第7話 神は乗り越えられる試練しか与えない
安定の遅さ
前回。アイアンコングを倒してから1週間。3人は順調に迷宮探索を進めていた。
「”炎の矢”!!」
矢尻の形をした炎の矢がアイアンコングへと飛んでいく。もちろん、それでマトモなダメージが通るわけではない。アイアンコングの目がそちらへ行っている隙に第二の矢が放たれる。
「”エア・ソード”!!」
アイアンコングの腕を掻い潜り、その懐へと迷いなく飛び込むしーくん。確かにアイアンコングは人よりも大きく、そして力強い。しかし、懐へ飛び込んでしまえば小柄な人間の方が遥かに有利である。有利ではあるのだが、その分、攻撃が当たりやすい上に直撃したら一撃で死ぬだろう。
「アンナちゃん!!」
そしてしーくんもアイアンコングの視線を自分に釘付けにしておく。その隙にババアの後ろに隠れていたアンナが飛び出し、アイアンコングの死角から、目にも留まらぬ速さで首を一息で切り落とす。首を切り落とされたアイアンコングが倒れて周りにいたアイアンモンキーが逃げてようやく3人は一息つく。
「この連携も結構様になってきたな。いやもう! アンナちゃんが入ってくれて本当によかったよ!!」
「触れるなババア」
1週間。人が変わるには短い期間だが、世界を滅ぼすには十分な時間である。少なくともババアとアンナの関係も変わっていた。1週間前、プレゼント事件でしーくんが存分に切られた後に。
『おい、ババア』
『うん。ババア呼びは止めようね。で、どうしたのさ』
『…………ありがと』
なんというか。普段が普段なだけに、仏頂面でお礼を言われたとしても、それをババアは可愛いと思ってしまって。しかも、構えば構うほどに可愛さが伝わってくる。これは女将さんが目を付けるわけだと、最近は自分の方から歩み寄っている。
そしてアンナもババアに抱きつかれたりして嫌よと言っている割には、強い態度に出ないのも彼女なりの歩み寄りなのだろう。ともかく。2人には多少なりとも変化があった。そしてしーくんは……
「アンナちゃん!!」
「なんだよ」
「人間は努力をする生き物だよ!! 無駄だと思っても頑張って努力することこそが評価に繋がる!! 俺はそう思ってるの!!」
いきなりなにを言い始めたのか。ヒートアップしているしーくんは話を続ける。
「確かにアンナちゃんの胸が揺れないのはわかってるよ!! どんな強風が吹こうとも靡かない一本杉のように!! でもさ、やる前から諦めちゃだめでしょ!! 俺は努力しているって姿勢が欲しいの! わかる!?」
「わかるか」
「ぐぇっ!?」
蛙が潰れたような声と共に顔の横っ面を蹴られたしーくんが、アクロバティック宜しく体を回転させながら地面に倒れる。
「すすすすすすごごぎいいいぃぃぃいいいいいい!! せかかかかかかかかゆれてみええええええええ」
「ヤバイぐらい痙攣してるもんな」
痙攣しているしーくんの頬を突っつくババア。流石に白目をむいてきた時点でマズイと思ったのか、回復魔法を始めるが。
「あのさ。あたしはそんなに回復魔法が得意ってわけじゃないし、魔力の無駄遣いにもなる。わかるだろ?」
「それは理不尽な暴力を振るってくるアンナちゃんに言ってよ」
「……」
もう何も言うまい。このパーティでの怪我の割合が1番多いのがしーくんで、しかもその殆どがアンナからの攻撃だろうと。
「はい、アンナちゃんもちゅうもーーーく!!」
「注目もなにも。ババアのどこに注目すれば……皺?」
「ババア。無理したな」
「あたしを見ろって意味じゃなくて、今から大事な話をするから注目してって意味だよ!!」
実はこの2人。結構仲が良いのではないのだろうか。そんなことを思いながらも、ババアは咳を一つして話を始める。
