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コピーライターの君へ

 大好きな君へ。

 君のことを好きだと思ったのは、廊下で転んで試薬のアンモニアをひっくり返した僕を助け起こしてくれたときのこと。厄介迷惑奇人変人の巣と言われてばかりの科学部の僕に、顔をしかめながら普通に助け起こしてくれた君は、なんというか、ちょっと新鮮で。

 で、思わず僕は自分の実験の話をしたら君は、世の中は理屈じゃないとかいきなり怒りだして。

 まさかうちの部と最悪の仲だった文芸部だったとは想像もしなかったよ。まあ、何でそんなに仲が悪かったのか、今でも僕はよくわからないけれど。というか僕たちは、かな。

 あのあと、僕は君から部誌をもらって読んで、感想を聞かせてというから感想を言ったら、整合性の確認をしているんじゃないと先生みたいに叱られた。

 あれが先生に言われるよりも効いちゃって。

 君の勧めるまま、色々と読んだ。悲しみよこんにちは、光と風と夢、雪国、オンディーヌ。春琴抄は文体が難しすぎて解説をしてくれって泣きついたっけ。

 あのあと、潮騒と青い麦、それから大江健三郎の「他人の足」。あれらの作品を女子の君から勧められて読んだときはちょっと、なんと言えば良いか迷ってしまったよ。なんと言うか、うちの奇人変人部と違って常識的な文学少女の印象を持っていたから。まさか君の勧める作品に性的な描写が多く出てくるとは思わなかった。そして、常識に縛られて文学ができるか、と怒鳴る君にはさらに驚かされたけれどね。

 でもその君にもっと驚かされたのは。

 World Health Armyのスポークスマンとして標語をしている君を見たときだ。

 君は。

 君はなぜ、あんなにつらそうな表情をしていたのだろうか。

 僕は君の書いた、ちょっと理想主義的すぎる素敵な男子が出てくる小説が好きだった。銀色夏生をさらに甘くしたような詩が好きだった。

 その君がネットで語った、WHAが世界を統合する標語、忍耐の先に未来を感じさせる標語。甘ったるさも緩みもない完璧な標語だったと思う。事実、みんなその標語に従ったのだから。

 でも僕は。

 僕はあのときの死んだ魚のような目を忘れられない。

 本当は君がどうしたいか、僕は薄々とわかる。君の椅子に座り情報分析学の連中と冷徹な論理を話してストレスのない人間はむしろ僕だ。僕ならある意味、奴らの同類なのだから。

 だから君は。逃げたいならいつでも逃げて良いと思う。

 危機だからって、有能だからって逃げちゃいけないなんて嘘だと思う。

 全員が逃げちゃ駄目だと言っても、最低でも僕は断言する。

 君が逃げたいなら、いつでも逃げておいでって。

 そして役に立たない、甘ったるい文章を綴る君でいて良いんだって。

 たとえ僕一人になっても、君に呼びかけたい。

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