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第5話 ツインテの代償は

おせぇぞ糞野郎が!!

蜘蛛の子亭1階。昼のランチタイムが終わり客足も一息ついた頃、テーブルの1つで金色が携帯ゲーム機をやりながら暇を潰していた。もちろん、アンナはその姿を見て無視を決め込んでいる。篭手をしているため、操作に苦戦していると、向かいに誰かが座る気配がしてタイチョーは顔をあげる。



「あんたがここにこんなに長くいるなんて初めてじゃないかい。そんなにあの2人が心配なのかい?」

「女将ちゃんか。心配っていうか、このままだと後々、僕に被害がくる気がするから……かな」



というのは建前半分。残りの半分は2人を会わせた手前、このまま放っておくわけにはいかなかったというところか。もちろん、タイチョーだって暇人というわけではない。わざわざ、滞在日程を延ばしているので進展して欲しいのだが。



「ところで。今日も私の部屋で泊まるのかい?」

「事実を捏造しないで。僕は今日もアンナちゃんのへ――いたいっ!?」



厨房から音もなく飛んできたフライパンがタイチョーの頭に直撃する。相当痛かったのか、声を押し殺して悶絶している。



「あのさぁ。女将ちゃんのノリに乗ったらこの有様だよ」

「悪かったよ。でも、アンナに迫られたらヤッちゃうんだろ?」

「あったりまえだよ!! まあ胸はないけど普通にかわ――いひゃいいひゃい!? ひゃめてよおひゃみしゃん!!」

「言っていい冗談と悪い冗談があるだろ?」



ギリギリと万力の如き力でタイチョーの頭が締め付けられていく。やがて、なにか満足したのかその腕は放される。タイチョーは頭が変形していないかを確認している。



「ノリに乗っただけなのになんでこんな仕打ちを……」

「なにか言ったかい?」

「いいえなにも」



これ以上、なにか余分なことを言うとまた理不尽な暴力を振るわれることがわかっているのか、タイチョーは再びゲームへと視線を戻す。その姿を見てなにが楽しいのか、女将さんは笑みを浮かべながら口を開く。



「あんたのところの大将は元気かい?」

「あの人が元気じゃない姿とか想像出来ないでしょ。今も最後の迷宮あたりをウロついてるんじゃないかな」

「ふ~ん。おや、待ち人が帰ってきたみたいだよ」



顔を上げると、入り口からなにがそんなに嬉しいのか、満足気の笑みを浮かべたしーくんと、逆に焦燥しきった顔のババアが店に入ってきた。その姿を見たタイチョーはなにがあったのかなんとなく察してしまう。



「ただいま帰りました!!」

「えっと。どうだった? 始めての2人での迷宮探索」

「楽しかったですよ!! ツインテーツインテー!!」



正視に耐える謎の踊りをしているしーくんを無視して今度は恨みがましくタイチョーを睨んでいるババアへと視線を移す。ババアはしーくんに聞かれるのが嫌なのか、タイチョーの耳元へと口を近づけて喋りだす。



「なんだあいつ。無茶苦茶やりやすかったんだけど」

「……そうなの?」

「後ろに目がついてるんじゃないかってぐらいこっちの動きを正確に察知してくれるしな」

「ふむ」



案外、あれで指揮官向きなのかもしれない。性格・性癖が最悪なことを享受出来ればの話だが。ちなみにタイチョーだったら即、ダンジョンに置いて逃走するだろう。だが、それだけならまだ彼女は受け入れることが出来た。



