ブーメランを背負う男の生き様
「甲冑を持て!」
ウエハースは使用人に命ずると、使用人が十数人がかりで巨大な甲冑を城から運び出してくる。
そして、庭に立つウエハースに、甲冑を丁寧に取り付け始めた。
その甲冑は、全身が漆黒にまとわれていた。所々に貴族が着る衣装にあるような模様細工が施してある。
かなり年季も入っており、所々に傷や修復された痕があった。
しかし、その痕こそが、歴戦を思わせる雰囲気を漂わせていたのだ。
甲冑を全て装備したウエハースの外見は、私たちの世界に於ける西洋の騎士そのものだった。
「これは、なかなか……すごいですね。」
ここまで本格的なものは見たことがなかったので、私はその甲冑に見入ってしまった。
「あれば、貴族の甲冑ですね、貴族が強敵のいる戦場に赴く時に必ず着用するものです。アレを着用するということは、ウヘハースさんはかなりの本気のようですね。」
カスタードは、頷きながら解説してくれた。
「準備ができたぞ、異世界の弁護士よ。」
私は、ウエハースの声に頷くと、右手をかざし、再度召喚魔法を唱え始める。
「この世界の神の力より生まれし者よ……。」
(略)
「さぁ……我の声に応えそして現れよ!」
「……!?きゃああ!!!」
私の右手から、今まで感じたことのない衝撃が走る。
そしてそれは、空に巨大な黒光りする暗黒の光球を出現させる。
小さな建物1軒分くらいはあるだろうか、右手だけでは抑えきれなくなり、私は両手で抑えその衝撃に耐えるようにした。
「……くううう!!!」
凄まじい力を、私は押さえつける。
しばらくすると、その暗黒の光球は渦のような形になって、庭の中央に濁流が流れる勢いで移動する。
そして、荒れ狂う渦の中から、何かの翼らしきものが姿を表す。
その翼には、巨大で鋭利な爪を生やした手がついていた。
そして、蜥蜴のような頭と、硬そうな艶のある鱗がびっしりと生えた巨大な胴体が現れる。
渦から這い出てきたそれは、両方の翼を広げその存在感を主張した。
「こ……これってドラゴン……かな?」
異世界に何度か来ているが、ドラゴンのような生き物は初めて見る。
私がもう少し観察しようと現れた魔物の方に歩こうとすると、カスタードが私の動きを静止する。
「先生、これ以上前に行くのは危険ですよ。」
「あれは恐らく、フォドンですね。人間が住む場所には生息しない翼竜の一種です。」
「先生は、これほどの魔物を召喚できるのですね。流石です。」
なぜか、カスタードはこの状況の中でも、私を見つめうっすら頬を赤らめていた。
しかし周りの使用人たちは、流石にこんな魔物が現れるとは思っていなかったらしく、恐怖に怯えている。
中には一目散に逃げだそうとするものもいた。
すると、この庭全体に、ウエハースの巨声が鳴り響く。
「皆の者、うろたえるな!!!」
その一言で、使用人たちの動き止まる。
どうやら、その一言で使用人たち冷静になれたようだ。
「異世界の弁護士、これほどの魔物がでるというのは、ワシの主張が間違っていたということか?」
ウエハースは、私の方を向き問いかける。
「……そうですね、主張の相違もあるかと思います。ただ、ウエハースさん自身の力もこの召喚には加味されています。ウエハースさんが強いからこそ、強い魔物が現れる。そういうことです。」
「そうか、わかった……あと、戦いの被害を最小限にしたいのだが、流石にフォドン相手ではこの庭では狭すぎるかもしれぬ。」
「……ウエハースさんは、この強敵でも戦うことを選ばれるのですか?戦わないことを選ぶことも出来るのですよ?」
私は、念のため一度確認する。
「ただの労働者があれだけの戦いをしたのだ、ワシが逃げるわけにもいかんだろう。」
顔も甲冑で覆われてしまっているため表情は分からなかったが、ウエハースの声からは逃げる気は微塵も感じられなかった。
「……分かりました、それでは庭全体に結界を張ることにしましょう。そうすれば被害は最小限に抑えられると思います。」
私が両腕に力を込めると、巨大な魔法陣が地面に現れる。
そしてそこから流れ出る青い光が、巨大な半球となり庭全体を覆い尽くした。
「こんな結界も創れるのか、異世界の弁護士というのは……これほどの力を持っているのだな。感謝する。」
ウエハースはこちらに会釈すると、武器を構えフォドンと対峙する。
「……おっとっと……。」
私は少し立ちくらみをして、よろけてしまう。
初めてこれほど巨大な結界魔法を使ったためだろうか、一気に体力を奪われてしまったようだ。
「先生!大丈夫ですか!私が支えてあげますね!」
