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REDとパン焼き娘コンテスト  作者: 山田露子 ☆ヴェール小説4巻発売中!
2.ぶっ飛び、おとぎの国レース

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20/27

5.極悪! キャット兄弟


 REDたちはレースで使用する蜂飛行機を見に行くことにした。


 ハニーが先導し、「こちらです」と案内役を引き受けてくれる。ハニーは時折スキップするなどして、なんだかとっても上機嫌だった。ヒロインのさだめ(?)であるのか、ハニーは驚くべき忍耐強さを発揮して、チームの中でずっと公平さを保ち、いつだって正しいことをしてきたようである。しかしその身に抱え込んでいたストレスは相当なものだったのだろう。ネズミ女王がいなくなったあとは、荒くれドギーに圧をかけられ、ものすごく我慢を強いられていたようだ。爆発寸前だったところに、REDが荒くれドギーをボコボコにしたもので、溜飲が下がった様子である。


 グリーンピースはREDが披露した伝説のネズミチューチュー拳に感心しきりで、ちょっとウザいくらいに前のめりになり、蜂飛行機のところへ向かう道中、「君ってすごいや!」と興奮気味にまくしたてて、REDの手柄を褒め称えるのだった。


 REDは赤い花を挿した小瓶を両手で持ち、トコトコと足を進めていた。不思議なことに、この赤い花を眺めていると心が穏やかになる。――ふと右手のほうに顔を向け、少し離れてついて来るビッグの様子を眺めた。派手な喧嘩をしたあとなので、ちょっと気になったのだ。今更だが、『いくらなんでもやりすぎたかなぁ』と思ったりもして。


 ビッグは不貞腐れているでもなく、落ち込んでいるでもなく、『別に何もなかったですけど?』みたいな平気な顔をしていた。時折野イチゴの葉を蹴り上げては、鼻歌を口ずさみ、両手を後頭部に当てて、ブラブラと散歩を楽しむていを装っている。


 荒くれドギーへの態度を見ても、ビッグは強い者には従う気質らしいので、あれらの喧嘩を経てREDのことを認めたのかもしれない。――あるいは、一方的にやっつけられたのが気まずくて、あのことはなかったことにしたいのかも。


 REDには彼の心の内はよく分からなかったのだが、それでも根に持ってネチネチ恨んで足を引っ張ろうとしてくる様子もないので、こちらも水に流すことにした。


「なぁビッグ! お前は蜂飛行機に乗ったことはあるのか?」


 REDが少し大きな声で離れた場所にいるビッグに声をかけると、ビッグはビクリと肩を揺らしてから、(なぜか)少し顎をしゃくれさせてこちらに顔を向けた。話しかけられたことでビッグの瞳が一瞬輝き、照れくさそうに口元をモゴモゴ動かしているのがREDにも見て取れた。


「――お、おお。あるぜ」


「そうか。運転は得意か?」


「いや。俺、ああいうのは苦手なんだ」


 ビッグが右手を持ち上げ、気まずそうにポリポリとネズミ耳をかいている。てっきり『俺様の操縦技術は天才的だ!』とか言うのかと思っていたから、意外だった。……ていうか、普通に素直にしてりゃあ、さっぱりしたいいやつじゃないか。REDは口元に笑みを浮かべる。


「そっか」


「俺ぁ昔から、細かいことが大の苦手でよ」


「誰にでも得意なものと不得意なものがあるよな。――それでグリーンピースはどうなんだ?」


 今後はグリーンピースのほうを振り返る。グリーンピースがはにかんだように笑った。ショボショボのひげがビヨンビヨンと揺れる。


「ええと、その、わりと得意なほうかな」


「じゃあ運転を教えてくれよ」


「もちろんさ! 一緒に頑張ろうね」


 先行していたハニーが振り返り、拳を突き上げる。


「みなさん、一致団結して、勝利を掴みましょうね!」


 おー! 全員がそれに応える。


 やっぱりハニーの声は甘くて、とびきり可愛いのだった。……おそるべし、ヒロインパワー……REDは心の底から感心してしまった。




***




 イチジクの木のそばに、蜂飛行機をメンテナンスするための作業場があった。そこには蜂飛行機が二台あり、作業台の上には、ドングリ、イガグリ、リンゴ、油さし、レンチ、びっくり顔をしたミミズクの置物などが並べてあった。


 ――蜂飛行機は金属と生物の良いとこ取りをしたみたいな、不思議な乗りものである。外観は蜂によく似ているが、背中がシャボン玉みたいな透明なドーム状になっていて、内部にはイスが取りつけられている。上のドームをパカッと開けて、操縦者が乗り込めるようになっていた。中はかなり広いので、ネズミサイズならば二匹は乗れそう。運転席の前には操縦用のハンドルだの、ハンドルにひっかけてあるパイロットゴーグルだの、足のペダルだの、謎のボタンなどがあった。


