第十四話 南無三
『十二柱』だとか『英雄』だとかいう単語が出始めましたが、ユーリはユーリでございます。
『大熊亭』に着いた私はそのいかにもとでも言うべき店の雰囲気に何処か安心した。
一階は食堂のようで多くの客がグループ毎にテーブルを囲み、飲み食いや談笑をしている。
その殆ど、いや全員が冒険者なのだろう。革や鉄の装備を身に付け、腰には殆どの者が剣を携えている。
宿に入った瞬間何処からともなく視線を浴びたが次第に視線の数は減り、何人かは先程組合所にいたのか私の事について軽く話している声が聞こえてきた。
あまり気にする必要も無いと思い、取り敢えず宿を取るためにカウンター席辺りで給仕をしている大柄な男に声をかける。
「すみません、ここの部屋を借りたいんですが空きはありますか?」
「ん?なんだ嬢ちゃん、人形か……まぁ人も人形も変わりねぇ。金さえ払ってくれりゃ泊める。部屋に空きはあるがどれくらいの予定だい?」
「取り敢えず20日程」
私は銀貨1枚を対応からして店主であろう男に渡すとそれを見て店主さんが怪訝な表情をする。
「嬢ちゃん、これだと一ヶ月は泊まれるぜ?」
店主さんの言葉を聞いて私は先程の表情の訳を察した。
そうか、普通魔導人形は食事を取らないから素泊まりと思われて私の言葉と金額の差に疑問を抱いていたのか。
しかし案ずるなかれ、私は食事を取る必要があるのだから。
「食事も貰う予定なのでそれでお願いします。今日はもう遅いので要りませんが明日からよろしくお願いします」
「そうか、了解した。にしても何でこんな場末の宿なんかに?」
「冒険者を始めまして、それでです」
「ほー、なら頑張りな。最初は辛いだろうが慣れれば何てことはねぇからよ」
「はい」
「部屋は二階の一番奥の部屋だ」
慣れればというのは溝浚いの事なんだろうなぁ、と心の隅で嫌になってくるが仕方ない事だと一応は割り切り、店主さんから鍵を受け取ると二階の部屋へと向かった。
部屋の内装は中々小綺麗であり、木製のベッドに机と椅子が一組、大きめの木箱にクローゼットのような物もあった。
まぁ贅沢を言わなければ十分か。
「明日から溝浚い……マジでやだぁ……」
早速ベッドに倒れ込み、ゴロゴロと寝返りを打ちながら自分の組合証を見詰めて呟いた。
まさか借金を返すどころか借金を増やしてしまう事になるとは思わなかった……しかしこれを戒めとして今後は暴走しないように気を付けなければ。そうでないとまた借金が増えてしまう気がする。
そんな事に悩んでいると無いはずの胃が痛む幻痛に襲われてしばらく腹を抱えて蹲る。
「うぅ……もう寝よう」
寝る事が出来ないから単なる不貞寝なのだが、こんな感じに久しぶりのベッドの感触を楽しむだけでも精神衛生上はとてもよろしい気がするのだ。
明日は真っ先に組合に行ってオルトを殴らないとな。
全ての感覚をベッドに預けながら私は長い夜が去って行くのをぼーっとしながら待ち続けた。
しかし、あまりにも暇過ぎた私は情報共有機能を使って同じく暇を潰したがっているであろう同類を探し始めた。
あまり深夜に使用するのは避けるようにと言われているが、それは魔導人形故に深夜に仕事を請け負っている人がいるという事を考慮したもので、わざわざそういう人にメッセージを送らない限りは特に問題はない。
孫娘『今暇な方っています?』
魔女『暇じゃない方が珍しいわー』
騎士『警備中、暇過ぎやわ』
傭兵『夜襲中、暇だな』
聖女『祈祷中、隣の神父が少し臭いです』
孫娘『仕事してください』
騎士『しとるで、暇なだけで』
