第十五話 ヘドロスライム
漸く冒険者として活動開始です。
「で、話はそれだけか?」
「それだけとは何ですか、それだけとは!」
「別に良いじゃねぇか今更借金が増えた程度」
「大金貨5枚をそう簡単に受け入れられません!」
いろいろと出したお陰で気分がスッキリした私は自分の吐瀉物を自分で掃除しながら組合所の簡易シャワーで汚れを落としたオルトと昨日の直刀の件について話していた。
まさか溝浚いをする前に吐瀉物を浚う事になるとは……まぁ自業自得なんだけど。
「まぁ許せ、エルノアの奴に見せたらどうしても欲しいと言われてな。金貨25枚で手を打った!」
「……」
何でそんなに得意げになれるのかは分からないが、私はもうこれ以上言っても無駄だと思いこの話を終えることにした。
そんな事よりも仕事である。私は借金を返す事に集中しなければならない。
床の掃除も終わり、私は依頼について相談を持ちかける。
「それで?溝浚いの依頼ってどんなのがあるの?」
「おぉその事だがな、溝浚いよりマシな依頼が今朝届いたぜ。これだ!」
「……ヘドロスライム討伐?」
「おうよ!」
オルトが私に見せつけるようにして依頼書を突き付けてきた。
そこにはデカデカとした文字で『ヘドロスライム討伐』と書かれており、その下に詳細が書かれていた。
【ヘドロスライム討伐】
交易都市アレイスの地下、下水道に最近ヘドロスライムが出現している可能性があるという情報が入った。ヘドロスライムがいる事はほぼ間違いなく、見付け次第討伐せよ。
【報酬】討伐証明一つ毎に銅貨20枚
【条件】六級冒険者以上
ふむふむ、成る程。結局溝に塗れる必要があると。
それにしてもスライムか。この世界に来てから見た事はなかったが初の魔物だ。
メリエルさんの文献によればスライムは相当気持ち悪く、今でも謎の多い生物であるという事だが全く強くないらしい。
魔法を使うスライムもいるようだが精々下級魔法程度で恐れる必要はないとか。
しかしオルトはどういうつもりだ?この依頼書によれば六級冒険者以上でないと受けられないようだが?
すると私の疑問に答えるようにオルトが説明を始める。
「この依頼なんだが、討伐依頼の中で一番人気が無くてな。報酬は安いわ、折角中級に上がったのに溝に塗れないといけないわでやる奴が全然いねぇ。下級の奴に任せたいところなんだが規則があるし、何よりヘドロスライムはちとスライムの中でも厄介な種でな」
「厄介?」
「おう、あいつらは固有技能持ちなんだ。『腐敗』と言って死ぬ間際に隙を与えると自分を腐らせて病魔をそこら一帯に撒き散らす。下級の奴らに任せられねぇのは魔物狩りに慣れておらず、その『腐敗』を使われて下水が病魔で汚染される可能性が高いからなんだよなぁ」
「へぇー」
「そ、こ、で、お前の出番だ!」
「えぇー……」
まぁ予想は出来たけど流石に私も嫌なんだけど……。
つまりは金に困りどんな依頼でも受けてくれそうで、尚且つ魔物に遅れを取らない実力を持ち合わせた人材が欲しいって事でしょ?私みたいに、私みたいにっ!
しかしこれは一つのチャンスかもしれない。私が中級の依頼を軽々とこなせば私の評価が上がり、一気に階級を上げてくれるかもしれない!
私はオルトと向き合って肩を掴む。
「やってやろうじゃないですかゲロ男」
「おぅ、やってくれるかゲロ子」
「……」
「……」
「「てめぇのせいだろうがクソがぁ!!!」」
――――
さて、依頼を受けて下水道の入り口まで来た。
ここはアレイスの西区で生産組合所があり、物作りをしている建物が多く建ち並ぶ場所だ。
そして私はその西区の隅にいる。
入り口近くになると腐臭がとてもキツくなっており、鼻をつまんでも口の呼吸から鼻に登っていく臭いで苦しめられる。
魔導人形は人で言う五感を遮断する機能が存在するため嗅覚を遮断しようと試みるが、気分的には何故かここまで酷い臭いをしている場所が無臭というのは途轍もない違和感がある。
例えるならあの有名なカレーと糞の話のようだ。
あれは私的には糞の味のカレーがマシだと思っている。
だって物自体が糞って事は成分的には糞なんでしょう?ならあれってカレー粉まぶしただけの糞としか思えないじゃないですか……。
っと、流石にこの姿で糞を心の中とはいえ連呼し過ぎた。一応見た目美少女の中性体なんだ。昔のアホな青年ではないのだから気を付けなければ。
「にしてもこんな汚い場所で無臭とはホント感覚が麻痺しそう」
下水道の中へと入り辺りを確認するが基本的に人一人歩ける程度の道があり、それ以外はいろいろと汚物が浮かんでいる汚水しかない。
これヘドロスライムに汚染されなくても十分環境破壊レベルの汚さじゃありません?