「先日キャット兄弟の嫌がらせに遭い、蜂飛行機を壊されてしまったんです。キャット兄弟はキャットギャングのリーダーで、極悪非道なやつらです」


 ハニーがしょんぼりと肩を落とし、蜂飛行機の羽を撫でる。機体には半透明の羽が右に二枚、左に二枚、計四枚ついているのだが、そのうちの三枚が無残にも折られていた。


「キャット兄弟ってのは、ひどいやつらだなぁ」REDは思わず顔をしかめてしまう。「ここに蜂飛行機は二台あるようだけれど、どっちもやられちゃったの?」


「はい。一台は羽を折られ、もう一台はイスをイガグリでできた棘棘イスにすり替えられました」


「えげつないことをする」


 REDは女王から託された杖を掲げ、それで蜂飛行機の表面を撫でた。するとキラキラした光が杖から漏れ出て、折れていた羽が元通りになった。もう一台も同じようにすると、イガグリ製のイスがもとのイスに戻った。


 REDは杖を眺めおろし、『さすが女王の魔法の杖だな』と考えていた。力の大部分を抑え込まれている状態にも関わらず、杖が増幅器のような役割を果たして、魔法がマトモに使えるようにしてくれる。普段REDが得意としている、ドッカン! キラン! ズドーン! て感じの派手派手スッキリ極大魔法を放つのはさすがに無理だけれど、ノーマルな魔法なら普通に使うことができそうだ。


「わぁ、すごいですぅ! RED様、天才ですね!」


 ハニーが両手を胸の前で組み合わせ、羨望の眼差しで見つめてきた。REDは『こうまで言われちゃぁ、悪い気はしないな』と考え、口元をニマニマと緩ませた。ネズミヒゲがピクピクと揺れる。


「え、そう? 照れるなぁ」


「格好良い! 最高!」


「えへへへへ~」


 REDはネズミ耳をかきながら、足をモジモジと交差させた。


 ――そのさまを遠目に眺めていたテントウムシが、『あのピンクネズミ、男たちをはべらし、可愛さを振りまいて相手を意のままに操る、魔性の女ネズミだな』と心の中で呟きを漏らし、『男たちが不憫で、もう見てらんないよ』という気分になったので、大空に向けて飛び立っていったのだった。


「さぁ、それじゃあエンジンをかけてみようぜ」


 REDは鼻歌まじりに蜂飛行機のドームを押し上げた。グリーンピースが隣に並び、ハンドルを指差す。


「起動時は機体に魔力を通すんだ。ハンドルを杖で軽く叩いてみて」


「そうなの?」


 言われたとおりに杖でハンドルをトントンと叩くと、ブ……ン……とゆっくり振動してから、蜂飛行機の羽が動き始めた。地面から数センチ浮き上がったようだ。


「お、おおおおお! すごい!」


 REDは瞳を輝かせた。空飛ぶ乗りものは、いつも魔法の絨毯を使っていたので、こういった機体状のものは初めてである。蜂飛行機にはハンドルがついているし、羽がすごい速度で回転しているしで、なんだかすごく楽しそう!


「足元のペダルだけど、右がアクセルで左がブレーキ。ハンドルは手前に強く引くと、機体は上に向かう。反対に強く押せば、下へ。右に回転すると右に曲がるし、左に回転すると左に曲がるよ」


「よくできているなぁ」


 REDは蜂飛行機の作りに感心してしまった。


 じゃあ、もう一台も――と別の機体に歩みより、杖でハンドルを叩いたところで異変が起こった。


 蜂飛行機が起動したことで、イスの下から謎の布袋が飛び出してきたのだ。機体が揺すられたことで、イスの下に押し込んであったそれが前に出てきた感じだった。


「ん? なんだコレ?」


 REDが袋に手を伸ばしたところで、袋の口が弾けた。


 ――ボゥン!


「ふぎゃあ!」


 REDは仰天して悲鳴を上げた。目の前を薄茶の何かが舞う。それはひとつが一センチ四方ほどの、極薄の何かだった。軽いし、すごい量なので、舞い上がると手がつけられない。吹雪の中に飛び込んだみたいになってしまう。


 ていうかなんだろうこれ、ほんのり磯の香りが……?


