判決の時
私たちは見た――。
自分より何倍も大きな魔物に勇敢に立ち向かう、屈強な商人の姿を――。
私たちは感じた――。
その商人の、誇り高き魂の叫びを――。
戦いの勝敗は一瞬だった。
クリム商人は剣を構え巨大なダッチョウに突き進むも、その巨体からは考えられない俊敏な動きで、あっさりと攻撃を躱されてしまう。
そしてダッチョウと交差した直後、そのしなやかな巨足がクリム商人を強襲する!
鈍い打撃音が辺りに響くと、クリム商人は一瞬にして闘技場の外壁に吹き飛ばされてしまう。
頑丈な闘技場の壁もこの衝撃には耐えきれなかった様で、クリム商人が激突した場所には、いくつもの白い煉瓦が散乱している状況だった。
「あらあら、大丈夫ですか?クリム商人?」
陽気な声で、クリム商人の安否を確認するカスタード長。
瓦礫の中から、クリム商人を引っ張り出すと容態を確認しはじめた。
流石はギルドの長、この辺の手際は非常に早かった。
「あの〜先生?クリム商人は生きてますけど、これ以上の戦闘は少し駄目なようですね〜。」
「あ……そうですか。」
私は右腕を掲げ、最初の戦いの終了を宣言する。
「それでは、これで最初の立証は終了させて頂きます。」
宣言が終わると、ダッチョウの姿は黒い霧となり、その霧は一瞬で晴れていった。
「うおおおおおおおおおおぉぉぉぉ!」
超エキサイティングな戦いを見たからだろうか?
耳をふさぎたくなるほどの拍手喝采が、観覧席から闘技場内に送らていた。
「しかし、これで我々冒険者の主張が正しいと証明されたのですね。」
細長い銀の槍を右手に持った、ソリッドさんが話しかけてくる。
「そうかもしれませんね。」
「ただ、立証自体はお互い行うルールですので、よろしくお願い致しますね。」
「ええ、分かりました。それでは早速お願いします。」
「あ、はいはい、それでは続いての立証を行わせて頂きます。」
私は再起ほどと同様に意識を集中し、召喚魔法を唱え始める。
「この世界の……(略)……さぁ……我の声に応えそして現れよ!」
今度は、私の右手から巨大な深緑の渦が現れる。
深緑の渦も卵のような物体に変化すると、闘技場の中心に移動し眩い閃光を発している。
そして、それは砕け散る。
砕け散った先の光の中から、魔物の影が現れる。
どうも先程のダッチョウとは違い、小柄な人間ほどの大きさだった。
「あら、珍しい!あれは【カエルン】ですよ!」
私の横に何故かいるカスタード長が、再度解説してくれていた。
「カエルン……ですか?」
私は、魔物を観察してみる。
首から下がちょっと肩幅の長い人間、首から上が蛙の顔を持った感じの魔物だった。
「カエルンは、もともと四足歩行をしている魔物なのですが、一部の知力の高いカエルンになると人間と同じように二足歩行で歩き、道具を使って生活をするんですよ。」
「でも、あのカエルンはかなりの知力があるようですね。木の棍棒と銅の盾……でしょうか?戦闘タイプのカエルンは、かなり珍しいのですよ。」
「ほほう、なるほど……。」
カエルンの姿を見たソリッドさんは、槍を構えつつも余裕の表情を浮かべていた。
「ほう珍しい……攻撃タイプのカエルンか。まぁ多少は歯ごたえはないと私も楽しめないからな!」
カエルンに向かって、颯爽と走っていくソリッドさん。
「この一撃で終わらせてやる!」
ステップで左右に体を振らし、フェイントをかけながらカエルンに近づいていく。
そして槍の射程に入ると、右手で素早く槍を突き放つ!