「あたしたち3人で迷宮に入るようになって1週間。連携もとれてきて、安定してアイアンコングを狩れるようになってきたし。そろそろ2階に行かない?」
「いいんじゃない。なんだかんだで1階は楽勝になってきたし」
なんだかんだで。この3人のパーティは安定して1階での探索を進められてきた。2階以降は更に難易度が上がることが予想されてはいるが、このパーティならなんとかなるのではないかという目算あっての発言だ。
「正直。もう2人ぐらいメンバーが欲しいんだけど」
「はいはい!! 今度は胸の大きい人がいいです!!」
「うるさくなければなんでもいい」
ババアはともかく。この2人のコミュ力のなさが問題なのである。相当な変人か聖人でもなければ、このパーティでマトモな神経を保っていられるのは不可能だろう。現時点でババアが胃薬を常用していることからもそれが伺える。
「まあ。2階の探索が出来るって話になれば箔も出るし。行ってみるか」
「モテモテなんですね、わかります」
2階に行くのにも割と苦労するこの世界で。2階に行けるパーティともなれば、メンバーが他にも集まってくれるかもしれない。そんな淡い期待を込めて、3人は2階への階段を降りた。
鉄の森 5―20 2階
なぜか階段を下に降りて2階。地下に潜ったはずなのに、相変わらず空が見える出鱈目具合である。
「じゃあまずは階段付近で狩りでもするか」
「…………?」
「あぁ。階段付近で狩りっていうのは、万が一の逃げ道確保のためにね。魔物たちはなぜか階段には触れられないから」
ダンジョン探索型のゲームによくある設定なのだが。どうしてなのか始めからなのか。魔物たちは階段に触れられない。ゆえに新しい階層に行った際には階段の見えるところで戦えという常識もあるほどである。ただし、ある程度頭の良い魔物だと、それを知っていて階段の近くに寄らないのだが。
「あー。ちょっと待って」
しーくんが後ろについて来ていた2人を呼び止めて前を指差す。道の先にはアイアンコングが立っており、既にこちらを見つけて威嚇している。だが……
「あのさ。後ろにもお客様だぜ」
引きつった顔でババアが背後の階段の方を指差している。そちらをしーくんとアンナが見るとそこにもアイアンコングが道を塞いで立っていた。
(ヤバイな。退路を塞がれた上に2体同時か)
この状況を瞬時に理解できたのはババア1人だった。このパーティになって1週間、アイアンコングとは何度か戦い勝ってはいるが連戦はしたことない。ましてや2体同時など冒険者歴が1番長いババアでも始めての状況だった。
どちらか1匹を倒す? 無理。今の3人の実力では1匹だけを速攻で倒すことなんて出来ない。それに時間を掛けすぎて2体同時の混戦にでもなったら、まず間違いなく勝てない。
尻尾を巻いて逃げる……のも無理。階段の方にはアイアンコング1匹しかいないが、こいつらの知能は驚くほど高い。他にアイアンモンキーが隠れていると見るのがいいだろう。道から逸れて森の中に入っても、奴らのテリトリーから逃げ切れるわけがない。
(方法がないわけじゃないんだけど)
アンナは今にも飛び出しそうだし……いや、前なら直ぐに飛び出していたが我慢が出来ている分、前よりはパーティの一員として考えているのだろう。しーくんはなにを考えているのかわからない。ならばとババアは自分の提案を口に出そうと口を開きかけて……
「じゃあ俺が1匹足止めしてるから。2人で残りの1匹を倒してよ。階段守ってる方」
「…………は?」
ババアが驚いたのは、しーくんが自分と同じ考えを持っていたのを驚いたわけではない。この超絶弱いしーくんが自分から1番危険な役を買って出たことである。普段から危険な役をしているしーくんだが、戦闘中に文句を言わないだけでそれ以外の時間には割りと文句を言ってくる。というより、進んで戦いに行くタイプでもない。
