第二十七話 貴族の戯れ
いつの間にか総合評価が200ptになっていることに驚きを隠せません。
遅くなりましたが、ちゃんと更新していくので気長にお待ちいただけるとありがたいです。
「おはようございます」
いつも通りの朝、『大熊亭』のオヤジさんに挨拶をするといつもの笑顔で答えてくれる。
「おぅ、今日も溝浚いか?」
「いえ、今日はお休みです」
「珍しいな、何かあるのか?」
「少し街をゆっくり見てみたくて」
アレイスに来てからもうそこそこ経つが、あまり観光的なことをしたことはなかった。
そんな事に今更ながらに気付いた私はたまには仕事を休んで街を見て回るのもいいだろうと思い、今日それを実行する事にした。
そもそも私はこの街について殆ど知らないため、どこに行けばいいのかも分からないような状況であった。
しかし今ならばとても心強い案内人がいる。
そう、レイウェンちゃんだ。
「デートです、これはデートなんです!」
「お、おぅ、良かったな……」
はしゃぐレイウェンちゃんと若干引いてるオヤジさん。
というかレイウェンちゃんはホントにどうしたの?キャラ変わりすぎじゃない?
というかデートじゃないよ?人形とスライムと人間っていう意味の分からないトリオのアレイス観光だよ?
しかしレイウェンちゃんにはそんな事関係ないのか昨日からテンションが高い。
「朝は今食うとして、夜はいるのか?」
「あ、はい。夕方頃には戻るつもりですので」
「了解」
その後『大熊亭』にて朝食を済ませた私たちは観光へと赴いた。
「では最初はここでしょう!アレイスを中心としたこの領地を統治してらっしゃる領主、ティファー・アレイス様のお屋敷です!」
「へぇー……って、知ってるよそれくらい」
「えっ!?」
「なんでそこ驚くの!?こんなに大きな屋敷誰だって見た事あるよ!」
全く、レイウェンちゃんにとって私とは一体どんな人物像となっているんだ。
もしかしたら溝浚いしかしてないから下水道の中しか知らないとでも思われているのだろうか?そうだとしたらそれは撤回していただきたい。幾ら何でも冒険者組合所辺りだけは分かるよ!
それにしてもこの領主の屋敷は本当にデカイ。最初に見た時は城かと見間違えてしまったほどだ。
しかもこの屋敷はアレイスの中心に建てられており、このアレイスの象徴とも言える建物となっている。
きっとこんな所に住んでいるのだから相当なお金持ちなんだろう。何てったって貴族様ですからね!
そんな事を思っていると腰に下げていた袋からジーヤが馬鹿な事を言い始める。
「(掃除をする甲斐がありそうじゃな)」
このスライムは一体何を言っているんだ?
流石に付き合う必要もないと思い私は呆れた顔で適当にあしらう。
「勝手にやってれば?」
「(お主最近冷たいの)」
「ジーヤが下手にボケるから……」
まぁ最近あまりジーヤに構わずにレイウェンちゃんと話している事の方が多いかもしれない。
しかしそれは仕方ない部分もあり、ジーヤはレイウェンちゃんの言葉を理解出来るが、レイウェンちゃんはジーヤの言葉を理解出来ないのだ。
故に私がジーヤと話しているとレイウェンちゃんには私が独り言を言っているように見えているだけでつまらないだろう。
そしてレイウェンちゃんと話していれば会話の内容自体はジーヤは理解出来るのでつまらなくはない。
最終的に落ち着いてしまうのがレイウェンちゃんとの絡みである事は避けようがないと言えよう。
しかしジーヤの話は終わらない。
「(半分は本気じゃったよ)」
「えっ!?」
流石の私も今のジーヤの言葉には少し驚いた。
というかジーヤに至っては本当にやり兼ねないと思えてきてしまって気が気ではない。
もし屋敷を掃除中に他人に見つかれば大騒ぎとなる。
しかしそんな私の考えを無に帰す発言が飛び込む。
「(嘘じゃ)」
「くっ……」
このスライム、跡形も残らないように蒸発させてやろうか……。
殺意が湧いて来そうになるのを必死に抑えていると後ろから肩を叩かれる。
「あの、マコさん、そろそろいいですか?」
「え?うん、大丈夫だけどどうしたの?」
何やら申し訳なさそうな表情で私に話しかけてくるレイウェンちゃんに違和感を感じ、どうしたのだろうと私が周囲を見渡してみると、周りにいた人達が急に私から視線を逸らしていそいそと立ち去っていった。
……も、もしかして、見られてた?
