鬼人形〜オニンギョウ〜
人の形代……そう書いて人形と読む。
昔から人は人形を様々な意味で作ってきた。
死者を慰めたり、呪術的な物に使ったり、玩具としてあげる為に……土偶や埴輪、藁人形や市松人形はどれも目的や用途は違うものの人を模して作られたことには変わりない。
そして、人を模して作られた人形は想いが込められれば込められる程、生身の人間へと近づいていく。
俗に言う“魂が込もる”というものだが、人形に魂が込もったところで何ら意味は無い。
魂があるのと命があるのとでは全く違うのだ。
空の器に水が張ったところで何も起きやしない…………それなのに人は大切に扱われた人形や粗相に扱った人形に対して畏怖の念を抱く、なぜなのか?
「それは人形自体が人間の映し身だからじゃないのか?」
そう語るのは僕の目の前に座り、カフェオレを啜る親友の吉田将陰だった。
僕は今、久し振りに故郷である岩手に帰省し、その県庁所在地である盛岡の川沿いに位置したとある喫茶店に彼と共に入っている。
地元から出た僕とは違い、高校時代からの付き合いである将陰は故郷であるこの岩手に残り、フリーの小説家をやっていた。
とはいえ、本人曰く「全く稼ぎにならない」小説を書いており、その生活収入のほとんどは地方新聞に掲載しているフォトコンテストの懸賞金だったり、釣りの大会の賞金だったり謎の多いやり方で得たもので賄っている。
だが、紀行文に関するものや体験談をまとめたものは一部の業界では評価があるようで全く売れていないという訳でもいないようであった。
そんな親友と僕は数年ぶりに再会し、互いに近況報告をしあってはこうして雑談を行うのが通例となっている。
そんな中、出たのが先程の人形の話しだ。
きっかけは僕が最近、奇怪な体験ばかりしていることを話したのが始まりだった。
紫という怨霊となってしまった元恋人の縁……彼女との出会いから僕は様々な闇にまつわる体験をした。
そのせいか、僕自身にも着実に変化が起き始めている。
将陰に紫のことを伏せながらその事を話すと、
「それはお前……霊障とか呪いの類いにやられてるんじゃないのか? 一度、祓ってもらったらどうだ? それか何か力のある人形を持つとか……」
聞くと人形には呪いを掛ける以外にも持ち主の代わりに災厄を受けてくれる御守のような力もあるらしい。最もそれは人形を大切に扱っていればの話しだが……。
「要は霊的な力を他人に使うか、自分に使うかの違いだろ? 呪いと加護は表裏一体…………まるで闇と光だな」
僕もそう思う。
つまり、何事も使う者の心持ち次第……元をただせば同じなのだ。
頭のキレる者が凶悪な犯罪者になることもあれば優秀な刑事になることだってある。
環境、感情、状況……欲望に従って使うか、理性を持って使うかにより如何ようにも変化出来る。
それ故、人間の映し身となる人形……己自身の映し身となる鏡と違い、内面が色濃く反映されるのだ。
ならば、僕が人形を持つとどうなるのだろうか?
普通の人形のままだろうか……それとも、時々湧き上がる黒い情念を反映して呪いの人形となるのだろうか?
僕はふと気になった。
「そういえば……とある地方の山奥に住む人形師はそんな魂の込めやすい特殊な人形を作ることが出来るって聞いたことがあるな…………今度の取材はそこに行ってみたらどうだ?」
魂が込められた人形に意味は無い……だが、そんな人形になぜか興味がある自分がいた。
「そうだね、じゃあ今度はそこに行ってみることにするよ」
「何か面白いことがあったら俺にも教えてくれよ? ……それにしても、お前」
「なんだい?」
「何かあったか? なんか、いつもと雰囲気が違うような気がするが……」
「……気のせいだよ」
僕は笑って応えた。
嘘だ。
本当は色々なことがあった……それは到底現実離れしたもので人には決して言えない。
別に知って欲しいとは思わない。だが、どこか寂しく感じる部分もまたある。
けれど、これは僕と縁の秘密……たとえ、親友であっても知られてはいけない。巻き込んではいけない。
…………なぜだ? なぜ、僕は今“巻き込んではいけない”なんて思った?
