秋刀魚と本かます
「わぁ……これは見事な庭ですね!」
私は、その広い一面を見渡し声を上げる。
私たちが案内されたのは、ウエハースの城の巨大な庭だった。
一面に白い土壌で固められており、周りは人間の大きさ程度の壁で囲まれていた。
見る限り整備がしっかりとされており、大量の観客席が無いことを除けば、ギルドの闘技場と同じ広さを持っていた。
「ここなら問題ないだろう?」
ウエハースは、私に確認をする。
「そうですね、大丈夫だと思います。」
私は、ニッコリとウエハースに応えた。
城での話し合いの後、立証についての説明をするとウエハースから提案があり、こちらの庭を使わせてもらうことになったのだ。
私は、二人に確認をする。
「それでは、お二方も準備宜しいでしょうか?」
「おう、ワシはいつでも大丈夫だ。」
「…………。」
ムラビからの反応がない。
何故かムラビが、いつの間にか労働者代表になっていた。
そのプレッシャーからか、闘技場にくる間、ずっとうつ向きながら小声で、もうダメだ、お終いだといつもの台詞を呟いていたのだった。
「ムラビさん?大丈夫ですか?立証できますか?」
私は、ムラビさんに確認する。
するとムラビは、まるで精気の無い顔をしていたのが一転、何かのスイッチが入ってしまったかのように、大声で叫びだした。
「や、やってやる、こうなったら死ぬ気でやってやる!!!あああああああああ!!!」
良くわからなかったけど、やる気を出して頂いて何よりです。
ムラビは、武器として棍棒を手に取ると、庭の中央に歩いていった。
そして、棍棒を構える。
私は右手を掲げると、高らかに宣言をする。
「それでは、これより裁判を開始します!」
「周りの皆様も、も一度ご起立頂けますでしょうか。」
私の宣言で、野次馬の如く周りで見学していた使用人や労働者が一斉に立ち上がる。
「それでは、一礼をお願い致します。」
この場にいる全員が、一礼をする。
「それでは、これよりムラビ側の立証を行います!」
立証――。
異世界での立証は、元の世界の立証とは、まったく異なったものである。
異世界での公平を保つために、法律は、私たちの世界の法律に基づくこととなる。
それぞれの主張と、私たちの世界の法律の内容・判例を照らし合わせ、二人の立証者に対立する魔物を召喚する。
魔物は立証者の主張と、法律にズレが生じるほど強くなるのだ。
立証者のどちらかが魔物に勝利した場合は、勝利したものの訴えを全面的に支持することになる。
もし両者が負けた場合は、異世界の法に従ってもらい、両方勝った場合は、再度ワンランク上の魔物と戦ってもらう。
お互いが負けるか、どちらかが勝つかまで、この異世界での立証は終わらない仕組みだ。
私は両手に意識を集中させ、召喚魔法を唱え始める。
「この世界の神の力より生まれし者よ……。」
「黒き地中より目覚めし者よ……。」
「我が知識と異世界の法律により……無限なる深淵より創生せよ……。」
「さぁ……我の声に応えそして現れよ!」
私の右手から、人くらいの大きさの丸い青白い色の光が現れる。
青白い色の光は、私の頭上で卵のような物体に変化すると、庭の中央にいるムラビさんの前まで飛んでいく。
そして卵は、眩い閃光を放ち砕け散っていったのだ。
光の中から、徐々に魔物の姿が現れていく。
「うわ、なんかキモい。」
私の初見の感想は、こんなのだった。
青白く生々しい魚のような胴体に、人間の腕と足を付けた、正に魚人という感じの魔物だった。
漫画とかなら可愛げもありそうだが、リアルは正直キモかった。
「あれは、【サンマーン】ですね。」
私の横にいるカスタードが、いつもの解説を入れてくれる。
私には魔物の知識はないので、これはこれで助かっているのだ。
「サンマーン……ね。一応……棍棒?……武器っぽい道具を持ってるけど強いの?」
「いえ、サンマーンは冒険者の真似をしているだけで、まったく強くありません。冒険者たちの冒険先のタンパク源として、重宝されていますね。」
アレを焼いた姿を想像すると、当面魚が食べれない感じがしてしまった。
「さ、サンマーンかよ……!これだったら俺にも倒せるぞ!」