大きな金属が打つかる音が鳴った。
高速の槍の突きをカエルンは銅の盾で、なんとか防いでいたのだ。
「……!このカエルンのくせに!生意気な!」
ソリッドさんは一撃で決められなかったのが腹立たしかったのか、素早い槍を何度も何度も突き放す。
しかしカエルンはギリギリのところで躱していた。
「あらあら……?あのカエルンなかなかやりますね。」
戦いの解説を続けるカスタード長。
「そうなんですか?」
「はい、どうやらあのカエルンはかなり知能と経験があるようですね。冷静に相手の行動の模様を見ています。」
「ソリッドさんは、少し焦り過ぎではないでしょうかね。」
傍から見ると、ソリッドさんが一方的に押しているように見えるが、ギルド長のカスタードさんの目にはカエルンが反撃のチャンスを伺っているように見えているようだ。
「くそ……!ちょこまかと!」
徐々に焦りの色が濃くなるソリッドさん。
何度も槍を突き出してはいるものの、ギリギリのところで躱されてしまい苛立っているのだろう。
一旦距離をおき、お互い様子を見る一人と一匹……。
そして、今回も最初に動いたのはソリッドさんだった。
槍による突きの連打が、カエルンを襲う。
一撃、二撃目は、なんとか防御したカエルンだったが、ニ撃目を受けた直後、突然バランスを崩す。
ソリッドさんは、そのチャンスを逃さまいと大き目の動作で渾身の槍を突き放った。
「あっ!いけません!!!」
カスタード長が声を上げる。
そう、ソリッドさんの渾身の槍は、カエルンに当たることはなかった。
カエルンは、ワザとバランスを崩したように見せかけ、槍の突きを誘ったのだ。
大ぶりの槍を躱されて、背がガラ空きになってしまったソリッドさん。
その首元を、カエルンは持っていた棍棒で躊躇なく思いっきり強打した。
「ぐぇっ!」
蛙が潰れたときの断末魔のような声と鈍い打音がすると、ソリッドさんは砂埃を上げて、地面に背を向けて倒れてしまっていた。
こちらから様子を見る限りだと、ピクリとも動かない。
「これは、勝負ありのようですね。」
「そうですね。」
私は右腕を掲げ、戦いの終了を宣言する。
「それでは、これで両者の立証は終了させて頂きます!」
宣言と同時に、カエルンも同様に深緑の霧となり、闘技場から姿を消したのだった。
「うおおおおおおおおおおぉぉぉぉ!!!!!」
観覧席からは、先程以上の拍手喝采が闘技場内に送らていた。
それからしばらく時間が立つ。
どうやら、気絶していたソリッドさんとクリム商人の両方の意識が戻ったようだ。
「痛ぇ……あのカエルン、めちゃくちゃ強かったんですが……。」
納得がいかない表情をしているソリッドさん。
私はニッコリと微笑み
「ソリッドさん、つまり貴方の主張もまた、私の世界の法とでは、それなりの誤差があったということです。」
「う……うむ……。そうか……。」
頭を下げ、ソリッドさんうなだれてしまう。
「……それで先生……ワシらの戦いの結果、どうなるんですか。」
「ああ、そうですね。それでは、皆さん闘技場の方へ行きましょう。」
私は、二人とともに闘技場の中心まで歩いていく。
なぜか、一緒にカスタード長もついてきたが、気にしないことにした。
「それでは、皆さん、本日の判決を言い渡します。」
辺りが、一瞬静寂になる。
ここにいる全員が、私の話に耳を傾けている。
「今回は、立証の結果お互い敗北したため、異世界の法律・判例を元にし、判決内容を言い渡します。」
「リゴン2000個分の損害ですが、商人側が1500個、冒険者側が500個分の損害額をそれぞれ負担することとします。」
「なぜ全額損害賠償がダメかというと、冒険者は雇われた先の指揮命令に基づいて働いているだけだからです。」
「経営のリスクは雇い元が負うものですので、それを全て労働者に押し付けることができないのです。」
「特に運送業は、事故を起こすリスクを内在していますからね。」
「私の世界の判例を見ると、損害額の1/4は労働者へ損害賠償が妥当ですので、それを今回の判決結果に適用したいと思います。」
「うむ……。」
「なるほど……。1/4の負担か……。」
戦いを終えた二人は、お互いまぁ仕方ないといった表情を浮かべていた。
「それでは、これで今回の裁判は終了となります。」
私は、裁判の終了を宣言する。
闘技場観客席からは、拍手の音がしばらく鳴り続けたのだった。