別に危険なことなんて何も無い筈なのに……。
「そうか、それなら良いんだが…………あんまり無理はするなよ?」
「ありがとう、大丈夫だよ」
その後、僕達はまた少し雑談してからその場で別れた。
けれど、その時別れ際に言った「じゃあ」という言葉はまるで今生の別れのようにひどく寂しく僕の心に響いた。
✼✼✼✼✼✼✼✼✼✼
帰省から戻り、数週間後……僕は将陰の言葉をヒントに件の人形師にまつわる情報を手に入れることが出来た。
その情報によれば、人形師は氷上村という山間の村に住んでいるらしい。
僕は取材という名目でその村へと向かった。
新幹線で一時間、そこから電車に乗って三十分の古い田舎の駅まで行く。更にその駅で降りてから今度はバスに乗って揺られること二時間……僕はようやく閑静な村に到着した。
氷上村は山に囲まれた秘境のような村だが、小さいというよりは寧ろ大きく、多くの家々が立ち並んでいる。
過疎化の進む現代の村事情にしては恵まれている。
その証拠に珍しく村には高校があった。
だが、村の人達から話しを聞いて回ってみると、村にある家々のほとんどは空き家となっており、若い社会人は農業研修で多く訪れるも十代の子達は少ないようであった。
僕は村の抱える闇を垣間見ながら、村の人達から聞いた人形師の家を訪ねた。
「おぉ……これはこれは、遠路はるばるようこそ」
訪れると人形師である辻浦勘次郎氏が待ちわびた、と言わんばかりに僕を出迎えてくれた。
どうやら、村の誰かが親切にも連絡してくれたようだ。
「なにぶん、人形だらけですが……どうぞどうぞ」
案内され、中に入るとそこには大小様々な人形達がひしめき合い、寄り添うようにして置かれていた。
人形は和風から西洋、作りかけから完成品まで多種多様にある。
僕は人形達に見られている中、辻浦氏と対談を行った。
「魂を吹き込んだ人形は心を持ち、やがて意識すら持つようになります。一例では亡くなった人の魂が人形に入ったこともあるんですよ」
「死んだ人が……ですか?」
「えぇ。人形とは時に友であり、子であり、親にでもなるんですよ。その人をずっと見守り続けるもう一つの存在です。ですが、近年では人形に対して何やらおかしいことをする方々が多いようで……人形を恋人に見立てたり、人形に対して性的欲望を晒したり…………嘆かわしいことです」
もう一つの存在……人形に死んだ人の魂が入り込む……もし、そうだとしたら死んだ縁も人形に入り込むことで擬似的にだが生き返ることが出来るのではないか?
だが、僕の心を読んだかのように辻浦氏は言葉を続けた。
「確かに、人形には魂も宿るし心も宿る……ですが、命は決して宿らないのです。親しい者の魂が入り込んだ人形とはいえ、それは所詮人形でしかない。人間とは違うのです」
確かにそうだ。
もし、仮に縁が人形に入ったとしても生前の温もりや表情、感情といった人間らしいものは無い。
そんなのは器に水を入れただけと同じだ。
「……ところで、あなたはこんな話しを聞いたことはありませんか? 己が死んだことさえも分からない迷える魂が人形に入り込んだ場合、その人形……すなわち入り込んだ魂ですが、それは己が死したことを認めず、代わりに殺戮を行う人形となってしまう…………我々、人形師はそんな人形を鬼になった人形、鬼人形と呼ぶんですよ。…………少し待っていて下さい」
そう言うと辻浦氏はどこかへと行ってしまった。
無数の人形に囲まれる中、僕は身体に何かネットリとしたものが絡みつくような感触を覚える。
気味が悪い……だが、心のどこかではこの感触を心地良いとさえ感じてしまう。
まるで、真冬の外で生温かい沼に身を浸かるようなこの不可思議な矛盾は一体なんなのだろうか?
