エピローグ
その後、私たちはカスタード長の計らいで、ギルドにて会食を行うことになった。
私の他には、クリム商人とソリッドさんも誘われていた。
観光でもしようかと思っていたのだけれど、せっかくなのでご好意に甘えることにした。
ギルドに戻ってくると、受付の女性から案内があり、奥の部屋に通される。
部屋に入ると、中央に少し大きめの丸型のテーブルが置かれていた。
テーブルには、白く上品そうなクロスが掛けられている。
中央には、この世界の植物と思われる綺麗な赤い色の花が飾られていた。
置かれている食器も、細かい模様が刻まれていて豪華さを演出している。
想像以上に、貴族の食卓という感じがしていた。
普段の食事は、少ない給料でやりくりしているため、カップ麺や半額セール品が多いので、未知の領域といえよう。
……しかし、冷静に考えると私は、この手のテーブルマナーには疎い。
庶民的な定食屋で、好きなように食べるほうが好きなタイプだ。
できるだけ先生としての威厳を損なわないようにしないと……。
そんなことを考えていると、クリム商人が部屋の中に入ってきて、さっさと席に座ってしまう。
そして、ギルドの支給人の女性に飲み物を頼み出した。
「先生は、お酒は飲むのかい?」
クリム商人が、私に訪ねてくる。
「いえ、今日はお酒ではなく、お酒以外の飲み物をお願いします。」
私は、クリム商人に返事をする。
お酒は嫌いではないが、めっぽう弱い。
酔いつぶれでもしたら大変なので、休日前の家でしか飲まないことにしていた。
「おう分かった。ギルド長とソリッドはどうする?」
私の後ろにいる二人にも、確認する。
「あら、私はまだ職務がありますので、先生と一緒でお願いします。」
「俺は、一応依頼も終わったので、お酒を少し頂こうか。」
「だそうだ、じゃあ宜しくな、ねぇちゃん。」
「かしこまりました。それでは準備致します。」
支給人の女性は、深々とお辞儀をすると、部屋を退出した。
私たちも、それぞれの席に座ることにした。
「しかし、あのカエルンも強かったが、お前もなかなかの強さだったじゃないか?」
「もう少し冷静に戦っていたら、勝てたかもしれないな!」
「いえいえ、クリム商人こそ商人でありながら、あのような強敵に恐れず立ち向かうその心意気、冒険者としては見習うものがありました。」
お互い力の限り戦った為なのか、男の友情のようなものが芽生えたらしく、男二人は意気投合し始めていた。
「先生もお疲れ様でした。無事解決するこができました。」
飲み物を差し出しながら、カスタード長が話しかけてくる。
「しかも屈強な男たちにも動じない、その振る舞い!異世界では、さぞかし著名な先生なのでしょう!」
「え、ええ……。そうですね。」
流石に、これは苦笑いしかでなかった。
飲み物と料理がテーブルの前に揃うと、私たちは乾杯の挨拶をして食事を楽しむことにした。
幸いにもクリム商人が、定食屋にいるおっちゃんのような食いっぷりをしてくれたお陰で、テーブルマナーをあまり気にせず、美味しく食事をすることができた。
やはりマナーよりも、食事は楽しむべきと庶民的ながら思ってしまう。
食事をしながら、男二人は冒険談に花を咲かせ、私はカスタード長から、お祭りについての話に会話を弾ませていた。
そんな楽しい食事も終わり、一息ついた頃――。
「そういえば、駄目になったリゴン……ですか?どうされるのですか?」
私は、ちょっとした好奇心で聞いてみた。
「……そうですね、祭りの参加者へ配るものとしては、利用できませんし、祭りの料理にしようとしても、リゴンの実は皮を剥いて外気に晒されると、あまり長時間持ちません。」
「あとで街の料理屋に聞いてみるが、流石に1500個は難しいな。」
「私も、冒険者仲間に配りはしますが、500個は捌けないでしょう。」
……私の何気ない好奇心が、場の空気を重くしてしまった。
何か良い方法がないか、考えてみる。
そうえいば、縁日だとリンゴ飴とかあるよね。
砂糖を使ったレシピなら、保存もそこそこ効くし良いかもしれない。
幸いこちらの世界には、【塩】と【砂糖】は調味料として存在している。
「リンゴ飴やコンポートにして、お祭りで振る舞うというのは、どうでしょうか?」