昔の異世界人が頑張って浄水場みたいなものを作ってくれている事に期待しつつ私はゆっくりと奥へと進んでいく。
情報によればヘドロスライムはこの西区の地下に出現しているらしい。
情報源は辺りの住民が最初で、下水道の入り口付近でヘドロスライム特有の腐臭がしているというものだった。
その後下級冒険者が溝浚いの依頼をこなしている時にも臭ったという事で今回の依頼が発生したとか。
「それにしてもガリュオンに始まり、下級ウルフ狩って、カースボア倒して、その次がヘドロスライムとは……なんと言えばいいんだこの魔物と魔獣の接敵遍歴は?」
強い、弱い、強い、弱いが交互に来ている。いや、そう言えばクリュアもいたが……あれを敵と言うべきか。まぁいいや。
もしかしたら次は強い奴が来るのかもしれないなとおちゃらけていたらどうやら目的地に到着したようだ。
「あれがヘドロスライムか……汚い……」
前方数十メートル先にいた成人男性程の高さのある大きいヘドロスライムを観察すると体はスライムと言うだけあってゲル状の塊のようで、色は汚水に塗れて分からないが多分そう変わらないだろう。若干透けている体内には汚物が混ざり込んでおり、今からあれを討伐しなければならないと思うと辛い。
流石に服やブーツを汚したくはないので遠距離からの魔法攻撃に頼る事にする。
魔力残量?知るかそんなもん!あんなのと接近戦なんてやってられるか!
「一撃で決めてやる!」
理論純水など程遠いこの水場。そんな場所なら良く電気が通るだろ!
私は『魔導師』による雷撃を汚水に流し込む。
思った通り電撃は汚水を通してヘドロスライムへと勢い良く向かい、ヘドロスライムを焼き焦がす……事はなかった。
「……え?」
お、おかしいな……なんで食らわないんだ?
私はヘドロスライムを凝視して何が起こったのかを把握しようとする。
確かに電撃はヘドロスライムにまで到達した。しかしその電撃がヘドロスライムに纏わりつくことはあれ、ダメージを負わせる事が出来なかった。
……待てよ、まさか!?
一つの考えを導き出すと私はもう一度弱めに電撃を汚水に流す。
そうする事で私は確信を得た。
「本体に電撃が通っていない……」
そう、電撃がヘドロスライムに纏わりついているように見えたのは間違いであった。
あれは単にヘドロスライムの表面に付着している汚物に電撃が通っていただけで本体には何ら影響を及ぼしていなかったのだ。
「はっはっは……まさかそんな汚物塗れの癖に本体は不純物を含まないってか?」
いや、厳密には含んでいるのだがそれは体内の話で、体表の部分はそれこそ理論純水並みの綺麗さを持っていると考えた方がいいか。
多分体内にある不純物は消化している途中の物とかだろう。恐らくこいつはそこから養分を吸収しているに違いない。
「……ヘドロスライムだなんて適当な名前付けやがって」
こんな奴居るとこによればクリーンスライムとでも呼ばれ……って、もしかしてそういう事か?