一般人の方もレイウェンちゃんと同じでジーヤの言葉が分からない。しかもレイウェンちゃんと違ってその存在がいることも知らない。
そんな状態でさっきの私の行動を側から見た場合どうなるか。
考える必要もない。
腰の袋に向かって独り言を言ってる痛い人だ。
そこまで思い至るともう顔から火が出るほどに恥ずかしくなって来た。
「う、うっ……うわぁあああああ!!!」
こんな所から早く離れたい一心で私はその場から駆け出した。
「あ、あぶな――」
私が周囲をよく見ずに駆け出してしまった直後、レイウェンちゃんから制止の声が聞こえてきた。
しかし私の勢いはそんなにすぐ殺すことが出来ず、私はいきなり目の前に現れた人影、厳密に言えば漸く私の視界に入った人影にぶつかりそうになった。
「――元気がよろしいですわね」
「っ!?」
しかしぶつかったような衝撃は無く、突然耳元で声をかけられた。
あの一瞬の出来事に全くの動揺なく、落ち着き払った声が耳に入ってきた。
理解するのにしばらくの間を要したが、私の思考が追い付くとこの現状に驚く他なかった。
私は今、金持ち貴族のお嬢様、そんな風に表現するに相応しい美女に片手で頭を抑えられ、止められていた。
こ、この人は一体!?
私が目の前の女性に見覚えがなく誰か分からないでいると近くにいたレイウェンちゃんが体を震わせながら驚愕の表情で口を開く。
「あ、貴女は……ティファー・アレイス様!?」
「あらあら、私も有名になったものですわ」
惚けた反応を示すティファー・アレイスと呼ばれた女性。
その名が意味するのは私の背後に聳え立つ屋敷の主、このアレイスの領主である事だ。
それを理解した私はすぐさまティファー様から離れて頭を下げた。
「す、すみませんでした!」
頭を下げるだけでは不十分かと下げた後に思い、地面に膝を付けて土下座の体勢になろうかと膝を曲げようとするとティファー様はクスリと笑った。
「大丈夫です、気にしていませんわ。ユーリさん」
「……何故その名前を?」
最近マコと名乗るのが馬鹿らしくなるほどユーリと呼ばれる事が多い。
結局全てセフィーナさんの差し金であり、必要だと判断したからこそ教えているのだろうがそれにしたって多過ぎないか?
私の問いかけに対してティファー様はまたクスリと笑う。
「立ち話も疲れますし、中へ入りましょうか」
屋敷の中はとても凄かった。
一般人、というか豪勢な暮らしというものを経験したことがない私にとってはただただ凄いという小学生並みの感想しか出て来なかった。
大きさはもちろんのこと、装飾もとても凝っているもので、しかしただゴテゴテに財力を見せつけるための派手さというものは無くとても見る人を自然と惹きつける。そんな素晴らしさを感じた。
廊下の端に置かれている壺や像、掛けられている絵画一つ取っても私の借金なんて笑って一括返済出来る程の価値がありそうであった。
「凄い……」
「あらあら、かの有名なメリエル様の下にいらっしゃった貴方にそんな風に言ってもらえると嬉しいですわ」
「メリエルさんはこういったものに無頓着でしたので」
「そうでしたの。かく言う私もあまり好きではないのですけどね……こんな物、力を誇示する為の道具でしかありません」
「はぁ……」
そう言ったティファー様の表情には何処か影が差していた気がした。
長い廊下を歩いた先に着いたのは屋敷の中央辺りに存在した中庭のような場所であった。
上から見たことがなかったためどの様な構造になっているのか知らなかったがどうやらこの屋敷はドーナツ状になっている様だ。
中庭には色とりどりの花々が綺麗に咲いており、とても良く手入れが行き届いていることが分かる。
そんな花畑のような中庭の中央には屋根のあるテーブルセットが鎮座していた。
お、おぅふ……リアルにこんなお嬢様のお茶会スペースを見ることになるなんて思わなかったぜ……。
「どうでしょう?屋敷の装飾は使用人に一任しているのですが、ここの花だけは私が日々手入れをしているのですよ?」
「そうなんですか……素晴らしい花畑だと思います」
「えっ!?」
私が率直な感想をティファー様に伝えたところ、何故かレイウェンちゃんが驚きの表情で私を見る。
何か変な事を言っただろうか?私はただ花畑を褒めただけのはずだが……。
私が疑問に思っているとティファー様はクスリと笑った。
「セフィーナ様から聞かされていましたが、少々学が足りなさ過ぎますわね」
「え?」
