第二十二話 レイウェン
書き溜めが……書き溜めがどんどん減っていく……おのれエンスト、私の執筆時間を奪いおって!!!
オルトに半ば引き摺られながら辿り着いた先は組合所の奥にある訓練場。先日オルトと戦った場所である。
あれ以来来ていなかったがここはこんなにも荒れていただろうか?
以前の記憶にある訓練場には地面の土にヒビなんて入っていなかったし、壁にもあんな大きな傷はなかったと思う。
もしかして誰かがこの一週間で暴れたりしたのだろうか?そうだとしたら凄いなぁ。
「何不思議そうな顔で見てやがる、あれはてめぇがやったんだよ」
「え?」
いやいやいや、私がいつここでこんな傷跡を作ったと言うんだ。私がここでしたことと言えばただオルトに向かって全力で一撃を加えただけのはずだ。
……うん、現実逃避は止めます。
どう見てもこれはあの時の余波で起こった事だろう。この地面のヒビなんて丁度オルトがあの時立っていた場所を中心として割れているし、壁の傷もオルトの背後である。
そっかー……私の全力も捨てたもんじゃないんだなぁ……そしてそれを止められたのかぁ……凹む。
私の落ち込んでいる様子を見てオルトも大体私が考えている事を察したのだろう、私の肩に手を添えて一言。
「強過ぎてすまんな」
「何も言えねぇ……で、私に何をさせたいの?」
腹立たしいが今はそんな事よりも現状の把握が先である。
私は未だにオルトとレイウェン君が何について口論していたのかも知らないし、私がそれについて何をさせられるのかも分かっていない。
オルトに説明を求めると何処かバツの悪そうな表情で語り始めた。
「あー実はな、レイウェンの奴が冒険者になりたいだとかほざき始めてな」
「へー、別に良いんじゃないですか?」
「ダメだ、あいつにはやらせられない。それに初っ端の試験でヘマして下級にでもなってみろ、お前みたいになるんだぞ?我が子にそんな事させられるか」
「……」
人の仕事を酷い言い方してくれるなこいつ……まぁ確かに酷い仕事なんだけど。
それにしても結局は単なる親バカって事か?そんなものに付き合わされるとはこれは報酬は弾んでもらわんとな。
私は人差し指をピンと真っ直ぐに立ててオルトに見せる。
するとオルトもそれが何かを察したのか頷いた。
「分かった。大銅貨1枚だな?」
「大銀貨1枚」
「ふざけんなてめぇ!」
流石にふっかけ過ぎたと申し訳なくなったが、今までの事を考えると少ないくらいだとも思う。
胸倉を掴みあげてくるオルトに対して私も引かない。
「内容にも寄るがどうせこんな所に来たんだ、私と戦わせて実力を分からせるとかだろう?」
「そうだ、お前は今十級という底辺。そんな奴にサシで負けたとなりゃあいつも一旦諦める筈だからな」
「私の実力で十級扱いなら中級は化け物か何かか?」
「言うな」
何とも詐欺紛いな行為であろうか。
流石に私は自分の実力を過大評価したりしないのだが、それにしたって私は中級以上の実力はあると自負している。
そんな私を十級のクズと思って戦うなどインチキにも程がある。
だが悪いなレイウェン君、十級なのは事実なんだよ。
「仕方ない、銀貨5枚で手を打つよ」
「1枚」
「4」「2」「3と40」「2と10」
「「……」」
オルトとの値段交渉を繰り広げてみたが結局は初めから決まっているようなものだ。
私とオルトは互いに見つめ合って息を合わせて最終結果を告げる。
「「じゃ、大――」」
「銅」「銀」
「「――貨1枚で」」
「「……ざけんなコラ!!!」」
冗談半分の擦り合わせも結局銀貨3枚ということで和解し、いよいよ私はレイウェン君と対峙する。
流石に戦闘となると腰にぶら下げているジーヤは邪魔なので適当な場所に放り投げておくことにする。
何やら変な音が聞こえた気がしないでもないが、大丈夫だろう。
「で、僕はあなたに勝てば良いわけですね?」
「対する私は君に負けてはいけないらしい」
「十級の方々の実力なら知っています。怪我をしない内に下水道へ行ったほうが良いですよ?」
「ふーん」
