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株式会社(悪)  作者: 三田ゆう
第1章:倒産と再興
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はじめまして! 新入社員です!

日本ヒーロー派遣株式会社に入社して、初出勤の朝日薫。

「あれれ、実働課二班……どこだろう」


 一面が灰色の壁と床に囲まれた、簡素なビルの中を歩く。紫のシャツに赤いパーカー、スーツを着た男だらけのビルの中で、薫の存在は明らかに浮いていた。「あれって実働課の新人だろ? 女だぜ珍しいよな」と噂をする声が聞こえるけれど、そんなことはどうだっていい。何が、女が珍しいだ、男女差別は時代遅れだよ。

 そう思いながら、薫はひとつのドアの前で立ち止まる。

「ここ、かな?」

 深呼吸。

 ドアを二回ノックし、ドアを開けた。


「このたび、実働課二班に配属となりました、朝日薫! 朝日薫です、よろしくお願いします!」

 しまった、これじゃあまるで選挙運動だ。深々とお辞儀をしながらも、唇を噛む。

「変身許可、早急に対処願います」

「おい、この決闘状まだ実働課に回してないのか!」

「二班でしたっけ?」

「一班だバカ! それくらい書類見たらわかるだろ!」


 お辞儀をする薫をよそに、スーツを着た男女が忙しなく動き回っている。薫は「あれ?」と思いながらも、お辞儀を崩さないようにした。それが新入社員の務めである気がしたのだ。けれども、あまりに様子がおかしく、崩さずにはいられない。

 結局、薫は顔を上げた。

 そこには、眉間に皺の寄った女性が立っていた。


「実働課は三階、ここは二階、管制課ですよ」

「へ?」

 室内を見渡すと、多数のパソコンと、その前に座る人々の姿があった。薫は口元を引きつらせながら、再びお辞儀をする。

「すみません、間違えました!」

「まったく、もっと冷静にね」

「はい!」


 薫は急いで管制課から立ち去り、ドアを閉める。「三階、三階ね」とつぶやきながら階段を上ると、静かな二階とは別世界だと思えるほど賑やかなフロアが薫を待ち受けていた。それぞれの扉から、笑い声や怒号が常に聞こえてくる。めくるめく感情のテーマパークだった。

 二班、と書かれたプレートを見つけ、その扉の前で深呼吸をする。

 今度こそは失敗しないぞと心に誓い、扉のノブを捻って引いた。が、扉は開く気配が無い。あれ、おかしいな。冷や汗をかきながら、何度もガチャガチャと引っ張ってみるものの、開かなかった。あれ、どうなってるんだ、これ……。


「ガチャガチャうるせえ! 誰だ!」

 中から、男の怒鳴り声が聞こえた。

「すいません!」


 扉の前でお辞儀をしようとして、頭を打った。痛いなあと額をこすりながら扉の前で立ち尽くしていると、中から大きなため息が聞こえた。そんなに露骨なため息をつかなくてもいいのにと、薫は頬を膨らませる。

「引いてだめなら押してみろ!」

 ため息は、怒号に変わった。

「ああ、押す! ですよねー!」


 声を上ずらせながら、扉を押す。いくら引いても開かなかった扉が、すんなりと開いた。そりゃそうだよねと、薫は髪をかきながら苦笑し、深呼吸をする。男三人、その場にいる全員が薫に注目した。思い切り、息を吸って――。


「このたび、実働課二班に配属となりました、朝日薫です、よろしくお願いいたします!」

 今日一番の深いお辞儀をする薫の前に、黒いシャツに黒いジャケットの男が仁王立ちで立ちふさがる。男のため息が聞こえたけれど、薫は誰が目の前に立っていて、誰がため息をついたのかわからない。もうひとつ、音がした。爪きりの音だ。

「お前、もう少し冷静に考えろ」

 その声に頭を上げると、先ほどから怒鳴っていたのは黒いジャケットの男であるとわかった。

「すいません」

 謝りながら部屋を見渡すと、ため息をついたのは白いスーツの男らしかった。爪を切っているのは作業着の男、一番奥の席に座っているからか、この班で一番偉い人なんだろう。くつろげる雰囲気とは言えないような気がするけれど、その男は妙にくつろいでいる。


「まあいいけどよ、現場ではそれが命取りだ、わかったな?」

「はい!」


 黒ジャケットの男が自分の席に座り、薫も席につこうとするも自分の席がわからない。立ち尽くしてオロオロとしていると、白スーツの男が「そこね」と人差し指で示してくれた。色が対極なら性格も対極なのかなと、薫は席につく。席は、白スーツの男の真向かいだった。