突然ティファー様から馬鹿にされた。
一体何故なのか理解出来ない私には何も言えずに困惑するだけだがレイウェンちゃんは理由が分かっているらしく私に説明してくれる。
「マコさん、この花の名前を知っていますか?」
「いや、知らない」
まず私たちの近くに咲いていた黄色い花を指差して問われたが私には分からない。そもそも花の名前なんて一つも知らない。
しかしその後もレイウェンちゃんは違う色の花、違う形の花を次々に指差し、問いかけてくる。
私が全て分からないと答えた後にレイウェンちゃんは一つ溜め息を吐いてから言う。
「ここに咲いている花、その全てはヴァラティーと呼ばれる品種なんです」
「えっ!?嘘っ!?」
私の反応が面白いのかティファー様はまたクスリと笑う。
しかし私が驚くのも無理はない。何故なら色だけでは無く、花弁の形、大きさにおいて幾つかの類似点はあるもののほぼ全て別種と思える程に違う花々に見えるのだから。
「花言葉も当然知らないのでしょうし、説明しておきます。単体であれば花の色や形によって異なりますがここの様に同じ場所に異なるヴァラティーを植えたり、花束にしたりすればその花言葉は一つとなり、異なるヴァラティーの種類の多さによってその意味は強くなります」
「花言葉……」
話を聞いている内に大体理解出来てきた。
要するに見た目としては綺麗な花畑に見えるが貴族が人を招く様な場所に植える花としては花言葉の意味合い的に不釣り合いなわけか……しかもそれがその屋敷の主人自ら手入れをしているとなれば更に問題となる。
そんな状態の花畑を私は見た目だけで判断して褒めてしまった。
恐らく世間一般の反応はそうではないのだろう。
そこまで考えが行き着いてから私はレイウェンちゃんの答えを心して聞く。
「複数のヴァラティーの花言葉は『貴方を愛し続ける』です」
「……え?」
答えを聞いて拍子抜けしてしまい思わず声が出てしまった。
だってそうだろう?花言葉が「貴方を愛し続ける」だなんて結構良い言葉じゃないか?
まぁ世の中にはその人しか愛さない、裏切られたら殺してしまう様な偏愛も存在すると聞くが、そうでないのなら悪くないじゃないか。
そんな風に思っていたのだがレイウェンちゃんの表情を見る限りそんな簡単な話ではないようだった。
「この言葉に含まれる意味は婚姻などでの生涯愛し続けるなんて口だけの約束とは異なります。そもそもこれだけの数、種類が一堂に会している事自体が異常ですが、それ故に花言葉の強さは計り知れません」
「どういう事……?」
「ヴァラティーの研究は長く行われており、その組み合わせによる花言葉の解釈も様々あるのですが私の知る限りここにあるヴァラティーの多くは毒性を持つものが多いです」
「毒……」
そこまでレイウェンちゃんに説明された私は流石にレイウェンちゃんが言おうとしている事に察しがついた。ついたのだが本当にそんな事があり得るのだろうかという疑惑から信じたくはなかったが、それは当の本人によって証明される。
先程まで笑っていたティファー様の表情が消えて淡々と事実を語る。
「私のヴァラティーは『貴方になら殺されても良い』ですわ」
「そんな……なんで……」
「私が彼を、彼という人間を壊してしまったからですわ」
「彼……?」
一体何を言い始めるんだこの人は……彼というのはヴァラティーの貴方の事なのだろうがその人を壊した?どういう事だ?
疑問が多くて頭の中が混乱している中、ティファー様は更に追い討ちをかけてきた。
今まで袖の長いドレスと手袋によって隠されていた腕、その片方の右腕の袖を捲り、手袋を取り外し始めた。
そしてそこから現れた右腕は人の物ではなかった。
硬質感のある素材で出来た人の腕の形に似た機械。それを私はよく知っていた。知らないはずがなかった。
「魔導……義肢!?」
「貴方と同郷、セフィーナ様によって作られた魔導義肢ですわ」
「一体どうして……」
どうしてそんな物を着けているのか、どうして腕がなくなったのか、どうしてそれを私に見せたのか。
様々な意味を持たせた質問であったが彼女は何も答えてくれなかった。
その代わりに魔導義肢を左手で撫でながら提案された。
「少し、手合わせ願えませんか?」
「え?」
急な提案に私はどうすれば良いか分からずつい間抜けな声が出てしまったが、ちゃんと考えてもこの人は一体何を言っているのか意味が分からなかった。
何故この状況でティファー様と手合わせなんてしなくてはいけないのだろう?