このレイウェン君、中々に煽ってくる。
しかしその程度で私の心が揺れるとでも思っているとは心外だな。
……全治一週間くらいで許してやる。
「おーい、殺気だだ漏れだぞー」
「うるさい!」
後ろで控えているオルトが茶々を入れてくるのを黙らせるために言ったにも関わらずオルトは続ける。
「レイウェン、舐めてっとやられるぞー。それとマコ、お前もあまりレイウェンを舐めない方がいい」
真剣な顔でそう言うオルトに対し、私は心の中で笑った。
舐めない方がいい?ちゃんちゃらおかしいな。私はこの少年に対してそんな態度を取るつもりはない。
少年の努力は知っている。毎朝あんな距離を走っているとなれば足腰は相当強いはず。
そしてそのしっかりとした土台の上では背丈に合っていない長く、太い大剣が構えられている。
自分の体重よりも重そうなその剣を平然と構えている少年。そんな存在をどうやって舐めることが出来るだろうか。
というかこんなに凄いなら冒険者にぐらいさせてやれよ。
親の考えというものが分からず心の中で取り敢えずオルトに抗議してから私は本格的に戦闘へと意識を向けた。
現状あの大剣に対抗する術を考えてみるがあれを受け止めるとなると直刀以外では防ぎ切れずに切られて――いやあの剣だと叩き折るだろうか――しまうだろう。
しかし直刀は使わない方向で行く。こんな所で使って良い代物でない事はあの傷を見れば明らかである。
ではどうするか、避けるしかないだろう。
私は『深紅の長靴』に魔力を注ぎ込んで戦闘準備を整える。
「では、始め!」
オルトの合図とともに私とレイウェン君はほぼ同時に間合いを詰めた。
「はっ!」
上段からの勢いの良い振り下ろしが私を襲う。
剣速はそこまで速くなかったために難なくそれを左に避け、左へと踏み込んだ左足を軸足として腰を捻り、右足による回し蹴りをレイウェン君の脇腹へと叩きこむ。
「ぐっ……まだ、だぁ!」
魔力を込めた『深紅の長靴』による蹴りを耐えた……これはちょっと厳しいかもしれないな。
苦痛に顔を歪めつつも体勢を崩すことなく、振り下ろした大剣をその強靭な足腰による捻りの回転力によって横薙ぎに斬りかかって来た。
その軌道は低く、蹴りによって軸足とした左足目がけて振るわれているのは明白であった。
咄嗟に片足跳びで大剣の回転斬りを躱したがそれは致命的なミスであった。
「なっ!?」
「あぁあああああっ!!!」
レイウェン君の筋力、いや、魔法による強化も含まれているかもしれないが、私はそれを見た目で判断し、心の何処かで甘く見ている部分があったかもしれないとこの瞬間自覚した。
レイウェン君は遠心力も乗った勢いのある回転斬りを私が跳んだと同時に勢いを殺し、その場で真上へと斬り上げて来た。
そんな無茶苦茶な膂力が一体どこから湧き出てくるのかと驚愕しながらも、私は咄嗟に『結界魔法』による結界を足を覆う様に展開して大剣を迎え撃った。
しかし私のそのような咄嗟に発動させた脆弱な結界などもろともせずに大剣は結界を破壊しながら私に襲い掛かり、『深紅の長靴』にて体への直撃だけは防いだが大剣と接触した部分が壊れたのかバキッと言う破壊音が鳴ったのが聞こえた。
何とか大剣の猛攻を凌いだ私は一旦レイウェン君と距離を取るために飛び退いた。
「中々丈夫ですね」
「一瞬死を覚悟するくらいには危なかったですよ」
再び構えを取るレイウェン君。
くそっ、やはり血は争えないっていうのか?これのどこが落ちこぼれだあの門番の兵士め……。
オルトが父親と言うのも今なら理解出来る。あのような力技が出来るなど生まれ持っての強靭な体でもなければあの年の子がやって平気な訳がない。最悪腰が砕けてもおかしくない剣捌きだ。
とんだ化け物を作ってくれたもんだな……この分だと話に聞く優秀な兄と言うのは化け物以上という事になるが、一体どれほどなんだろうな。
「ふぅー……」
一つ深呼吸をしてから現状を再認識する。
現在私が有効打を与えられるとすれば魔法による遠距離攻撃、接近戦ともなれば先程の様に後れを取る可能性が高い。ならば!
