泣き虫オオカミさん
段ボールに詰めたままのギニョールたちを覗き込んだまま、しばらく考え込んでいた。ギニョールとは、裾から手を入れ親指、人差し指、中指の三盆で頭と両手を動かす形の人形劇用の人形だ。俗に指人形とも言うけれど、指人形というと指一本で動かす人形と勘違いされやすいのでギニョールと呼ぶことが多い。
七人の小人は小学校で公演したとき、胸に数字のワッペンをつけられるよう細工をした。三匹の子ぶたは、ワラの家の子はベージュのズボン、木の家の子は茶色のズボン、そしてレンガの子はエンジ色のズボンを履かせて家と合わせるようにしてある。
そしてうちの名優オオカミさん。この子は色んな劇で悪役を務めるから、サングラスをかけられた眼帯をしたり、頰に傷をつけられるよう仕掛けがある。あと最後にだいたいひどい目に遭うから、最後に包帯を巻いて登場できるようマジックテープも仕込んであるのだ。
この子たちは本当に、私の子どもたちのように大切な名優たちだ。
でも、この子たちが立てる舞台は今、ない。
感染防止のため、子どもたちを集めて公演なんてできるはずがない。それに私たち劇団員は現場で声を張る。子どもたちはオオカミさんを叱ったり小人さんたちを応援するため必死で声をあげるから、それに私たちも必死で応える。何より、人形を持って縦横無尽腰で汗を流しながら動き回る私たちの舞台裏はさながら運動会だ。
そんな状態をWorld Health Armyが認めてくれるはずもなく。
強大な感染症で機能停止したWHOと各国政府を倒した、世界統一のクーデター政府だ。私、この横文字がきらいだ。翻訳すれば世界保健軍。保健と言いながら軍とかそれだけでいやだ。
WHAには公衆衛生思想の普及啓発で子供番組を、なんて募集があって。私たちの劇団にもできそうな内容だったけれど。
でも私はいやだ。
人形劇は楽しいもの。
苦しいお話はあるけれど、私たちは夢を運びたい。
夢だけでごはんは食べられないけれど、夢のない人生なんてペットの猫ちゃんよりつらいと思う。
だから私たちは、WHAには応募せず劇団を休止することにした。
いつ再開できるかわからないけれど。
私はあらためて箱の中を覗き込む。
赤ずきんちゃんはここにいない。夕鶴のおつうもいない。ごんぎつねもいない。七人の小人も六人しかいない。
劇団員各々に、自分の大切な人形を持っていくよう勧めた。荷物になるからたくさんは持っていけないだろうけれど、一人でもいてくれれば心の支えになると思って。
みんな喜んでくれた。そして私は残された子たちをじっと見つめる。
おばかな顔をしたオオカミさんを引き出し、私はにらめっこした。この子をもういちど、舞台の上で暴れさせたい。敵役として、子どもたちをあおってやりたい。
みんな、どうしているだろうか。
涙がこぼれる。
私はオオカミさんが濡れないようにしつつ涙を拭き、何気なくスマートフォンで人形劇を検索した。
一本の動画があがっていた。赤ずきんちゃんの冒険。
他の人の動画を切り貼りしつつ、そこに潜り込んでいくおてんばな赤ずきんちゃんだ。
この赤ずきんちゃんなら、猟師さんがいなくてもオオカミさんに勝てそうだ。
この、見慣れた姿の赤ずきんちゃん。
「この強い赤ずきんちゃんと、オオカミさんは戦ってみないかな! ネットの向こうでぐずぐず泣いていたりして」
赤ずきんちゃんのくせにオオカミさんをあおっていた。
いつもうちのオオカミさんに襲われていた赤ずきんちゃんが、私をあおっていた。
「がーお」
私は呟く。
「ガーオーッ!」
錆びつきかかっていた声が出てくる。
「グギャガーーオーーッ!」
公演していた頃の声が蘇った。
私は手元のオオカミさんをぎゅっと抱きしめると、パソコンにつなぐカメラとマイクを急いで探し始めた。




