嘘
はじめましての方、はじめまして。前作からお読みくださってる方、ありがとうございます。
諸事情ありまして、前作は途中での幕引きとなってしまい、楽しみにしていただけていた方に申し訳なく思っております。この作品は同じ轍を踏まぬように努力いたしますので、どうかよろしくお願いします。
いつからだろうか、なんの変化もない無機質だった僕の人生をこんなにも華やかな道に変えたアナタに出会ったのは。
それはまだ寒さ残る春の影。それは、心地の良い光に眠気を誘われ風に風鈴の音が子守唄を歌う夏の木漏れ陽と息。それは、悲しげな虫の音響く秋の夕べ。それは、陽が白い雪を照らしあたり一面が輝く冬の朝。四季によって顔を変えるこの世界は、さながら百面相で、嘘つきで、正直なものだ。そんな世界に僕は嘘で顔を変えて毎日を生きている。「嘘」ははたして悪いことなのか?そんな疑問について考えた。嘘も方便、正直者は馬鹿を見るなど様々な日本の言い回しがある。こんな言葉だらけの嘘つきな世界で今更、嘘を咎められることにも疑問を抱いていた。言い訳みたいに言葉を探して、やっと見つけた言葉は、そう「都合」だ。人は都合によって嘘を使い分ける。時にはできることをできないと言い、できないことをできると言う。つまらない人生だ。八方美人を形作るのも簡単なことじゃないのだな そう思ってつまらない退屈な毎日を歩んでいた。
そんなどうしようもない毎日の中に君が現れた。
いつも通り満員電車に乗って揺られている朝、前後左右ありとあらゆる方向からかかる重さや嫌なぬくもり、吐息には全然慣れない中にひときわ輝くような女性がいた。光沢のある艶やかな黒い髪が前は目にかからない程度に整えられ、後ろは肩甲骨の中ほどまで伸びている。赤いふちの眼鏡は彼女をまさに凛という字にふさわしくしているかのように飾られている。声をかけたくても人ごみの中を、たった数メートルではあるが満員電車の中を顔見知りでもない奴が駆け寄ってきて話しかけたらどう思うか。間違いなく変人扱い、または無視されるだろう。
僕は人が押し詰められたその場所から解放される頃に覚えていたのはその女性が自分の心に火をつけたことと同じ高校の制服を着ていたということだけだった。その日は雨で憂鬱だったはずの駅からの道のりが嘘みたいに楽しかった。
「おはようなつ~」僕に話しかけてきたのは千川依吹だった。くつをしまいながらそっけなく「おはよ」返すと同時に依吹は「昨日のテレビ見たか?あれ絶対...」こんなやり取りが毎日続いている。嫌ではないが少々変化が欲しい。そんな時は決まってこう話しかけた「お前、彼女とはどうなんだよ」とたんに苦虫をつぶしたような表情になる依吹に対していつも笑みがこみ上げるがぐっとこらえる。「また喧嘩したのか?」あきれた口調を作って言う。「ああ、どうも意見が対立する。もう別れた方がいいのかな」沈んだ声で言い放つ依吹に笑顔で話しかける「まあそういうこともあるさ、人なんて全部かみ合って付き合ってたら逆に不自然でおかしい話さ。だからさ、一回彼女さんの側にたって考えてみたらなにかわかるんじゃないかな?」我ながらいいこと言ったなと自尊心に溺れて話を聞く。「だってそんなこと言ったってこうやって悩んでるのは何回目さ」そういい終え、返そうとしたときにもう教室についていた。「「おはよう」」複数からの挨拶に一言で「おはよう」と返して席に着く。
「だからさー」荷物を置いたのであろう依吹が僕の席まで来て机に両手を置き訴えてくる。「で?今回はなにで言い争いになったのかな?」いじめるように言う。「紗綾のやつケーキはショートケーキだろって言ってくるんだ、圧倒的にチョコケーキだろ。なあ、なつはどっちよ?」
まったくくだらない。だいたいこいつらの言い争いはいつもどうでもいいようなことで起こってる。この前はどの映画をみるかでもめて、たしかその前は割り勘するか全額依吹が出すかで揉めた。「またどうしようもなく救いのない言い争いだな。」笑いながら続ける「ちなみに僕はショートケーキ派だ」その一言を聞いてついに依吹は「もういい、らちが明かない」そういうと少し不機嫌に自分の席に戻っていった。少しだけ悪かったかなと思いつつ、まあこれもいつもの光景だと無視した。