「足止め役なら私がやる」
「まあまあ。ここは男の俺に花をもたせてやってよ」
アンナが足止めにいった場合、しーくんとババアの2人で戦うことになるのだが、それだとアイアンコングを迅速に倒すことが出来ない。だからこそ、しーくんが囮になるのが1番いいのだ。
「なあしー。本当に大丈夫なんだな?」
「ふふっ。5分……いや。3分も保つとは思わないでよ」
「出来るだけ早く戻ってくるよ」
この男は。もうちょっと格好良いセリフが言えないのだろうか。だからこそのしーくんなのだが。
「ところで2人とも。足止めをするのはいいが……別に助けに来てもらってもかまわな……あれ! もういないの!?」
なにかを言っている間に既に2人の姿はそこにはなかった。それを見届けたしーくんはどこか諦めたような顔で背後に迫るアイアンコングへと向かう。
ババアから見て、アンナの強みはしーくんがアイアンコングみたいと評する怪力でも、その野生染みた戦闘感でもなく。1匹の敵を殺し尽くすまで徹底的に狙い続ける集中力と凶暴性だと思っている。それが女としてどうかと思うし、回りから攻撃されようと気にしない集中力などは凄いと思うのだが。
「邪魔だどけっ!!」
(だけど今日は精彩に欠いてるんだよなぁ)
アンナは自分の生き方にブレが殆どない。他人に言われたからといって自分を変えようなどとは思わないし、その自信が戦闘にも表れていた。それが今はどうだ? 焦って肝心の集中力が出せず、周りのアイアンモンキーを気にして肝心のアイアンコングの方は攻撃できていない。
その原因はババアにもわかっている。ここ数週間で異常に自分たちが近づき過ぎたことによる、仲間意識の芽生えだろう。アンナもしーくんの実力はわかっている。時間を掛ければかけるほどしーくんが危なくなるということも。アンナ自身。誰かと一緒に戦うことも、誰かに頼ることも殆どなかったため、こういう状況で躊躇ってしまうのだろう。
(結果的にはあたし達が余分に干渉したからアンナちゃんが弱くなった。でもま……)
ババアはアンナが引いた隙をついてその袖を引っ張って自分の方に引き寄せる。それをやられてアンナはババアを睨み付けるが軽くスルーして話をはじめる。
「アンナちゃん、とりあえず”いつも通りボスだけ狙おうか”。なに、周りはあたしがなんとかするよ」
「……だな」
今度はババアが驚いた顔をする。少なくともアンナが自分の言うことを聞いたのはこれが始めてだからで。
「アンナちゃんさ」
「なんだよ」
「今のアンナちゃんの方が魅力的だぜ」
「なに言ってるんだ死ね」
それでもさほど嫌がっていないアンナの頭に手を乗せて自分たちの敵へと視線を移す。
「よし! じゃあちゃっちゃと片付けてしーを助けに行ってやるか!!」
「あぁ」
ここで1つ。ババアどころか割と一部の冒険者しか知らない情報なのだが。アイアンコングには個体差、つまり人間のように得手不得手、更には強さにも幅がある種がいるということは前にも話したが。その中でも彼らは人間で言う軍隊のように階級があり、統率がとれている珍しい種でもある。例えばアイアンモンキーの3人1組にもリーダーがおり、リーダーを倒せばなし崩しになるように。実はアイアンコングにも上下関係のようなものが存在している。
今回のように2体同時でアイアンコングが出てくる際は、どちらかが隊長である確立が高く、その階級の高さは単純な実力で決められるため、どちらかの方が実力が上である。
ババアは気づかなかったが、明らかにババアたちの方のアイアンモンキーの方が多いことに。そしてしーくんの方にいるアイアンモンキーは皆無だということに。
「アイアンモンキーが少ない。これはラッキーなのか?」
