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REDとパン焼き娘コンテスト  作者: 山田露子 ☆ヴェール小説4巻発売中!
2.ぶっ飛び、おとぎの国レース

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9.漆黒のドラゴン


 落ちゆくREDはどこか遠くでボン! と何かが弾けるような音を聞いた。反射的に目を開ける。初めに艶やかな赤髪が見えた。落下している最中なので、長い髪が顔の横から舞い上がり、天に向かって伸びているかのように感じられる。それから白くて華奢な手――女の子の手だ――REDはどこか他人事のように考えていた。


 手の周辺には砕け散った金属の破片。あれはREDがこの世界に飛び込んだ際、問答無用で手首に嵌められた腕輪の残骸だ。妖精王の魔力に縛られているという象徴的なアイテム。それが乾いた土か何かのように、ボロボロと崩れ、風に吹かれてどこかに飛んでいく。


「……え、あれ? これって私の手?」


 REDは驚き、目を丸くする。


 ネズミ姿でいることが多いので、時折自身の姿とはいえ、人間のパーツが見慣れぬ誰かのものに感じられる時がある。特に今は、妖精王の箱庭に閉じ込められていて、ネズミから人の姿に変化することはありえないと思い込んでいたので(妖精王のルールで『REDはネズミとしてネズミチームに参加!』と決められていたはずだから)、頭が混乱してしまう。


 眼前には青い空――そこに無数の花が散っていた。――色の洪水――赤、白、黄、青、紫、ピンク、薄紫――それらがふわりと中空に舞うさまは幻想的で、まさにおとぎの国の世界だった。


 いつの間にか落下のスピードは緩まり、ふと気づけば止まっていた。


 REDは「ふわぁ」と呟きを漏らし、空を掻くように両手を動かした。すると膝裏と背中に柔らかな感触が当たり、誰かに抱き留められる。


 視線を巡らせる前に、そこにいるのが誰なのか分かった。――だって抱き留めてくれたのは、REDの大切な人だから。


「どうして?」


 REDはここにいるはずのない彼に尋ねた。――信じられなかった。何もかもがありえない。彼が偉大な魔法使いだというのは分かっていたつもりだ。それでもこれはありえないことだった。


「境界を壊して助けに来た」


「瞳が……」


 彼の金色に輝く瞳が、人ならざる者に見えて、心細さを感じた。REDがそっと手を伸ばし、王様の頬に触れると、彼が愛おしげにこちらを見おろしてきた。猫が甘えるように、自らの頬をREDの手のひらにこすりつけてくる。


 ――王様はとびきり獰猛で気高く美しい百獣の王みたいな存在なのに、REDの前では猫のように甘えてくる。


「あなた一体、何をしたの?」


「妖精王に喧嘩を売った」


「喧嘩を売るつもりがあったとしても、この境界は人には壊せないはず」


「……僕はたぶん普通じゃないから」


 確かにそうだとREDは思った。そして彼はREDのためだからこんな無茶をしたのだ。


 まだ呆けているREDを見おろし、王様が微かに瞳を細めた。彼は中空で静止し、REDをお姫様抱っこした状態で、周辺の状況を感覚的に探っていた。――地形、風向き、敵の居場所、ゴールまでの距離を。


「レースはまだ終わっていないよ、RED」


「でも私、蜂飛行機から落ちちゃった」


 REDが視線を巡らせると、グリーンピースの乗った蜂飛行機がこちらに向かって引き返して来るのが見えた。――REDがグリーンピースを機内に放り込んだあと、彼はなんとか機体を安定させ、レースに参加することを断念して、引き返した。そうでなければ、もうとっくにグリーンピースの機体は遥か遠くまで行っているはずだ。落ちたREDを助ける気で戻ってきたのだろう。仲間の命を優先して勝負を捨てたのだ。レースに負けたら一生ここから出られないのが分かっていて。


 ――『僕はモブだから』――グリーンピースは以前そんなふうに言っていた。だけど彼はものすごく勇敢だ。REDをゴールさせるために、羽にからみついた杖を取ろうと、ためらいもなく蜂飛行機の外に飛び出した。


 グリーンピースが見せた勇気に感動したし、もうだめだ死ぬと思ったのに王様に助けられてホッとしたし、レースを頑張ったのにダメだったし、色々ありすぎて感情がぐちゃぐちゃに乱れている。


