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14話 決着

本日一話目

 クリスはその光景に目を見開いた。


(フェンリル――?)


 あの犬ほどの大きさしかなかったフェンリルが遠吠えをしたかと思うと、パキンと氷が割れるような音が響く。フェンリルを中心に雪が渦巻いて球体を作り、急速に膨らんだかと思うと破裂した。

 中から現れたのはあの可愛らしい子供のフェンリルではなく、ミリシード山で対峙した大人のフェンリル。あの藍色を基調とした色合いといい、額のひし形の模様といい。否定する方が難しかった。

 誰もが目を見張った。

 山神様が顕現なされたと誰かが呟けば、助けに来て下さったのだと応える声。自然と村人達は膝をつき、ひれ伏していた。


 クリスは悟る。子供だと思っていたあのフェンリルこそ、対峙したフェンリルそのものであり、何かしらの理由で体を変えて自分の前に現れたのだろうと。


(だとすれば、キートの言っていたテイム能力のせいね。……私にそんな力があるなんて信じられないけど、ここまで来るとそれ以外に説明がつかない)


 キートの妄言を切り捨てるためにもしかしたらテイム能力があるのかもしれないなどと口にしたが、まさか本当に持っているとはクリスも思っていなかった。

 山で助けられ見逃してもらい、子供の姿となって現れ、こうして助けられ。事ここに至ってはテイム能力を持っていないと断言できる要素がない。


 今までのフェンリルの行動を思い出して納得すると同時に、クリスは困惑する。そんな彼女を一瞥したフェンリルは目の前のホワイトストーカーに集中する。片足を失っているとはいえ、何度か逃げられた相手を前に油断はない。


(今の俺は魔術が効く。足元を掬われるなよ、俺)


 フェンリルはかつて魔法使いの不老不死の実験によって生まれた転生体だ。その魂は魔法のない異世界のもの。敢えて異世界の魂を取り込んだのか、間違ったのかはわからない。ただ、干渉しようとした事実のみが残る。

 そもそも魔術の理が存在しない世界にある魂に魔術で干渉できるはずもなかったが、魔術で水流のような流れを作ることはできた。弱々しい水流ではあったが、偶然流されたのが宙を漂うフェンリルの前世の魂だ。

 結果、前世を覚えたままの魔術の効かないフェンリルが生まれ、親である魔法使いを食い殺した。なぜそうしたのかはわからない。フェンリルは前世で死に魂となって漂っていた記憶はあるが、次に気がついたのは魔法使いの死体を前にしたときだからだ。転生した直後の記憶だけすっぽり抜けていた。

 不老不死の研究をする、おそらく高位の魔法使いが簡単に殺されたのは魔術が効かないこの体質のせいだろうと後に理解した。


 異世界の魂を持つフェンリルは、限定魔術と呼ばれる特殊な魔術を除いて、一切の魔術が効かない。攻撃魔術も、支援魔術も、治癒魔術も、一切効果がない。もちろんフェンリルの姿を変えるために使った封印魔術も、だ。


 それなのに、どうして封印魔術が効いていたのか。

 答えは簡単だ。

 一時的に魔術の効く体質に変えることができるというだけの話。

 条件は食事。Bランクと呼ばれる実力以上の人間、もしくは魔物を喰らったときだけ魔術が通るようになるのだ。フェンリルはこの現象を、世界の理を体内に宿すからだと考えているが実際にはわからない。


 とにかく、フェンリルは小さくなるにも大きくなるにも強者を喰らう必要がある。

 先ほど念のためにとホワイトウルフリンクスを一匹頂戴したため、今のフェンリルは魔術が通る状態であり、経験上今しばらくこの状態は続く。

 いつもの調子で魔術を真正面から受けることだけは避けねばならない。


(……あれ? そういや俺って、魔術の効かない体質を利用することって少ない気が……)


 いらぬ考えを脇に捨て、再度ホワイトストーカーに集中する。

 すでに顔にへばりついていた紫炎は消えて、憎々しげに睨んでくる。

 ムラサキがその身を犠牲にしたことにより巣が消滅しているが、氷の浸食はない。奴も余計な魔術を行使せず、集中しているのだ。


 初めに仕掛けたのはホワイトストーカー。小手調べとばかりに、大人ほどもある氷の杭がガトリングのように連射された。


(俺に氷雪魔術で挑むのは無謀だぜ?)


