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6.REDはやり手の商売人


 パン屋の末っ子が魔法使いだとバレてから、パンがまったく売れなくなった。


 それでも父はパンを焼き続けた。頑固な職人なのだ。


 棚に並ぶ、とても美味しそうなパンたち――これを捨ててしまうのは、もったいない。


 そこで末っ子は考えた。


 魔法使いに対して偏見があるのは、おもに王都近辺で、地方はそうでもない。


 厳しい環境で暮らす地方の人たちは、昔から魔法使いが起こす奇跡に助けられてきた。だから王都から不吉な噂が流れてきても、それをそのまま信じる人は少なかったようだ。――『以前私たちを助けてくれた魔法使いは平民だったけれど、尊敬できる人だった。人を襲うわけがない。そんなデタラメを平気で広めるやつが、王都にはいるんだなぁ、そいつのほうがよほど怖いよ』と。


 そんなふうに、地方は魔法使いに対して寛容だ。


 ……だったら地方で商売をするのはどうだろう? 父が焼いたパンを持って行って、売ってみる、とか。


 売りに行った際に、現地の果物を買って帰るのもいい。そこで仕入れた珍しい材料でパンを作り、また別の地方で売る。


 誰かにパンを食べてもらえれば、それを作った父も喜ぶ。


 そして父の焼くパンはとても美味しいので、飛ぶように売れるはずだ。たぶんものすごーくもうかる!


 ――『儲かる』と気づいたら、REDは『こりゃもう、やるしかないね』とノリノリになった。ついでに、そう――自分は魔法が使えるのだから、この能力を使って、地方で『便利屋』みたいなことをしてみようかな。


 さて、そうなると、ひとつ決めなければならないことがある――商売をするとなると『屋号』――つまり商売用の名前が必要だ。


 末っ子は腕組みをして考え込んだ。野原に腰を下ろし、空を眺めながら、うーん……とひたすら考え続けた。


 青いお空に浮かぶ、真っ白な雲が綺麗だな……末っ子は自然の美しさにうっとりと見惚みとれた。


 空を見上げていると、魂だけが自分の体から抜け出して、どこか遠くを旅しているような、不思議な気持ちになった。


 頭の中に、見たことのない光景が浮かんでは消えて行く――……奇妙な衣服を着た人たちがどこかで生活をしていて、動物たちが地上をゆったりと移動している。広い海、険しい山、夜空一面の星。


 今、意識だけがほかの世界と繋がっている……末っ子にはそれが分かった。


 優れた魔法使いは、時に世のことわりからはみ出して、別の世界に意識が繋がってしまうことがある。


 ――繋がったなら、手を伸ばせ――


 別の世界の言葉は、とても強いエネルギーを秘めている。もしも言葉を拾い上げることができたら、それは奇跡だ。歴史に名を残した偉大な魔法使いでさえも、こちらに言葉を持ち帰れた者はほとんどいない。


 ――『RED』――


 ふわりと浮き上がって来たその言葉を、末っ子は見事にキャッチした。


 別世界の言葉――ああ、『RED』か、これはいいぞ――『赤』を意味する言葉だな?


 力のある貴重な言葉だから、絶対に使ったほうがいい。


 そんな訳で、パン屋の末っ子は、この力ある言葉――『RED』を通り名にすることに決めた。自分の毛色を指す言葉だし、ぴったりだと思った。


「――RED」


 新しい名前を唱えた瞬間、体の奥からエネルギーが湧き上がって来た。


 下から来て、頭の先からドカンと上に抜けて行く感じ。


 おおーっ、なんかすごいぞ! 今なら、なんだってできる! 無敵だ!


 商売を始めると、「便利屋の『RED』という、すごい魔法使いがいるらしい」と評判が広まった。


 REDの賢いところは、『魔法使い』というのを、あえて言わなかったことだ。『なんでもこなす、腕の良い便利屋』――これで通した。


 ただ、あまりになんでもできすぎるので、『RED』は魔法使いなんじゃないかと、依頼した人間はなんとなく察する。


 パンの行商のほかに副業で始めた便利屋であるが、次第に固定ファンが付き始め、人気が出ていった。




   * * *




 ――そんな訳で、今日も副業に来ているRED。


 最近、雨期に突入したばかりの西南地方。先に町でパンを売ってきたので、荷物は軽い。


 進行方向の雨雲をちまちま退けつつ、空飛ぶ絨毯に乗って、真っ直ぐに飛んで行く。


 REDはさらに田舎のほうを目指していた。


 ――ドカーン! と一気に雲を散らすこともできるのだけれど、意味があって雨期というものがあるのだろうから、自然のルールに手を加えたくない。


 あ、ちなみに……この絨毯で移動するやり方、大魔法使いで知られる、我が国の王様がやっていたそうだ。何気なく真似してみたら、これがものすごく画期的なわけよ。


 ――めちゃ便利! 王様、すごい!


