腐った蜜柑?
私たちは、この城の使用人と思われる、黒い眼鏡をかけた黒服の男に案内されていた。
城内は灰色の色彩で統一されており、古代ヨーロッパの建物を彷彿させている。
床は大理石のように鈍く輝いており、歩くものの姿を映し出し、天井を見ると細かい装飾が施されている巨大なシャンデリアが設置されていた。
突き当りの壁にも、洋風の絵画らしきものが置かれており、城内を飾っていた。
全体的に成金の悪趣味なものでははく、豪華な中にも落ち着きのある空間であった。
奥の一室に通された私達は、部屋の中央にあるソファーに座り、この城の主の到着を待つことになった。
ソファーは何かの動物の皮でできているのだろうか、黒を基調とした色合いで艶があり、手触りや弾力もそれ良く、座り心地の良いものだった。
そういえば、仕事で以前どこかの社長に会いに行った時、社長室に同じようなソファーがあったことを思い出した。
……そのときも結局、仕事は取れなかったのだけれども。
「失礼致します。こちらをどうぞ。」
そんな昔の事を少し思い出していると、この城の使用人なのだろうか、可愛いメイド服のような衣装を着た女性が、私の前にお茶を出してくれる。
ティーカップとソーサーは、金の細工が淵に施されている高級感を感じさせるものだった。
恐らくだが、私たちをそれなりの客人として、もてなされているのだろう。
私は、お茶を一口飲む。
「あら、これ美味しい!」
何かの柑橘系のものが入っているのだろうか?少し酸味と甘さを感じられるお茶だった。
流石に、コンビニのペットボトルなどと比べ物にならない味なのは、庶民派の私でも分かった。
「あら?本当に美味しいですね。先生。」
カスタードも今は落ち着いてお茶を楽しんでいる。
私達がお茶の味を楽しんでいると、部屋の扉が空き、この城の主と思われる人物が入ってきた。
「……!!!」
私はその姿に驚愕してしまった。
恐らく二メートルは有に超える身長、服の上からも分かる胸板と綺麗に割れた腹筋。
腕や足の太さは私の数倍はあるだろうか。
かなり巨漢の男だった。
しかし、その身成を見る限り、それなりの地位のある気品さも持っていた。
「ワシが、このカンパニーの社長の【ウエハース】だ。」
ウエハースと名乗った男は、貫禄のある声で私たちに名乗る。
私たちは、ソファーから立ちそれぞれ自己紹介を始めた。
「初めまして、ウエハースさん。私こそはこの世界に舞い降りた、異世界の弁護士、畑楽法子なるぞ!」
私は、軽くポーズを決める。
「ご丁寧にどうも。それで、こちらの方は?」
……軽くスルーされてしまった。とても悲しい。
「あら、初めまして。私はこちらの先生の専属案内人のカスタードと申します。」
カスタードは、スカートの裾を摘み、貴族のように挨拶をする。
流石である。
「……これはこれは、ご丁寧に。ふむ、どこかでお会いしたことあったかな?」
「いえ、気のせいでしょう?」
ウエハースは、少し首を傾げてカスタードさんの顔を観察している。
カスタードさんは、ニコニコとした表情のままだった。
「しゃ……社長様、わ、わたし先日までこちらで働かせて……いただいた、【ムラビ=トビー】と申します。」
社長の姿に圧倒されてしまったのか、先程門番とやりあっていた時の威勢はなくなり、労働者の男は少しばかり挙動不審だった。
一応話の詳細を聞いておきたかったので、労働者の代表という感じで連れてきた次第である。
「……ああん!?貴様、解雇した分際で、なぜまだこの場所にいる……!!!」
殺気を感じさせるながらムラビを睨むウエハース。
私たちとは、露骨に態度を豹変させていた。
「ああ、彼にもここの労働者として話を聞きたかったので、ついてきて貰いました。何か問題はありますでしょうか?」
私は、ウエハースに確認をする。
「……ふん、まぁ良かろう。」
ウエハースは、しょうがないといった表情で応えると、私たちの向かい側のソファーに座る。
「ご主人様、お茶でございます。」
使用人のメイドがお茶を差し出すと、ウエハースは出されたお茶を一気に飲み干した。
「それで、異世界の弁護士様が、ワシに何のようで?」
少し不機嫌な様子で、私たちに話しかけてくる。
「はい、ギルドの依頼で、こちらのカンパニーと労働者との間で、トラブルが多いとのことで、その調査に参りました。」
ニコニコとウエハースに応えるカスタード。
あの巨漢相手にも動じないのは、流石である。
「トラブル?あぁぁぁーーーーん???」