未だアイアンコングと距離を保っているしーくんはそう思っていた。それに彼の仕事はあくまで時間稼ぎと足止めであり、あっちが終わればとっとと逃げるつもりだったので無理に戦う必要はない。
「グォオオオオオオオオ!!」
「威嚇しても無駄だぞ。ぶっちゃけアンナちゃんの方が怖いからな!! お前も見習えよオラァ!!」
……本人に聞かれたら速攻で蹴りが飛んできそうなことをなぜ言うのか。いや、この男にとっては本人が目の前にいようとも気にせず言い放っただろうが。ともかく。少なくともこの時のしーくんは完全に油断していた。
距離にしておよそ10m。これがアイアンコングとしーくんを隔てている距離である。この距離ならば例えアイアンコングが全力で迫ってこようとも、避けておつりがくるぐらいの余裕があった。ただ……
「ウホッ!!」
「えっ!? はやっ……」
しーくんは一足飛びで飛んできたアイアンコングの足を体を捻って避ける。通常種よりも遥かに速いスピードを避けられたのはある意味奇跡だったのかもしれない。そこでしーくんが次に頭に浮かんだのは距離をとること。
「”エア・チェーン”!!」
左の掌から白い鎖のような物が飛び出し、遠方にあった木へと巻きつく。そして巻きついた鎖は直ぐに掌の中に戻っていく。それによってしーくんは木に引き寄せられるように飛んでいく。
「ウォウ!!」
「やっぱりこうくるかー」
足を地面につけ、体勢を崩しながらもアイアンコングはしーくんへと拳を伸ばしてくる。この時点でしーくんは回避は間に合わないと判断した。
「”エア・シールド”!!」
チェーンが出ていない右の掌を前にして白い盾を出す。しかし……
「予想以上に……ぐぇっ!?」
バチンと金属に叩き付けられた音と共にしーくんが地面に倒れる。アイアンフォレストの木はすべて金属で出来ている。
「ぐぅげぇぽ……」
そこに叩き付けられた衝撃は凄まじかったのか、しーくんは口から涎を垂らしながら痛みで声にならない声を発している。
「クソ! 最後の最後に伸びて来た」
そう。アイアンコングの拳を1度は避けたと思ったしーくんだったが、そこから更に腕が伸びて来た。しかも、防御したにも関わらずこのダメージである。ならば地面に足がついたとしたら、防御をしたところで焼け石に水だろう。
「ここで死んでも別にいいけど……」
フラリと足元がおぼつかないままなんとか立ち上がる。体はフラフラだが、その目は敵から離さないように。
「アンナちゃんやババアを殺されるのは嫌だから。きっちり仕事はしよう」
20分。2人でアイアンコングを倒せたのならば、十分に早い時間である。ただ、1人でアイアンコングと戦った場合、人1人が生存出来る確立は限りなく低い時間でもある。
「ババア遅いぞ!」
「あたしは体育会系じゃないんだから勘弁してくれよ」
2人はアイアンコングを倒して今、しーくんのところに向かっている途中なのだが。しーくんは相当遠くに行ったのか、未だに見つからない。
(まあ口に出しては言えないが)
もしかしたらもう間に合わないかもしれない。アンナはそれを考えないように全力で走っているのだろうが。やがて、2人はしーくんを見つける。
「…………」
「ウォオオオオオオオオ!!」
アンナとババアの2人は息を呑まざる得なかった。それはアイアンコングに対してではなく、しーくんに対してだ。
「あぶなっ!?」
見ているだけでもわかる。アイアンコングとしーくんの間にある実力差は誰の目から見ても明らかで、既にしーくんも何度か被弾している。しかし、それでもしーくんは倒れない。
合気道という武術がある。”小よく大を制する””柔は剛を制す”を表したかのような武術。合理的な体の動きで”相手の力と争わず”に攻撃を無力化することに特化した技の数々。それに近い動きをしーくんは行っていた。