 異国の物語からヒントを得たらしいと聞いたんだが、そんな物語、果たしてこの世界にあったかな?


 もしかするとREDと同じく、別の世界にアクセスして拾い上げたのかもしれない。単語ひとつでも拾い上げるのは大変だったのに、物語ごと拾い上げたとなると、化けものじみた能力ってことになる。


 REDは自分以外の魔法使いを天才だと思うことはないのだが、王様だけは例外だった。もしかすると自分のほうが劣るかもしれない。


 以前一度だけ、王様の魔法を遠目で見たことがある。あれは何かのお祭りだったかな。


 王様が魔法で打ち上げた花火――それを見て、魔力コントロールの繊細さと優雅さ、そしてそれらを支える途方もない胆力に度肝を抜かれた。


 夜空に大輪の花火が弾けた瞬間、幸せになるまじないの、名残りのようなものを感じ取った。


 それは指先に落ちてとけゆく淡雪のように儚いもので、見た人がホッとするくらいの効果しかなかったのだが、その加減が絶妙だと思ったのだ。考えを大きく変えてしまうほど強いわけではなく、そっと見守り、包み込むような優しさがある。


 王様はこの国で暮らす人たちが本当に好きなのだなとREDは思った。


 REDの中で、王様は雲の上の人のような、遠くにいる人だった。


 それが、まさかね……


 思い出を振り返っているうちに、目的地に辿り着いた。森のそばで高度を落し、絨毯を着地させる。


 そして木陰に入った。身を隠したのは、これから魔法を使うためだ。


 移動時に身に着けていたローブ姿から、一瞬で別の衣装に早変わり――新しい服は動きやすいものにした。


 薄い麻のシャツなので、胸や腕についた立派な筋肉が浮き上がって見える。背も高く、力が強そうな青年の姿。


 ――さて、では依頼を確認するか。


 森の中に木箱を設置してあるので、何か依頼をしたい人は、そこにメッセージを入れておくという決まりになっている。


 木箱を覗くと、今日は一件、メッセージが入っていた。


「あら……犬探しか。ワンちゃんが行方不明なのね、そりゃ心配だ」


 REDは森の小道を歩いて、依頼人の家へ向かった。


「こんにちはー!」


 ドンドン、と扉を叩くと、十代後半の男の人が出て来た。


 優しそうな人だ。清潔感があるので、全体的に三割増しで格好良く見えるタイプだった。


 ――話を聞けば、可愛がっていた飼い犬が、一昨日から行方不明とのこと。


「それじゃあ、すぐに取りかかるよ」


 ワンコねぇ……捜し方は色々あるけれど、今回は『嗅覚』を使うことにする。


 雨期に入っているので、雨が匂いを落してしまうから、ちょっと難しい。けれど天才の自分には、このくらいのハンデがないと、仕事をした気にならない。


 いなくなったワンコが気に入っていたブランケットを借りた。


「行ってくるね」


 依頼人の家を出て、森の中へ。


 そこで中型犬に変身!  REDの変身術はいつもと同じくあざやかだった。


 まぁ、ネズミにもなれるからね――ワンコのほうが簡単さ。


 シトシト降る雨の中、犬っ鼻をクンクン動かして、どんどん進んで行く。


 しばらくしてから何かを掴んだ。


 ――絶対こっちにいる! 間違いないワン!


 きっかけを掴んでしまえば、ほどけた毛糸玉の端っこを掴んだようなもの――あとはひたすら辿っていけばいい。


 ダッシュで匂いの元へ向かうと、なんとそのワンちゃん、隣町の農家にヒモで繋がれていたよ……。


 人の姿に戻って、その家の人と話してみたら、迷い犬だと思って保護してくれていたんだって。


 農家の人に、「飼い主が探しているから」と説明して、ワンコを連れて帰った。


 依頼人にワンコを渡して、報酬をもらって、任務完了!