「助けてくれるのも守ってくれるのもいいんだけどさ。それが全部ツインテールにだぞ。あたし無視して!!」

「あぁ……」



それを自分に言われてもどうにもならないのだが。いや、迷宮に潜ったら多少マシになるのではないかと思っていたのだがそうではなかったらしい。



「なんとかしろよ!!」

「なんとかって言われても……」

「ツインテーさん。一緒にご飯食べようよ!!」

「わかりました!!」



もうなんというか……。とりあえず矛先が変わったことに安堵するべきなのか、あの2人のこれからの行く先を考えて頭を抱えるタイチョーだった。





あれから数日。何度も2人は迷宮に潜った。その中で友情だとか愛情だとか。努力勝利で育んだりは全くしなかったのだが。というよりも……



「うっひょー!!」

「ですわよー!!」

「余計に酷くなってる」



ツインテール成分を摂取し過ぎてテンションが天元突破してわけのわからないことになっているしーくんと、あまりにもしーくんが酷く、ストレスで半ばおかしくなったババア。軋轢もここまでくるとどう治せばいいのかわからなくなってくる。



「ねえあんた。なんとかしてやりなよ」

「う~ん」



流石に可哀想だと思ったのか、今までは静観していた女将さんがタイチョーに仲を取り持つように言うが。ただ、これは根が深い。そもそも、しーくんのあの凝り固まったツインテール好きをなんとかしないといけない。

かといって、ツインテールを直すと、今度は一緒に迷宮探索をしないと言い出すだろう。ならどうすればいいのか?



「女将ちゃん。もし僕がこの鎧を外して一般人っぽい服装にしたらどうする?」

「通報するね」

「いやごめん。例えが悪かったよ。もし、僕が女将ちゃんの耳元で愛を呟くようなキザキャラになったらどうする?」

「まず偽者かどうか殴って確かめるね」

「…………」



自分も割りと変人だと思われているが。それでも今のままでいいんじゃないかと思い始めるタイチョー。



「そもそも。この問題は2人がどうするかに……いや、でもそうか」

「どうしたんだい?」



なにを思いついたのか。タイチョーは凄い冷めた顔になる。そのまま立ち上がり、タイチョーはあちらで喋っている2人の元へと駆け寄る。



「じゃあ僕はそろそろ行くね。ちょっと長居しすぎちゃったし」

「えっ!? もう行っちゃうんですか!!」

「まあね。それとババアは僕を睨むの止めてお願い」

「なんのことですか?」



あたしにだけ負担を押し付けるんじゃねーよこの糞野郎と言わんばかりに睨みつけてくるババアを制する。とはいえ、彼女も弱みを握られている手前、強く出られないのかそれ以上はなにも言ってこない。



「タイチョー、ありがとうございました。タイチョーが良い人でよかったです」

「うん、別にいいよ。じゃあ頑張って鉄の森を突破してね」

「……チッ」



背後から舌打ちが聞こえた気がするのだが、タイチョーは気にせずそのまま歩いていく。なにやら、アンナに耳打ちをしていたようだが、案の定殴られている。



(どうすんだよこれ)



ババアは出口から出て行くタイチョーを見ながら頭を抱え込んでいた。彼女だってババアではないが一応は大人である。しーくんとは違い、多少嫌な人間が相手でも”合わせる”ことを知ってはいるし、今までもそうやって生きてきた。だが、彼は生理的に無理なのだ。



「ツインテーいいなー」



無理なのである。





その日の夜半。ババアは蜘蛛の子亭の1階にて1人、酒を煽っていた。最近、特に彼と関わるようになってから彼女の飲酒量は明らかに前と比べて上がっていた。それでも呑むのには慣れているのか、割とハイペースで飲みながらも意識はしっかり保っている。そんな彼女の元へ、仏頂面のアンナが近づいてくる。