とはいえ、しーくんは合気道どころか武術すら知らない素人である。しかし、極限まで高められた集中力と自分の命すら大して欲していないしーくんの気性が合わさり、致命傷となる攻撃をすべて捌ききっていた。その動きは敵のアイアンコングからしたらまるで風を殴っているような感覚だろう。
(いやいや。なんだよあの戦い方は……)
ババアがそう思うのも無理はない。確かに前からしーくんが命のやり取りを行う戦闘に接する際の集中力の高さは異常なものを感じていたが、これはそれを遥かに超えている。なんせ、致命傷は避けているものの、小さい怪我や殴打は普通にされているのだ。それなのにしーくんは顔色1つ変えず姿勢すら崩さない。まるで機械のように戦い続ける。
普通の人間が感じる死の恐怖をしーくんは感じない。故に戦闘の際に命のやり取りをすることに全くの怯えがない。
そしてCTが自分と正反対だと言った様に、タイチョーから欠点のようなものと称された”相手を殺さない不殺のルール”。もちろん、魔物は普通に殺すしーくんだが、それでもよく観察しないとわからないような躊躇のようなものがある。その躊躇が技の威力を軽減したり、CTの致命的な攻撃を避けられたりするのは皮肉ではあるが。
「……チッ」
少しの間、見惚れていたアンナだったが抜刀して一気にアイアンコングの首を撥ね飛ばす。しーくんとの戦いに没頭していなかったらアイアンコングも2人の接近に気づいたかもしれないが。あれほどしーくんが苦戦していたゴリラも倒れ。アンナは剣についた血を振り払っている間に、ババアはしーくんに駆け寄る。
「おい、大丈夫かよ!!」
「ヤバかったよ!! 体痛いし! アイアンコング怖いし!! でもそれを倒したアンナちゃんが1番こわ――あっ、はいごめんなさい」
流石にアンナの殺気に気づいたのか、素直に謝るしーくん。いつもの空気に戻ったが、それでもババアだけはなにか言い知れぬ不安のようなものを感じていた。
3人が蜘蛛の子亭に帰ってきて。しーくんの怪我は大したことなく、ババアの回復魔法で十分にカバー出来るということで治してもらい、みんな疲れたからといってそのまま解散になった。しかし、ここに疲れていない奴が……
「覗き第2弾!! 今日はアンナちゃんを覗くよわっほい!!」
前回の覗きポイントで1人テンションを上げているしーくん。前回の失敗は彼の中ではなかったことになっているらしい。それに幸いなのか、前回はそのまま風呂場に突入したので覗きポイントまではバレていない。
「アンナちゃんを覗くんだけど。なんで無乳で覗きというよりも除くべきアンナちゃんを覗くのかって?」
ふむと独り言を始めるしーくん。現在はスタッフの入浴時間で、女将さんは最後に入るため、現在はアンナ以外に入っていないことは知っている。それはともかく。
「だってアンナちゃんは無乳、女としてあり得ないよ!! きっとサラシを巻いていて実は巨乳だったとかそんな展開がミリ単位であったりするかもしれないだろ!!」
……そんなことの為にこの男は命を賭けるのだろうか? 少なくともババアとは違い、アンナの場合はバレたら即死確実なのだが。それでも男ならばやらなければならない。
「それでは覗きを始めますよー」
しーくんに代表される通り、普通の男は言ったらぶん殴られるからしーくんぐらいしか言わないが、アンナの体型を幼児体型だと思っている。身長は150ほどしかないし、絶望的なまでに胸もない。しかも性格も悪いときている。色々な意味で最悪なのだが。
しかしアンナは違った。真珠のように白い肌、そして燃えるような真紅の髪はそれだけで不思議な魅力を醸し出している。更に温泉に浸かっているからか、普段は険しいその顔もどこか和らいでいるように見える。肢体に関しては胸がやっぱり絶望的だということを除けば、素晴らしく整っている。まあ趣味がそっちの人でなくとも、この場面を見れば考えを改めるぐらいには美しいといっても過言ではない。
