2.奇妙な取引!?
『俺を盗めたら、額飾りを渡す。期限は一週間後だ』
カルが馬鹿な取引をしてから一日がたった。
対して広くもない居間には不釣り合いな応接セットと長椅子が置かれている。ソファーに行儀悪く腰掛けたカルは深く溜め息をついて目を閉じた。
居間の他に寝室として使っているもう一部屋の二部屋がカルの城だ。トルディキアには住宅に適した平地が少ない。必然的に住居は縦に伸び、それは人口の多いここ王都では特に顕著だ。
カルの部屋もそんな集合住宅の一室だった。
「で、どうするんだ?」
たった一人の姿しかない部屋に声が響く。窓辺で羽を休めている大烏が人の掌ほどもある嘴を動かしたところを見た者はいないかったが、確かに声はその方向から聞こえた。
カルはそれに驚くことなく、瞳も伏せたまま唸る。
「……ったく、やっかいなことになったぜぇ? 今回はカルのチカラもあてには出来ねぇだろ」
やはり、大烏が――口を聞いた。
カルの能力。
それは動物と双方向で意思の疎通――会話が可能なのだ。
例えば、抜け道探しにネズミに協力を依頼したり、衛士の注意をそらす為に野犬に走ってもらったり。
そして、高い所には相棒の大烏――名をニコという。
「おいおい、あと五日だぜぇ? 仕事の期限は守らにゃならん」
額飾りを渡す日まであと五日。とゆうことは、男を盗む期限はあと四日。ぐずぐずしてはいられない。
あの男――自由を欲しているが、何者なのか。彼は『プロなら自力で調べてね』と言って何も教えてはくれなかった。『国宝級の額飾りをあげるんだから当然だろう』と、理由付きで。
そんなわけで、カルが今日の昼間、城に住む小動物達に聞いたところ、男の正体はすぐに判明した。
それは思わずカルが大声をあげる程の大物だった。
「現国王の異母弟ぃ!!?」
(年は多分二十くらい離れてると思うけど……)
「なにそれ? ってゆうか国王、弟なんていたんだ?」
(……ずっとあの塔の中にいる。危険だから、なんだって。昔、王様が閉じ込めたんだ。誰も来ないし誰も相手にしてない)
(お城の中にもあのひとのこと知らない人いっぱいいるよ。たった一人たまに会いにきた人がいるだけで……)
(とっても可哀想なひとなんだ)
ニコがその黒く優美な翼をばさりと広げる。
「冗談じゃねぇよ。そんな危なげな仕事受けにゃならんのかぁ? 要は王様に逆らうって訳だろ」
不満気に羽をはためかせれば、風が起こり埃がまって隅の方へ散っていく。ついでに小動物もたたらを踏んだ。
(可哀想。ずっと幽霊みたいにいないみたいにされてる。何年も一人きりなんだ)
(だから僕ら塔の動物に優しいのかもしれないね)
(……僕らからもお願いするよ。あのひとがいなくなるのはさみしいけど、でもあのひとを塔から出してあげて)
二匹の小動物は、小さな頭部をペコリペコリと下げ帰っていった。
「で、どうすんだよお? おりゃあ知らねえぜ。下手に手出しして巻き込まれるのは勘弁だ。それに大国トルディキアに睨まれちゃ、な。探すのに苦労するぜぇ」
ニコは――烏のくせに――器用に溜め息をついた。だが、溜め息をつきたいのはカルも同じだ。
「どうしよ……」
頭を抱えたい気持ちでいっぱいだ。予定通りなら今頃依頼品を手にいれているはずだったのに。
「どうもこうもねえよ」
ニコのあまりにもあっさりとした物言いに、何かいい案がと、希望を見たカルは期待を込めて相棒を仰ぐ。
ニコはニヤリと笑った。烏のくせに。
「どっちも断っちまえばいいんだよ。もうすぐ冬至もやってくるし、あの額飾りは忘れちまえ」
「……は?」
ニコの意図を理解するのにカルは若干の時間がかかった。
「そもそもよう、額飾りの依頼だっておかしかっただろ? おりゃ、あの男は信用出来ねえよって言ったよな。カルがはやって受けちまったけどよぉ――変だったろ?」
「確かにおかしかったけど。だけど、そんなこと出来るわけないよ。一度、承諾しちゃったんだもん……」
机に突っ伏して考えこむ。窓の外の霧が頭の中までかかったようで良い案など浮かびやしない。冬至の近付くこの時期はいつもより悩みが増えるのでそのせいかもしれない、とちらりと考える。
いずれにせよ、王弟の持っていた額飾りを手に入れなければ仕事は失敗してしまう。
「だったらやるしかないんじゃねぇか?」
再び唸り出したカルの耳に力強いニコの声がした。
顔をあげると、ばさばさと大きな羽音をたてて机に乗った相棒の、丸い闇色をした瞳と目が合う。
「カルの信条だろ? 一度引き受けたら何があってもやりとげる。おりゃ、嫌だけんどな。信念は折っちゃダメだ」
その瞳は、一緒にやってやらぁ、とカルに語りかけていた。
「さあ、カルは何を迷う?」
そうだ、何を迷う必要がある? 自分は仕事を始める時に誓ったではないか。
何があろうと、目的を達成するまでは、あきらめないと。
「何も――迷わない。迷うことはない。何があろうと、やり遂げる」
「それでこそカルだ」
満足気に頷いて、ニコは定位置に戻る。
それを見てから、カルは勢いよく立ち上がった。
「よしっ!」
つかつかと窓によると、遠くに霧で霞む微かな王宮が見えた。細く白い指でカルは《月の塔》を差す。
「奴を盗み出す! 期限は四日――例え標的が雲の上にあろうとも、それが霧の中に消えていようとも《アカツキ》に出来ないことなんてない」
ニコが最後に一言、おりゃ嫌だけどな、と呟いた。
[人物紹介]
ファイル2:ニコ
盗賊『アカツキ』のもう一人。ただし人間ではなく種族は大烏。皮肉な口調だが、カルには優しい。