傭兵『ノルマは達成した』
聖女『神なんて本当にいるのでしょうか?』
孫娘『聖女さん!?』
魔女『ぶれないわねー』
聖女『貴女程ではありませんよ』
騎士『んで?孫娘さんからなんて珍しいやん。何かあったん?』
孫娘『特にないんですが、強いて言えば『十二柱』って何ですか?』
騎士『あーあれな、セフィーナ様が作った凄い魔導人形やな!』
孫娘『えー……他には?』
傭兵『強い』
聖女『賢い』
魔女『あらー?もしかして私ってそうなのかしらー?』
孫娘『はいはい、もう良いです知らないなら』
魔女『冷たいわー、私凍えて死んでしまいそうー』
聖女『頭寒足熱と言います。そのまま頭を冷やしてみてはどうでしょう?』
魔女『お黙りビッチ』
聖女『なっ!?何を言いますかこの年増!』
魔女『っ!?……良いわ、ちょっとそこに跪いて神にお祈りしてなさい。泣かせてあげるわ』
聖女『良いでしょう。返り討ちにしてくれます!』
二人だけでヒートアップして行った後、同時に接続が切れたので恐らく二人は何かを始めたのだろう。
しかしお互いの位置を知っているのだろうか。そうだとしたらやはり古参の方々は直に会ったこともあるのかな。
『十二柱』の事もあまり分からなかったし、何も有益ではなかったが暇はある程度潰せたようで良しとしよう。
その後残った三人で適当な世間話をしてから私も機能の使用を停止し、薄っすらと明るくなり始めた空を眺めた。
――――
太陽がその姿を全て表した頃、私が一階に降りていくとカウンター席の奥で料理をしている店主さんと目が合った。
店主さんは大柄な割りに人懐っこさを感じされるような満面の笑みで私に話しかけてくる。
「お、人形の嬢ちゃん!よく眠れたかい?」
「魔導人形に睡眠はありませんよ。それとその呼び方やめて下さい。私はマコです」
「マコね、そりゃ済まなかったな嬢ちゃん!ちなみに俺の事はオヤジで構わねぇ!」
笑いながら応えるオヤジさんはどうやら嬢ちゃんという呼び方で固定するらしい。
これ以上言うのもしつこいし、そこまで拘っている訳ではないのでそれを無視してオヤジさんの手元をカウンター越しに覗き込む。
どうやら朝食用のスープを煮込んでいるようだ。とても良い香りがしている。
「嬢ちゃんは今日から活動開始だろう?ならしっかり朝飯を食っていってくれよ!」
「腹持ちは関係ありませんが、気分的には朝食は美味しい方が有難いですね」
「言うね嬢ちゃん、だが安心しな!こちとら金取ってんだ。不味いとは言わせねぇよ!」
私はオヤジさんの言葉を信じてカウンター席に座り朝食の完成を待った。
しばらくするとオヤジさんが私にサンドイッチとスープ、そして木製のジョッキに溢れそうな程注がれた白い泡の立っている飲み物を渡して来た。
「嬢ちゃんが早えから少し出すのが遅れちまったな。今日はボア肉のサンドイッチにコーンスープ、そして昨日晩飯を食わせてやらなかった詫びとしてビールだ!」
「えっ!?」
び、ビール!?ま、まさか本当にあったなんて!?そう言えば昨日も見た気がしなくもないがあの時は借金のショックが大き過ぎてそんな事にさえ気付けなかったのだろう。
しかしこんな朝っぱらから飲んで良いものだろうか?恐らく魔導人形だから酔いはしないだろうが気持ち的にダメな気がしてくる。
ここは流石に断って夜に改めて頂こうと思っているとオヤジさんが加えて言う。
「初の溝浚いだろ?んなもん素面でやってたら身が持たねぇ。人形が酔うのかは知らんが一杯いっとけ」
「……そういう事なら、遠慮なく」
私はオヤジさんからジョッキを受け取り、空きっ腹に一気にビールを流し込んだ。
