病原菌は消毒だぁーーーーー!
「な……!?どうして解雇されてしまったのですか?」
突然の解雇宣言に、私は驚いた。
少なくとも、最初にあった時には解雇されるような人物には思えなかったからだ。
「カスタードさん、もしかして不当に解雇されたりとかですか、だったら私が――。」
そういうと、カスタードさんは、私の右手を両手で握りしめ
「ああ、こんな私のことを心配してくださるのですね、カスタード嬉しい!」
「あ、先生、私のことはさん付けは入りませんので、カスタードとお呼び下さい。」
ニコニコと笑顔で話しかけてくる。
解雇されて、ニコニコしている人も珍しいよね……。
「……そ、そう?じゃあカスタード、なんで解雇なんかされたの?」
短い間だったが、多少はお世話になった方だ。できれば何かの力になりたかった。
「理由ですか……?それは涙無しでは語れないのですが……。」
「大丈夫よ!今の私は、異世界の弁護士、全てを受けとめて上げるわ!」
私の弁護士魂に、火が灯されようとしていた。
「先生……!ありがとうございます。」
「実は、先日先生が帰ってからというもの、何故か先生のことばかり考えるようになって……仕事に集中できなくなってしまったのです……。」
「うん!……ううん……?」
「それで先日のことですが、またギルドの管轄内で言い争いが起きてしまって、私が仲裁に入ったのですが……なかなか聞き分けの無い方々でして……。」
「ああ、先生ならきっと円満無事に解決するのだろうと、思うと自分の不甲斐なさに腹が立ってしまい……。」
「気がついたときには、私……冒険者を半殺しにしてしまったんです。」
「……んんんんん???」
かなり雲行きが怪しくなってきた。
「そんな事が数回ありまして……。」
「数回!?」
「流石に、これはギルド運営本部としても擁護できないという話なってしまい、解雇されてしまったのです。」
「これも、愛ゆえなのです……。」
最後の方が少々おかしかったが、つまり事業上内での暴力が幾度かあったということだ。
流石に、懲戒解雇の理由に相当してしまう。
これを覆すのは、かなり難しそうだ。
「カスタード、かなり難しいかもしれないけど、貴方がまたギルドへ戻れるように協力するわ!」
正直、自信はなかったが依頼者の前では、弱気な姿を見せるわけにはいかない。
「……え!?」
「……え!?」
お互い、驚いた顔をしている。
どうも私とカスタードの間で、何か少し会話内容がズレているようだった。
「い、いえいえ!ギルドに戻りたいとか、そんなことは全然思ってませんよ!」
「そ、そうなの?」
「はい、むしろ解雇されたお陰で、先生の案内役というお仕事を頂けたのですから!」
「今のお仕事に比べたら、ギルド長なんて仕事はゴミですわ!」
「私は、先生の案内役兼守護者として、生涯を尽くそうと思っています。」
「そ、そう……。」
その心意気が、かなり重かった。
……が、ここまで思ってくれるというのは、自分としては嬉しかった。
元の世界では、誰も私に関心をしめしてくれることはなかったから。
コミュ症ゆえの自業自得なのだけれでも。
カスタードは、女の私が見てもかなり美人で可愛い系の女性だった。
こんな彼女に好かれること自体は、悪い気はしない。
ただ、少し重いだけだ――。
「わ、分かったわ、改めて宜しくね、カスタード。」
「はい、先生。ふつつか者ですが、末永くよろしくお願い致します。」
やはり、彼女の言動は重かった――。
*****
そんなこんなで、私たちは今回の依頼先に向かうことにした。
カスタードの話によると、依頼はこの街のギルドからで、内容は街のとあるカンパニーと雇用者との間でトラブルが絶えないので、その調査と解決お願いしますとの事だった。
雇用する側と雇用される側のトラブル。
それは、元の世界も異世界も同様に抱える、絶えることのない社会問題の一つなのだろう。
「先生、どうやらあそこのようですよ?」
カスタードが指さす方向を見て、私は驚きの声を上げる。
「うわぁ……。」
ここは、数階建ての小規模のビルのような建物が密集している住宅街といった感じなのだが、この建物だけは別格だった。
巨大な壁が続いており、壁の向こうには城のような形状と思われる建物の上部が見えていた。