僕の中にある何かが警鐘を鳴らす。
この感触を受け入れてはいけない、と……それは気味が悪いと感じるものと同等だろう。
だが、この感触が何を意味するのかは少なくとも分かる。
恐らく、辻浦氏は鬼人形を取りに行ったのだろう。
昔の僕ならそんな事は御免だったが、今の僕には不思議と嫌悪感は無い。恐怖も不安も無い。
寧ろ、早く見たい! 早く見せろ! といった一種の興奮のようなものさえある。
数々の体験で慣れてしまったのか……そんなことは分からない。が、これ以上……こういったものに関わっていたらいずれ戻れなくなってしまうだろう。
好奇心という鍵がもたらすは未知という扉か破滅という扉だ。
人間は本能的に潮時を感じ取り、自然と身を引く。
僕にとってはこの感覚がそうなのだろう。
だが、僕には“力”がある。
自己の破滅という未来さえも破滅させる紫の力が……。
「お待たせしました」
そんな事を考えていると辻浦氏が何やら大きな箱を持って戻ってきた。
なんの変哲もないただの箱……しかし、そこからは何やら言い難い邪悪な気配が漏れ出ている。
「この箱には先程も言いました鬼人形が入っています。……一ヶ月前、この村にある氷上高校の校舎内から発見されました。この人形が語るには自分は村崎由利だ、と…………実は三ヶ月前に同じ名前をした女子生徒が階段から落ちて亡くなっていまして…………これは鬼人形になってしまったのではないか? と考えて預かっているんですよ」
「その女子生徒は事故で亡くなったんですか?」
「遺体が階段の下にあったことから転落したのではないか、と考えられています。今のところ、この鬼人形は何かから逃れるような言動をとっていますが、いつ殺戮衝動が起こってもおかしくありません」
つまり、この箱の中にある人形は不発弾のようなもの……危険な状態ということか。
恐らく、こうして何も無いのがおかしいくらいなのだろう。
ならば、辻浦氏は大丈夫なのだろうか?
「そんな危険な人形を持っていて、辻浦さんは大丈夫なんですか?」
「はい。とはいえ、今は……ですが。実はとある高名な僧侶の方に箱に封印を施して頂きまして……その封印のお陰でこうして無事にいられる訳です」
なるほど、箱に封印……にわかには信じられないが、この異様な雰囲気を放つ箱を目にしては信じるしかない。
素人の僕ですら、寒気に似た何かを感じるのだから……。
「ですが、封じるということは本当はあってはならないことです。この世にある全てのものはいずれ朽ちていき、風化され、消えゆく定めにあります。その流れを無理矢理断ち切っているのですから、解き放たれた瞬間……今まで止まっていた流れを一気に流してしまうのです。そう……まるで、堰き止めていた川が大規模な濁流となって人家を襲うように…………恐らく、この箱が壊れたら最後、私はその罪を背負わなければならないでしょう」
辻浦氏はそう語ると箱を戻す為に再びどこかへと行ってしまった。
どうやら、おいそれと中身は見せてもらえないらしい。
僕はホッと胸を撫で下ろした。
が、逆に残念だと思う気持ちもあった。
しかも、それは安堵感よりも大きいものになっている。
やはり、僕は何かがおかしくなっている。
そんな確信にも似た違和感を得て、僕はこの日辻浦氏との対談を終えた。
対談を終えた頃には辺りはすっかり夕闇へと染まっていた。
普段ならこんな山間の村の夕闇など恐怖そのものでしか無いが、この日の僕にとってはなぜか素晴らしく心地良いものとなっている。
田舎の夕闇は都会と違って、無駄な光が一切ない。
無限に続く解放感……人に限らず、生物は全て卵や腹といった暗い空間から産まれてくる。
闇とは安らぎの場所であり、全ての命の産まれる場所……そして、全ての命が終わる終極の場所。
始まりにして終わり……ならば、その対となる光とはなんだろうか?
全てを暴き、白日の下に晒し、安息を与えない過程のもの……だろうか?
照らされることに気疲れし、四六時中、勇ましい姿や美しい姿、醜い姿や朽ちた姿を平等に曝け出す……隠れることすら許さない絶対的な存在。
そんなのは嫌だ。
温かな光に包まれる……なんて言葉もあるが、結局その光に身を焦がされ者もいる。
ならば、僕は原始回帰の象徴とも言えるこの闇に身を委ねるべきではないか?
そう思った瞬間、僕の立っている場所が激しく揺れた。
比喩ではない。恐らく、強い地震か何かだろう。
地震はすぐに収まった。
だが、僕はこの時に確信した。
何もない、何も見えない田舎だからかも知れないが、全くの暗闇の中では地震すらも恐怖を感じなかったのだ。
これがもし、光に溢れた都会なら物が倒れ、振り子のように揺れる照明に怯え、パニックになっていただろう。
僕の中で闇が恐怖から安心へと変化し、今まで頼っていた光に勝った瞬間でもあった。
しかし、光なくして闇は存在出来ない。
今僕が歩いている道のように……僅かな光が無ければ、目的地までには行けないだろう。
光と闇の均衡……それらが調和することにより、今生きている世界は成り立っている。
ならば、命はどうだろうか?
闇から産まれ、闇へと還る……命はまるで光そのものだ。
だが、人間は闇から産まれたにも関わらず、闇を恐れる。元の場所へ還る“死”というものを恐れる。
僕もその一人だった。
ならば、なぜ死を恐れるのか?