「どうしたのさアンナちゃん。いつもは注文受けないと来てくれないのに」

「デンゴンダ」

「なんでそんな棒読みなのさ」



その言葉で更に不機嫌になったのか、彼女は続ける。



「金色から。自分を出せだって」

「金色……あぁあいつか。自分を出せって?」

「それだけ。じゃあ」



伝言を伝え終わってもう興味がないのかスタスタと歩き去ってしまう。ババアはその言葉を噛み締めながらどこか寂しそうな顔になる。



「わかってるさ、あたしも」

「前、いいかい?」

「女将さん」



女将さんがその大きな身体で椅子に腰を下ろす。そのまま女将さんはなにも言わない。その沈黙に耐えられなかったのか、ババアの方が口を開く。



「なにか言いたいことでもあるの?」

「別になんにもないよ。私が出来るのは聞くことだけだからね。人の過去を聞くのはご法度だろ?」

「確かにね。女将さんも昔と変わらねぇや」



その勢いのままババアは残っていた酒を一気に煽ってフラフラとした足取りで立ち上がる。



「女将さん。ありがとな」

「……あんたも。格好つけたがりは変わらないね」

「うっさいよ」



その足取りのままババアは自分の部屋へと帰っていく。そう、昔と変わらない自分の部屋へと。



「女将さんもアンナちゃんも人が悪いな」






彼女は奴隷商をやる少し前までは普通の冒険者をやっていた。普通の冒険者とはいえ、彼女たちの場合は迷宮の最奥を目指す冒険者ではなく、冒険者を職とし、このままこの世界で骨を埋める覚悟をしたタイプの冒険者である。


別にそういう冒険者も珍しくない。生き返っても元の世界に帰る場所がない。普通に働くよりも戦いの方が向いている。そういう人間が集まって、”職業冒険者”となる。結局のところ、迷宮も奥深くの方が稼げる金は増えるのでやることは普通の冒険者とあまり変わらないのだが。


彼女も酒場で仲間を集め、この蜘蛛の子亭で泊まり、そして陽気に冒険をしていた。


きっかけはなんてことはなかった。良くある話だと笑われるだろうし、彼女だってわかっていた。仲間の1人。当時リーダーをしていた男に襲われたのだ、体目的で。彼女は自分の身体には自信があったし、生前はそれを武器にしていたこともある。それでもそれがショックで気付けば巡り巡って堕ちに堕ち、現在はまた冒険者をやっている。



「逃げられねえかなぁ。無理だろうなぁ。あの金色マジで強いし」



自分を出せといわれても、皆が皆、しーくんのように自分を曝け出せるわけではない。いや、しーくんは曝け出し過ぎているのだが。そういう姿を見ると羨ましくなるのは、やはり自分がババアなのだからと自嘲する。



「まあ、とりあえず風呂にでも浸かるか」



考えても仕方ないし、もう自分でもどうにも出来ないので、彼女は気分を変えるために風呂へと向かい歩き出した。





唐突だが。この宿屋がそれなりに繁盛している理由の1つに、天獄内でもかなり珍しい温泉があることが挙げられる。更には温泉が源泉ともなるとここ以外にはないだろう。なので、温泉にだけ浸かりに来る客もここには少なくない。彼もそんな1人……ではなく。



「さて。これから覗きをしようと思います……ツインテちゃんがお風呂に入るなら覗くしかないよねキャッホイ!!」



外にある温泉の壁の前で小躍りしている気持ちの悪い男が1人。しーくんである。彼はわざわざババアが温泉に入るタイミングを見計らってこうして外でスタンバイしていた。



「壁には結界魔法が張ってあるんだよね。これが」



もちろん。外からの覗き対策はバッチリされている。しーくん自身はどんな結界が張られているのか理解すらしていないが、彼のこういった場での勘は驚異的に冴えている。実はしーくん。ここに着てからずっと下見をして、既に結界の”穴”を見つけているのだ。


穴と一口にいってもそれはホンの数mm単位の。恐らくは熟練者が見てもわからないレベルの穴であり、実際しーくん自身もその結界の穴が直接見えているわけではない。


ただ、彼にはわかる。常に女の子の絶対領域を覗くために努力し、そして覗いてきた彼にはそういった穴がわかってしまう特技のようなものがあった。全くもって嫌な特技ではあるが。



「エア・ランス」



触れただけで警報が鳴り響き反応するタイプの結界。その中の穴ならば、ほんの数秒ならば触れていても警報が鳴らないようになっている。ならばその数秒で壁に穴を開ければ問題ない。仕事は迅速に終わらせて、しーくんは穴の出来栄えを眺める。



