損害賠償請求
「それでは弁護士様、よろしくお願いいたします。」
深々と頭を下げるギルド長のカスタードの顎を左手で支えると、クイッと私の方へ行き寄せた。
「あ……。」
少し頬を赤らめて、目を反らすカスタードに私は囁いた。
「弁護士様ではなく、先生――。と呼んで下さい。」
「は、はい、先生――。」
うう……やはり、先生と呼ばれる響きはとても気持ちの良いものだ。
「……あの、もう一回いって頂いて良いですか?」
「は、はい……いくらでも、言わせていただきます先生――。」
そんな百合百合なやり取りをしていると、今回のトラブルとなった当人達が割り込んできた。
「うむ……王様が決めたんならしょうがないがワシは、あんまり納得行かないな。」
気難しい顔をしながら話すのは、屈強の肉体を持つクリム商人。
「確かに公平感を出すためとは言え、異世界の法でただ裁かれるだけというのは、如何なものだろうか。」
こちらも同様に、納得のいかない顔をする冒険者のソリッド。
二人の言い分も分からなくもない。
いきなり別世界の法律で強制的に裁くといわれても、納得できる者は少ないだろう。
私は再び、石台の上に立つと右手を天に掲げ、当人に裁きについて説明することにした。
「お二方のおっしゃることは、もっともでしょう。」
「なので、異世界の法律を使った審判については、少し特別なルールがあるのです。」
「特別なルール……ですか?」
不思議そうな顔をするカスタード長。
「イエス!」
「この世界の7人の国王からは、裁きにはこの世界の理も尊重して欲しいと言われています。」
「世界の理……ですか?」
「イエス!」
「この世界の理、つまり己の力で未来を掴み取るということです!」
「力ある者こそ、この世界を導く権利を持っていると!!!」
私は、右手をぐっと握りしめ力説する。
「いや、それと特別なルールの関係が全然わからんのだが。」
「同感です。」
「ああ、ですよねー。では特別なルールを説明することにします。」
「今から、お二方には私が今から召喚する魔物と戦って頂きます。」
「ああ???」
「どういうことですか?」
いきなり魔物と戦うと言われて、二人はきょとんとした顔をした。
「ただの魔物ではありません。異世界の法律と貴方達が主張している内容、それらを照らし合わせ内容がかけ離れていればいるほど、強い魔物が出現します。」
「魔物と戦わない、もしくは敗れた場合は、異世界の法律もしくは相手の主張に従って頂きます。」
「しかし……もし魔物を見事討伐できた場合は、その主張を今回の判決として認めたいと思います。」
「ふむ……つまり試練ってやつか?自分の主張を認めてほしければ魔物と戦って勝てということだな?」
なるほどといった表情で、クリム商人は私に確認を求める。
「はい、簡単にいうとそうなります。」
「幾つか質問よろしいですか?先生?」
冒険者のソリッドが、私に質問を求めてきた。
「はい、もちろんです。どうぞ。」
「召喚される魔物は、異世界の法律と我々の主張の差異によって強くなっていく。つまり、我々の主張が理不尽なものであればあるほど強くなっていくということでよろしいか?」
「ええ、その解釈で大丈夫ですよ。」
「ふむ……。次に、もしお互いが召喚された魔物に勝利したらどうなるのでしょう?」
「はい、その時は、再度ワンランク上の魔物を召喚させて頂きます。」
「つまり、片方、もしくは両方が魔物に敗れるまで続けられているということですね。」
「はい。」
「なるほど……。最後に、冒険者の私達と商人では、戦闘スキルが違うのですが、その辺はどうするのでしょうか?」
それを聞いたクリム商人は、イラっした顔つきでソリッドの方を向いて怒鳴る。
「ワシはお前らのような、ひよっこ冒険者に負けるほど、落ちぶれてねーぞ!」
「我々がひよっこ冒険者だと!?」
またしても、言い争いが勃発しそうな勢いだった。
「まぁまぁお二人とも落ち着いて下さい。」
「戦闘スキルの格差もしっかりと考慮しています。現在の戦闘スキルに見合った魔物が出るように調整していますのでご安心下さい。」
「もちろん、どちらかに肩入れするなど無粋なことはしないことを、この世界の7人の国王に誓いましょう。」
「異世界の弁護士は、常に公平なのであります!」
「なるほど……わかりました先生、ありがとうございます。」
「うむ。ワシも了解した。」
どうやら当事者達は、この裁判ルールに納得してくれたようだ。
私は、事の詳細を第三者のカスタード長に確認することにした。
「それでは、カスタード長、第三者として今回の事の次第を教えて頂けますか?」
すると、カスタード長は語りだした。
「はい先生、それでは。」
「先日の話からになりますが、この度この街で大規模なお祭りをすることになりまして、それに使う食材を、この街より少し先にあるサントノレ第4街から、運搬することになりました。」
「本来ならギルドで対応すべきだったのですが、何分量が多いため、今回クリム商人にギルドの依頼としてお願いしたのです。」
「どんな食材で、どの位の量なのでしょうか?」
私は、カスタード長に確認する。
「あ、はい。食材は【リゴン】という赤い宝石のような果実の実です。量ですが8000個程度で荷馬車8台分となります。」
予想以上に大規模な量だった。
「サントノレ第4街から第5街の間ですが、野生の魔物が頻繁に出るため、今回ソリッドさん達冒険者に荷物の護衛を依頼したとのことです。」
「しかしその運送の途中ですが、どうも発情した【ダッチョウ】の郡と遭遇してしまったそうで……。」
「ダッチョウ?」
「はい、ダッチョウは二足歩行をする人の背丈ある位の大きさの鳥の仲間です。」
「通常は大人しい魔物なのですが、産卵期前ということあり気が高ぶっていたのか、こちらを敵と見なして襲ってきたようです。」
「ソリッドさん達冒険者の活躍で、なんとか追い返したとのことですが、被害として多くのリゴンが爪痕やくちばしの痕で傷ついてしまいました。」
「うわぁ……どの位駄目になったのですか?」
「はい、2000個程度になります。」
全体の1/4と結構な量の食材が被害にあったらしい。
額としても、それなりの金額になるだろう。
「ギルドとしては、傷ついたリゴンは祭りで利用することできないため、当初の契約どおり、無事だった6000個のリゴン分の報酬はお支払いたしました。」
「傷ついた2000個のリゴンの損失額について、クリム商人とソリッドさんで意見が分かれてしまったというところです。」
なるほど、労働者への損害賠償請求というのは、元の世界にもよくあるトラブルだ。
例えば、コンビニの売れ残り商品をアルバイトに押し付ける……みたいな。
ソリッドさん達が故意にリゴンを傷つけたというのであれば話は別だが、今回はそういったこともないので、リスクの負い先の判断が難しいのだろう。
「なるほど、分かりました。私のいた世界でも同じようなトラブルは多いですね。」
「それでは、そのトラブルを解決した私の世界の判例を元に、こちらの世界の審判を行いたいと思います!」
石台に乗った私は、手のひらを群衆の前にかざし、今回の審判の開始を華麗に宣言するのだった。