サンマーンの姿を見たムラビは安堵の表情を浮かべると、棍棒を振りかざしサンマーンに襲いかかった。
「くらえぇぇ!」
しかし、棍棒の軌道は大きくハズレ、サンマーンに当たらなかった。
「ぐはぁ!!!」
その直後、鈍器で人が殴られたような鈍い音が鳴ると、ムラビは勢い良くふっ飛ばされた。
どうやら、サンマーンがカウンター攻撃が当たったようだった。
「あら?あれはもしかして……?」
カスタードが少し首を傾げると、ウエハースがこちらに話しかけてくる。
「……あれは、サンマーン似ているが、全然別の生き物だ。」
「もしかして、ホンカマースですか?」
「ほぉ、物知りだな。そうだ!あれは【ホンカマース】だ!」
「サンマーンに似ているが、姿に惑わされると痛い目を見るぞ、あの姿で相手を油断させて、無防備になっったところをじわじわと襲い掛かってくる、かなり賢い魔物だ。」
「たしかサンマーンと勘違いして、返り討ちにあう初心者の冒険者も結構いるようですね。……まぁホンカマース自体がそれなりに珍しいので、しょうがないかも知れませんが。」
「そういうことだ、な、いっただろう?あの労働者は無能だって。まだサンマーンだと思って舐めた攻撃をしているぞ。」
ウエハースは、戦っているムラビに指をさす。
確かに、ムラビの攻撃はただ単調に殴っている感じだった。。
たまに攻撃がかすることもあったが、どうもアレもホンカマースの演技らしい。
「はぁ……はぁ……。く、くそ!なんでサンマーン如きにこんなに苦戦するんだ!」
ムラビは、サンマーンのカウンター攻撃で、徐々に体力を削られてしまっていた。
ムラビの状態を見て、ホンカマースが勝負にでる。
今までとは比べ物にならない軽快なステップで、あっさりムラビの背後を取ると、その後頭部に一撃を入れる。
「ぎゃ!!!」
突然のことで、ムラビは地面にのたうちまう。
ホンカマースはそんな無防備なムラビに容赦なく、棍棒でただひたすら殴り続けた。
しばらくすると、ムラビは動かなくなった。
ホンカマースは、ムラビの腹部に強烈な蹴りを加えて、それでも動きださないことを確認すると、庭の中央に戻り、棍棒を枕代わりにくつろぎだした。
「はっはっはっ!どやぁ、やはり無能だったな!」
ウエハースはこの光景を見て、高笑いをしていた。
「先生?どうしますか?」
カスタードは私に尋ねる。
「待って、あれ……!」
誰もが、ムラビの敗北だと思っていた、しかしムラビは満身創痍ながらも立ち上がったのだった。
くつろいでいた、ホンカマースも流石に同様したのか、慌てふためいていた。
しかし、ムラビは立ち上がったまま動かない。
チャンスとみたホンカマースは、勢い良く飛び出し再びムラビに襲いかかる。
ムラビも若干であるが、ヨロヨロと赤ん坊が初めて歩くかのように前にでる。
しかし、あれではホンカマースの良い的になってしまうだろう。
そして、ホンカマースの持っている棍棒が、ムラビの頭を打ち抜こうとした。
その瞬間!偶然か分からないがムラビの足がもつれ、大きくバランスを崩す。
それが幸いしてか、ホンカマースの棍棒は空かされてしまったのだ。
「おおおおおおおおおお!!!」
ムラビの突然の雄叫びと共に、大きく振ったムラビの棍棒が、ホンカマースの顎辺りに直撃する。
ホンカマースは、口から大量の血を吹き出し倒れてしまった。
その姿は、まるで死んだ魚のようだった。
そして、ホンカマースを倒したムラビは、無言のまま再び立ち上がった。
私は、そこで宣言をする。
「それでは、これにて立証を終了します。まずは、ムラビさんの意見が立証された事を認めます!」
ムラビは、私の宣言を聞いたからか、そのまま倒れてしまった。
静寂が辺りを包む。
「……。」
「…………。」
「……パチ……パチパチ……パチパチパチパチパチパチパチパチパチパチ!!!」
庭で見学していた使用人から、ムラビに対して拍手喝采が起きたのだった。
確かに華麗でない泥臭い戦いではあったが、そこには見るものを引きつける何かがあったのだ。
ウエハースは、使用人たちの拍手を咎めることもなく、次の自分の立証に備えるのだった。
もうすぐ秋刀魚の季節ですね