 仕事は終わったので、すぐに帰ろうとしたREDを、なぜか依頼主の青年が呼び止めた。


「あ、あの、ちょっと訊いていいですか?」


 ん? ……まだ用があるの?


「どうぞ」


 REDは頷いてみせる。


 青年がなぜかモジモジしながら口を開いた。


「ええと、その……魔法使いって、自分より小さなものに化けられる?」


 変なことを訊くなぁと思った。まあ別に、答えるのは構わないけどさ。


「無理、無理。魔法使いといっても万能じゃないんだ――さすがに自分より小さいものには化けられないよ」


 実は天才の自分は、小さいものにも化けられるんだけどね。ネズミにもなれちゃうし。


 でも普通は絶対に無理だからね――RED基準で「できるよ」と答えちゃうと、「ほかの魔法使いに訊いたら、できないって言われたよ! 嘘つき!」て責められちゃうかも。だから「できないよ」と答えておけば、あとでトラブルにならないはずだ。


 REDの答えを聞いて、青年の顔がぱぁっ! と明るくなった。喜びに目を輝かせて、こちらの手を握りしめてくる。


「ほ、本当に? そうなの? 小さいものには化けられない――そうなんだね? ということは、小柄で可愛いらしい女の子が、ものすごく背の高いムキムキマッチョな男の人に変化した場合――女の子のほうが『本体』ってことでいいんだね?」


「……ん?」


 REDが眉を寄せると、青年がさらに詰め寄って来る。


「だってそうでしょう? 男の人が『本体』だとすると、魔法で女の子に化けたことになるけど……君の話だと、それは不可能なんだよね? だって『自分より小さいものには化けられない』んだから」


「お、おう、そうだな……」


 よく分からないけれど、すごい熱量で迫って来るなぁ、この人……。この青年は男性が恋愛対象の人なのかな? ……でもごめん、困ったな。


 どうしたものかとREDが考えていると、先ほど一緒に帰って来たあのワンコが、突然横から突進してきて、青年のズボンに飛びついた。


 ワンコは「ぐるるるるる……!」と唸りながら、ズボンをしっかり噛み、歯を剥き出しにして、グイグイ後ろに引っ張り始める。


 え……このワンコ、飼い主に反抗的なの?


 さっきリードでしっかりと繋がれたはずだけれど、また縄抜けしたのか? 自由すぎない?


「え、わ、ちょっと? いつもはすごく大人しいのに……」


 オロオロする青年。


 けれどそれにはお構いなしで、ワンコが本気出す。


 グイ、グイ――……ワンコが足を地面に突っ張って、青年のズボンを噛んだまま後ろに引く。すると段々とズボンがずり下がっていき、ついに青年はパンツ一丁の姿に。


 おっと、こりゃまずい……REDは「では、これで失礼」と断って、そそくさとその場から逃げ出した。


 背後で「あー、君、ちょっと待ってよ!」という悲鳴のような声が響いた。


 その叫び声に驚いたのか、近くで羽を休めていた小鳥がバサバサと飛び立つ。


 REDは振り返らなかった。あの青年に下着姿で追いかけられても困ると思ったからだ。


 絨毯を隠しておいた森の外れに戻ると、サッと魔法を使って、いつものローブ姿になる。それから軽やかな動きで、浮かせた絨毯に飛び乗った。


 REDを乗せた絨毯はあっという間に高度を上げ、緑深い森を見おろしながら、滑らかに発進した。来た時同様、雨雲を少しずつ避けながら進む。


「雨期が終わったら、お姉ちゃんを連れて来ようかなぁ」


 REDは絨毯の上に腹這いになって、下界を眺めおろした。


 完全に変身を解いた今、素のままの姿で寝そべっている――これが本来のREDの姿だ。


 長い赤髪は毛先が少し跳ねているが、ツヤツヤと輝いている。ローブで隠していても分かる、細い腰のライン。


 深い緑色の瞳は、エメラルドのようにきらめき、生き生きと輝いている。頬は滑らかで、桃のような色だ。


 年は十五歳。


 頬杖をついたREDが呟きを漏らす。


「あの男の人、なかなか素敵だったなぁ……でも、彼、男の人に変身した私に迫って来たから、どうにもならないよね。だって私、女の子だもん」



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