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2.快適グルメライフ


 町の嫌われパン屋とは正反対の、華やかな場所。


 立派なお城の最上階で、若く美しい王様が暮らしている。


 白金の髪はお日さまの輝き。そして陽光が反射した海のような、深い青の瞳。宝石など身に着けなくても、彼自身がキラキラと眩しいくらいに輝いている。


 王様はお城の塔の窓辺に腰かけ、中庭を見おろしていた。


 中庭にはオークの木や、リンゴの木、サンザシの木などが植えられている。芝生は青々と茂り、緑が多い。


「――陛下へいか


 大臣がそばにやって来て、かしこまって言う。


「ひと月後、陛下は十六歳になられます」


 王様は頷いてみせた。


「そうだね」


誕生日祝賀たんじょうびしゅくが行事までに、おきさき様になられる方をお決めになられたらいかがでしょうか? 国民もそれを待ち望んでいます」


 大臣はこう言ったものの、王様に断られるだろうと考えていた。――なぜならこの提案は、一年前から繰り返しているのに、一度も良い返事をもらえたことがなかったからだ。


 王様が綺麗な笑みを浮かべる。


「花嫁の条件は何かある?」


「条件、ですか……」


「たとえば魔法が使える人、とか」


 大臣はよく考えてから答えた。


「陛下が歴史上もっとも優秀な大魔法使いでいらっしゃるので、お妃様は魔法が使えなくてもよろしいかと思います」


「貴族じゃなくて、平民でもいい?」


「陛下がお決めになった方なら、誰でも問題ございません」


「そうなの?」


「偉大なる陛下がお選びになったお妃様に、誰がケチをつけられるでしょう?」


 それを聞いた王様は口の端を微かに上げ、円卓の上にある銀のスプーンを手に取った。


 そしてエッグスタンドに載せられている卵の上部を、スプーンの背でトントンと叩く。


 すると。


 卵にヒビが入り、中から黄金色のヒナが出てきた。ヒナはみるみる大きくなり、羽を何度か動かしてから、窓の外に羽ばたいていった。


 大臣は口をポカンと開けてそれを見送る。


 金の鳥は大空をぐるりと旋回したあと、高度を下げていく。


 鳥が飛びながら羽をバサリと動かすと、光の粉が舞い、その粉がかかった場所に色とりどりの花が咲いた。


「お見事ですな……!」


 大臣は目を輝かせ、王様が起こした奇跡をうっとりと眺めた。


 中庭に美しい花を咲かせた金の鳥は、ふたたび空に舞い上がり、思い切り息を吸い込んだ。


 ――ふーっ――……!


 鳥が息を吐くと、空に白い雲がモクモクと現れた。細長く、フワフワしていて、棒状に焼き上げたパンのように見える。


「美味しそうなパンに見えますね」


 大臣がそう言うと、王様がくすりと笑う。


「僕は最近、パンにはまっているんだ」


「さようでございますか」


「だから決めた」


 王様は手に持っていたスプーンを外に放った。


 するとそのスプーンが銀色の鳥に変わり、金色の鳥とダンスを踊るように大空を舞う。


 美しい鳥たちはやがて空のかなたに消えていった。


 それを見送ってから、王様が大臣に告げる。


「――この国で一番パン作りが上手い娘を、僕の妃にする」




   * * *




 王様はなぜこんなことを言い出したのだろう? 大臣は不思議に思った。


 大臣は理由を知らないが、そのきっかけは十日前にあった。




   * * *




 魔法を使うとものすごくお腹が減る。


 偉大な魔力使いなら、この現象をきっと理解してもらえるだろう。


 ちょっとした魔法であっても、全速力で何キロも走ったくらいのエネルギーを使うのだ。


 魔法というものは普段から練習していないと腕が落ちるので、王様は毎日、お城の花を咲かせたり、自動で動く廊下を作ったりして、魔法を使いまくっていた。


 そうすると猛烈にお腹が空くわけで。


 食べたい。とにかくお腹いっぱい食べたい。


 ところが残念なことに、お城の料理人が作るものは上品すぎた。


 花びらのように加工したニンジンの飾り切りとか、どういうつもりで出してくるのだろうか?


 王様は、花びらそっくりのニンジンが食べたいのではない。ボリュームたっぷりの、美味しいものが食べたいのだ。


 とはいえ料理人が一生懸命作ってくれているのは分かっている。だから文句を言うのも可哀想だ。


 王様は賢い人だから、他人を動かすのではなく、自分が動くことにした。つまり希望どおりの料理を求めて、町に出てみることにしたのだ。


 こういう場合はお忍びで行かないとね……久しぶりの外出でウキウキする王様。


 変化の魔法を使い、ネズミに化けてみる。


 ちなみにこれ――王様は簡単にやってのけているけれど、実はめちゃくちゃ難しい。


 変化の魔法は、自分よりも小さなものに化けるのはとても大変なのだ。


 大きくなるのは楽だけど、小さくなるのは大変。


 かくれんぼに置き換えると分かりやすい――大きな空箱の中に隠れるのはとても簡単だ。


 けれど反対に、手のひらサイズの小箱の中に隠れろと言われたら、どうだろう? 体のほうが何倍も大きいから、小箱の中に入り込むのは絶対に無理――それと理屈は一緒である。


