(5)湖岸の山の向こう
サナルの葬式は至極事務的に行われていった。
焼香の時にみた遺影は、まだあどけない15、6歳の少女の頃に撮られたものだった。
今からは想像もつかないほどの闇を抱えている顔が僕を驚かせた。
笑顔とは到底形容し難い。
灰色の雲に全てを覆われ、手足を拘束され、逃げ場所を失ってしまっているようだった。
両親はすでにこの世におらず、おそらく親戚にあたると思われる男性が式を取り仕切っていた。
僕から見る限り、何の感情も抱いていないようだった。
むしろ、早くこの煩わしい時間を終わらせてしまいたい、そういう表情にすら見えた。
彼女もまた、孤独を抱えていたのだ。
僕に光を与えてくれた彼女は、闇の中を未だに彷徨っていたのかも知れない。
夜のとばりを恐れ、眠ることを恐れ、煌々と灯りをともしていたのだろう。
人工的な照明にさえ、希望を抱いていたのかも知れない。
僕らは若すぎたのだろうか。
深海の底から光を求めて這い出してきた僕にとって、彼女は希望そのものだった。
僕に呼吸を与え、鼓動を教えてくれた。
真っ黒な闇から、死から、僕を遠ざけてくれた。
いつかサナルが言っていた言葉を思い出した。
「トウシンがうまく心臓を動かせるようになったら、今度は私を檻から出してね」
彼女は檻から出られたのだろうか。
僕は僕の心臓をうまく動かせているだろうか。
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今でもごく稀に、サナルの夢を見ることがある。
彼女は山の遥か遠くをずっと眺めている。
時折振り返って何か言葉を発するが、僕には聞こえない。
ただ、少なからず彼女は笑っていた。
彼女と僕の間にある空気の壁は、決してなくなることはなかったけれど、その振動だけは伝わってきた。
湖岸の山の向こうから上がってくる太陽を浴びながら、彼女は笑っていた。
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