ウエハースは、再度ギロリと労働者のムラビを睨む。
「ひぃ……!」
睨まれたムラビは完全に萎縮してしまっていた。
「確か……こちらのカンパニーの従業員募集で雇ったにも関わらず、すぐに辞めさせてしまっているようですが?」
私は、先程の門前の出来事をまとめると、ウエハースに確認する。
「ああ、そのことか?無能な労働者を解雇しただけだが、それが何か?」
「無能ですか?」
「どのような判断で、無能と決められたのでしょうか?」
「ふん、ワシ程のものになれば、三日程度仕事の内容を見れば、無能かどうかなど判断できるのだよ。職人の感というやつだ!」
ウエハースは、ふんぞり返っていた。
「なるほど、実際は、どのようなお仕事なのでしょうか?」
そういえば、どんな仕事の募集をしていたのか、詳細を確認していなかったのを思い出した。
「ワシのカンパニーでは、何でも揃う販売店を幾つもの街に出店しているのだ。」
「そこで、会計、商品搬入、顧客対応、調理、掃除等、様々な作業ができる人間を募集したというわけだ。」
「しかし、三日も経っても、全ての仕事を完璧に熟せていなかったのだ!」
どうやら、ウエハースのカンパニーは、元の世界だとスーパーやコンビニの類の商売のようだった。
「……なるほど、しかし、その仕事量を三日で覚えるには、少し短すぎるのでは?」
私は、ちょっと食い下がる。
ウエハースは、少し機嫌が悪くなり
「……おい、例のものを持ってこい。」
使用人のメイドに何かを持ってくるように命じた。
しばらくすると、使用人のメイドは、丸くて黄色いものを、私たちの前に差し出した。
「あら?先生、これは【ミカソ】という、この世界の果実ですわ。」
解説するカスタード。
「ミカソ?」
見た目は蜜柑だった。
「まずは食べてくれ。」
ウエハースはそういうと、自らミカソの皮を剥き始める。
私も同じように皮を剥こうとすると、ミカソをひょいっとカスタードに取られてしまった。
「先生、私が愛情を込めて剥いて差し上げますわ。」
そういうと、私の返事も聞くこともなく、皮をむきむき剥き始めた。
こうして、私の前には皮を剥かれ、綺麗に分けられた実が並べられた。
「ア……アリガトウゴザイマス……。」
私はカスタードにお礼をいうと、その実を摘み口の中に放り込む。
甘い酸味の効いた果汁が、口の中に広がっていく。実も肉厚でとても美味しかった。
味は、蜜柑とパイナップルを足して二で割った感じだろうか。
私は次々と実を摘み、その味を楽しんだ。
「如何ですか?ワシのところのミカソの味は?」
「はい、とても美味しかったです。」
私は、正直に味の感想を伝えた。
「そうでしょう、このミカソは管理が大変でね、少しでも腐ったミカソがあると、すぐに全体に広がってしまうのだよ。」
「その為、腐ったミカソは迅速に早急に取り除かなければならない。」
「それはカンパニーも一緒だ。」
「腐った社員がいれば、それは早急に取り除かなければならない?でなければカンパニー自体に甚大な影響がでてしまうからだ。」
「三日とい期間ですら、温情をかけたギリギリの期間なのですよ?」
「腐ったミカソは無能者、そしてそれは他に害をなす【悪の病原菌】なのだ。」
「悪の病原菌は、速やかに排除しなければならない!」
ウエハースは力説する。
労働者のムラビは頭を抱え、もうダメだ、お終いだ、みたいな事を呟いている。
「お分かりになりましたかな?異世界の弁護士様?」
ウエハースはドヤ顔で、そう話した。
私は少し考えると、ウエハースに応えた。
「それって、あなたの感想ですよね?」
その言葉に、辺りが空気が凍りつく。
「…………なん……だと……」
ウエハースは顔を真っ赤にして、私にその恐ろしい形相を向ける。
「まぁ、落ち着いて下さい。」
「個人のみの問題であれば、特に問題はないでしょう。」
「しかし、これは雇用される労働者にも関わってくる問題です。」
「個人の感想のみで対応してしまうのは、その考えかたの相違から社会的にも大きな問題になってしまうのですよ。」
「ほぉ……では?どうしろと?」
私は、その場を立つとソファーの後ろに周り、軽くポーズを決める。
「それを解決するのが法なのです!」
「それでは、この世界の七人の王によって認められた、異世界の法による裁きをここに行います――!」
私は、この場にいる全員に宣言するのだった。
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