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1.塔の侵入者!?

以前に一度発表したものを改稿しました。よろしくお願いします。

 その身を我に委ねよ。

 我はそれで安らかに眠る。


 * * * * *


 東の果ての、峻烈な山々に囲まれた森深くに、女神を崇める国がかつて在った。漆黒の髪、漆黒の瞳、そして漆黒の肌をした夜を護る女神は善良な民を愛し、正しき方向へ導いたという。


 百年程前の、まだ歴史では新しい事実だが――何が原因で彼の邦が消えたのかは永遠にわからない。


 何故なら女神の愛した者は、もう誰一人この世に存在しないのだから。



 * * * * *



「君は運命を信じるか?」


 突如、闇が話しかけてきた――それも脳天気とも云える程、明るい声で。

 その声でカルは初めて闇の中の人影に気付き、愕然とした。声すらあげずに狼狽出来たのは、玄人としてのプライドに他ならない。

 彼女は入ってきた窓を背に、部屋の中にいた人物と向かい合っていた。

 少ない光量だったが目を眇て相手を確認する。

 容姿は、一言で言うなら端整だ。

 月明かりがうっすらと反射する、腰を越える長さの宵闇の色をした艶のある髪。同じ色の瞳は聡明さを感じさせる深みを持つ。顔貌が彫刻のように整っておりともすれば繊細な美少女の印象を与えてしまうが、そのきりりとした眉や唇は意思の強さを表し、その人が彼女ではなく彼だと伝えていた。

 服装はなんというか――適当である。

 乾いて取り込んだ洗濯物を何も考えずに着込んだ、が近いかもしれない。その辺のものを手当たり次第に身に付けた、と云うか。よくよく見れば女物も混ざっているようだが、それら全て庶民の着る動きやすさを重視した類のものではなく、上質そうな貴族の服だ。

 何よりおかしいのは男のいる場所だろう。

 ここは――トルディキア王宮。侵入不可能と言われる絶対安全な《月の塔》の頂上階。

 そんな『脳天気』で『端整』で『適当』な人物がいる場所ではない。

 ついでに運命論を語る場所でもなかったはずだ。


 と、以上の結果より問われたカルは結論を出した。

「あんた侵入者には見えないわね」

 いるはずのない場所に確かに存在する男は笑う。

 片頬に靨ができて悪戯っ子の少年のようだ。

「私のことはどうだっていいよ。たまたまここにいただけだ。――だけど、この出会いを偶然で片付けるには惜しい気がしないか?」

 無造作に片足を投げ出して床に座り込む様さえ絵になるような、一種異様な緊張感を男はカルに与えて、惜しくない、とは言えなかった。その沈黙を一体どう受け取ったのか、彼は満足そうに笑みを浮かべる。

「そう、私たちが出会ったのは運命なんだ」


「………………は?」


 間抜けな返答をしてカルは目を瞬かせた。そして次の瞬間、凍り付く。

「漆黒の豊かな巻き毛、それに闇の瞳、なるほど、確かに美しい。それにこの高い高い塔に侵入するなんてな――あなたがカルなんだろう?」

 なんの気概もなく、ただ名前を呼ばれた。うっかりと返事をしてしまいそうなくらいに。

 そもそも名前を知るはずがない。仕事先に知人がいた、など笑えない。


 カルは最近、トルディキアの裏社会で噂の仕事屋だ。《アカツキ》と銘うっており、彼女にかかれば盗れないものはない、と有名である。

 ただし高い場所限定ではあったが。

 彼女は大方が幼い頃には憧れるであろう望みを叶えた、数少ない人間である。

 空を――飛べるのだ。

 自由に。

 無論、本人に翼は生えていない。種を明かしてしまえば、ただ大烏を相棒に連れていて、その背に乗ってどんな高い場所でも忍び込むだけだ。

 だがその知名度に反して《アカツキ》の素性は一切不明。彼女と接触するにはまず仲介屋を通さなければならないし、その仲介屋もまた簡単には接触出来ない。

 つまり、彼女の容貌も名もまるではっきりしないのだ。

 わかっていることはただひとつ――彼女は高い場所に忍び込む仕事を失敗しない、ということ。


 それなのに。


 ――何者なの?

 男は微笑んだまま、カルを見つめている。

 瞬間的に恐怖を感じ、一歩退いた。それでもどうにか視線だけで周りを見回す最後の余裕は残っている。

 依頼品はどこにあるのか。指示に従いわざわざこんな場所にやって来て、何一つ盗って帰れないなど《アカツキ》の名折れである。

 さっさと切り上げてしまいたい――そんな彼女の困惑を知ってか知らずか、男は煌めく緋色の宝石を掲げた。

「カルの狙った物はこれだろう? こんな物、あげるから盗んで欲しいものがあるんだ」

 シャラン、と繊細な音が闇夜に響く。

 男の手には見事な額飾りがあった。

 金鎖に親指の爪程の大きさの紅玉があしらわれたもの。

 カルはそれを食い入るように見つめる。宝石に詳しいわけではないが、それが最高級の品であることはわかっている。何故ならあれが今回の依頼品だからだ。

「これ、欲しいだろう? ただ君だって戦闘は好かないはずだ。こっちとしてもそれは避けたい」

 だから取引だ、と断言されて絶句する。

 確かにカルは、争うくらいなら逃げることを選択するたちだ。

 そもそも報酬につられてしまったが、ニコは嫌がったのだ――今回の依頼を。それを強引に承諾させたのはカルである。自分の愚かさと状況に聞こえるように舌打ちするが、男の感情が揺れる気配はしない。

 あれが手には入れば、気が乗らなかった仕事は終わり。

 つまり取引自体は悪くない提案である。

 悪くないが、引き替えに盗んで欲しいものが、理念に反するものなら? ――カルは即答を迷う。

 闇の多い取引は避けたい。

 仕事柄、ポーカーフェイスは得意だが、それでもこんな依頼、というか取引は初めてだ。

 男は口角をあげて、カルを見つめた。意地の悪い笑顔だ。端整な繊細さは成を潜め、かわりにしたたかさが浮かぶ。

「カルが取引に躊躇する気持ちもわかるけど、私が衛士を呼んだらどうなるかわかる、よな?」

 笑んだまま、緩い脅し。

 一度引き受けた仕事は絶対だ。捕まるわけにはいかない。

 カルは落ちた。

 揺れていた視線を止めて、男に突き刺さるような険しい目を向ける。


「何が欲しい?」

「……自由」


 噛み合わない会話。

 カルは軽く溜め息をついて、同じ質問を繰り返す。

「何が欲しいんだ?」

「自由だよ、だから。盗んで欲しいのは――私だ」


 今度こそ完全にカルは頭をかかえた。


[人物紹介]


ファイル1:カル

『アカツキ』を営む盗賊。主に高い場所に隠されたものを盗む。高所専門といっても過言ではない。


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