 ホワイトストーカーも氷雪魔術の適正は高いが、フェンリルはさらに上を行く。

 対抗魔術を組み上げ現れるは氷の壁。氷の杭は全て壁に阻まれ、ヒビを作りはしても破れることなく細かく砕けていく。

 攻撃が終わったとき、正面にいたはずの白豹の姿がなかった。

 どこへ行った。フェンリルの思考に一瞬の空白が生じる。


「上よ!」


 クリスの声に反応して空を見上げる。

 上空から迫り来る白豹。クリスに切断された足には、透明な氷の足が備わっていた。

 脚力を失っていたと思っていただけに上空からの攻撃は盲点だったが、クリスのフォローによりピンチがチャンスへと転換される。


【氷雪操作】


 多少抵抗されたが、白豹に生える氷の足の操作を乗っ取ることに成功。付根の部分を尖らせ体内から頭に突き抜けさせた。

 額から氷の角を生やしたようになり、白豹は着地すらできずに倒れて沈黙する。

 確かに仕留めたことを確認して、フェンリルはほうと息を吐く。


(いつもなら縦横無尽に動きながら氷の壁を作られて、俺の攻撃がまともに当たらなかった。空中でも氷の壁を作ってそれを足場に避けるなんてことまでしてたしな。今回は足に直接氷を付けていたから、乗っ取って一気に仕留められた。こうしてみると赤いののファインプレーだな、さっすが)


 さらに言えば、ムラサキが消えたため村人達を守らねばならず自由に動けなかった。フェンリル個人の考えとしては見捨てるのもアリだったのだが、守っていたムラサキを犠牲にして救われた身としては取れる選択肢ではない。


 トドメこそフェンリルだったが、その背景にはクリスの協力が不可欠だった。何故だかそれが嬉しくなりフェンリルはクリスへ一飛びに近づくと、彼女より大きくなった体を甘えるように擦りつける。


「ちょ、ちょっと! どうしたのよ、突然」


 困惑しながらも嬉しそうなクリスの声。両手でフェンリルの頭を抱えながら笑みを浮かべている。


「子供じゃなくて、本人だったのね。どうして態々小さくなって来たのよ?」


(そりゃ赤いのに気に入られやすいように)


「って言っても、返事するわけないか。それにしてもこの懐きよう、私がテイム能力持ってるのはやっぱり間違いないか」


(そりゃもちろん。できることならパスちょうだい)


 返事を期待してないだろうクリスの言葉の一つ一つに、フェンリルは心の中で答える。

 言葉は通じないが心は通じているそんな気がした。


「ところで、私を助けるのに態々時間を置いたのは何でかしらね?」


 蒸し返された疑問に、思わず固まる。まさかどらmを演出されたとは悟られたくない。

 たらたらと冷や汗を流しているとクリスがクスッと笑った。


「わかってるよ、直前まで殺し合いしてたんだものね。助けるのに躊躇するのも当然よ。ううん、見捨てて当然だった。なのに……剣を向けた私を助けることを選んでくれてありがとうね」


 やたらとずれた解釈にフェンリルは首を傾げそうになったが何とか耐え、クリスの見たことのない柔らかい笑みを堪能する。

 しかしすぐに湿っぽいものへと変わり、涙が浮かぶ。


「これだけ恩を受けたら、さすがに殺せないなぁ……」


 懐いてくれるだけでも命を奪うことに心苦しさを感じていたのに、二度も命を救われてしまえば、とても剣を突き立てるなどできない相談だった。

 それでもやらねば母は助からない――。

 フェンリルはクリスの心中を察しその苦悩の涙を舐めとると、まるで首を切り落とせといわんばかりに伏せて目を閉じる。


「死んでもいいっていうの? 私のために……?」


 クリスは自分の剣とフェンリルとを見比べた。この子を殺さなければならないと思うと、今では手が震える。


「フェンリル、ありがとうね。でも、もう少しだけ考えさせて」


 問題の後回しだということは百も承知しているが、それでも考える時間が必要だった。少なくとも今ここでフェンリルを殺してしまえば、確実に後悔する。罪の重さに苛まれる。

 そのことを理解したフェンリルはわかったという返事の代わりにクリスの顔を舐めた。

 クリスは笑顔を浮かべるとフェンリルに抱きつき、声を押し殺して泣いた。何故涙がでてくるのか。クリスは自分でもよくわからなかった。


 一頻り泣いて顔を上げたとき、クリスの表情に影はなくなっていた。


「突然ごめんね。私はもう大丈夫だから」


 うーん、と大きく伸びをするクリス。そして徐に困ったような視線を今まで空気だった男達へと向ける。

 彼らはずっとフェンリルに平伏して、身動き一つしていなかった――。


「あれ、どうしよう……」


 クリスの呆れた声がフェンリルの耳には心地良く聞こえた。


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