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12.情報と過去の一片!?

作者はここから第二章、のように考えています。

遅筆ですが、よろしくお願いいたします。

「やっと居場所がわかったのに……」


 闇を纏ったかのような長いローブをすっぽり頭から被った華奢な姿。

 白金の月さえぼんやりとした霧煙る夜だというのに、本来闇に紛れる黒い姿が微かに輝いている。広がった袖から覗く手まで漆黒だ。

「――その身を我に委ねよ、我はそれで安らかに眠る。奪うは両手の女王、架かる月は届かぬほど高い」

 低く唸るように呟かれた詩。

「最初の陽光を稜線が遮り、闇は濃く長く、我が掌の中に」

 霧を弾くように風が吹いた。その強い勢いにフードが小さな頭部から外れ、絹糸のように艶めく黒い髪が天へと翻る。

 人影は風の出所を探すかのように顎をあげた。眼窩に収まる黒々とした瞳以上に目を引くのは――黒檀よりもなお黒い、漆黒の肌。

「我の呼び声は夜の隅々まで届く筈」

 確信に満ちた声。


 それだけが自らを沈黙させる唯一の手段。


 * * * * *


 冬至まで一週間を切った。

 王の依頼も無事こなした翌日のことだ。


 白いローブを纏った青年――《アカツキ》懇意の仲介屋兼情報屋ダダイは、カルの部屋で真っ直ぐに指を突き出していた。それは微かに震えているが、怒り故かは定かではない。

「ダダイ? あの――」

「あの、じゃありません! 誰ですか、この人は!?」

 鋭い声と共に突き付けられた指を見つめ、ザーンはきょとんとした――若干寄り目になっている。

「うん、あのね……だから」

「この間までは居ませんでしたよね!? っというか例の薬と粘土を渡しに来たときだって居ませんでしたよ! 一体、誰なんですっ!」

 ……しまった。やっぱりダダイには説明しておくんだった。

 カルは首を竦める。

 冬至まで間がないので、出来れば今日の内にダダイにザーンを押し付け――預けてしまいたかったのだが、この剣幕だ。一体全体何にそんなに憤っているのかカルには見当がつかない。

「まさかとは思っていたんですが……昨日陛下のことを兄と呼んでいましたよね? カルさん、もしかして――」

「気のせいじゃない?」

 とりあえず空っとぼけてみたものの、カルもそれでダダイを誤魔化せるとは思っていない。


 再三言うが、彼は優秀なのだ。些細な会話の端々からカルには思いもよらない情報を導き出す。

 カルやニコのこと、やらなければならないことをどこまで把握しているのか――それについて自ら語る気はないが、カルだけで情報を得るのは効率が悪い。ただし、小出しにしている断片から何を推測されているのか、どこまで裏付けを取っているのか。


 上目遣いでダダイを見つめると、彼はひとつ溜め息をついた。

「……僕のところに一体一日何件の情報が入ってくると思ってるんですか? ついでに言うと情報の対象が人間の場合、身長体重足の大きさは勿論のこと、体にあるほくろの数まで手に入れようと思えば手に入るんですよ!?」

