第十話 従毒
もう少しで第一章が終わりそうな今日この頃、第二章の書き溜めが少なく焦りを感じ始めています。
まぁ何とかなるでしょう!
「超絶重い話なんですが……」
「(この後が一番重要なのだがな)」
「もう聞き飽きたよ……流石にもう簡潔に頼みます」
「(仕方あるまい。リーシャの死後、帝国は軍を退き、グラインド共和国は残りの領土を王国に渡して消滅した。我はアイシャと共に辺境まで行き、小さな村で穏やかに暮らした)」
「……え?終わり?」
「(我はそれからリーシャの子孫の守護者として存在していた。そうした生活の中、辺境という事もあり魔獣も比較的に強かった。村を襲ってくる魔獣も多かった故、村を護る為に戦い続けている内に今のような力を身に付けたのだ)」
「け、結構あっさりしてるね……」
「(もうかれこれ千年も前の話だったか……今やあの頃の名残と言えば両国の名がそのままであることぐらいか)」
「……は?」
待て待て、ちょーっと待ってくれ。今こいつは何て言った?
私の聞き間違いでなかったとすれば千って言ったよね?千ってサウザンドだよね?ゼロが三つだよね?
……こいつそんなに長生きだったのかよ。そりゃこんな強さになるわけだわ。
驚きを隠せぬまま口を閉じれていない私に対してガリュオンは言う。
「(何も不思議な事はあるまい。我ら魔獣は進化により寿命が伸び、進化の末に寿命は無くなる)」
いや、初耳なんですが?
あれ、という事はマスターの話とガリュオンの話は矛盾していないか?
マスターは魂が生命を管理し、魂が擦り減り無くなれば死ぬという。
対するガリュオンは進化の末に寿命は無くなるという。
だがその場合魔獣の魂はどうなっているというのだろうか?
考えても答えが出なさそうなので私はガリュオンに率直に聞く。
「人間は魂から魔力を生み出し生きている。ですが魔獣はそうではないのですか?」
「(同じとは言えんな。進化前の個体は魂による魔力の補充が必要だ。だが我の様に進化を続ける間に、空気中に漂う魔素と呼ばれるものを吸収することによりそれを魔力へと変換し、魂の摩耗を必要とせず寿命を考える必要がなくなるのだ)」
「魔素……」
確かマスターの研究資料の中にそんなものが書いてあったな。
それによると魔力を行使した後の残り香が空気中にそのまま存在しているということらしい。
元々は魔力であった魔素を魔力として再変換し糧とする……もしこの循環を魔導人形に取り込むことが出来たら私の魔力不足の問題が解決しそうだが、流石にどれだけ研究に費やせば完成するのか考えただけでも眩暈がしそうだ。
だがそれにしても、ガリュオンの昔話を聞けたのは意外だったが……何も得るものが無かった。
というかそんな事より私はそろそろこの森にいるもう一体の魔獣の正体が知りたいんだが!?
「(ほう、そんなに知りたいか?)」
「当然の様に人の心を読まないでほしいな」
「(だが知りたいのだろう?)」
「それはまぁ……」
「(ふむ……)」
ガリュオンが目を閉じて何か考える、というよりは悩んでいる素振りを見せる。
何故ガリュオンがそのように悩む必要があるのが疑問に思いつつも私はガリュオンが口を開くのをじっと待った。
感覚的には数分後、ガリュオンは意を決して口を開いた。
「(カースボアだ)」
「カース……ボア?」
ボアとは猪だろう。
この世界において猪がどんなものかは分からないが姿形はウルフなどを見る限りそんなに違いはないと信じたい。
だがあの牙の大きさを考えれば大きさはその違いの無さには含まれないだろう。
恐らく規格外、下手をすればガリュオン程の巨体であることも想定できる。
しかしその前のカースとは何を意味する?いや、正確にはどんな力を持ってそんな名が付いた?