「セフィーナ様に作られたもの同士、力比べしたくはありませんこと?」
「……成程……そういうことなら、少しだけ」
そう言われては私に断る理由はなかった。
何故なら私だって知りたいからだ。
セフィーナさんに作られた『十二柱』と称されている私は一体それ以外の物とどれ程力の差があるのかを。
ティファー様は見たところ特に鍛えているという感じでも無く、私が感じれる程度の魔力感知でもそこまで特筆するべき事はない。言ってしまえば普通の人だ。
そんな人相手に本気は出せないがあの魔導義肢の力の程は知ることは出来るだろう。
「ではこちらへ」
ティファー様に招かれて訪れた場所は冒険者組合にある訓練場よりも大きな場所であった。
見た目自体は訓練場と変わらないが、その大きさは倍近く違う。
私はそんな場所の中央でティファー様を待っていた。
流石にドレスのまま手合わせなど出来ないということで着替えて来ると言い残してこの場から去って行った。
私も正直このゴスロリ服の状態でまともに戦えるか甚だ疑問であるがまぁなるようになるだろう。
「お待たせしました。では始めましょうか」
入り口の方から現れたティファー様は動きやすい服装の上に肩や肘、膝、胸などを最小限守るための金属で出来た鎧を着ていた。
まぁ私の方はセフィーナさんのこのゴスロリ服という見た目さえ気にしなければ最高の鎧代わりとなるものを着ているわけだから、逆にあちらの方が不利か……。
訓練場の中央にてお互い対峙する。
「ではお手並み拝見という事で、手加減していただけると助かりますわ」
「流石に本気でなんて行きませんよ。もしティファー様に怪我でもさせようものなら私はこの街にいられなくなりますからね」
「ふふっ、そうですかそうですか……では――」
ティファー様の言葉を待たずして試合開始の合図である小さな鈴の音が聞こえてきた。
私は感覚を鋭くしていた事によりティファー様よりも圧倒的に早くその音に反応出来る。
話の途中で申し訳ないが、一気に決めさせてもらう!
私は『強化魔法』にて全身を強化すると同時に『幻影魔法』を使用して自分の姿を消し去る。
ティファー様に気付かれる前に首筋に手を当ててチェックメイトだっ!
強化された身体能力にてティファー様の背後に回り込み、私が首筋に手刀を寸止めしようとした時、それは起きた。
「――貴女の負けは確定ですわね」
「なっ!?」
私の手刀がティファー様に届く前、まだ寸止めしようと力を入れたわけでもないのに、私の手刀は首筋に届かず止められていた。
ティファー様の右腕によって。
「これは……壊してもいいのかしら?」
「くっ、ぐぁあああ!!!」
「マコさんっ!?」
ティファー様に掴まれた私の右手首は次第にミシミシと嫌な音を立て始める。
痛みに耐えられそうにないので私は即座に右腕の感覚を遮断して難を逃れる。
何の抵抗も無くなった私の右手首はティファー様に握り潰されてしまい、千切れた。
「あら、ごめんなさい。握り潰すつもりはなかったの。だって……大事な大事な右手でしょう?」
先程までの愛想のいい笑顔ではなく、とても冷徹な笑みがティファー様の顔に出ていた。
成る程、これがこの人の本性って事か……。
私は失った右手首を確認してみる。
千切れた部分から機械的な部品が見え隠れしているが、まだいける……。
感覚全てではなく痛覚のみを遮断して肘を動かし、問題がない事を確認しながらティファー様を睨みつける。
「……何が、手加減して欲しいだ」
「あらあら、怒らないでください。私、本当に手加減してもらわないといけないと思っておりましたの。でも、必要なかったようですね」
「っ!」
「手加減、してあげましょうか?」
「ふざ、けるなぁっ!!!」
ここまで馬鹿にされて黙ってはいられない。
私は左手で『白姫』を抜刀する。
右手首を失った事で恐らく魔素変換の効力は落ち、最悪の場合失われている可能性が高いが……出し惜しみなんてしない。
このふざけたお嬢様には一発打ち噛ましてやらないと気が済まない!
「行くぞ……『白姫』」
「あらあらあら、綺麗な刀ですこと。その刀も、折って差し上げましょうか?」
「やれるもんなら、やってみろっ!」
「では遠慮なく――」
ティファー様の初動は速かった。
しかし私の動体視力は人間の比ではないし、速さにならば慣れている。
フェイントなどもなく一気に間合いを詰めてくるティファー様の右手は一直線に『白姫』の刀身へと向かう。
でも、残念だったな。
私の『白姫』は、綺麗好きなんだ。
「――拒め、『白姫』!」
「くっ……!?」
ティファー様が刀身に触れる直前に『白姫』の力を解放する。
するとティファー様の右手は弾かれ、少々仰け反った。
しかしティファー様は底冷えするかのような笑みを浮かべた。
まるで、そうなる事を知っていたかのように。
「私、力比べというものは大好きですの」
「な、なんで……っ!?」
ティファー様は上体が仰け反ったのを利用し、その反動を使ってもう一度『白姫』に掴みかかる。
私はもう一度『白姫』の拒みの刃を使用して弾き返そうとしたが、それは上手くいかなかった。
「さぁ、押し負ければその刀、握り潰して差し上げましょう!」
「ぐぅううう!!!」
ティファー様は弾き返されない。
何処からそんな力が出ているのかは不明だが、『白姫』から拒まれているはずなのにその力に抵抗して上体を保ち、ただただ右手を刀身に向けて伸ばしていた。
こんな事が可能なのか!?