元の世界でいえば、住宅街の真っ只中にただっ広い庭を持つお金持ちの豪邸という感じだろうか。
私達が建物に近づこうとすると、建物の門の前で言い争いが聞こえてきた。
「先生?どうしましょう?」
「……そうですね、ちょっと様子を見ましょうか。」
私たちは、話し声が聞こえるギリギリのところの物陰に隠れ、様子を見ることにした。
*****
「た、頼む、もう一度チャンスをくれ!こ、今度はちゃんとにしてみせる!」
「こ、このままでは、無職になってしまうんだ!」
門番(?)と思われるモヒカン頭の男に、男が土下座して懇願している。
土下座している男は、どうやらここで働いている労働者のようだ。
「ああーーーん?いいか?よく聞けよ?ここは、有能な者のみが生き残れる場所なんだ、お前のような無能は、ここには不要なんだよぉぉぉ!」
「し、しかし、あんな特殊な作業は、そう簡単に覚えられはしない……。」
「ちゃ、ちゃんとに募集告知には、未経験者歓迎、一から教えますって書いてあったじゃないか!」
「ああーーーん?それはお前が、無能な未経験者だけって話じゃねーか!」
「いいか、よく聞け?ここでは、無能は【悪の病原菌】だ!」
「悪の病原菌の芽は、早いうちに刈り取るのが一番なんだよぉぉぉぉぉぉぉ!」
「そ、そんな……。」
「ぎゃははははははははははははははははは!!!!!」
モヒカン頭の男の下品な笑いが、辺りに響く。
「た、頼む!やっと仕事が見つかって、家族でこの街に引っ越して来たんだ!」
「来た早々解雇されてしまっては、他に引っ越す宛もなく、家族共々生きていくことができないんだ!」
「もう一度だけ、社長と話をさせてくれ!」
必死な素振りを見せる労働者の男は、ついにはモヒカン男の足にしがみ付く。
「ああ!?てめー、なに俺のジャスティスな足に触っているんだ?悪の病原菌が伝染るじゃねーか!」
そういうと、モヒカンの男は労働者の男を思いっきり蹴り上げた。
「ぐぁぁぁぁぁ!!!」
当たりどころが悪かったのか、労働者の男は吹き飛んだ先で倒れ込み、悶え苦しんでいた。
「くっくっく、悪の病原菌は消毒しないとな。」
モヒカンの男は、懐から何かを出そうとしていた。
まだ労働者の男に何かしようとしている。
流石にこれ以上は見過ごすわけにいかず、私は物陰から姿を出し、倒れた労働者の男の元へ向かう。
「あの、すいません、流石にこれは少しやり過ぎでは……。」
私が仲裁に入ろうとすると
「ヒャッハーーー!悪の病原菌は消毒だぁーーーーー!」
そういって、私と労働者の男に向かって、白い粉を投げつけてきた。
「きゃっ!ぺっぺっ……。なにこれ……。」
私は手についた少量の白い粉を、舐めてみる。
「しょっぱい……。」
白い粉の正体は、塩のようだった。
こちらでも「清めの塩」みたいな習わしがあるのだろうか。
しかし病原菌とは、また結構歪んだ思想の様で……。
「ひぇ……!」
そんなことを考えていると、男の恐怖に怯える声が聞こえてくる。
声の聞こえてきた方を向くと、そこには恐ろしい殺気を発しているカスタードが、モヒカン男の喉仏に護身用に持っていた槍を突き刺していた。
「貴様……先生に対して、なんと無礼なことを……。その罪、万死に値する……。」
「苦しんで死ぬか、苦しんで死ぬか、好きな方を選べ。」
あまりの殺気に、モヒカン男は戦意を喪失し震えながら応えていた。
「……に……にたくになってない……のですが……。」
モヒカン男は、その言葉を最後にその場に倒れてしまった。
あまりの恐怖で、失神してしまったようだった。
私は、慌ててカスタードに無事を伝える。
「ちょ、まってまってカスタード、流石にやり過ぎ!私、大丈夫だから!」
そういうと、カスタードは元の表情に戻り、私の手を握ってくる。
「ああ、良かったです。カスタード安心しました。」
「先生も、あまり不用心に動かないようにしてくださいね。」
確かに、今回は私も少し軽率だったかもしれない。
そんなやり取りをしていると、門の前にこの家の者が何人か集まってきた。
カスタードが、そのうちの一人にギルドの依頼で調査に来たことを伝えると、私たちは建物の奥に通されたのだった。
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