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REDとパン焼き娘コンテスト  作者: 山田露子 ☆ヴェール小説4巻発売中!
2.ぶっ飛び、おとぎの国レース

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7.奇襲


「ブルーベルの丘が見えてきた」


 グリーンピースが身を乗り出し、前方に見える青い丘を指差して告げる。――ブルーベルというのは、あの青い花の名前だろうか。丘一面に青い絨毯を敷き詰めたように花が咲いている様子は圧巻で、REDはほぅとため息を吐いていた。


「丘を左に眺めながら、ゆるやかに旋回」グリーンピースが行き先を指示する。「そうだ、いいぞ――前方に川が見えるだろう?」


「ああ」


「あそこ――淡い紫色の光を発しているのが、スタート地点のキラキラ橋だ」


 グリーンピースがそう言うのと、天空からアナウンスが響いてくるのとが、ほぼ同時だった。


『おとぎの国レースが間もなく開催されます。カウントダウン――5、4、3、2、1』


 REDが首を前に突き出して東の空を眺めると、赤のモクモクカウントが、『000,000,001』を表示している。そしてそれがゼロに変わった。


『スタート!』


 一台の蜂飛行機がスタート地点上空でホバリングしているのが見えた。REDたちはまだ百メートルほど手前にいるので、敵の蜂飛行機がロケットスタートを切るのを、後方から見送る形となった。


 かつおぶし爆弾にかく乱され、さらにはREDが蜂飛行機初心者のため、出発時に操作習得のため少しモタついたこともあり、到着までに時間がかかったのだ。しかし操作に関する一番初めのレクチャーを、グリーンピースが丁寧にしてくれたおかげで、REDは基礎がしっかりと身に着いた。おかげでレースには万全の状態で臨むことができる。


 REDはアクセルをベタ踏みにしたまま、前の機体を睨み据える。


「敵は一機だけ? 少なくないか?」


「リスチームやトカゲチームなど、本来ならレースには十チームが参加する予定だったんだけど……」


 グリーンピースが悔しそうに言い淀む。REDは経緯を察して、苦い顔になった。


「キャット兄弟の仕業か」


「やつらはまったく容赦がないよ。僕たちネズミチームが最後まで残れたのは、偉大な魔法使いである女王が睨みを利かせて、キャット兄弟を抑えてくれていたからなんだ。だけど頼みの綱の女王も攫われてしまったから、君が来なかったなら、僕たちも棄権していたはずさ」


 REDはチラリと隣に視線をやり、グリーンピースとアイコンタクトをした。


「大将との一騎打ちか。面白いじゃないか」


 REDの口角がわずかに上がっている。――グリーンピースはそれに気づき、呆気に取られてしまった。


 この厳しい状況の中で、REDはリラックスしているのだ。能天気というのとも違う。REDの佇まいから感じ取ったのは、天性の勝負強さだった。この勇敢なネズミは、何者にも屈しないし、誰かのために全力で戦える。怖さを知っていたとしても、それに立ち向かえる。


 グリーンピースはグッと拳を握った。いつもトロンとした優しい目をしている彼が、口元を引き締め、闘志を燃やして前方を見据えた。


「そうさ、僕たちでやってやろうじゃないか。キャット兄弟をぎゃふんと言わせてやるぞ!」


「その意気だ、グリーンピース」


「やるぞ、僕たちはやるぞぉ!」


 グリーンピースが吼える。REDの笑みが深くなった。


 こうして二匹の勇敢なネズミたちは、キャットギャングに勝負を挑むのだった。




***




「レースは流れ星川に沿って進んでいく」


 グリーンピースがコースの説明をしてくれる。


「上流に向かうんだな?」


 REDは川の流れを眺めおろし、尋ねた。


「そう。――ゴールは鏡の泉だよ。そこに一番に着いたチームの勝ちだ」


 しばらく進むと、流れ星川が大きく右に曲がっているのが見えた。


「……視界が悪いな。もっと上に行くか?」


 REDがハンドルを引く準備をしてからグリーンピースに確認すると、


「いや。流れ星川の周辺は風が強い。上空は特にね。向かい風に当てられると、遅れを取ってしまう」


 確かにキャットギャングに先行されているこの状況で、風によりスピードを殺されるのは痛い。


「だけどなんか嫌な感じがするっていうかぁ!」


 REDの言葉尻が急に大きくなった。REDは目をまん丸くして、慌ててハンドルを左に切った。


「ひぃ、なんだあれ!」


 枝豆のサヤみたいな緑色の何かが大量に、真っ直ぐにこちらに向かって来る。


 REDがハンドルを急に切ったので、機体がほとんど斜めになり、グリーンピースは慌ててドーム状の天井に手を突いて体を支えた。


 ――バチバチバチィ、と機体の底に何かがぶち当たっている音が響いてくる。石つぶてを何個も投げつけられているみたいだ。


 グリーンピースは『あー!』の形に口を開け、目をひん剥いていたのだが、ハッとしてREDのほうに顔を向けた。


「これはバッタ族だ!」


「次から次へと飛んで来るぅ!」


 REDは細かいハンドル捌きで向かって来るバッタをよけていく。正面から直線状に迫って来るので、互いの距離を把握しづらく、回避するのは難しい作業だった。――右、左、右、上、下――挙句どこにも行き場がなくなり、機体をクルリと回転させる。