 縮小変化ができる者はものすごく希少で、長い歴史を振り返ってみても、たった数人しか存在しない。


 魔法使い同士ならこのすごさが分かるので、


「へえ、あんた、縮小変化できるの? 大、大、大天才だね! もはや神! スーパークール!」


 と拍手喝采になるはずだ。


 けれど魔法使い自体が少ないため、すごいことをやってのけても、誰にもそれが伝わらないという悲しさがある。


 誰にも伝わらないとはいえ、王様は魔法にかけては一切手を抜かない。ネズミに化けるとなったら、とことんこだわる。


 灰色のモサモサした毛並み。黒いヒゲ。小さな手足。


 大変良くできたが、『見た目だけじゃなく、中身もネズミになりきるぞ』と、下水道に入り込んでみた。


 ところがこのあと激しく後悔することに。


 ――下水道 気軽に入るな ひどいとこ――


 劣悪な環境に打ちのめされ、王様は涙目になった。ひどい臭いで、この世の地獄に迷い込んだ気がした。


 本物のネズミたちはこの臭いも平気なようで、チューチューと鳴き声を上げながら、暗がりを走り抜けて行く。


 王様はすぐにギブアップした。防水の魔法、防臭の魔法、抗菌の魔法を立て続けに自分にかけ、慌てて地上に戻り、体の近くでこういて、ホッとひと息つく。


 ふぅ……びっくりしたな。


 優秀な王様にしては、お間抜けな失敗である。


 そこからは『ネズミらしさ』にはこだわらず、通りのすみっこを走ることに。


 やがてそれも飽きたので、屋根から屋根へと飛び移りながら、気ままに移動することにした。


 ちなみに『特別な移動手段』として、空間をねじ曲げる、『瞬間移動』というものがある。


 しかしこの秘術――ことわりを大きく曲げるせいか、周囲にとんでもない副作用が出ることが分かった。


 以前王様が瞬間移動をしたら、どういう原理なのか、王都にカエルが大量発生してしまったのだ。しかもこのカエル、突然、空から降って来たという。


 またある時は、王都に砂嵐が発生したこともあった。


 さすがにこれはまずいということで、王様はこの技を封印することにした。


 だから瞬間移動はとても便利なのだが、使えない。


 王様はネズミの体でひたすら屋根の上を進んで行く。


 ――ホワン。


 王様はネズミ鼻をヒク……と動かし、ピタリと足を止めた。


 なんだろう、すごく良い香りが漂ってくる。香ばしくて、バターのとろけるような、美味しそうな匂い。


 お腹がぐぅー……と鳴った。


 深い赤色の瓦屋根の上で立ち止まった王様は、クンクンとネズミ鼻を鳴らしながら、下を覗き込んだ。


 軒下にささやかな看板が出ている。


「えーと……パン屋さんかな?」


 小首を傾げて眺めおろしていると、タタン! と軽やかな音がして、王様ネズミのすぐそばに、赤茶のネズミが飛び出して来た。


 フサフサした毛並みをした赤茶ネズミは、いかにもすばしっこそうだ。


 そいつは首に赤いリボンを結んでいる。まるで蝶ネクタイみたいに。


「よぉ、お前、新入りか?」


 偉そうにそいつが問うので、王様はこくりと頷いてみせた。


「まぁ、そうかな。君は誰?」


「RED」


 赤茶ネズミが得意げに返したその言葉は、聞き慣れない響きだった。


「それは名前なの?」


「そうさ、遠い国の言葉だ。――このリボン見てみ」


 そう言って、チョイチョイと首元を器用に前足で指す。ほとんど上体は起き上がっており、直立二足の姿勢だ。


「REDとは、この色、『赤』を意味する。『RED』か『RED様』、どちらか好きなほうで呼ぶがいい」


 とにかく威張ったやつだな……しかし王様は逆らわらず、小さく頷いた。


「分かった。じゃあ、僕のことは――」


「お前のことは『陛下』って呼ぶことにする」


 かぶせ気味にそう言われてしまう。


「え……なんでかな」


「だって香の匂いをまとったネズミなんて、ネズミの王様に違いないじゃん? 上品だもの」


 それを聞いた王様は『しまった』と思った。


 せっかくありふれた灰色ネズミに化けたのに、失敗したなぁ。下水に入ったせいで、臭いを消さないといけなかったから……。


 王様はお忍びでここへ来たのに、初対面のネズミから「陛下」と呼ばれてしまったことを残念に思った。


 ……まぁ、やってしまったことは仕方ないか。


 王様がガックリと肩を落としていると、REDが尋ねてきた。


「お前さ、腹減ってない?」


 えー……王様は半目になる。


 なんなんだこいつ、「お前のことは『陛下』って呼ぶ」と言ったくせに、結局「お前」呼ばわりなのか。別にいいけどさ……。


 王様はため息を吐き、質問に答えた。


「実は腹ペコなんだ」


「やっぱねー。だと思ったー」


 REDがヒゲをヒクヒクさせながら、得意げに言う。


 しかし不思議だなぁ……王様は首を傾げた。


「なんで僕が腹ペコって分かったの?」


「だってさー、お前さっき、パンの良い香りに反応して足を止めただろう? 分かるぜー。この店のパンはマジで絶品だからね。……食べたい?」


「食べたい」


「ふむ、そうか」


 REDがリズムを取るようにネズミ足の先をパタパタと動かしながら、腕組みをする。


「ならばこのRED様に付いてくるがいい。新入りに快適グルメライフを送らせてやるのも、先輩の務めだからな。美味いメシにありつく秘儀――お前に叩き込んでくれるわ」


 変わり者のようだが、REDは気のいいやつだった。




【補足】


 この世界の言葉は地球とはまるで違います。

 たとえば「ライフ」とか、作中にちょこちょこ英単語が出てきますが、カナ表記のものは、現地語をこっちの言葉に意訳表記しているような感じです。

「RED」(アルファベット表記)のみ、そのまま英語の発音で語られています。



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