「ありがとうございます」

「えーと、新人さん来たからさ、自己紹介でもしようか」

 爪を切りながら、爪切り男がゆったりと話した。

「はい、新人さんからよろしくー」

 爪切り男に指名され、座ったばかりの席を立つ。爪を切り終えてから始めればいいのに。咳払いをして、ため息をついた。

「朝日薫、十九歳。ヒーロー名未定、能力は爆弾、好きなものはご飯とおかずです!」


 言い終えると、爪切り男がやる気の無い拍手をした。それに続き、二人の男も拍手をする。その中で拍手に熱が入っていたのは、白スーツの男だけだった。そして、誰に言われるでもなく、白スーツの男が立ち上がる。

「水無月光、二十五歳。ヒーロー名サンシャイン・レッド。能力は太陽光、好きなものは酒とギャンブル」

「ギャンブル!?」

 拍手をしながら、素っ頓狂な声を上げた。人は見かけによらないと言うが、まさかこの紳士そうな男がギャンブル好きとは。薫は驚きを隠せないまま水無月を見上げるも、彼はただただ無邪気な笑顔を浮かべている。

「ポーカーとか、カタンとかで賭けをするのが面白くてね」

 水無月が座りながら答えると、今度は黒いジャケットの男が立ち上がる。


「相生勇人、同じく二十五歳。ヒーロー名無し。能力無し。好きなものは酒とギャンブルと京都の町並み、以上」

「無し?」

「無しって名前じゃねえぞ、無いんだ」

「無いって、え?」

「基本的な身体強化のみ」

「この会社にいるのに?」

「うるせえ、新人のくせに口が過ぎるぞ」


 怒鳴りながら、相生は座った。ヒーロー派遣会社の戦闘集団である実働課にいるにも関わらず、能力が無いというのは何事だろうか。そんな人も会社にいるのか、それでよく今まで生きてこられたなあと様々な考えが頭を巡るものの、これ以上追及するのは危険そうだった。なにしろ、相生はずっと薫のことを睨んでいるのだ。

「あー、班長の嵐山純一。年について言及するのは控えるが、決して若くは無いとだけ」

 考え事をしているうちに、いつのまにか嵐山は立って自己紹介を始めていた。全員が話しているうちに、爪切りは終えたんだろう。爪は綺麗に切りそろえられていた。私のより綺麗だと、薫はため息をつく。


「よっ、四十代!」

「やめなさいよもう」

「ヒーロー名と能力は?」

 手を挙げた。

「ヒーロー名はザ・トリガー。能力は秘密ね」

「秘密?」

「秘密があったほうが、面白いじゃない」


 二班は世間で評価がイマイチ良くないようだけれど、その理由の一端を垣間見た気がした。この班には、変人ばかりが集うのだろうか。自分と水無月以外の二人は変人、今までは変人二人に常人一人だったんだろうと思うと、なんだか気の毒に思えてくる。気の毒な先輩の顔を見ていると、彼は笑顔で何かを思いついたように指を鳴らした。


「模擬戦闘しようか、薫さん」

 出社してから散々だったけれど、ようやく面白くなってきた。薫は無言で頷いて立ち上がり、最初からデスクに置かれていたベルトと社員証を手にとって扉の前に立つ。

「やる気満々だね」

「それでこそうちの新人だ、俺が相手する」

 相生が立ち上がり、ベルトを着けた。

「お願いします!」


 能力無し男さんをノックアウトしてやる。薫はベルトを装着して、社員証をパーカーのポケットに入れた。薫が「よし」と呟きながらドアノブに手をかけた瞬間、ベルの音が鳴り響く。こういう場所で鳴るベルの音って、まさか……。

「通報だ、銀行強盗」

「よっしゃ、さっさと片付けて模擬戦やろうぜ!」

「それなんだけどね、今回は研修も兼ねて薫も連れて行って欲しいわけ」

「いきなり実戦!?」

 また、声が上ずってしまった。

「少し危険では?」

「習うより慣れろって言うからな、行くぞ新人」

「僕は反対だ!」

「口論してる時間は無え、行くぞ」


 入社初日から二回も失敗をやらかし、変人ばかりの場所で戸惑いながらいきなりの実戦……。薫は思わず、笑みをこぼした。多少危険だろうがなんだろうが関係ない、やってやろうじゃん。ヒーローだもん、それくらいやってやれないとね。薫は扉を開けながら、思い切り息を吸った。


「はい!」

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