「うわぁああああああ!」


 かつおぶしがシャッフルされて、運転席がどえらいことに。悲鳴を上げているのがREDなのかグリーンピースなのか、もはや分からないくらいの混沌とした状況である。


 REDがパイロットゴーグル越しに前方を見遣ると、キャットギャングの機体そばにはバッタが一匹も飛んでいないのだった。


「なんでバッタたちは俺たちのほうにばっか寄って来るんだ!」


 REDが怒鳴ると、


「バッタ族はキャット兄弟の手下だ!」


 グリーンピースも怒鳴り返す。


「手下がいるなんて、ずるいじゃないか!」


「キャット兄弟はこの世界に来てすぐ魅了の指輪を手に入れたようなんだ。それで手下を増やしていった。魅了の指輪は哺乳類には効きづらいようだけど、バッタや魚は意のままに操れるようだ。今じゃ大勢の配下を従えている」


「そんなのずるいじゃないかぁ!」


 REDは二度目の「ずるいじゃないか」を言った。――今の心境を表すのに、「ずるいじゃないか」以外の適切な台詞が見つからなかったためだ。


 機体を回転させたり上下に激しく揺すったりしたため、蜂飛行機の中はかつおぶしが猛吹雪みたいに飛び交い、ほとんど前が見えない。


「――ああ、マズイぞぉ、RED! この先、滝がある」


「え?」


「次に川が大きく左に曲がるんだけど、その先は滝だから! 上昇しとかないと突っ込んじゃう!」


「だけどバッタが群がっていて、上に抜けるラインは潰されている」


「どうしよう! 僕カナヅチなんだ! 蜂飛行機が滝に突っ込んで落ちたら、僕泳げないよ!」


「安心しろ! 泳ぐ心配をする前に、機体もろともペシャンコだ」


 REDは誰も得をしない気休めを言った。かつおぶしでほとんど視界が利かない状況のまま、REDたちの機体は流れ星川に沿って、ゆるやかに左に折れる。


「グリーンピース、ハンドルを頼む」


 REDはグリーンピースに頼み、イスの上に飛び上がった。そうして、


「うぎぎぎぎ」


 力を込め、ドーム状の蓋を押し上げる。空気の圧があり、ものすごく重い。


「RED、何をする気だい?」


 グリーンピースが慌ててハンドルを握り、REDのほうを見上げた。しかし会話をしている時間はなかった。――パカン、と覆いが外れ、オープンになる。


 ――ボゥン!


 空気に触れたため、またかつおぶしの大爆発が起こった。それは中空に飛び散り、周囲を取り囲んでいたバッタたちにからみついていく。これによりバッタの動きが鈍くなった。彼らは混乱したようにジグザグに飛び始めるが、かつおぶしはどんどん機体から零れ出ていく。


「おわぁあああああああああ!」


 上蓋を開けたREDの体がそのまま外に放り出されそうになったので、グリーンピースは左手でハンドルを操作しながら、右手を伸ばしてREDの尻尾を掴んだ。REDは尻尾を掴まれた状態で、ふわりと空を飛び風で煽られる。


「――RED、自力で戻ってくれ! 手が滑って、支えきれない!」


 尻尾を掴んだ手がズルズルと滑っていくので、グリーンピースはパニック状態になっている。REDは平泳ぎのようなポーズをしながら空を掻き、自力でなんとか運転先のほうに戻って来た。ネズミお手々を伸ばして必死でイスの背を掴み、グリーンピースの隣にふたたび戻る。


「RED! よかった! ああ、神様!」


「こんなところで死んでたまるか」


 REDはハンドルの横に両足を突っ張り、思い切りハンドルを引っ張った。隣席のグリーンピースも必死でそれを手伝う。――機体が上昇を始めた。初めは緩やかに、すぐに急角度で上向いていく。


 すぐ目の前に滝が迫っていた。この先はかなり標高が高いらしい。崖は険しく、越えられるかどうかギリギリのところである。


「ふぎぃいいいいいいいい!」


「うわぁああああああああ!」


 二匹は絶叫しながら力を込めてハンドルを引く。ハンドル操作をしながらREDが下方を見遣ると、かつおぶしにまみれたバッタたちが方向感覚を失い、滝に突っ込んでいくのが見えた。


 REDたちも他人事ではない。一歩間違えばバッタたちと同じ目に遭う。猛スピードで上昇しながら前進しているので、荒々しく落ちる滝が眼前に迫り来るさまは恐怖でしかなかった。


「――行けぇええええええ!」


 蜂飛行機の下部が水面に微かに触れ、シュワン、という音と共に崖を乗り越えた。


「やった!」


 二匹はほう、と肩で息をした。


 しばらくしてからREDはグリーンピースのほうに顔を向けた。


「……滝に突っ込んだバッタたちは大丈夫かな?」


「滝壺に落ちたあと、魚たちが助けていると思う。彼らは連携しているから」


「そっか。よかった」


 REDは片手を持ち上げてグリーンピースのほうに差し出した。二匹はハイタッチを交わした。



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