私は魔力をふんだんに使い、『魔導師』による雷の属性魔法を作り出していく。
しかし準備が整うまで律儀に待ってくれるなんて都合の良い事はなく、レイウェン君が再び接近してくる。
機動力の面ではまだこちらの方が優位である。『深紅の長靴』の速度を生かし大剣による乱舞をギリギリのラインで避けながら私は魔法の構築を進めていく。
くっ、集中しきれない……。
回避に専念し過ぎれば構築のための集中力が削がれ、構築に集中し過ぎれば回避が疎かになる。
「どうしましたか、もう打つ手なしですか?」
「五月蝿い!」
持久戦となればレイウェン君の体力が底をつき勝負が決まると期待しているのだがあまり望みはなさそうだ。
レイウェン君の剣筋は衰えるどころかどんどん鋭くなってきている。
回避出来ていた攻撃がだんだんと掠り始め、私の魔法構築に支障が生じ始めた。
簡単な魔法ならすぐに出来る。だが初級程度の弱い魔法を撃ったところでレイウェン君の勢いを削ぐことは出来ないだろう。
強力な一撃をと考えていたがこのままではジリ貧となって負けが確定してしまう。
そうなる前にまずは牽制打を兼ねて私は魔法を発動させる。
「はぁあああああ!!!」
魔力量にものを言わせた電撃、それを私自身から放射状に一気に放ち、回避不可能とさせた。
流石のレイウェン君も大剣を盾として私の魔法を防ぐ体勢となった。
よし、今!
電撃が治まる前に私は再び魔法の構築を開始。
『魔導師』により全属性の魔法槍をいくつも作り出し、次々と『強化魔法』によって強化した腕力で絶え間無く投擲し続ける。
「くっ!」
攻守が一転し、今度は私の猛攻がレイウェン君を襲う。
いくら威力が低めな魔法槍と言えど何本か食らえば致命的なダメージとなりうる。
しかし魔法矢と違って魔法によって飛ばすことが出来ない代わりに魔法矢よりは高く、更に投擲する私の腕力も加算され中々な威力を発揮しているだろう。
大剣とぶつかり合いガン、ギン、といった衝突音が聞こえる。
「さぁ防戦一方ですがどうしますか!」
「……」
私の言葉に反応することなくレイウェン君は黙って大剣を盾として構えたままだ。
一体どうしたのだと思いながらも私はそのまま魔法槍を投擲しつつ、他の魔法の構築も開始する。
どうあっても次で決めてみせる。
魔法の威力は魔力量で殆ど決まる。構築の際にどれ程魔力を注ぎ込んだかによって同じような魔法であっても天と地ほどの差が生まれると言ってもいい。
しかしそれをするためには膨れ上がる魔法を制御するための技術が必要であり、その技術の高さが『魔導師』の熟練度に現れていると私はメリエルさんの蔵書を読むことで知った。
『魔導師』の伸び悩みは私自身が魔法の行使に極力魔力を消費しない様にと考えてきたための産物であったようだ。
そして現状私はそこまで魔力に困っていない。
ならばここで練習がてら使わせてもらうとしよう。
構築の最終段階、流石に集中力が散漫な状態では完成に至れず、私は止むを得ず魔法槍の投擲を中断した。
するとその瞬間、レイウェン君が動いた。
「ふっ!」
間合いを詰めてくるレイウェン君からは膨大な魔力が感じられた。そしてそれは距離が縮まるごとに大剣へと移っていく。
その時になって私はようやく理解した。あのレイウェン君の停止は魔力を体外に放出し、練り込んでいたためなのだと。
そしてそれによる違和感にも気付かされた。
しかし準備が整ったのは私も同じ。最終的には己の最大の一撃のぶつけ合いとなる。
魔法構築で私が思い描いた魔法は炎、荒れ狂い、全てを焼き尽くす火力。オルトと対峙した時に感じたあの熱気からインスピレーションを受けた今出来得る私の最強魔法。それを『深紅の長靴』に纏わせ、真っ赤なブーツが更に赤く輝く。
膨大な魔力を含んだ魔法を纏うことにより、先程の傷のせいかミシミシと嫌な音が聞こえてくる。
……無茶な持ち主で毎回悪いな。だが、信じてるよ同胞たち。
対するレイウェン君の魔力も火属性を感じさせるものだった。
その魔力が大剣に注がれていき、収縮し、大剣が赤く熱を帯びて途轍もない熱気を感じさせた。
互いに火属性、相手にとって不足はない。
「「はぁあああああ!!!」」
両者の気迫を持った叫びが共鳴し、両者は同時に最後の一撃を放つ。
「『獄炎斬』!!!」
「『業火絢爛』!!!」
赤く輝きながら振るわれる大剣と、赤光を放ちながら振るわれる『深紅の長靴』。
双方の威力は拮抗し、一瞬の停滞を生み、最後に両者は私の魔法の大詰めである爆発により訓練場の壁へと吹き飛び、打ち付けられることで勢いが死んだ。