だいたいこういう時は一日くらいお互い話しかけないで次の日になるとすっかり忘れたように話しかけてくる。だが今回は違った。よほど彼女とのいざこざが心に刺さっていたのであろう1限が終わってすぐに話しかけてきた。「俺、やっぱりショートケーキもいいかなって思う」まったくいつものことだこういって彼女側に結局はつく。しかしまあ、今日は大変機嫌がいい。そんなノリにも乗ってあげようか。「そうかそうかやっぱりどっちもいいよな。お前ならわかると思ってたよ依吹」ありがとうなつお前のおかげだよ、その言葉が入る瞬間に僕は教室の前にあるドアに目をやり、そしてドアのわずか文庫本の表紙ほどしかない隙間を通る彼女にくぎ付けになった。「おい、おい聞いてるか?」依吹にその言葉をかけられて、まるで夢から覚めたように周りの音が大きくなった。教室のガヤガヤとした声がいつにもまして耳障りだ。ほんの刹那、目を話した隙に彼女はいなくなった。苛立ちの中に彼女を見つけたという喜びが混じり、なんだか心をもてあそばれてるようだった。その日はきっと一生忘れることはないだろう。
それから毎日、毎日毎日電車で彼女を探した。彼女はいつも1両目に乗っていた。彼女を最初に見てからもう3週間がたったある日のこと。いつもより速足であった彼女の前を歩いてた僕はなにげなく怒っているのかなと思っていた。「ねえ君、」突然発せられた声の発信元と受信先がわからず関係ないと歩を進めた。「ねえってば。君」途端に肩を引っ張られる。振り向いた先にあったのは赤い眼鏡の美しい顔の、そう彼女であった。声をかけられたことにフリーズし、真っ白な頭で考えた。なぜ声をかけてきたのか、毎日いて気持ち悪いから?いや気持ち悪いのなら声をかけてくることすらないか。じゃあなぜ?「聞いてる?」引き寄せられるような声を脳に受けてハッと意識が戻る。「あ、ごめん。僕、君に何かしちゃったかな?」彼女は無言で首を振った。揺られ、さらさらと流れる髪とスッと香るいい香りに見とれ、少し口元が緩む。「これ落としたよ。君のでしょくろしまなつ、、すず、なつーー」戸惑ってる顔もかわいいな、とか少し思って返す。「黒嶋かりん です。その漢字でかりん、読めないよね。」緩んだ口元を必死に笑みに変え教える。「そう、いい名前ですね。学生証落としてますよ。」細くて白いそれでいてすらりと長い手に収まる自分の学生証をまじまじと見つめ、、いや僕が見つめていたのは彼女の手だろうか。「あ、ありがとう。同じ学校だよね、学年も同じだし敬語でいいよ」敬語で話しかけなかった自分の方からそういうのは多少はばかられるが、なぜかそう言ってしまった。「あ、っはい。すいま ごめん。ていうか黒嶋くんが敬語使ってないのに私だけ使ってるのがおかしくて」笑いながら話しかけてくれた彼女の笑顔を見つめ頬を染めた。「まだ名前、言ってなかったね。私は上城冬那、じゃあまたね」呆けた僕を置いて冬那は早歩きで改札を出て行った。見えなくなるまで冬那の背中を、僕は自然と目で追っていた。「上城ふゆな、上城さんか。」学生証をいつもは使っていない胸ポケットに納めて、すがすがしいのか熱いのかわからない感情を胸に一緒に添えて彼女と同じ改札を出た。その日のことを忘れるわけがないジメジメした梅雨が明け、夏に入りたてのさわやかさが残る7月の上旬。そのおかげですがすがしかったのだろう。
[初恋はいつだっただろうか]こういう問いに対して、多少なりふざけるやつは幼稚園の先生だのお母さんだの言う。しかし、大半の人は小学校の頃だの中学校の頃であろう。もちろん僕も例外なく小学校の頃だった。なんとも言えない胸の締め付けられるような痛みに熱くなる体。きっとその時は初恋の相手を見るたびにドキドキしていた。それが恋だとはっきりとわかるまでそう時間は要らなかっただろう。まるで初恋のあの頃に戻ったかのように、上城冬那とはじめて話してその日はうれしさと照れくささに身を包まれた一日だった。
その日から電車内で毎日話すようになった。今日は雨がどうとか昨日見たテレビがどうだったかとか、おいしいケーキ屋を見つけたとか。まるで依吹と何気なくする会話と同じようであったが、彼女との話は飽きることなく毎日同じ会話でもいいと感じるほどであった。これが恋の魔法なのか、はたまた上城の会話テクなのか定かではなかった。 一ヶ月もそんなことが続くともうお互いに「かりんくん」とか「ふゆな」とか、下の名前で呼び合いはじめた。その同時期あたりから、次第に学校内でも話すようになり、より一層親しくなったような、彼女が近いものになったような気がした。
「おっすなつ~」依吹に話しかけられるまで僕は机に頬杖をついて上城のことに思いを馳せていた。「うわっ!おどろかすなよ」突然おばけが出てきたかのようなリアクションをしてしまって恥ずかしかった。「なんだ?なにか集中してたのか。悪かった。」笑いながら気さくに話しかけてくる依吹を見る。「それより聞いてくれよ」依吹がとてもうれしそうに話しかける。子犬かよ。はしゃぐ子犬に見えてそういう感想しか出てこなかった。「紗綾と今度遊びに行くんだけどな。泊りがけなんだよ。」ハッハッハと高笑いが聞こえてくる。「ワンチャンあるんじゃねーか」下品な笑いと下品な発想に充満した依吹の脳内に少しばかり嫌悪感を抱いた。