「ふぇくしっ!」


 飛び散ったそれがネズミ鼻に貼りつき、くしゃみが出る。すぐ隣にいたグリーンピースも同じ目に遭った。


「ひ、ひえぇえええええ」


 グリーンピースは目の上にそれが貼りついてしまったらしく、大慌てで顔をこすり、払い落とそうと身をよじる。


「ふははははははは~! 馬鹿め、まんまと『かつおぶし爆弾』を食らいやがったな!」


 どこからともなく勝ち誇った声が響いてきた。REDが慌てて声のほうに顔を向けると、赤茶の毛並みをボサボサに逆立てた(あえてラフにスタイリングしているのかもしれない)素行の悪そうなキャットが、栗の形をした大岩の上で腕組みをしてこちらを見おろしていた。


 革製のネコサイズジャケットを羽織っているのだが、なぜかそれは袖部分を引きちぎってあって、チョッキ状になっていた。引きちぎった部分がギザギザになっているので、いかにも悪そうに見える。


「なんだお前はぁ!」


 キッと睨み据えるRED。


「俺様はキャットギャングのリーダー。皆は俺を恐れ、『稲妻キャット』と呼ぶ。電光石火の天才イケメン『稲妻キャット』――略して『稲キャット』――いや、『稲キャン』と」


 喋っているうちにほぼほぼ原形がなくなっているのだが。最後、『稲キャン』になってるじゃん。全然怖くないじゃん。むしろ親しみやすいじゃん。


 げんなりしたREDは、グリーンピースのほうを振り返って尋ねる。


「……ほんとにアイツ『稲妻キャット』あらため『稲キャン』って呼ばれているのか?」


 グリーンピースは口元をへの字に曲げ、『聞いたことないなぁ』とばかりに、肩をすくめてみせた。


 こちらが呑気に雑談をしているのが気に入らなかったのか、キャット兄が声を張る。


「――そのかつおぶし爆弾は、空気に触れると袋から無限に湧き出し続けるという、呪いのかつおぶし袋だぁ! こうなってはもう、その蜂飛行機には乗れまい!」


 蜂飛行機は二台あるので、かつおぶし爆弾を仕込まれた一台が潰された形だ。レース直前にこれはキツい。


「なんて卑怯なんだ!」


 ギリ……と歯を食いしばるRED。


「きゃあ!」


 悲鳴が響き、栗大岩の陰から、拘束されたハニーが姿を現した。


 ――いつの間に! REDは目を丸くした。まさか、かつおぶし爆弾が陽動作戦でもあったとは!


 ハニーを羽交い絞めにして引きずっているのは、グレーの毛並みをした痩せた猫だった。


「あれはキャット弟だ!」


 グリーンピースが教えてくれる。岩上に佇むワイルド赤毛がキャット兄弟の兄で、シュッと痩せたグレーのほうが弟らしい。グレーのやつは、お手々が黒くなっていて、ソックスをはいているみたいだった。


 グレーがハニーの頬にかぎ爪を触れさせながら怒鳴る。


「――おい! そこの赤茶ネズミ! 魔法の杖を寄越せ」


「渡すわけないだろ、馬鹿ネコ!」


 REDが怒鳴り返すと、グレーがシャーッと唸った。口がカッと開いて、恐ろしい容貌である。REDはちょっとビビり、後ろ体重になってのけ反ってしまった。


 グレーがさらにすごんでくる。


「杖を寄越さないと、このピンクのかわい子ちゃんの顔がズタボロになるぜぇ」


「くっ……この悪魔め!」


 REDは杖を構え、先制攻撃でグレーをやっつけてしまおうかと迷った。万全の状態ならば負ける気はしないのだが、今は異界に囚われているせいで力が弱くなっている。しかも馴染みのない杖を使用しての魔法攻撃となると、外してしまう可能性も高く、ハニーを傷つけてしまうかもしれなかった。


「おかしなことは考えず、言うとおりにするんだな。お前が弟に何かしたら、俺はあのメスネズミを八つ裂きにしてやるぜ」


 キャット兄からも脅しをかけられ、REDは戦闘態勢を解いた。杖をキャット兄のほうに放り投げる。


 キャット兄あらため稲キャンが杖を器用にキャッチして、フンと鼻で笑う。


「この世界には勝者と敗者が存在する。――つまり、キャット兄弟か、それ以外かだ」


 グレー弟が思わずといった様子で歓声を上げる。


「さすがキャット兄様だ! 世界一格好良いぜ!」


 くだらない小芝居を見せられているようで、REDはイラッとした。


「杖を渡したんだから、ハニーを解放しろ!」


「するわけねぇだろ、クソ間抜けクソネズミが」


 グレーがペッペッと唾と毛玉を吐き、ののしってくる。


「――さらばだ、愚民ども!」


 キャット兄はモコモコ人差し指と中指を額に当ててから、それをキザに動かして別れの挨拶をしてきた。


「きゃあ、助けて~!」


 ハニーのか細い悲鳴。


 魔法の杖を強奪したキャット兄弟は、我らがハニーを捕らえたまま、岩下に待機させていた彼らの蜂飛行機二台にそれぞれ別れて飛び乗って、さっそうと飛び去ってしまった。



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