6.会いたい
「どうする?」
グリーンピースに尋ねられ、
「ハニーを助けに行く」
REDはかつおぶし爆弾が炸裂した機体のそばにいたので、無事だったほうの蜂飛行機に乗り込もうと体の向きを変えた。
ところが。
「――RED、ハニーのことは俺に任せておけ! 俺も男だ! 愛した女は死ぬ気で守る! キャット弟の機体を追い、なんとしてもハニーを奪還してみせるぜ! お前はレースのスタート地点である、キラキラ橋に向かうんだ!」
ビッグが無事だったほうの蜂飛行機に飛び乗り、REDたちにそう告げてから、ドーム状の蓋をピシャリと閉めた。先ほど『惚れた女くらいちゃんと守れ!』とREDに喝を入れられたのが、かなり響いていたらしい。土壇場で気弱になるという悪い癖があったビッグであるが、今やすっかり戦う男の顔になっている。ビッグは凛々しい顔で親指をビシィと立てて見せてから、蜂飛行機を発進させた。
止める暇もない。
REDはネズミのモコモコお手々を前に伸ばし、『あ……』という悲しげな顔で、去って行く蜂飛行機を見送った。そうして数秒たったあと、その顔のままグリーンピースのほうを振り返ったのだった。
「……行くのなら、かつおぶし爆弾が炸裂したほうの機体を使って欲しかった」
傍らにいるグリーンピースも困り顔になっている。
「僕たちはフワフワのかつおぶしまみれで、レースに参加するしかないね」
***
REDとグリーンピースはしゃかりきになってかつおぶしを掻き出してみたのだが、よけてもよけても次々モクモクフワフワ湧き上がってくるので、途中で諦めることにした。
「これじゃあ、かつおぶし爆弾の袋がどこにあるのか分からないね」
グリーンピースが拳で額をこすり、弱音を吐く。REDは覚悟を決め、作業台までひとっ走りして、小瓶に挿してあった赤い花を引っ掴んで戻ってきた。そうしてグリーンピースに告げる。
「仕方ない。このまま乗り込もう」
「正気かい? RED」
「かつおぶしだと思うから抵抗があるんだ。お風呂に入るんだと思えば、そんなに抵抗ないかも」
「そうかなぁ?」
「いくぜ!」
REDはジャンプしてかつおぶしまみれの蜂飛行機内に飛び込んだ。フワァと、かつおぶしが舞う。思い切って飛び込んでみると、泡風呂に浸かっているような感じもして、そう悪くない。
「よぉし、僕も!」
グリーンピースもREDにならってジャンプしてみたのだが、わずか数センチしか飛べなかったので機体を乗り越えることができなかった。それでえっちらおっちら、モソモソと機体を這い上がり、頭から突っ込むようにして乗り込んできたのだった。かつおぶしの中からグリーンピースの足と尻尾が上に突き出て、しばらくバタついたあとで、ひょっこりと顔が出てきた。
「……ふぅ。かつおぶしといえども四方八方囲まれると、溺れている気分になるなぁ!」
「足であちこち探ってみたけれど、かつおぶし爆弾の袋に当たらないんだ」
REDが呟きを漏らすと、グリーンピースも頷いてみせた。
「僕、頭から突っ込んだけれど、やっぱり袋は見つけられなかったよ。かつおぶしが一気に噴射した勢いで、また後ろのほうに引っ込んでしまったのかもね」
REDは、
「ちょっとこれ、持っていてくれ」
と言って握っていた切り花をグリーンピースに手渡した。そうして一旦席から立ち上がると、ドーム状の蓋に手を伸ばしてピタリとそれを閉めた。
「これで空気が遮断されるから、これ以上はかつおぶしも増えないだろう」
話しながらふたたび花を受け取り、REDはそれを首に巻いていた赤いリボンに挿す。
「それ、大事なものなんだね」
グリーンピースが微笑みを浮かべて、REDの首元に挿された切り花を見遣る。
「レースに勝って、これを渡したい相手がいる」
そう語るREDはなんだか感傷的な気分になっていた。その言い方がなんというか少し影があり、大人っぽく感じられたので、グリーンピースは心打たれたようだ。
「君って何をしても格好良くてイケているなぁ! 相手の子は君みたいに素敵なネズミに想われて、幸せ者だよ」
「褒めるのはレースに勝ってからにしてくれよ」
REDがキリリとした決め顔でグリーンピースを流し見た。そしてハンドルに引っかけてあったパイロットゴーグルを手に取ると、それを頭にくぐらせて、一旦首のところまで引き下げる。
「ぶっちぎりでレースに勝ってやるぜ――俺の生きざま、隣で見ておけ」
そう告げたあとで、ゴーグルを引き上げて装着する。密閉された状態でゴーグルが必要なのかはさておき、似合っているのは確かだった。
REDのその仕草があまりに格好良すぎて、グリーンピースはもはやため息しか出ないのだった。
***
「――栗の木の右端を通り抜けて。あとはしばらく真っ直ぐだ」
グリーンピースが行き先を指示する。グリーンピースは普段はのほほんとしているけれど、教え方が上手だった。
蜂飛行機の操作についても、説明に過不足がないので、教わる側としては心地が良い。『少しだけアクセルを踏んで。いいね――ハンドルをちょっと引いて』という具合に、適切なタイミングで情報出しをしてくれる。グリーンピースの指示が的確なので、REDはそう苦労することもなく、飛び始めて五分後には操作をほぼ完璧にマスターしていた。
REDはグリーンピースの指示に従って、アクセルを少し踏み込み、ハンドルをちょっと引いて機体を少し上昇させた。
グリーンピースは機体が安定したのを確認してから、REDのほうを見つめた。
「――その赤い花を渡したい相手とは、付き合っているのかい?」
「婚約者なんだ」
「え」
グリーンピースが目を丸くする。
「じゃあ絶対に帰らないとね!」
「そうなんだ。たぶん今も……すごく心配していると思う」
「だけど君がここに迷い込んでから、まだ数時間しかたっていないだろう? おとぎの国に囚われていることに、気づいていないんじゃないかな?」
「いや、たぶん気づいている。俺の気配が突然消えたから、びっくりしたはずだ」
呟きを漏らしたREDは、胸の辺りがきゅうと苦しくなった。――王様はすごく心配しているかもしれない。いつもそうだ。王様は自分のことは後回しで、いつもREDのことを気遣ってくれる。
彼の青い瞳がこちらを見て、REDがそこにいるのを確認し、幸せそうに微笑む。REDはそれを見るのが好きだった。
――REDは微かに俯き、混乱するまま言葉を発した。
「外の世界では今日は百花祭で、好きな相手に想いを告げる日だ。だからさ……この花を贈って、大好きだって伝えて、それでキスするのが夢なんだ。……おとぎの国から出られるかも分からないのに、呑気なこと言って、なんか馬鹿みたいだよな」
「そんなことないよ。その夢、叶うといいね」
グリーンピースがポンポン、と優しく肩を叩いてくれる。REDは微かに笑みをこぼし、照れたように視線を正面に向けた。