ビールの炭酸が喉を刺激し、朝のほわんとした気分を引き締めてくれる。
喉元を通り過ぎた後に来るアルコール特有の鼻に抜けて行く感覚を久しぶり感じて最高に美味いと思った。
飲み干したジョッキをカウンターに叩きつけると景気の良い音が鳴り、更に気持ちが良い。
「っくぁあああああ〜!やっぱり最高だねっ!」
「良い飲みっぷりだな嬢ちゃん!そんな嬢ちゃんにはもう一杯サービスだ!」
「オヤジさん!あんた最高っ!」
「はっはっは!褒めてもビールしかでねぇぜ!?」
「もっと来いやぁ!!!」
「よっしゃあ!!!」
その後、計10杯のビールを飲み干した私は完全に出来上がってしまった。
今にして思うと私は食物を吸収してその魂から魔力を補充している。ならアルコールも吸収してしまって魔力内にアルコール分が入り込み、まるで血中アルコール濃度が上がるかのように私は酔ってしまったのではないかと考えられるのだが、そんな事はもう後の祭りであった。
「んじゃオヤジぃ!いってくーらー!」
「おう、頑張れよ!」
「うぃー!」
若干千鳥足になりながら私は『大熊亭』を出て行って冒険者組合に向かった。
あー良い気分だなぁ。確かにこのままなら溝浚いでも何でも出来る気がする。
「うっ……ぷふぅ……危ない危ない、逆流してくるとこだった」
喉の奥から込み上げてくる嘔吐感に耐えながら右手を口元に添えたまま私は歩を進める。
しかしこの体、中々に酒に強そうだ。前世でもそこまで弱くなく、顔が赤くならない事から常に素面のように見える状態の私だったがこの体はその上位互換と言える。
流石に殆ど一気飲みの要領でビールを十杯も飲んだというのにこの程度の酔い。
酒にそこそこ強く、顔は人形故に一切変わらない。
良いじゃないか。酒が飲める身体は楽しい。
嘔吐感のせいで良い気分と言うよりは気分の悪い状態のまま私は組合所に着いた。
取り敢えず今日の最大の目的はオルトをぶん殴る事である。
他人の物を勝手に売り捌いた罪は重いぞ……私はそのせいで借金をより背負う事になったんだからな!首を洗ってまってやがれ!
気合を入れてから組合所に入るとオルトがカウンター付近で受付嬢さんと談笑しているのが見えた。
ふっ、この隙を突かずして私の勝利はない!
『深紅の長靴』に魔力を注ぎ込んで一瞬の速さによる奇襲を行う。
恐らく現状ではこれが最善手であろう。私の実力では正面を切ってのタイマンなど話にもならん。
それほどまでに私とオルトとの間には実力差があるのだ。それは昨日でよく分かった。
しかしそんなことで諦めてやれる程私の怒りは小さくない!
金の恨みは恐ろしいんだぞ!
オルトがこちらに背を向けている今、私は右足に力を込めて一気にオルトとの間合いを詰めた。
「っんな!?」
「死ねぇ!!!」
踏み込みに使った右足を反動によって勢いよく前に出し、オルトの顎を捉えようとするがそれは失敗に終わった。
「って、殺気も魔力操作もバレバレなんだよ」
私の右足を軽々と受け止め、私を逆さ吊りになる様に右足を自身の頭上付近にまで持ち上げると、オルトは私を訝しげに見つめる。
「何かお前、酒臭くないか……?」
「うぷ……」
現状私はとても危ない状況だった。
ここまで酒の逆流を何とか防いでいたというのにオルトに逆さ吊りにされることでその我慢も限界に達していた。
ならその後はどうなるのか、簡単である。
私はオルトの顔に向かっていろいろなものを一気にぶちまけることとなった。
「ぎゃあああああ!?!?」
南無三、強く生きてくれオルト。