私は必死に『白姫』へと魔力を注ぎ込む。
封印されている貯蔵魔力も投入し、これでもかという程に魔力を注ぎ込み、『白姫』の力を最大限に引き出しているのにも関わらず、ティファー様は弾かれるどころか徐々にその右手が『白姫』の刀身に近付きつつあった。
「さぁ、さぁさぁさぁ!どうします?どうなさいます!?こんなものでは足りません、足りませんわ!」
「ぐっ……くっそぉおおおおお!!!」
押し負け、押し負け、もう後ミリ単位での距離となった時、私は決断した。
今『白姫』を失う訳にはいかない。
このまま握り潰されるくらいなら、こちらから打って出る!
残り魔力の殆どを『白姫』に注ぎ込み、私は集中してもう一つの刃を解放する。
「絶ち切れ……『白姫』!!!」
「っ!?」
『白姫』の刀身にティファー様の右手が触れたその時、『白姫』の刀身が一瞬だけ赤黒く染まった。
それは本当に一瞬の事で、直ぐさまいつも通りの白い刀身に戻った。
そしてその結果は発動した私自身よりも早く、ティファー様が理解していた。
「成程成程、なんとまぁ凄まじい力ですこと……」
「なっ……!?」
絶ち切る刃、『白姫』における最大の攻撃。
恐らくそれをまともに食らったのであろうティファーさんの右腕は、粉々になって地面に散らばっていた。
魔導義肢である右腕が肩口から全て破壊されたティファー様は、左手で肩口を押さえながら笑った。
「ふふっ、ふふふふふっ、あははははっ!!!」
「な、何がおかしい!?」
戦闘中から少しテンションが上がっているなとは感じていたが、今の大笑いはそんな些細な変化ではなかった。
最初に受けたお淑やかなイメージとは真逆、大口を開けて天を仰ぎ、心ゆくまで笑い続けるティファー様に対し、私は名状し難い恐れを感じた。
「やはり足りない、足りないわぁ……こんな粗末な腕では貴女に失礼でした。失礼が過ぎました……」
「な、何を……言って?」
「ふふふふふっ、そう言えば、まだキチンと自己紹介をしていませんでした。申し訳ありません――」
突然語り始めたティファー様に対して動揺を隠せない私は成り行きに任せる他なかった。
自己紹介と言ってこちらに頭を丁寧に下げてくるティファー様の姿は、とても育ちの良い貴族様といった感じでとても美しく見えた。
しかしその右肩に私の意識は引き寄せられる。
右肩から先に謎の魔力の流れを感じたのだ。
一体何が起こっているのかを理解出来たのは早かった。
何故ならそれは、自分自身が最も多用している魔法、『封印魔法』であったから。
右肩の違和感が収まっていくと同時に、先程私が破壊した筈の右腕部分に新しい腕があった。
それは先程までの機械丸出しの魔導義肢といったものではなく、外見からは一切機械だと思わせない、私と同じ様な人間そっくりな腕であった。
私はそれを見て直感した。
あれが、あの腕こそが、セフィーナ様が作ったものなのだと。
そして頭を下げていたティファー様は佇まいを整えて、こちらを見つめて口を開く。
「――お初にお目にかかります。『十二柱』が一柱、『貴族』の称号を持つ、ティファー・アレイスと申します」
衝撃の告白であった。
まだ見ぬセフィーナさんが作った『十二柱』の一柱とこんな所で会うことになるなんて……。
というか『貴族』なんて称号もあるのか。
「『貴族』……?」
「はい、そうですよ」
笑顔でハッキリと答えられ、逆に疑問に思ったことが恥ずかしくなる。
だって私はまだ『十二柱』にどんな称号が与えられてるのかも全然知らないのだから。
しかし私はそれ以上に気になることがあった。
「じゃあ……貴女は魔導人形ということですか?」
「違います。私は人です」
「え?」
「勘違いされているようですが、世間一般ではよく『十二柱』とはセフィーナ様が作りし魔導人形と言われていますが、それは大きな間違いです。私のように一部だけ魔導義肢という存在もいます。要するに、出来が良ければ、セフィーナ様が納得すれば、それが『十二柱』となるのです」
なんとも衝撃的な一言であろうか。
というかそんな事を言われたらもうセフィーナさんが作ったもの一つ一つを警戒しろというようなものではないか!
