▶︎家に帰らずブラブラする
2人が見えなくなったあたりで、俺はふと考えた。
このまま家に帰ったら、何か親に言われるだろうし、泣いてるとこ見られたら、由香(俺の妹)も変に心配させちゃうよな…今日は、まだ家に帰らないでおこう…
ということで俺はまだ涙を流しながらゆっくり進行方向を変えた。
最初は当てもなくブラブラするつもりだった。というか実際していた。
けど、ふとある場所の前で足を止めた。
そこは、3人がいつも遊んでいた俺たちにとって思い出がたくさん詰まった公園だった。
みんなで砂遊びで汚れて帰って怒られたり、公園の木に登って降りられなくなって大泣きしたり、公園で毎年開かれるお祭りではしゃいだり、本当に色々な思い出がある場所だ。
そういえば、俺が2人と出会ったのもここだったな…
こうやって一つ一つ思い出していくとキリがなかった。
いつの間にか俺の足は勝手に公園内に向かっていき、ずっと昔からある、古びたベンチに座っていた。
ここは砂場も、今は減ってしまった遊具達も見える、子供達を見守る親にとっては最高の場所だ。
ふと砂場に目をやると、俺たち3人が誰が1番綺麗に泥団子を作れるか競っている姿が見えた。
次に、遊具の方に目をやると、俺たち3人が秘密基地と呼んでいた小さいジャングルジムの中でただぶら下がりながらだべっている姿が見えた。
そして、あと数日で開かれるお祭りのために屋台の準備をするためのテントを見て、そのテントの下で3人揃って迷子になって泣きながら親を待っている姿が見えた。
どれも懐かしいものばかりで、無邪気に遊んでいた頃の自分達を思い出して、懐かしさに浸ると、やっぱり涙が出てきた。
幸い、園内には誰もいなかったから思いっきり泣くことができた。
きっと俺の人生の中で、1番泣いたことが多いこの場所で、また俺は涙を流していた。
今回の涙はなかなか止まってくれず、本当に涙が枯れ果てるのではないかと思うくらい溢れて止まらなかった。
もう何分も泣いていると、ふとベンチの隣に誰かが座った。その人は俺の頭に手を回し、自分の方に倒した。
顔をあげ、涙でボヤける目でその人を見ると、その人はにっこり笑ってくれた。
顔立ちがとっても綺麗な人で、うっすら紺桔梗色に染めたワンサイドショートボブのよく似合った女性。
俺はその女性をよく知っていた。
「早苗さん?どうして?」
「どーしたもこーしたも、大切な人が泣いてるのにそばにいてあげないでどーするの?」
「大学、休みなんですか?」
「んーん、今から行くところだったけど、なんとなくでこの公園通ったら、泣いてる君がいたからね、今日はサボるよ」
この人は、孝宏や絵里の次に俺と仲がいい人だ。この人は西島早苗。現在大学2年生の絵里の姉だ。
昔から俺たち3人の相手をしてくれていた優しくて、頼れる姉的な人だった。
俺が絵里を好きになった中学1年の時以来、ほとんど会っていなかった人だから、覚えられているのが少し嬉しかった。
「ほらっ、こっちおいで」
そう言って早苗さんはそっと俺を抱きしめてくれた。俺は、文字通り胸を借りることになった。
暖かくて、抱きしめながらも撫でてくれる早苗さんの優しい手が、俺を落ち着かせてくれた。
きっと、今までで俺が最も安らぎを感じた時間だった。
抱きしめられている状態で十数分後くらい、俺がある程度落ち着いたところで、早苗さんは抱きしめながら話しかけてきた。
「ねぇどうして泣いていたの?」
こんな直球に聞かれたら、きっと普通なら答えなかっただろう。
けど、5年前に俺が絵里を好きだということを唯一教えた人である早苗さんには、話しておかないといけないと感じた。
「いえ、ただ、失恋しただけです」
「それって絵里のこと?」
俺はその問いに対し、無言で頷いた。
すると、早苗さんは大きくため息をつく、再び口を開いた。
「告白して振られたの?」
「いいえ、孝宏と絵里が付き合ってるので」
「そっ、か…告白する前に失恋したのか…」
「はい…」
早苗さんは少し何考えたあと、さっきよりも強く俺を抱きしめて、言ってきた。
「私ね、5年前くらいにね、今の君と同じように、告白する前に失恋したの」
初耳だった。早苗さんのことをずっとみてきたわけではないが、俺が早苗さんと会わなくなった5年前までは、そういう話を一切聞かなかったのだ。
早苗さんの同級生とかほとんど知らないけれど、どんな人を好きになっていたのかすごく気になった。