「がっ……はぁぐっ!」
体は焼けることが無かったが煤だらけで真黒、しかし『術式魔法』を刻んであったはずのチャイナ服は殆ど跡形もなく燃え去り、『深紅の長靴』も大剣との接触時に半壊し、爆発により全壊してしまって私は文字通り全裸となっていた。
何とかレイウェン君の大剣を防ぎ切る事が出来たが何と言う威力だ……。
私の残り魔力を殆ど注ぎこんでの魔法と拮抗するだなんて思いもよらなかった。しかも『深紅の長靴』を壊せるなんて……。
私は壊れた『深紅の長靴』の一部を見つめながら感謝した。
今まで無理をさせて悪かったな……ありがとう、同胞たち。
同胞たちが安らかに眠れることを祈りつつ、私は一つ大きく深呼吸をして気持ちを切り替える。
……しかし魔法の名前は少し考え直した方が良いか?唐突に口から出たもので少し恥ずかしいんだが……まぁ良しとしよう。
私は打ち付けた背中を気にしながら立ち上がった瞬間フラつきを感じた。
相当なダメージが目に見えない部分で蓄積されてそうだ……これはしばらく戦闘の類は避けた方が良いかもしれないな。『餓鬼』に会うのはまた後日としよう。
肩などを回しながら体に違和感が無いかを確認していると向こう側にいるレイウェン君が勢いよく立ち上がり、何かを叫んでから何処かへと言ってしまった。
一体何があったのだろうかと不思議に思いながら私は体に異常が無い事を確認し終わり取り敢えずオルトの下へと向かった。
「銀貨3枚だと安いレベルの勝負だったんだが?」
「……なんか、あそこまでヒートアップするとは思わなかった。済まない」
「大銀貨1枚で手を打つ。銀貨5枚を即金で、後は借金返済に充てて」
「……良いだろう」
取り敢えずお金がもらえるのならいいか。『深紅の長靴』は壊れてしまったが体に異常は無かったんだし。
体の煤を軽く手で払い落として見るがあまり落ちてくれない。
流石にこれはシャワーを借りた方が良いなと考え、私はオルトに組合所の一階ロビーで待っているように伝えてからシャワー室へと向かった。
「それにしても酷い目に合った」
「(巻き沿いを食いかけた儂はもっと散々じゃ)」
「仕方ないじゃん、生物は封印出来ないんだから」
シャワー室へと向かっている途中、戦う前に適当な場所に置いておいたジーヤ入りの小袋を手に会話する。
もし小袋を装備した状態のままであったと考えるとほぼ間違いなくジーヤは蒸発して消えていただろう。
置いておいて正解であった。
煤くらいジーヤに掃除してもらってもいいんだけど、あんまり大ぴらな所でジーヤを出すわけにもいかないし、何より絵面が悪い。美少女?とスライムのくんずほぐれつなんて需要があり過ぎる。
それにシャワーでスッキリしたい気分なのだ。
思えばあの後レイウェン君はどうしたのだろうか。
私と同じく服は燃えて身体は煤だらけのようであった。
もしかしたら綺麗好きな少年であの走っていったのはいち早くシャワーを浴びに行きたかったからなのかもしれない。まぁ単に恥ずかしかっただけかもしれないが。
「そうこうしている内に到着」
「(ついでに儂も洗ってくれ)」
「ジーヤって洗う必要あるの?」
汚れを体内に吸収し、消化することが出来るジーヤには身に付いた汚れなど全く気にする必要はないと思うのだがどういう事だろうか。
そう疑問に思っていると表情では分からないが声の調子的にとても分かりやすく、得意げな感じに言った。
「(気分じゃ)」
あ、はい。
ジーヤの事を軽くスルーしながら私はシャワー室のドアを開ける。
シャワー室のドアの先にはまず脱衣所がある。
私は誰かいないかと周囲を確認してみると一人の人物と目が合った。
赤い長髪に金色の瞳、体は年相応に小さく華奢であるが二次性徴が近いのか胸部に少し膨らみを持ち始めているのが分かる。
バスタオルで髪を吹いていた途中なのだろう。
全裸の少年、いや、少女であったらしい。
レイウェンく……ちゃんが顔を真っ赤にしてこちらを見ながら固まっていた。
「し、失礼しましたー……」
私は何も見なかった。
いや、別にこの体自体に性別という概念は無いのだから特に気にする必要はないのだが、私としてはやはり元が男であるわけで、流石にあのままシャワーに入っていく強固な精神を持ち合わせておらずそっとその場から去っていった。
脱衣所のドアを閉めて一息ついた後、背後から弱々しい悲鳴のような泣き声のような、よく分からない声が聞こえて来た。