どうしろってんだ!どうも出来ねぇよ!
取り敢えず匙を投げるという、自己解決ではなく現実逃避をしてから今一度ティファー様に向き合う。
新たな右腕、いや、本来の右腕の性能は分からない。
観察してみるが何も感じない。
魔導義肢特有の魔力の流れというか、動力源である魔石の気配を一切感じることが出来ないのだ。
言ってみればただの人間の腕にしか見えない。
それがより一層恐ろしい。
「では、再開しましょうか。といっても、勝敗は決まっているようなものですが」
「……随分と、余裕ですね」
私は一切油断のならない、何が起きても不思議ではない、得体の知れないものに警戒心を全力で引き上げなければならない精神状態でとても辛い。
そんな私と対照的に涼しい顔をしていたティファー様の表情があの笑みに変わる。
「魔力漏洩症はご存知?」
「……えぇ」
一体何の話だ、と思ったがここは取り敢えず話に乗っておく。
魔力漏洩症と言えば私の後ろにいるレイウェンちゃんがそうだ。
変異魔力により必然的に併発するものだ。
「では、そちらにいるような変異魔力持ちの子以外ではどんな原因で発症するか、知っていて?」
「それは……」
流石に私もそこまでは詳しくなかった。
レイウェンちゃんの件は偶然勉強していた時に覚えた知識で、別に魔力漏洩症に限って勉強をしていたわけではない。
故に私の知識は浅く、それ以外の原因と言われても思いつくものはなかった。
そんな私の思考を分かっているかのようにティファー様は続ける。
「魔力肥大ですわ」
「魔力……肥大?」
ティファー様の言葉に思わず首を傾げてしまう。
言葉通りに受け取るならば魔力が人より大きいという症状なのだろうが、それが一体……ま、まさかっ!?
一つの結論、恐らく解にとても近い私の考え、それに気付いて私は思わずティファー様の魔力の流れに意識を集中した。
ティファー様は私の行動に何を言うでもなく、ただただ笑っていた。
「魔力を……吸い続けているっ!?」
「ご明察。100点満点ですわ」
ティファー様をよく観察すると魔力が常に体外へと放出されていた。
何故こんなことに気付けなかったのかと自分を殴りたい気分だったが、それはあの魔導義肢のせいだった。
放出された魔力は瞬時にあの魔導義肢に吸収されているのである。
ではそれまではどうだったのか?
普通の魔導義肢を使っていた時も私は特に異常を感じなかった。
それはそうだ。
漏洩した魔力を自然に魔導義肢へと送り込んでいたのだから。
そんな事は私にとっては日常茶飯事、逆に当たり前のことである。
しかしその考えが仇となった。
私は全身に魔力を循環させなければ動けない。だが魔導義肢は魔石に魔力があれば動くのだ。
常に魔力を流し込む必要は一切ない。
「次々と疑問が出てきている、といったところでしょうか?」
「そうですね……」
「一つだけ教えてあげますわ。先程壊れた魔導義肢は私にとってはおもちゃも同然。あれに送り込んだ魔力は全てこちらの本命に吸収されていましたの。そうではないと、ただの魔石では壊れてしまうでしょう?」
「……」
普通に聞けば、あ、そうなんですねと笑って済ませる話だが、今の私にとってはとても絶望的な宣告だった。
この人は魔力漏洩症を隠すために常日頃から魔導義肢に魔力を吸収させていたとしよう。
もしそれが数日程度ならばまだいい。
しかしそれが何ヶ月、何年と吸収期間が長ければ長いほど、あの右腕に内包されている魔力量が底知れない。
だがそんな事をすればティファー様の魔力は枯渇していつしか……いや、それが成り立ってしまうのかもしれない。
魔力肥大というものが、その出鱈目な事を可能にしているのだとしたら……。
「では、そろそろ種明かしです」
「っ!?」
ティファー様が右腕を少し引き、とてもありふれた素人のような構えを取る。
とても隙の多い構えだ。
今攻撃すれば有効打を打ち込めるのではないか。もしかすればその一撃で決めてしまえるのではないか。
そんな風に思える程、その構えは単純で、それ故に一つの異常性が際立って見えた。
打ち込めるわけがない。
それが私の正直な感想だった。
「手始めに開放する魔力量は10万くらいとしましょうか?それともそれでは足りませんか?」
「ははっ……笑うしかないですね」
私は今何を目にしているのだろうか。
分からない。理解出来ない。
ティファー様の右腕から放出されている魔力量が多過ぎて、何が何だか分からない。
一体何をどうすればあんなに魔力を一度に放出出来るのか、制御出来るのか、そして、一体どれ程の威力があるのか……予想も付かない。
「魔力肥大について少しだけ教えて差し上げましょう。一説では生物はその魂に自身の一生分の魔力を内包することが出来るといいます。しかし何らかの原因で内包出来ない事が起こる。変異魔力は自身の魂に魔力の性質が合わずに漏れ出てしまう。対して魔力肥大は、魂が魔力飽和を起こしてもなお増え続け、漏れ出てしまうのですわ」
「……出鱈目だ」
「セフィーナ様にも言われましたわ、出鱈目だと。かの『魔王』メリエル・ファウルがこの才能を持っていたらと思うとゾッとする、なんて申しておりましたわ」
はっ、セフィーナさんも面白い事を言う。
あの人に魔力量を気にしなくていい半永久機関が備わっていたらそんなもの事件だ。
この世の終わりを迎えるレベルの厄災となっただろう。
「さぁ、私の拳……俗には『神拳』と言われる一撃を前に、貴女は何処まで潰れずに耐え切ってくれますかっ!?」
「なっ!?」
膨大な魔力が一気に右拳へと集束したと思えば、ティファー様は先程よりも速い速度で一直線に間合いを詰めてくる。
一瞬の驚愕の後、私は意識を切り替える。
まともに防御したら殴り殺されかねない!