「まぁ、今でもその恋を引きずってるんだけどね」
そう言った早苗さんは、少し苦笑をしたあと、とある提案をしてきた。
「だからさ、同じ気持ち味わったものどうし、今から失恋旅行にでも行く?」
それは、今の俺にとって、絵里を忘れられるチャンスとなるこの提案は、とても魅力的に感じられた。
でも、
「でも、いきなりですし、明日も学校があります。それに、いきなり旅行だなんて、俺の親も、早苗さんの親も、許してくれるわけがないと思いますよ?」
「あぁ、それね、今さっき聞いたけど、許可降りたよ。私も君も」
「えっ?いつやったんですか?」
「君の背中の後ろでLIME使ってきいただけだよ。経緯を話したらもちろんいいってさ。で?どうする?いく?行かない?」
断る唯一の理由を潰されてしまった俺には、「はい」というしか選択肢は残されていなかった。
「はい、ぜひ一緒に行かせてください」
「うん、じゃあ行こっか」
そう言って早苗さんは俺を抱きしめていた手を解いてベンチから立ち上がり、俺に手を差し伸べてくれた。
一瞬だけ、この手を取ると全て変わってしまう気がして躊躇したけど、俺はすぐにそっとその手を取って立ち上がった。
「じゃあ、私、車取ってくるから、一旦家に帰って服とスマホだけ持って家の前で待っといてね、お迎え行くから。それとも、お家まで一緒に行く?」
「ありがとう、早苗さん。でも、別々に一旦帰って早苗さんが迎えに来てくれる方が早いでしょう?」
「そうね。というか、私との旅行をそこまでして出来るだけ楽しみたいの?」
「なっ、違いますっ!断じてっ!!」
「もう、そこまで言わなくてもいいじゃん。ま、とりあえずまた後でね」
「はい、また後で」
そう言って俺たちは各自、家のある方向へ向かっていく。
公園の東側の出入り口を2人で通り、そこから三つ目の曲がり角を左に2人で並んで曲がった。
「す——————...よく思えば、俺たち帰る方向同じでしたね…」
「だね、あの流れだと2人は違う方向に家あるみたいな流れなのにね。よくよく考えれば私たちの家ってご近所だもんね〜。ふふっ、変なの〜!」
「ははっ、確かに、すっごく変ですね!」
「「あっははははは!!」」
結局、2人で帰って行き、俺の家より3軒手前にある西嶋家の前で別れた。
家に入ると、母さんと由香が2人で並んで待っていた。
「おかえり、話はサナちゃんから聞いたから。まぁ、私から言えることは
『後ろ振り返ってばっかじゃなくて、今を見て、周りに目を向けて、新しい恋を探しなさい。』
ってことだけよ。ま、お父さんの受け売りだけどね」
「そーだよお兄ちゃん!女は絵里ちゃん以外にもたくさんいるよ!例えばサナちゃんとか私とか!」
「ははっ、早苗さんに俺が告白したところで玉砕するだけだよ。それに、由香とは血のつながった唯一の妹っていう位置があるんだから、恋人は無理でしょ。あと、母さんもありがとう」
「むぅぅぅ!!お兄ちゃんは全っ然わかってない!あと、血縁あっても私たちなら大丈夫だよ!」
「はいはい、ヒデ、あんたはさっさと準備してきちゃいな。あと、由香は拗ねてないで学校の支度しな。午後から行くんでしょ?」
「「はーい」」
そう言って俺と由香はそれぞれ二階にある自室へ向かった。
ちなみに、一つ言っておくと由香は漫画とか小説に出てくる超ブラコンを拗らせたブラコンの中のブラコンである。
昔からあんな風に結婚するとか恋人になるとか色々言ってるし、お風呂に現れたりわざと無防備な格好をして俺の部屋のベッドにいたりするマジでヤバめなブラコンだ。
かという俺も、毎回適当に流しながらもなんやかんや、駄々をこねられたら一緒にお風呂入ったり一緒に寝たりしてしまう俺も大概シスコンだけど。
「そーいや、なんで由香は学校行ってないんだ?」
「そんなの寝坊して慌ててリビング行ったらお兄ちゃんが失恋したって聞いて慰めてあげるために休むことにしたの!まぁ、お兄ちゃんが失恋旅行行っちゃうから午後から行かなきゃいけないんだけどね…」
「ははっ、傷心中の俺を慰めるために休んでくれたんだな?ありがとう由香。お土産は期待しとけ」
「わーい!お土産ー!!美味しいものにしてね!」
「おうっ」
そう言って俺たちは部屋に戻って行った。
とりあえず、財布とスマホ、それから一応充電器と洗顔、保湿クリームは持って行っておくか…
あれ?もう支度終わり?短っ!?修学旅行の前日とかはもっとかかるのに!?なんで!?
