裁判の始まり
「こちらが、この街のギルドの闘技場になります。」
カスタード長に案内してもらった場所は、街の少し外れにあるギルドの闘技場だった。
街のギルドは、様々な催しや訓練、避難場所として、大小の違いはあるものの専用の闘技場を持っている。
私は闘技場をざっと見渡してみる。
横から見た限りでは、小さな東京ドームといったところだろうか。
およそ東京ドームの半分程度の大きさだったが、街の闘技場としては比較的大きい部類に入るだろう。
こちらも街の通路同様に白い煉瓦を使って組み立てられているようで、入り口の門の姿等、街と外見との調和の美しさに配慮しているようだった。
真っ白で神秘的な円型闘技場は、なんとなくギリシャ神話にでてくるコロシアムを想像させていた。
闘技場の中に入ると、早速クリム商人とソリッドさんには、戦いの準備をしてもらうことにしてもらった。
私の方は、今までの情報を整理しつつ、元世界の法律や裁判例を確認することにした。
一応これでも弁護士の端くれではあるので、それなりの法律や裁判例は勉強している。
ただ、その全て流石に覚えきれていない。情報量が多すぎるのだ。
ネット環境でもあれば色々調べることもできるのだが、こちらではそうもいかない。
でも、そんなときの便利アイテムとしてこの【異世界の弁護士バッジ】がある。
ミスターGによると、元世界の法律と判例の全ての情報がこれには詰め込まれているらしい。
私は、左胸の少し上につけている異世界の弁護士バッジに意識を集中すると、不思議と必要な情報が私の頭の中に流れてくる。
ああ……この便利アイテムが元の世界でも使えればなんと便利なんだろう……と毎回思ってしまう。
残念ながら、こちらの世界のアイテムを元の世界に持っていくことはできないとのことだったけど。
「リゴンの飲み物、お酒は如何でしょうか〜。」
「ダッチョウのバラ肉焼きもございますよ〜。」
闘技場の観客席を見渡すと、この街の住民だろうか。それなりの観客で席が埋まっていた。
そしてギルドの人と思われる若い女性が、メイド服のような白いフリルのついた可愛い服を身にまとい、飲み物や食べ物を観客に向けて販売していた。
いやいやいや、傍聴席は飲食禁止ですから!飲食はロビーでお願いします!
……などとこの異世界でいうのは野暮なことなんでしょうね。
そんなことを思いながら情報の整理が終わる頃、クリム商人とソリッドさんが準備を終え闘技場の中に入ってきた。
「準備は宜しいでしょうか?」
「ワシは大丈夫だぞ!」
「はい、大丈夫です。」
私は闘技場の前に立つと、教えて貰った魔法で声を大きくすると、右手を掲げ宣言をする。
「それでは、これより裁判を開始します!」
「傍聴席……じゃなかった、観客席の皆様も一度ご起立頂けますでしょうか。」
闘技場に私の声が響く。そして観客席でくつろいでいた人たちも一斉に起立してくれた。
「それでは、一礼をお願い致します。」
一斉に全員が一礼をする。
これは、これからする裁判に対しての一礼。まぁ儀式の作法ようなものなのかな。
「それでは、まずは当事者のクリム商人からの立証ということで宜しいでしょうか?」
「り……りっしょう?」
「えっと……つまり戦いでハッキリさせるということですね。」
「おお、いいぞ!いつでもこいよ!」
本来の立証という意味合いとは若干違っているかもしれないが、戦いでハッキリさせるという異世界の裁き的な意味合いとしてはあっているだろう。多分。
クリム商人が闘技場の真ん中で構えると、私は意識を集中する。
そして、教えて貰った召喚魔法を唱え始める。
「この世界の神の力より生まれし者よ……。」
「黒き地中より目覚めし者よ……。」
「我が知識と異世界の法律により……無限なる深淵より創生せよ……。」
「さぁ……我の声に応えそして現れよ!」
中二病乙!的な詠唱を行うと、私の右手から巨大な漆黒の渦が現れる。
漆黒の渦は、私の頭上で巨大な卵のような物体に変化すると、闘技場の中心に素早く動いていく。
そして、まるで卵から雛が孵るようにひび割れていくと、眩い閃光を放ち砕け散っていった。
その光の中から、徐々に魔物の姿が現れていく。
「ほお、これがワシが倒……す……あい……て……か?」
闘技場に出現した魔物を見上げるクリム商人。
「まぁ!あれはダッチョウですね!」
私の横に何故かいるカスタード長が、親切に解説を入れてくれる。
「あれが、ダッチョウですか……。」
見た目はダチョウだが、色が孔雀のように彩色をしており、かなり派手な印象の魔物だった。
いや……それよりも……。
「なんて大きなダッチョウでしょう。私も長年ギルド長をしていましたが、あそこまで大きいダッチョウを見るのは初めてです。」
カスタード長は、ニコニコ嬉しそうに解説を続ける。
「お、おい先生!あの化物のようなダッチョウはなんだ!」
流石に自分の5倍以上ありそうな魔物を見て、クリム商人に焦りの影が見え始めていた。
「いや、なんだと言われましても……?……対戦相手?」
「だから、なんでワシ対戦相手が、あんなダッチョウの化物なんだと聞いているんだ!」
「ああ、そこですか!」
私は、なるほどと手を叩く。
「それはですね、つまり私達の世界の法と貴方の主張した内容では、かなりの差異があったということになります。」
「どうしますか?挑戦するのをお止めになられても、大丈夫なのですよ。」
「ぐぬぬ……!」
流石に分が悪いと悟ったのか、クリム商人は悩んでいた。
「はっはっはっはっはっ!だからいっただろう?あんたの主張は欲深すぎだったんだよ!」
観覧席から戦いの様子を見ていたソリッドさんが、威勢のよい野次を飛ばす。
どうやらそれが、クリム商人の戦闘魂に火を付けてしまったらしい。
「粋がるなよ!ひよっこめ!このクリムあのような魔物相手に臆することなどせぬわ!!!」
再び、巨大なダッチョウに向かって戦闘体制をとるクリム商人。
「あ……あの、あまり無理をしなくても良いのですよ……。」
少しだけ、私は助け舟をだす。
しかしクリム商人は
「男には、負けると分かっていても戦わねばならない時があるんだ!」
まるでこれから死地に向かう戦士のような爽やかな笑顔を私に向けると、巨大なダッチョウに向かって突き進んでいったのだった。