私は『白姫』に僅かな魔力を注ぎながら、『錬金術』を使用して訓練場の地面の土を盛り上げて壁を形成……出来ない!?
「隙ありですわっ!」
「ぐぅっ!!!」
拳と刀がぶつかり合う。
普通に考えれば拳が負けるはずのこの一撃は両者が互いに弾かれ返される事で幕を引いた。
「ふふふ、10では足りませんか。そうですかそうですか……では20!」
「なっ……ぐっ!?」
弾き返したと思えば間髪入れずに先程よりも膨大な魔力を拳に集束させて殴りかかってくる。
それを『白姫』で拒もうとしたが既に私の魔力は底を尽き、拒む事が出来ずにただただ『白姫』の刀としての性能はのみでティファー様の拳と打ち合う。
しかしそんなものが通用するわけもなく、私の左腕だけの力では軽々と弾かれ、そのまま私に向かってくる拳に対して私は拳を持たぬ右腕を突き出して防ごうとした。
「右腕いただきますわ!」
防いだ、と言うよりは犠牲にしたと言った方が正しかっただろう。
ティファー様の拳は私の右腕の手首から縦に、まるで竹を割るかの様に真っ二つに破壊した。
右腕を失った私はティファー様から距離を取って立て直そうとした。
だが立て直そうとしても既に私には何もなかった。
魔力もなく、回復の見込みもない。
『白姫』を酷使してもこの左腕のみでは先程と同じ結果となる。
最悪の場合『白姫』が折れる……。
そうして私は『白姫』を鞘に納めた。
「あら、どうかしました?まだまだ楽しませてくださいな」
「……」
『別に、そんなに頑張らなくてもいいじゃないか』
不意に自分の心の中にそんな事を呟く奴がいた。
『これは遊びで始めた戦いだ』
『そんな必死になることはない』
『負けだ、勝てない、相手が悪い』
『右腕を失ったのはデカい損害だが、それだけで済んで良かったと思おうぜ?』
……。
「壊れてしまったのかしら?では30でケリをつけて差し上げましょう」
『ほら、早く降参しろよ』
『このままじゃ死んじまうぜ?』
『折角の異世界だ、まだ全然楽しめてねぇ』
『別にいいじゃねぇか。もう何もかんも捨てて楽しくやろうぜ』
『冒険者なんかも辞めちまって、セフィーナからも逃げて、もっと違う国に行こうぜ』
『なぁ、ユーリ。俺とお前なら上手くやっていけるさ』
『仲良くやろうぜ……面白おかしく、適当によ』
……そうだな、お前の言う通りだよ。
『だろ?流石ユーリだ、話が分かる』
『さっさと土下座でもして、また酒でも飲もうぜ』
あぁ、くだらない。
何が魔導人形だ。
何が『十二柱』だ。
何が『英雄』だ……馬鹿馬鹿しい。
『よっしゃ、じゃあ――』
――馬鹿馬鹿しいが、こういうのが楽しいんじゃないか。
『あ?』
お前の言う通りさ、全部その通りだよ。
でもな、私はもうお前じゃない。
私はもうあの頃の私じゃない。
何事にもやる気を見出せなくて、宙ぶらりんなまま何をするでもなく、毎日変わらない、つまらない日々を送っていた。
そんな無気力だった私が、お前が……こんなチャンスに巡り会えたんだ。
こんなとこで逃げてたら、また繰り返すだけじゃないか……。
逃げるのは、諦めるのは……もう嫌だよ。
『……後悔するぜ?お前はどうせ繰り返す。確定事項だ。お前は俺だからな』
分かってるさ、私はお前だ。
表面上変わったとしても、私は結局私なままだ。
お前を含めて私なんだ。
私はお前を受け入れる。受け入れて、使いこなしてやる。
だからそこで見てろ瀬川秋彦……もう一人の私、魂の燃え滓が作り出した私自身、私の闇、狂気の本質。
私が歩むこの道を。私の、このユーリの生き様を……っ!