どうやらこの世界の魔獣の名前は元の世界の英語を元にしていることはほぼ確定と言っていいだろう。
それはもしかすれば私と同じような人間が遠い昔に存在していて、その人物により魔獣の名前が正式に決められたと考えることが出来る。
そうだとすればこのカース、英語の成績があまり芳しくなかった私でも理解出来る単語で、意味は呪いだ。だが呪いといっても千差万別、元の世界ではそれはもう数多くの呪法や呪術といったオカルト的な存在があった。
この名前を付けた人物が私と同じ世界にいた人物なのであれば、それはどういった力を持っているからその名前としたのか。私は今後のためにもそれを知りたかった。
私が頭を捻っていると見かねたガリュオンが補足してくれる。
「(カースボアの特徴は特殊な呪いだ。毒と言い換えられる場合も多いがな)」
「毒……一体どんな?」
「(従毒と呼ばれているもので、カースボアに直接触れた者は毒に侵され、副次的に毒に侵された者もしばらくの間触れた者に毒を分け与えてしまう)」
「効果は?」
「(毒に侵された者はカースボアと敵対出来ない)」
「まさか……ガリュオン?」
「(我も毒に侵されている。そして、貴様の主人も我から毒を受けただろう)」
「なっ!?」
マスターまで副次的効果によって毒に侵されている!?
という事はガリュオンと最初に出会ったあの時。
あの時既に森に牙が落ちていたという事はガリュオンはカースボアと交戦後で、毒の副次的効果が無くなる前に運悪く私とマスターに出会ってしまったっていうのか!?
ならマスターはもう復帰出来たとしてもカースボアと戦うことは出来ない……つまり私しかやれる者がいない……いや、だとしたら私は何故戦えるんだ?
「(一応言っておくが、貴様は魔導人形。何の運命の巡り合わせか、カースボアに対抗出来る有効策は毒の影響を受けない人工物である魔導人形による討伐だ。我は貴様の右足を潰した時に歓喜したものだぞ。奴を殺せる存在がいることに)」
ガリュオンは嬉しそうに口角をつり上げて牙をチラつかせる。
成程、漸くいろいろと疑問に思っていたことが紐解けてきた。
あの時ガリュオンが私に話しかけてきたこと。私はあれを単なる魔獣の気まぐれかと考えていたがそうではなく、こう言ってはガリュオンに怒られるかもしれないが私に助けを求めてのことだったのだろう。
ガリュオンは言っていた。子を護る為だと。
この森のどこかにガリュオンの子供がいる。その子を安全に護り育てるためにはカースボアはとても邪魔な存在だろう。しかも毒により自分で倒すことが出来ない。
そんなジレンマを抱えている中ガリュオンは私という解決策を見つけたのだ。
「(一つ正直に言っておきたいことがある)」
「なんですか?」
「(ユーリよ、貴様の主人を害してしまった事、深く詫びる。一撃で仕留める気で奇襲を試みて失敗し、毒を受け、気が動転していたとはいえ貴様の主人にまで毒に侵してしまった。すまない)」
そう言ってガリュオンは静かに頭上高くにあった頭を私の目の前に来るほどに下げた。
……。
それを見てどうしていいか分からなかった。
確かに憎くないと言えば嘘になる。
だがこの絶対的な強者とも言える存在がこんなちっぽけな弱者に向かって真摯に頭を下げ、許しを乞うている。
ここでこの謝罪を無下に扱う事などどこの誰が出来ようか。
少なくとも、私には出来なかった。
私はガリュオンの頭に右手を添えて小さく、だがハッキリとガリュオンには聞こえる様に呟いた。
「頭を上げてくれ。そしていつまでも私の目標でいてくれないか、ガリュオン」
「(……すまない、感謝する)」
「うん、それでこそ私が追いかけるべき絶対強者の姿だ」
「(我など強者の領域には到底及ばぬよ)」
「そうだとしても、私の考える最強は貴方ですよガリュオン」
「(ふっ、こんな小者に最強と言われても何も嬉しくないな)」
「はは、違いない……ん?」
ガリュオンと軽口を叩けるほどの仲になったことを内心とても喜んでいるとガリュオンの後ろ足の方で何か黒い影のようなものが動いた気がした。
ガリュオンも私の視線に気が付いたのか自分の背後を確認するとその正体に納得したのかこちらに再び振り向いた。
口に何か小さな黒い物を加えながら。
「(貴様に紹介しておこう。我が娘、クリュアだ)」
「クーン」
「……か」
「(か?)」
「かわいいいいい!!!何これ、何このモフモフ!?子犬みたい!取り敢えずかわえええ!!!」
黒い物体は良く見ると体毛で、ガリュオンを子犬サイズにまで収縮し、顔の怖さを無くして愛嬌を足した可愛い、とても可愛い狼だった。
ガリュオンと同じ赤い瞳もこうして見ると可愛らしくも思えた。
いや、狼と言うかこれもうただの子犬だよ!
