迷うはずも無いと、ナビをそのままにしておいた。
もうすぐ峠を越えるという時に、急に画面が正常に戻り『あと700mで分岐を左です』と音声案内を始めたのだ。
私は音声案内を入れた覚えはないし、大体こんな所に分岐などあろうはずが無い。
左は断崖絶壁なのだ。
『変だな?』と思って、画面を確かめると道路でない空中を走っているように表示されている。
流石に背筋が寒くなって、急いでナビを切り、桧原湖の民家の灯りが見える所まで無我夢中で走った。
桧原湖を抜け猪苗代湖が見えるようになって、ようやく通行量が増えたので恐る恐るナビのスイッチを入れたら、何と正常に戻っていたのだ。
そのまま、真夜中に家まで帰って、布団を被って寝たが、後で福島県の道路公社に訊いたら、ちょうど音声案内した附近で「ガードレールを突き破って転落する車が多い」と聞かされた。
ひょっとすると、「あの世へのナビ」だったのではないかと、思い出しても、まだ冷たいものが背筋を走るのだった。