俺も上城とそんなことを 一瞬でもそう思ってしまった自分自身を呪いたかった。
しかしそんな思いもつかの間であった。
SNSでもお互いを友達登録してしばしば連絡を取っていたが突然、本当に突然。既読がつかなくなった。土曜日だったので友達と遊びに行っていたから返信できなかったのだろうと会話の履歴を見ながら思った。次の日は日曜日。めずらしく依吹に遊びに行くように誘われてゲームセンター、映画、有名チェーン珈琲店、と一日でいくにしては割と多めのルートだった。最後にファストフード店で俺はティラミスを依吹はドリアをがっつりと食べていたその時。「お前好きな人とかいないのかよ」食べる口を止めて依吹が話し出す。「いないね」強がりでもなくただたんに心に浮かんだ言葉を素直に外に出した。「じゃあ、なんで今日しきりにスマホの通知を気にしてたんだ?」彼が発した言葉がまるで針のように刺さる。嘘をついたわけではないが少しの罪悪感とあいかわらず自分への嫌悪感が隠せず、「依吹には関係ないだろ、ほっといてくれ」ナイフを刺された代わりに俺は石を投げる。
炭酸飲料の入ったコップを「コンッ」という音と共にテーブルに置いた依吹の顔は俺に対する憤りではなく心配そうな顔だった。「俺はな、なつ。最近のお前の変化が心配なんだよ。幼馴染なんだから小さな変化もわかるんだよ」
幼馴染か、そういえば家も近ければ毎日のように子供のころは遊んでいた。小学校から帰ってきては一緒に公園に行き遊び。家でカードゲームをし。50cmほどの木の棒でチャンバラごっこもした。中学になってからは依吹が親の都合で隣町に引っ越しほとんど会っていなかったが中三の夏、高校の見学で偶然再会して同じ高校を目指すことになった。以降はスマホで連絡を取ったりしながら受験期を乗り切り高校でまた同じ道を歩むことになった。まったく腐れ縁とはまさにこのことなのだろうかと幼馴染であることを思い出すたびに「腐れ縁」などと逃げ道を作る。
「まあ、教えたくないこともあるよな。詮索して悪かった、詫びとしてこれ受け取ってくれ」そう言って依吹は財布からティラミス無料クーポンを渡してきた。
「なんだよこれ。安い詫びだな」仲のいいことでそれは悪口や嫌味ではなく礼の言葉とすり替わっていることを確認するように言葉を紡いだ。「悪いななつ。今度泊りがけで遊び行くから全額は奢ってやれないんだよ」俺の礼をきちんと受け取ってくれたことに安堵しつつ彼女との予定を見せびらかす依吹に羨んだ。「楽しんで来いよ」精一杯のエールに対して「お前も何かあったら話してくれよな」微笑みながら依吹が俺に返す。嫌味もなにも含まれていない依吹の言葉が傷のように空いた心の穴に心地よい風を与えてくれた。「ああ、きっと話すよ朗報だけはね」 まぎれもなく本当のことを言ったつもりだった。
月曜日、彼女はいつもの時間に電車に乗ってなかった。メッセージもまだ帰ってこない。久しぶりにイヤホンをしながら登校した。教室に入ったときにはもう依吹も教室の中にいて「おはよう、なつ。久しぶりにイヤホンしてんな」笑顔ではあったが心配の含まれる微笑であることに気づいたのはクラス内でも俺だけだろう。「まあな。」誰とも話したくない気分で沈んでいた俺を察したように依吹は適度な距離をとっていつもよりかわす言葉の量も減っていた。
昼休みになると俺は早足で彼女のいるクラスに向かっていた。
一年の時同じクラスだった山城燈に「上城さんいる?」とそっけなく問う。「上城って冬那ちゃんのこと?さっき走ってどっか行っちゃったよ。なにか近づきがたい雰囲気だったよたぶん屋上にいるだろうね」思っていた以上に燈が上城さんについて詳しくて小さな嫉妬の火が灯る。「ありがとな」顔を見せずに振り向きざまに小さく言って走り出す。「背中から小さく「お、おぉ」と聞こえるのを無視して屋上への階段を上る。一段一段上る足が重かった。山城が言っていた「近づきがたい雰囲気」が喉に引っかかったように気になって仕方がない。まるで針の山を登ってるかのようにつらい階段を上り終えた俺に待っていたのは。固く閉ざされた、はめられたガラスから四角い日が刺す金属の扉だった・・・
1話目をお読みいただきありがとうございました。
今後も不定期の更新となってしまいますが、どうか次回もよろしくお願いします。
なるべく遅くならないように執筆いたします。筆が遅くてほんとに申し訳ないです。
ではまた次回お会いしましょう!
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