取り返しがつかなくなるから……孤独になるから……様々な理由はあれど、人間は“未知”を恐れる。
だが、名のある偉人や発明家はその“未知”へ踏み出し、後世へと残る発見をした。
僕も何かを見つけることが出来るだろうか?
その為には何かを捨てなければならないのか?
もし、全てを投げうって命や死や闇について知ることが出来れば………………縁に再び会うことが出来るだろうか?
死へと還ってしまった彼女に……。
そんなことを考えながら夜道となってしまった道を歩いていると僕の目の前に突如、学校らしき建物が姿を現した。
校門らしき所を見ると『氷上高等学校』という文字が目に入る。
氷上高校…………確か、鬼人形になったのはこの学校の女子生徒、村崎由利。
命や闇について考えていた矢先、まさかこんな場所に来るとは思わなかった。
夜の学校は静寂の空気に包まれ、人間は僕一人誰もいない。当然だ。
だが、そんな静寂と思われていた周囲から僅かばかりに何かを引き摺るような音が僕の耳に届いた。
足音は不思議なことに無い。ただ引き摺る音だけが響く。熊か何かだろうか?
どちらにしても人間では無いことは確かだ。
僕は少しばかり身体に力を入れる。
だが、身構えない。この引き摺る音の速度から考えて、いつでもこちらから先手を打てるからだ。
もし、万が一の時があれば僕に宿る影の力と怨霊となった縁、紫の力を使って消してしまえば良い。
引き摺る音は段々と大きくなり、それと共に何か邪悪な気配も強くなる。
この気配は……辻浦氏の所で感じたものに似ている。
僕は無意識に笑みを浮かべた。
その瞬間、音の主は暗闇から姿を現した。
「……アナタ……誰?」
暗闇から現れた『ソレ』は長い茶髪の女の子を模した人形だった。
人形は右手に包丁、左手には丸い何かを持っている。
僕はその丸いものに見覚えがあった。
昼間出会った人形師の辻浦氏……その人の生首であった。
だが、最近……目の前で人が死ぬ瞬間を見た僕にとっては別に驚くことではない。
「……驚かないノ?」
「生憎、人が死ぬ所も不思議な事にも慣れている身でね……」
それに不思議な事に関しては僕自身だってそうだ。
「君は村崎由利か?」
「ッ!? えぇ! そう、そうよ! ワタシが由利よ!」
僕の問いに人形は自身を認めてくれる人間にようやく会えた、かのように声を張り上げる。
「そうか……君は確か、箱に封じられていた筈だったが?」
「えぇ、コノ忌々しい男のせいでね!」
由利人形はそう言うと、辻浦氏の生首をサッカーボールのように蹴飛ばす。
その動きはとてもコミカルに見えたが、蹴ったものがモノなので笑えない。
「たまたま地震があって、箱が落ちて壊レタの。……ワタシは事故で死んだんじゃナイ! 殺サレタのよ! この学校に!」
「学校に殺された?」
疑問に思った僕は事の詳細を由利人形から聞いた。
そして、彼女は忘れ物を学校に取りに来た際、不可解な怪奇現象に襲われ、階段から落ち、その時あった人形の中に魂が入り込んでしまった、ということを聞いた。
「ワタシは身体が入れ替わっただけなノ! まだ死んでなんかイナイ!」
「…………もし、そうだとしても君の身体は既に死んだものとされ、火葬された筈だ。もう元には戻れない」
「ソ、ソンナ……」
僕の正論に由利人形は力なく崩れ落ちる。と、同時に人形からは今までとは比べ物にならない程の強い憎悪の念が伝わってくる。
このまま行けば、辻浦氏の言った通りの殺戮人形になってしまうだろう。
「イヤ…………一人はイヤぁ!」
僕の力を使えば、この感情が爆発する寸前の人形を消すことは出来るだろう。
だが、こんな逸材を見つけたのに消すのは惜しい。
せっかく、命が他のものに宿った珍しいケースなのだ。
これから命や闇、死について探ろうと考えていた僕にとってこれ以上の材料は無い。
彼女を利用しない手は無い。
「……ソウダ。みんなをワタシと同じにすれば良いんだ。アハハ、アハハハハハッ!」
今、由利人形が動けば再び捕まるのがオチだろう。
なんせ、動くとはいえ所詮は人形……人間には勝てない。
……普通ならば。
だったら、勝てるようにすれば良い。
とにかく、彼女が捕まっては元も子も無い。
「待て、焦るな」
僕は由利人形へ声を掛けた。
それは僕の心が闇色に染まり始め、邪なものへと変貌した瞬間であった。
「今、一人で行ったら再び捕らえられて暗くて狭い箱の中へ逆戻りだ。それは嫌だろう?」
「ソレは絶対にイヤ!」
「そうだろう? ならば、ここは一つ、僕の案に乗ってみないか? そうすれば、君は一人にならずに済む」
「……ホント?」
「あぁ、本当だ。だが、それには条件がある…………君が僕に服従する。それが条件だ」
「…………どうして、アナタはワタシにそこまで……」
「闇は救いを求める者の味方だ。そこに生物の垣根は無い。誰だって休息と救済は必要だ。君は人の身を逸脱した……だから今こそ、感情を解放し、欲望を曝け出すんだ」
自分でも驚くほど饒舌に語っている……これが感情の解放というものか。
余計なしがらみを考えず、己の欲望に忠実となる。
なんて、素晴らしいことだろうか!