そういうと、カスタードは支えるどころか私を持ち上げて、お姫様だっこをする。
これは……かなり恥ずかしい格好だった。
「あの、自分で立てるので、できれば降ろしていただいきたいのですが……。」
私が提案するも
「大丈夫です!私こうみえても腕力も自身があるんですよ。」
満面の笑みでカスタードは私に微笑みかけるのだった。
ウエハースの武器は、あまり見たこともない武器だった。「へ」の字の形をした、ハンガーのようなものだ。
「ウエハースさんは、珍しい武器を利用されるのですね。」
お姫様だっこ中の、カスタードが戦闘の解説を私に伝えてくれる。
「あれは、何でしょうか?」
「ブーメランですね、打撃はもちろん、遠距離武器として投げることが出来ますよ。」
「ああ、そういえば……。」
私は昔、どこかのおもちゃ屋でブーメランっぽいものを見たのを思いだした。
すると、フォドンは敵を食い殺すように口を開け猛烈な勢いで、ウエハースに突撃し攻撃を仕掛けてきた。
しかし、ウエハースはギリギリのところで躱すと手に持ったブーメランを、フォドンのの首元に叩き入れる。
「ギャース!!!ギャース!!!」
フォドンは首を上げ、悲鳴のような鳴き声を上げる。
再度、ウエハースがブーメランで叩きつけようとすると、フォドンは羽を羽ばたかせると、空中へ飛び上がってしまう。
しかし、ウエハースはブーメランを握りしめると、それをフォドンに向かって投げ込んだ。
ブーメランは弧を描くようにフォドンに襲いかかり、その翼の一部をもぎ取ると、再びウエハースの元に戻っていく。
再度、フォドンが悲鳴を上げる。
「どうやら、結界の中では、そこまで飛び上がれないようだな。この勝負我に勝機あり!」
ウエハースは、再びブーメランをフォドンに向かって投げ入れる。
しかし、フォドンは空中で咆哮を上げるとブーメランに向かって、巨大な炎息を吹き出した。
ブーメランはフォドンに当たるものの、威力は炎息でかなり殺されてしまい、大きなダメージを与えることができなかったようだった。
「先生、移動しますので私にしっかりとつかまっていてくださいね。」
そういうと、カスタードは私を抱きかかえたままにも関わらず、軽々とジャンプして結界の外に移動する。
私が再度、結界の中を見ると、その中は炎の海と化していた。
ウエハースは、炎の海の中で膝を付き、沈黙してしまっている。
甲冑を着ているため、顔の表情はもちろん生死すら分からない。
「まずいわ!早く止めないと!」
ここまでの死闘になるとは思わなかった私は、カスタードに抱かれていることも忘れ、立証を終了させようと体を動かす。
「大丈夫ですよ、先生。まだウエハースは戦うつもりですよ。」
「え……!」
そこには、炎の中立ち上がった騎士の姿はあった。
漆黒の甲冑を今は炎で焼かれ、真っ赤に染まっていた。
それでも騎士は、己の武器を取り、巨大な的に立ち向かおうとしていた。
「そ、そんなに!俺たちを解雇したいのか!」
庭内に男の声が響く。
それは、目覚めたムラビだった。
ムラビは結界の外から、ウエハースに怒声をぶつける。
「こんな戦いしていたら、あんたが死んでしまう!俺は人を殺してまで、ここで仕事をしたいとは思っていないんだ!!!」
ウエハースは、その声を聞くと炎の海の中で高らかに笑いだした。
「うわはははははははははははははははははははははは!!!」
「貴様たちの解雇?そんなものは知るか!!!」
「ただワシは、貴様の戦いを見て、久しぶりに、この強敵と本気で戦いたくなっただけだ!」
「貴様は、ワシを奮い立たせる……。そこまでの戦いを見せたのだぞ!」
そういうと、ウエハースはブーメランを手に取り、再びフォドンに立ち向かう。
フォドンもそれに応えるかのように急降下をしながら、ウエハースに襲いかかった。
「うおおおおおおおぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!」
「ギャーーーーーーーーーーーーーーーーース!」
炎の海の中、一人の騎士と巨大な魔物がぶつかりあう。
その瞬間の衝撃は凄まじいもので、辺りに地震が起きたかのような強い揺れと突風が吹きつけた。
燻っていた炎は、その突風で吹き飛ばされ、辺り一面の焼け野原が現れる。
「どうやら、決着がついたようですね。」
カスタードは決着がついたことを私に伝えてくれた。
そこ場所には、敗者が倒れ、勝者が立っていたのだった。
***豆知識***
フォドンのモデルは、【ディモルフォドン】。
ジュラ紀に生息していたとされる嘴口竜亜目の翼竜です。