「…………」
それを見たしーくんはゆっくりと立ち上がり、スタスタと背後にある森の方へと行き、十分に離れたところで膝をついた。
「うぅ……えぐっ……あんまりだ、あんまりじゃないかぁああああああああああ!!」
ドンドンと自分の手が傷つくことすら厭わず、その両の拳を地面へと叩き付けるしーくん。その瞼から大粒の涙がこぼれ様とも気にせず。
『神は乗り越えられる試練しか与えません』
「ふざけるな!! あの胸をどうやったら乗り越えられるんだよ……いや、ある意味あんな平坦なら乗り越えられるけど。でも! アンナちゃんがなにしたんだよ!! 神がいるとしたらなんて残酷な仕打ちを……」
これが蜘蛛の糸という希望に縋って敗れた者の末路なのかもしれない。ともかく。言っていることはいつにも増して酷い。胸が大きいか小さいかは神には関係ないだろう……多分。
そして彼は致命的なミスを犯していた。ショックが予想以上に大きかったのもあるし、十分離れたから安心しきっていたのもある。
「で、なにがふざけるななんだ?」
「アンナちゃんの胸が乗り越えられない件についてだよ!! 神ファックだよ!! だよ――ぎゃっ!?」
「いや、お前がふざけんな」
膝をついていたしーくんの横面が思い切り蹴り飛ばされ、そのまま近場にあった木に叩きつけられる。ちなみに木に叩きつけられるのは本日2度目だが、今回の方が痛かったらしい。
「いたた……ってアンナちゃん。どうしたの?」
「どうしたのはこっちのセリフだ」
少なくとも。タオルを巻いただけという格好のアンナは誰の目から見ても天元突破してブチギレていた。しかし、それを分からないのかしーくんは全く動揺していない。まるで自分が犯罪を行っているとは自覚していないかのように。
「どうしたって。覗きをしてたに決まってるでしょ。なに当たり前のこと聞いてるの? あんたバカァ……ぐぇっ!?」
「お前が馬鹿だろいい加減にしろ」
今度はしーくんの頭が踏み潰される。恐らく、今しーくんが上を向けば色々と大変なものが見えるのだが、それどころではないだろう。アンナの怪力によってしーくんの頭は既に地面にめり込んでいる。
「で。どうして覗いたんだ。女将さんを狙ったんなら殺す」
「いや可愛いアンナちゃんの裸がみたいなぁって」
未だ顔が半分ぐらい埋まっている状態で答えるしーくん。しかし、なぜかいつの間にかその顔を抑えている足の力が弱まっていることに気づく。ならばここで手を緩めることはない。
「ほら! 胸が小さくて可愛いよーって!!」
「そうか」
完全に頭に乗っていた足が退いたことを確認して心の中でガッツポーズをする。これで助かったと安堵して痛む体を推して立ち上がったしーくんは恐ろしいものを見た。
「覗きは万死に値する。わかるな?」
「わ、わからないですよー」
そこには片手で大木を持ち上げているアンナがいた。根っこから大木を引き抜く人並み外れた怪力もさることながら、与作よろしく大木を薪にするわけではないだろう。
「言いたいことは?」
「あぁうん。アンナちゃんはあまりご飯食べないし、結構痩せてるからもうちょっと食べた方がいいんじゃないかな。うん、ごめんね。本当にごめんなさい、もう止めて」
「死ね!」
次の日。蜘蛛の子亭の軒先にぶら下げられたギリギリ死体が発見されたらしいが、それが誰かなのかは定かではない。
Tips
その⑨ 神は(ry
世の中にはどうにもならないことが沢山あると思います 神がいるんなら自分の身長増やしてくださいお願いします
今は夏休みで 来週の月曜日までにもう1話頑張って投下出来たらなと思っています……いや無理かな