終着駅の警笛
私は駅員の制服を着ると腕時計を机上の時計と合わせた。続けて自身の制服を鏡に映す。漆黒のいかにも駅員らしいデザインだが、金モールの代わりに銀モールとなっており、軍服仕様の丈夫で衛生的な仕様となっている。
それは当然だ。この路線は毎日、五両編成の特殊コンテナ車が一便だけ着く特殊な路線で、俺はその終着駅の駅長なのだ。その辺の寂れた路線、例えば山手線や東海道新幹線、丸の内線なんかと一緒にされては困る。
車両が到着するまで残り15分。苦痛ではあるがN99マスクを装着する。今の時代はマスクなしでこの仕事は務まらない。
と、カウンターの呼び出し音が鳴った。
「すみません、よろしいでしょうか」
車の運転手が困り顔で立っている。マスクをしていない。
「まずマスクを装着してください」
「そのマスクが破れてしまったのです」
男は悩ましい顔でN95マスクを私に提示する。使い古されたマスクで老朽化しているようだ。使い捨てなのに使い古しとは何事かと思うが、ここでそれを咎めるのも酷だと思う。この男が職場で悩むことは私の望みではない。
名前は知らないが、この男は毎日、当駅の特殊コンテナに対応している。他の運転手の中には雑な扱いをする者も多い中、彼だけは未だに粗雑にならず仕事をしている。
この仕事をずっと粗雑にならず勤めている彼の心が、少し私は心配だ。特殊コンテナ業務に絵関わる者の多くは心をすり減らしていく。酒でも飲んで憂さ晴らしできればまだ良いのだが、運転手という業務上、業務前の飲酒は御法度だ。それに今はなかなか酒が手に入りにくい時代となっている。
私は溜息をつき、陽圧ベルトコンベアを通じて男に一組のN99マスクを分けてあげた。
「今回は特別ですよ。他社の方に言わないでくださいね」
「申し訳ありません、駅長」
男は頭を下げてマスクを装着する。装着の仕方もきちんとしている。次いで彼は制服を正して腕章を整える。誰も見ているはずはないのに、こういうところきちんとする、彼は本当に好ましい。こういう服装の礼儀などというものは科学的な意味はそれほどないが、過失を減らす意味はあるし、何より彼の丁寧な敬意に私も自分を質さなければと思うことすらある
時計を見ると残り三分だ。私は黒色の旗を持ってホームに立った。
ファーン、と甲高い警笛が鳴る。
待機中の車両はクラクションで泣き返す。
また警笛が泣く。
クラクションが泣き返す。
ブレーキの軋む音とともにコンテナ列車がホームに入ってくる。私は黒い旗を振る。
コンテナ列車が入構した。次いで先頭車両から礼服を着た十三人の車掌が降りてくる。
大きな喪章を着けた車掌長の指示で、残りの車掌たちが軋むコンテナを開ける。
ぎっしりと詰まった、防疫型棺桶を車掌たちが降ろしていく。
最初のコンテナは卍字がついており、自動的にコンテナから読経が流れる。次いで二両目、十字架。賛美歌が流れる中、事務的に車掌がまた棺桶を下ろしていく。こちらは数がかなり少ない。さらに続けて鳥居。祝詞が流れる。
こうして各宗教ごとの棺桶が下され、私は陰鬱な目をした車掌長の示す受取票にサインする。軽く手が震えている。彼もこの仕事は長くはないかもしれない。給料も立場もずっと下がるが、他の寂れた路線に移った方が彼のためかもしれない。
車掌たちは列車に乗り込んで再び来た線路を戻っていく。
振り向くと、先ほどの運転手を先頭に、礼服を着た全運転手が頭を下げて立っていた。
「面をあげてください。これより最後の旅立ちをお願いいたします」
彼らは棺桶の番号を確認しつつ、自身の霊柩車へと棺桶を運び込んでいく。私は彼らの作業を見つつ、マスクがだらしなくなりそうな者、衛生手袋の履き方のだらしない者を叱り飛ばす。
そしてついに全ての棺桶が積まれ、駅を発車した。
俺は溜息をついてマスクと手袋を廃棄すると服を脱ぎ、殺菌室で全身を消毒して平服型制服に着替える。
これからどれほど、あの列車を私は受け入れなければならないのだろう。
感染爆発の遺体を、原因不明で感染症の疑いのある膨大な数の遺体を、見送る葬列もないままコンテナで受け入れ、そしてWHA直轄委託の霊柩車に移して送り出す。
そのうち私もその遺体の一つになるのかもしれない。そのときは、できればあの運転手の車が良いかもしれない。
くだらないことを思いつつ、私は特殊火葬場に向けて手を合わせると、冷めたブラックコーヒーを口に含んだ。
「夏のホラー2020」参加作品の転載(一部修正)。
ttps://ncode.syosetu.com/n5641gj/