ピンポーン
えっ?早苗さんももう来たの!?はっや!?
あまりにもお早い訪問に驚きつつもさっき用意したものを全部持って慌てて玄関に向かった。
「いってらっしゃい。絵里ちゃんは残念だったけど、サナちゃんとしっかり楽しんできな」
「お兄ちゃん!お土産期待してるから!あと、しっかり楽しんできて、帰ってくる頃にはいつもの笑顔になって帰ってきてね!」
「うん、わかった。じゃあ、いってきます」
「いってらっしゃい」「いってらっしゃーい!!」
少し重たい玄関のドアを押し、家の前で待ってくれている早苗さんの元へ向かう。
「じゃあ早苗さん。よろしくお願いしますね」
「うん!楽しんじゃお〜!」
そう言って俺を車に乗せてくれた。
荷物は後部座席に置き、俺は助手席に座る。
車に乗るのは久しぶりなので少しわくわくしていた。なんか、子供みたいだな…
「そーいえば、行き先はどこなんです?」
「あーね、実のところ言うと、考えてないんだよ」
「はぁ!?」
「いやー、無計画に旅行するのもいいかなって?」
「うーん。まぁいいですけど」
「どうする?山がいい?海がいい?それとも大都会?」
「それなら…海で」
「りょーかい!出発進行!!」
その早苗さんの掛け声と共に、車はゆっくりと走り出した。
◆◇◆◇◆
車に乗って景色を眺めていること約2時間高速を抜けたところで、海が見えた。
その海は想像以上に綺麗でちょっと驚いた。
海が見えてからしばらく走って、少しすると海の近くの崖の駐車場に車が停まった。
早速車を降りて海を眺めているとすぐに早苗さんが降りてきて俺のすぐそばに並んできた。
「うわぁ〜、久しぶりに海なんて来たけどすごい綺麗だね〜」
どうやら早苗さんと俺の意見は同じらしい。
やっぱり海なんてそうそう来ないからとても綺麗に見えた。
「ねぇ、ここから降りてすぐのところに浜辺があるからさ、そこに行かない?」
「最高の提案じゃないですか。もちろん行きます」
「よーし、そうと決まればどっちが先に浜辺地着くか競争だー!!よーいどんっ!」
「えっ!?ちょっとずるいです!もうっ、待てー!!」
早苗さんは勢いよく走り出し、それに追いつこうと必死に俺が追いかける。
早苗さんは高校生までバスケをやっていたので体力も足の速さも俺よりあるっぽくて、全然追いつけない。
結局浜辺に着くまで追いつけなかった。
浜辺で肩を大きく上下させて、息を上げながら早苗さんの隣に並ぶ。
早苗さんも流石にキツかったみたいですごく息が上がっていた。
「はぁ、はぁ、早苗さん、早いですって」
「なに、言ってんの。現役高校生が私に負けててどうするのよ」
「帰宅部、に言わないでください、よ」
2人で近くの岩に腰をかけ、呼吸を整える。
海を見ると春の眩しい日差しを海面が反射してキラキラと輝いている。
かもめの鳴き声と波の音、それに俺たちの呼吸の音以外何も聞こえない。
ただ2人で静かに海を眺めている。
ふと、早苗さんの方を見るとキラキラと光る海の背景のおかげか、早苗さんの横顔があまりにも綺麗過ぎて少しドキッとした。
このドキッとした時にくる胸をキュッと締め付ける様な感覚は、絵里を思い出させてくれた。
思い出すとやっぱりまだ辛い。そんな感情が顔に出ていたのか、早苗さんがこちらをみてフッと微笑んでから口を開いた。
「やっぱり流石にまだ絵里のこと辛いよね?」
「…はい…」
「ならさっ」
そう言って早苗さんがずいっと顔を近づけてきて、驚きながら後ろに下がろうとしたら、後ろから早苗さんの手で押さえられ、次の瞬間唇に柔らかい感触とほんの少し濡れる感覚がした。
今のはキスだ。流石の俺でも間違えはしない。唇を重ねるキス。初めてだった。
「ならさっ、絵里のことなんて忘れちゃうくらい、私で埋め尽くしてあげる。だから、覚悟してね?」
と言いながら妖艶な笑顔を見せたあと、早苗さんは立ち上がって、きた道を戻って行った。
俺はキスの衝撃が大き過ぎて、早速頭の中が早苗さんのことで埋まって行ってしまいそうになった。
でも、そんな余韻に浸っている暇も与えずに早苗さんはどんどん進んでいってしまっていた。
だから俺は慌てて走り出して早苗さんに追いつこうとした。
きっと、早苗さんのことで俺の頭がいっぱいになるのにそう時間はかからないだろう。