 思い余ってニコを見れば、衝立の陰でニヤニヤと笑っている。

「いや、その、ダダイにはちゃんと、その……」

「僕が情報屋だからって見くびらないで欲しいんですが。僕は情報屋である前にカルさんの友人です!」

 一層首を竦めて見せたカルが、ごめん、と呟いた。

「ここトルディキアの王弟殿下、ですよね?」

「……はい」

「昨日の朝見つかったのは僕が用意した遺体ですね?」

「……はい、その通りです」

 カルが溜め息を吐きながら認めるとダダイは破顔した。元々優しい顔立ちをしているが、笑うと榛色をした瞳が一層柔らかくなる。

「良かった。いや、良くないけれど――殿下、こちらをお納め下さい」

 姿勢を正したダダイは重そうに抱えてきたトランクと、布でぐるぐるに巻かれた長い荷物をザーンに渡した。

「これは……?」

「依頼人より預かっておりました。僕は仲介屋ですので」

 不審そうにザーンが広げたトランクの中身にカルは軽く目を見張った。

 ――何だかんだ言っても優しいじゃない。

 ざっと見たところは役立つものばかりだ。当座の生活費、下着や服、貴金属まで入っている。だが、それらよりザーンの意識を捕らえたのは……一振りの剣。

「覚えていてくれたのだな……」

 感無量といった風に囁いたザーンは、長い剣を片手で持ち上げると、すらりと無骨な鞘から抜いた。

 柄も鞘も街の武器屋で売っていそうな造りだが、現れた両刃の刀身は目を引く素晴らしいものだった。赤金だ。

「綺麗っ!」

 カルが驚嘆の声をあげる。

「昔、兄を守る騎士になると言った子供に感動した父親が将来のためにと作らせた剣らしいですよ。ただ子供は大人になる前に剣を握れなくなったそうですが」

「父上に頂いた私の剣だ……兄上がこれを私に……」

 ザーンは無造作に剣を構えると、斜め上に向かって振り抜いた。ヒュンッ――と風を斬った長剣を惚れ惚れと見上げる。

「昔は重くて持てなかったのに……」

 二度、三度と風を切って、ザーンは瞳を輝かせた。余程嬉しいのか、口元にはかれた笑みは喜びに溢れている。

 歓喜と剣術の気合いに誘われたのか、衝立の陰からニコが姿を現した。人間のように眉間にしわを寄せ、鋭い瞳で見ている。

「ニコ? どうしたの?」

 気付いたカルがそう問うが、ニコは返事をせずにまた衝立の向こうに戻ろうとした。


「――会いたくなったら夜に飛んでこい、が伝言です」


「え!?」

 絶妙のタイミングで告げられた言葉に、思わず振り返ったのかニコは羽ばたいた。同時に声を上げたカルはこめかみを押さえると脱力する。

「……鳥使いの荒い王だなぁ。勘弁しろよな〜」

 呆れたニコの言葉にダダイはクスリ、と笑う。

「それから……こちらが《アカツキ》の報酬です」

 ガチャチャ、と硬い音がする袋が三つ応接テーブルに置かれた。そのひとつの口を縛るひもを解くと、中には燦然と輝く金貨。

「しめて六百ディル。確認して下さいな」

「…………めんどくさいよ。あんたのこと信用してるから。ちゃんと数えてくれてるんでしょ?」

 目算で枚数をほぼ正確に把握したカルがぼやく。

「ええまあちゃんと六百ありますけど。いつも通り、銀貨と銅貨もありますから」

 減らず口を叩くカルにダダイは苦笑しながら、残り二つの袋も開けて見せた。

「手際いいね。さて……あたしは幾ら払えばいいの?」

「何故カルが代金を払うんだ?」

 剣を嬉しそうに振るっていたザーンは、革で出来た鞘に戻しながら口を開く。

「何故って――」

「僕が情報屋だからですよ。だから、殿下は席を外して下さい」

「え?」

「そうね。外して、ザーン」

 カルは昨日も彼を押し込めた部屋を指差した。

 ダダイとカルの視線を敏感に感じ、ザーンはすごすごと引っ込もうと肩を落とす。

「待てよう、カル。ザーンにも聞いてもらえ」

「ニコ!? 何言って――」

「いいから。俺を信じろよぅ」


「では――五ディル頂きますからね。もちろん友人割引です」

 ダダイは銅貨五枚を手に取ると、一枚の紙をテーブルに置いた。

「トルディキアから東側の川を越えた先、隣国ヨルンガムの外れの丘です」

 紙に書かれていたのは地図だ。

「……この場所が何なのだ?」

 ザーンが首を傾げる。

 むっつりとしたままのカルではなく、答えたのは軽い口調のダダイだった。


「冬至の日、最初に夜が始まる神殿ですよ」


「冬至に?」

「何にも知らないんですね、殿下」

 含み笑いのダダイに口を尖らせたザーンの肩を叩き、カルは眉根を寄せる。

「ザーンをからかうのは止めて。ダダイだって知らないでしょ?」

 カルは食い入るように地図を見つめると、少しだけ躊躇いながらも、ダダイを見上げた。


「ダダイ、あなた一体どこまで気付いているの?」

「……どこまで、とは?」

 目を細めて首を傾げたダダイを睨め付け、カルは机を激しく叩いた。

「とぼけないでよっ! あたしはサミュン神殿のじゃない近場の神殿を聞いただけよ!? ――冬至なんて一言も言ってないわ!」

「そうか……君のそのローブは神官が身に付けているものだ」

 不意にザーンは表情を明るくさせた。どうやらずっと気になっていたらしく、しきりにうんうんと頷いている。

「白地にグリーンの三本ラインだものな。大地と空と命を示すって昔聞いたことが――」

「ご指摘の通り、僕はサミュン神官です。申し遅れましたね。ダダイ・ロウ・グリントスです。どうぞダダイと気安くお呼び下さい」

 ふわりと風を孕むが如くにこやかに笑んだその顔に、一切の邪気はない。手に銅貨を数枚持っていることを除けば、完璧な神の僕の笑みだ。

「……神官が裏稼業やってんじゃねぇんだよ」

「賢者が盗賊をしてることと何か違いますか? それに神官にはたくさんの情報が舞い込みますからね。人々の望みも聞きやすいですし。情報も仲介も仕事は引く手あまたです」

 脱力感を覚えるかのようにニコが呟くと、いっそ清々しい程の明るい声でダダイが答える。

「サミュンが聞いたら嘆くわ絶対」

「神官は仕事ではありません。僕の生き方ですよ……カルさんも似たような立場でしょう?」

 含み笑いを残して席を立ったダダイを止めることはカルにもニコにもザーンにも不可能だった。


 * * * * *


「……君は一体どこにいるのかい?」

 不意に聞こえた言葉をそれ以上耳にしたくなくて、カルはそっと布団を被った。

 ――まだ戻れないのよ。だってまだ……。

 言い訳だとわかっている。それでも、心の中で幾度となく弁解を口にして、カルは深い眠りに落ちていく。

 どこかで、甲高い鳴き声が聞こえた気がした。


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