プロローグ
俺は隔離室の中、監視映像をひたすら記録していた。俺はノンフィクション作家だ。いや、それは昔の話だ。今の俺は、世界中の監視映像から雇い主に都合の良い話を集め、未来への夢物語を動画配信する宣伝業者だ。
俺の雇い主はWorld Health Army。通称WHA、世界保健軍だ。かつてのWHOと各国政府は、ウイルスの世界感染爆発に効果的な対抗策を打てないまま崩壊しつつあった。その混乱の中、医療研究者とICT技術者、そして元軍人たちが創設したWHAは、長い隔離生活を支える無料の高度な仮想現実空間システムと、厳格な隔離政策という飴と鞭を民衆に提供した。民衆はその甘みに殺到し、全世界はWHAに従属した。
現実を見つめる意味を俺は何度も自問した。弱者の味方を気取りながら、山積みされた感染遺体の動画に嗤いがこみ上げる。自身の穢れに身をかきむしる。爪に残る皮膚と滴る鮮血に、俺はやっと自分の生存を実感する。言論なんて無力だ。感染症への恐怖に文章表現が勝てるわけがない。だから俺も自ら宣伝業者に身を堕とした。
だが、そんな俺もひそかに雇い主へ反逆している。未来への希望の物語からこぼれた人たちの姿を集め、反WHAサイトで動画配信しているのだ。さあ、俺が収集したくだらない、隠された人たちの影を眺めてほしい。