「リンゴ……アメ?コンポート……?」
不思議そうな顔をするカスタード長。
「でしたら、料理場を少しお借りしても宜しいでしょうか。」
私は、元の世界では振るわない女子力を披露することにした。
コンポートは、果物を薄い砂糖水で煮て創る、ヨーロッパ等の伝統的なレシピだ。
果物を長期に保存させることのできるので、私の貧乏レシピの一つだった。
リンゴ飴は流石に家では作らないが、砂糖の煮加減が難しいだけで、料理自体は簡単だ。
「さぁどうぞ。」
出来上がったリンゴ飴ならぬリゴン飴と、リゴンのコンポートを三人に差し出した。
屈強の男二人が、リゴン飴を持つ姿は些かシュールではあったけど。
「あら、これは美味しいですね。」
「棒がついているのか。このリゴンの形状は面白いな。」
「なるほど、リゴンのすっぱさと甘みが美味しいですね。」
簡単なレシピだったが、私の料理は割りと好評だった。
結論として、傷ついたリゴンについてはギルドが安く買い取り、祭りの際にコンポートにして来場した人々に振る舞うことになった。
*****
「それでは、本日はご馳走様でした。」
ギルド前で、三人に挨拶をする。
「今日は世話になったな、またトラブルになったら宜しく頼むわ!」
「冒険者として今日は良い勉強になりました。それでは、また。」
クリム商人とソリッドさんは、そういってギルドを後にした。
「ああ先生、もう帰られてしまうのですね。トラブルがなくても構いません。いつでもギルドを訪ねて来てくださいね。」
私の手を握り、目を潤ませながら話すカスタード長。
なぜかカスタード長との友好度は、かなり上がっていた。
「そうですね、また来ます。」
来れるかどうかは分からないが、私はそう話すとこの街を後にした。
そして、再び最初に来た丘を目指し歩き始める。
*****
丘につくと、ミスターGが私を待っていてくれた。
「ご苦労様でした先生。見事な判決でしたよ。」
ミスターGの溢れんばかりの笑みが、私を魅了する。
「は……はい、ありがとうございます……。」
私は少し俯きつつも、返事をする。
「それでは、少し長居してしまいましたので、そろそろ戻りましょうか。」
「あ、あの!よろしければこれを!」
私は、先程作ったリゴンのコンポートを差し出した。
お土産として、カスタードさんに少し包んでもらったのだ。
「これは先生が作られた料理ですね。」
「こちらのものを向こうには持っていけないので、ここで頂きましょうか?」
すると、どこからともなくテーブルと椅子、そしてティーセットが目の前に現れる。
これも召喚魔法の一種だろうか。
私はミスターGと、しばしの間お茶を楽しんだ。
*****
体が重く感じる……。そして気が沈んでいく……。
元の世界に戻った私は、いつものコミュ症の駄目弁護士に戻っていた。
異世界に居た時の覇気もない。
自分でも理由が分からないが、異世界では内なる自分が出てくる、そんな感じがしていた。
向こうの私を、少しでも表に出せればな……と深いため息を付く。
「今回もありがとうございました。」
受付のミスターGが、声を掛けてくれる。
私は、深々とお辞儀をし
「あ……あの、ま……また来ても、よいですか……。」
恐る恐るミスターGに聞いてみる。
「もちろんですよ、先生。また時間があるときには是非お願いします。」
その返事を貰えると、私はホッと胸をなでおろし安堵した。
「そ……それでは……失礼します……。」
「はい、お気をつけてお帰り下さい。」
私は再度深々とお辞儀をすると、扉を開けビルを後にした。
時計を見ると、既に夜の22時を過ぎていた。
「はぁ……早く帰って寝ないと……明日もあるし。」
私は、早足で自宅に戻ることにした。
今のお仕事は大変(精神的な意味で)だけれども、異世界の弁護士は私にとって生きがいに近いものになってしまった。
そのために、こちらの世界のお仕事も、もう少し頑張ってみよう。
少しだけ前向きに考えるようになった、今日この頃である。
異世界ファンタジー×専門家による法解説
すこしほのぼのとした、こちらの物語は如何でしたでしょうか。
物語の感想や、専門家に聞いてみたい労働トラブル等がありましたら、お気軽にお書き下さい。
今後の作品の参考にしてみます。