目を見開く。
すると眼前にはティファーの拳が迫っていた。
しかし今の私は何も怖くない。
怖いと感じることが出来ない。
「な、何がっ!?」
「……ひひっ、ふ……ひ、ぐっ!」
左手でティファーの拳を受け止めた。
ティファーはただ棒立ちしていた私がいきなり動き出し、自慢の拳を左手のみで受け止められたことに驚愕していた。
私はその事がとても可笑しくて、思わず笑ってしまいそうになるのを必死に堪えた。
自分を保っていないと、自分自身が可笑しくなってしまいそうだ。
私はいつも、こんなことになっていたのか……。
「……成程成程、とても興味深いです。そういう事でしたの、まぁまぁ、あらあらあら……ふふふふふっ」
「何が……おかしい!」
「貴女、『狂化』を使いましたわね?ついでに言えば、魂も燃やしましたね?ふふふっ」
「……悪いかよ、あんたがその気じゃなくたって、私にとってこれはもう負けられない戦いなんだ」
私がしたことはティファーの言うその二つのみ。
私の本当に本当の奥の手、自分自身どうなるかも分からない、一種の賭け。
『狂化』で怒り狂うだけでなく、魂を燃やして魔力を爆発的に生成するだけでもない、両方を一度に、しかもちゃんと自身の制御下にてコントロールする。
そんなことが出来ればと思っていた。
そしてそれが今この一刻だけだったとしても、叶った。
まるで誰かが私に勝てと言ってくれているかのように。
「行くぞ、ティファー・アレイス。さっきまでの私とは一味違うぞ……!」
私はティファーの拳を振り払い、一旦後退してから即座に間合いを詰める。
『強化魔法』で限界まで身体能力を引き上げ、『狂化』による自損も顧みない限界突破。
それに加えて『魔導師』で電撃を左腕に纏う。
「あらあら、自滅覚悟というところでしょうか?」
「っ!?……くっそぉおおお!!!」
届くと思った。
これぐらい無茶をすれば一矢報いれると信じていた。
私にとっての全力、これ以上ないってくらいの最強の一撃は、先程のリプレイかのように、だが人物は入れ替わっており、私の拳はティファーの右手によって受け止められた。
魔力をもっと注ぎ込み、ティファーへ拳を押し込もうと努力するが意味をなさない。
私の拳を掴み、ティファーは興奮しているのか頬を上気させてうっとりとした表情を見せる。
「はぁあああ……良いですわ、とても良いですわ」
「くそ、くそ、くそぉっ!!!離せえええ!!!」
必死に左腕を動かしてティファーの右手を振り解こうと努力するが、ティファーの右手はビクともしなかった。
「200まで使わされるなんて思いもしませんでした。誇って良いですわよ?」
「くっ……!」
足りないのか……ここまでやっても、足りないというのか?
どうする……どうすればいい……もう私には何も出来ない。
もっと『狂化』を、もっと魂を燃やせば……いや、そんな付け焼き刃でどうにかなるような差ではない。
今こうしている間もティファーは魔力を放出し続けている。
底無しの魔力というのは、それだけでこんなにも差が生まれるものなのか?
気合いや技術だけではどうやっても埋められない圧倒的な物量の差。
それを漸く理解した私には、既に戦意など一欠片も残らず崩れ去っていた。
「でも、もし……左腕も潰せば、貴女はもっと足掻いてくれるのですか?」
「っ!?」
その言葉を聞いた瞬間、寒気がした。
とてつもない寒気、決してこの空間が寒いわけではない。
一瞬それが私には理解出来なかった。
何故、こんなにも寒気を感じるのか。
私はその寒気のせいで一切身動きが出来なかった。
体は焼けるように熱いのに、芯を凍らせる程の殺気。
「あらあら、まぁまぁまぁ……面白い展開ですわ」
背後から感じたそれは……レイウェンちゃんの魔力によるものだった。
「レイウェン……ちゃん……?」
魔力が枯渇し、意識が途切れる寸前に、私が振り返った視線の先には、燃え盛る髪と光り輝く金色の瞳を持ち、全身に炎を纏う、メイド服を着た――
――魔人がいた。