私は今一度ヘドロスライムを見る。
じっと見続けていると奴の体内にある汚物はどんどんとその姿を無くしていき、代わりに奴の体が大きくなっていくのが分かった。
……そうか、だからお前は嫌われているのか。
ヘドロスライム、世間では地下の下水道のような都市に張られている結界外となる場所で魔素の流れが澱み、魔素溜まりとなった所で発生する魔物と言われている。
その本質は汚物を食い、体内で消化してくれる掃除屋。
しかし掃除の毎に大きくなり、大きくなり過ぎれば分裂して数を増やしていく。
危険な魔物ではないがこんなものが都市の地下に無数にいるとなると格好が付かない。だからこいつらは嫌われ者の称号としてヘドロスライムだなんて名を付けられているのかもしれない。
恐らくヘドロスライムの特有の臭いと言うのもこいつらが下水道を動き回るせいで汚物が撹拌され、腐敗や発酵が促進されることで臭いが強まるのが原因で、『腐敗』などと言う技能は単なる作り話か、もしくはヘドロスライムには死に際にその本質が垣間見える事象を起こす技能があり、それを隠すためにそんな話が作られたか。
考えても分からないな。きっとそういうのは昔のお偉いさんが知って……あのエルフなら絶対知ってそうだな。
一人の土木業に勤しんでいそうな格好のエルフを思い浮かべながらそんなことを思った。
……それにしても不憫な奴らだ。
「お前たちは、ただ生きてるだけなのにな……」
大きくなり続けるヘドロスライムを視界に収めながら私は近付いていく。
何ともやるせない気分だ。
こいつらはいた方が下水道にとっては良いのだが、人にとっては邪魔者なのだ。
私はどうすればいいんだい、ヘドロスライム?
汚物に塗れることを厭わずヘドロスライムに身を寄せる。
その感触は子供の頃に遊んだスライムの感触にそっくりで、どこか懐かしささえも感じた。
「きっとお前たちの食事のお陰でこの都市、いやこの世界の全ての下水道は最低限の機能を保っていられるのだろうな……ありがとう」
「ぬぅー……(ありがとう)」
「えっ!?」
喋ったというよりは呻いたと言った方が合っているような奇妙な音と共に私の頭の中にその意味が流れ込んできた。
驚きを隠せずヘドロスライムから少し離れて辺りを確認する。
私とヘドロスライム以外はこの場には存在しない。という事はやはり今のはヘドロスライムの……。
魔物や魔獣に言葉を持つ個体は少ない。それは元々の知能が低かったり、知能を蓄えるために必要な時間が寿命よりも長く先に死んでしまうからだ。
故に魔物や魔獣は会話ではなく、声の出し方や仕草によって自らの意思や感情を同族に伝える術しか持たないのが普通である。
しかしガリュオンの様に知能を高めた魔物、魔獣においては言葉を擁することが出来る。
それには長い年月が必要とされているのだが、まさかヘドロスライムがその一例に入っているとは思いも寄らず驚愕してしまった。
「分かるのか?」
「(分かりますよ人形さん。儂はもうずっとここに住んでいますからの)」
「一体どうやって……今までも討伐依頼はあったはずなのに」
「(分裂すれば逃げるのは容易いですからな)」
「分裂……なるほど」
ヘドロスライムの言いようだと分裂個体は双方同一であるのだろう。それ故に襲われる度に分裂して生き延び、長くの時を過ごす内に知能を有したという事なのだろうか。
しかしそうなるとこいつの完全討伐などは普通に考えて無理だな。いつ分裂したかも分からないような奴を全て倒し切るなどこの下水道を一度綺麗サッパリ何も残さないくらい掃除せねばならない。
そんな変わり身戦法を使えるとは中々に侮れないなヘドロスライム。
「私は貴方を討伐せねばならない」
「(それは……仕方ありませんなぁ)」
「しかしこの下水道にいる全ての貴方を討伐するなど私には不可能だ。故に今私の目の前にいる貴方だけ討伐させてもらおう」
「(……相分かった。この身だけで済むのならば安いもの。どうぞ一思いに)」
「その前に聞いておきたい。ヘドロスライムに特有の技能はあるか?」
「(ふむ、『消化』と『分裂』くらいですかな)」
「そうか、では……」
久し振りに『錬金術』を発動させる。
素材はここら辺に腐るほどある汚物。
それらに魔力を通して一本の槍を作り出す。
『錬金術』は簡単に説明すれば素材となる物質に魔力を通し、その形を自在に変えることが出来る技能だ。素材とする物、作り出す物の大きさ、作り込み具合によって魔力量がピンキリなため現状では不用意に使えないが、汚物程度なら消費も少ないようだ。
「また会おう、ヘドロスライム」
「(達者でな)」
槍を右手に持って構え、持ち前の身体能力によってヘドロスライムに向かって勢い良く振るい、ヘドロスライムを粉々になるまで切り刻んだ。