 REDがぐす、と半べそになって鼻をすすると、王様の口元に淡い笑みが浮かぶ。


「いつも言っているだろう? 困ったら僕を呼べと」


「うん――うん」


 REDはとうとう泣き出してしまった。


「あなたは来てくれた。それでもう十分だよ」


「十分なものか。僕ははらわたが煮えくり返っているよ」


「どうして?」


「君を泣かせたやつらに仕返ししてやらないと。レースの続きで白黒つけよう」


「蜂飛行機に乗るの?」


 だけど今は王様もREDも人の姿だし、蜂飛行機は小さすぎる。……ネズミに化けるのかな? でもREDはすでに魔力が尽きているから、変化の魔法は使えない。


「――蜂飛行機よりも速い乗りものがある」


 王様がそう言ったと同時に、上空に何かが飛来した。ふ……と視界が翳り、REDが慌てて空を見上げると、漆黒のドラゴンが真上でホバリングしているのが見えた。


「え、ドラゴン?」


 REDは目をまん丸くした。


「初めて見たよ!」


 REDはヤンチャな性分であちこち無鉄砲に旅をした経験があるのだが、ドラゴンだけはいまだにお目にかかったことがなかった。――ていうか王様、ドラゴンと知り合いだなんて、これまで言ったことなかったじゃないか!


「昔主従関係を結んだんだが、平時は呼び寄せるような用もないからね。今回はどのみち僕がこちらに転移する必要があったから、ついでにドラゴンも引っ張ってみた」


「すごい……」


 旋回しながら舞い降りて来たドラゴンが、水面に近づいてからまた浮上して、REDたちの下に来た。王様は浮遊を解き、ドラゴンの上にふわりと着地する。


 彼が膝を折り、恭しい手つきでREDを下ろした。REDはおっかなびっくりドラゴンの背に降り立った。なんとなく危なっかしく感じたのか、王様はREDの手を取って支えている。


「原形だと大き過ぎるから、これでも縮小しているんだ」


「こんなにデカいのに?」


「本当は、目の虹彩だけで君の背丈より大きいよ」


 近くまで飛んで来ていたグリーンピースは、REDが人間の女の子に変化しているし、ドラゴンが現れるし、突然空に無数の花が出現するし、その花が川面に幻想的に落ちていくしで、目を白黒させていた。


「――じゃあ行こうか」


 王様がREDの腰を抱き、かがむように促す。一拍置き、ドラゴンが羽を動かした。初めはゆったりと優雅に、ダンスでもするようにひと振り、ふた振り――そして戯れのように前足を動かし、グリーンピースの乗っている蜂飛行機を引っかける。エネルギーがドラゴンの周囲に集まり始めていた。凄まじい圧だ。REDたちは内側にいるのでその影響は受けないで済んでいるが、辺りの空気は雷雲が近くに来たような状況になっている。


「そういえば」


 王様が悪戯めいた瞳でREDを見おろす。


「首に着けたそれ、可愛いね」


「え」


 REDは右手を持ち上げ、自分の首筋を撫でた。――リボンの感触。それから花の茎と花弁が指先に触れる。


 REDはネズミ姿の時にいつも赤いリボンを巻いているのだが、人に戻った際に首が絞まらないよう、リボンには常時伸縮の魔法をかけてあった。だから今もリボンは首にそのまま巻きついていて、チョーカーのようになっている。そしてネズミ姿の時にリボンに花を挟んでいたため、それもそのまま残っているのだった。


 王様から『可愛い』と言われて、REDは頬をかぁっと赤らめた。普段はおしゃべりなくせに、こんな時は照れて何も言えなくなり、モジモジと俯いてしまう。王様はそんな彼女を眺めて、とろけるような笑みを浮かべた。


 お遊びはここまでだった。


 ――ドン!


 空気を切り裂くように、爆速でドラゴンが発進した。



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― 新着の感想 ―
[一言] わーい王様きてくれたー。 ドラゴンでレース参加はOKかとか今は人だけどまだネズミチームかとかそういえばハニーちゃんたちはどうなったかとか、まだまだ目がはなせませんが、二人ならきっと大丈夫。
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