プロローグ
「甘ちゃんだなぁ。必要とされたかったら、言葉や態度で示してみろよ?」
「っ!?」
安原恵、十八歳。
長い髪と、丸い目。特徴と言えばそれくらいの、ザ・平凡な女子高生である彼女は、聖女として異世界に召喚されて今、王宮の二階にいる。いや、正確に言うと監禁されている。
それなのに、部屋の窓の外から聞き覚えの無い声がした。
驚いて恵がバルコニーに出ると黒い服を着た、長い黒髪の青年が夜の闇の中に文字通り浮いていた。
「……誰、ですか?」
見せて貰ったことはないが、魔法があるらしいので魔法使いとかなのだろうか? しかし仮に魔法使いだとして、部屋で大人しくしろと言われている自分に何の用があるのだろうか?
そう思いつつ尋ねた恵に、青年が紫の目を細めて答える。
「魔王」
「……え?」
「だーかーらー、聖女のお前と敵対してる魔王だって。で、さっきも言ったけど……必要とされたかったら、言葉や態度で示してみろよ。そうだなぁ……そこから跳んでこっちに来たら、ここから逃がしてやってもいい」
「はっ!?」
青年が言っていた魔王とは、この異世界で瘴気を広め、世界を破滅に導いていると聞いた。そして恵は、そんな魔王に対抗する為に聖女としてこの異世界に召喚されたとも。
とは言え、話こそ聞いていたが恵と目の前の魔王は初対面である。更に、そのことを教えてくれたこの城の者達は、どうも恵に都合の良い話しか聞かせず監禁している疑惑がある。
しかし一方で、聖女と魔王という字面からはどうも仲良くなれそうな気がしない。
更に、くり返すがここは王宮の二階。相手の言葉に乗って跳んでも、受け留めて貰えなければ死にこそしないが確実に怪我をする。
……だが仮にも監禁されている聖女を連れ出そうと言うのだから、こちらも体を張るしかないのではと恵は思った。
(だって、この城の人と違ってちゃんと私の質問に答えてくれたし。鞄とか携帯は、部屋に置いてきたけど……幸い、セーラー服はこうして着てたし……よしっ!)
だから恵は魔王から目を逸らさないまま後退りをし、部屋の窓近くまで戻った。目を離したり踵を返すと、逃げようとしたと思われそうだったからだ。
そしてローファーで地面を蹴り、走って勢いをつけるとバルコニーの柵を蹴って、宙に浮いたままの魔王へと手を伸ばした。
「おっと」
「……ありがとう、ございます」
紫色の瞳を驚きに見開きながらも、魔王は言葉通り恵を受け留めてくれた。
そのことにお礼を言うと、今まで思った以上に張り詰めていたらしい気が抜けて――恵は、魔王の腕の中で気絶したのである。