「この世界は光に溢れ過ぎている。規律や正当さ……それらに支配された世界は君を受け入れないだろう。だが、闇は違う。闇に広がるのは漆黒という名の無限の可能性だ。そこは狭い光の世界とは違い、規律も何も無い。誰もが創造主になれるんだ。君は今、闇の住人になった。つまり、君は自分だけの世界を創れるんだ。だが、一人では手に余ることもあるだろう………だから、闇の代行者である僕が君に力を貸そう」
「……どうすれば良いノ?」
尋ねる由利人形に僕はそっと耳打ちする。
そう、これは彼女の為と言いながら全て自分の為だ。
縁の為なら僕は他者を騙し、他者を利用し、他者を陥れよう。
例え、それが邪悪な行いだと批判されても……。
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由利人形と出会ってから数ヶ月後……僕はネットのとある書き込みを見ていた。
『××県、H村のH学校には友達を求めて人形が彷徨い歩くらしい……』
『その学校って女子生徒が死体となって発見された学校?』
『えっ、マジで?』
『それ、ヤバいじゃ〜んw もはや学校じゃないし(笑)』
僕が開いているサイトは都市伝説に関する情報を集めたサイトだ。
そこでは日夜、様々な怪しい情報が載せられ、その信憑性が議論されている。
要するに暇を持て余し、退屈な現実にスリルを求める連中がまるで冒険ゲームの酒場の如く集まる場所なのだ。
僕はそのサイトに氷上高校のことを載せた。
すると、案の定……エサを食べに集まる鯉の如く、この手が好きな連中が続々と現れ始めた。
まさか、自分で伝説を創ることになるとは思わなかったが、まぁ悪くは無い。
あとは学校にやってきたこういった連中を由利人形が殺していけば良い。
僕は由利人形にこう耳打ちしたのだ。
「僕はこれから、ネットのとあるサイトに君とこの学校のことについての書き込みを行う。すると、不思議なことに粋の良い連中がこの学校にやってくる……君はただ、その連中を殺して自分と同じように魂を人形に入れてしまえば良い。……なに、案ずることはない。殺戮ではなく友達を増やすと考えれば、悪くないだろう? その代わり、君は人形にした人間の一部を僕にくれれば良い。簡単な取り引きだろう?」
「……ナゼ、人形にした人間を?」
「僕は命についての何たるかを考えていてね。その為には命に程近い魂から調べる必要があるんだ」
そんな口車を受け、彼女は僕との契約に応じた。
ネットを閉じ、自室のクローゼットを開ける僕。
そこには取り引き材料にされ、由利人形に一度は殺された人間の人形が所狭しと並べられている。
彼らは小刻みに動きながらも逃げられないので、僕に助けを求めている。
だが、彼らがここを出ることは無い。
再び出られる時があるとすれば、僕に調べられて身も心もボロボロにされた時だろう。
けれども、その時になったら誰にも見向きにされない。哀れな使い捨て人形だ。
僕はクローゼットを閉じて、椅子に腰掛ける。
災厄から守る人形の話しを聞き、最後には災厄を起こす人形を手に入れてしまった。
しかし、これで良い。
形は違えど、少しずつ前進している。
全てはもう一度、縁に会う為……その為なら僕はどんなことでもしよう。
例え、闇より深い邪悪な心に染まろうとも……。
僕は今までのひ弱な気持ちを呪い、新たな覚悟を得た。