私はガリュオンからクリュアちゃんを受け取り撫でたり抱きしめたり臭いを嗅いだりした。
体毛はフワフワしていてずっと抱きしめていたい程の気持ちよさだ。
まぁ臭いはとても獣特有のものだったがそれはそれで逆にありであろう。
だがそんな風に浮かれているのも束の間、私は一つおかしなことに気付いた。
「ガリュオン、この子の父親は貴方なんだろうけど母親は誰なの?」
「(母親は人間だが?)」
「ぶふっ!?」
盛大に吹き出してしまった。
というか今このアホ狼はとんでもない爆弾発言をしなかったか!?
当の本人は何かおかしなことでもあったかとでも言いたげな表情をしながら続けて言った。
「(リーシャの最後の子孫である娘の最後の頼みだったのだ。我も最初は断ったが、その娘は体も弱く余命幾ばくとない状況で最後に子を産んでから死にたいと言われたのだ)」
「でもどうやって……」
「(我は人に化けることが出来るからな。それを用いて事を為し、無事にクリュアを産み、安らかに眠った)」
「そうだったんですか……」
正直種族が全然違うのによく子供が出来たなとか、人間が狼の子供を産むってどんな状況だよとか疑問は尽きないがここは何も言わずにいた方が無難だろう。
「ふぅ……クリュアちゃんのモフモフも堪能しましたし、今日はもうこれで帰りま――」
「(――待て)」
「何ですか?」
立ち上がろうとする私を前足で押さえつけながら言葉を遮られた。
私としては聞くべきことは聞き終え、既にここに留まっている意味はないと思うのだがガリュオンにはあるのだろうか?
そんな疑問を分かっているかのようにガリュオンは笑みを浮かべながら告げた。
「(実戦経験がいるのだろう?ならばいい相手が千頭程いるがどうする?)」
「……え?」
「(我が眷属千頭、本来であればカースボアと戦わせるために進化を強制的に促したこの森の狼達だが、今となっては貴様がいるから必要ない。貴様の糧となるのであれば喜んで提供しよう)」
「ローウルフとハイウルフの角持ち千頭ですか……」
「(正確に言えば殆どが進化したためローウルフ、ハイウルフ、ラピッドウルフが一対三対一の割合でいるはずだ)」
え?それって結構無理ゲー感ありませんか?
「(だがしかしこの程度倒せぬくらいではカースボアとはまともにやり合えないと思った方が良いな。カースボアは毒を持つが故にS級指定されているが、毒無しでも単体でB級程の力は持っている。貴様の今の力量で言えばまず負けるであろう)」
「うぐっ……私だって『七変加速』で速度を生かせば……」
「(奴に速度は無意味だ)」
「ふぐぁっ!?」
「(カースボアの戦術は猪同様猪突猛進。だが強靭な体毛で覆われた体は硬く、触れた者を傷付ける。いくら速度で勝ろうと決定打に欠ける今の貴様ではジリ貧となり負ける)」
くそっ、この野郎人の気にしている所を的確に抉ってきやがる……。
しかしガリュオンの意見は尤もだ。更に私の持っていないカースボアの知識を合わせた上での考え。おそらく私が個人で考えて出した答えよりも正解に近いだろう。
ここは素直にガリュオンの言う通りにしておくのがベターか。
私は両手で太腿を軽く叩き、気合を入れて立ち上がる。
やってやろうじゃないか千頭狩り。
「(やる気になったようだな、良いだろう。では今から貴様に我が眷属たちが襲い掛かる。日の出と共に終了し、眷属にも襲うのを止めさせよう。今夜から毎夜、千頭狩り尽くすまで終わらぬと思え)」
「望むところです!」
「(ではいくぞっ!)」
この言葉と同時にガリュオンは森全体に響き渡る程の声量で吠えた。
その直後から私の周りに魔獣が集まり始めた。