「うん。やっぱり魔法って便利だな」



タイチョーが聞いたら涙を流して蹲るぐらいに素晴らしい言葉を吐いてくれる。少なくともタイチョーはこんな下らないことのために魔法を教えたのではない。そんな親心は知らず。しーくんは出来た穴から女湯を覗き込む。



「湯気はちょっとあるけど……おあつらえ向きに入ってるのはツインテちゃんだけ。間違っても女将さんの裸とエンカウントしない配慮だね」



例え、エンカウントしたとしたらしーくんは己の頭を岩にでもぶつけて記憶の消去を図るだろう。ちなみに記憶消去に関しては毎日のようにアンナに殴られて実証済みなので、なにも恐れることはない。



「それじゃあ。穴が開いてる時間も短いからさっさと終わらせますか」



さっさと終わらせるといっても、その短い時間で網膜にすべてを焼き尽くす覚悟である。覗き込んだ先には確かにババアがいた。


戦士のように筋骨隆々というわけではないが、現役の冒険者らしく引き締まった身体に、出るところは出ている胸。両手でもっても溢れんばかりに大きく素晴らしいの一言しか出ない。

そして水に濡れて今が全盛期といわんばかりのキメ細やかな肌もさることながら、その妖艶な顔立ちは湯気を伴って更に淫靡さをも増している。



「……」



それを覗いていたしーくんは無言でその場から立ち去る。そのまま歩いて裏口から蜘蛛の子亭に入り、まるで自然な動作で女子風呂の脱衣所のドアまで開ける。そのあまりにも自然な動作に女将さんすらしーくんが女風呂に入っていった違和感に気付かない。


そのまましーくんは女子風呂のドアを蹴飛ばした。もちろん、そんな異常事態に唯一この時間に風呂に入っていたババアは凍り付いていた。男が女湯に入っているとかそんなことに悲鳴を上げる間もなくしーくんが口を開く。



「おいババア!! ツインテーちゃんをどこにやった!? ツインテーちゃん覗こうとしたらババアの裸を目撃して軽く事故だよ! 目が穢れるよ!! いい加減にしろ!!」

「あの……」



明らかに言いがかりも甚だしいのだが、突然の出来事にババアも対応できていない。その間にもしーくんの口は止まらず動いていく。



「そもそも!! 期待してたのに一気に絶望に落とされる俺の気持ちがわかる? わかれよババアなんだからさ!! 歳食ってんだから察しろよババア!!」



彼は割りと子供である。それがババアがしーくんと数日行動を共にして感じた彼の評価だった。嬉しいときは大きな声で嬉しそうにそれを報告し、腹が立つことがあったらそれを隠すことなく、顔にも出してグチる。ある意味、人が大人になるに連れて失うものを彼は少しも損なわず大人になっていた。


それゆえに、彼女は多少の悪口などは寛容な心で許して来た……のだが。気付いたら自分の拳がしーくんの顔面にめり込み、彼は勢い良く飛んでいき、そのまま大きな水飛沫と共に温泉の中に墜落した。



「なにするんだよババア!!」

「あのな。少し歳を食ってることは認めるがババアはないだろババアは。後、目上の人は敬えって親に教わらなかったのかよ」

「そんなものはお母さんに胎内においてきた!!」



全くもって迷惑なものを置いてきたものである。そのことに頭を抱えるババア。これがあの金色にバレたらどうなるのか想像したくもない。ただ……



「ほら!! 女将さんとアンナちゃんもそこのババアにいっ――ぎゃっ!?」



最後まで言い終わる前に風呂に備え付けられていた風呂桶がしーくんの顔面に直撃する。彼は直撃した顔面を擦っているが、正直それどころではない。そこには悪鬼が2匹いた。



「アタシもこの温泉を作ってかなり経つけど。こんなに堂々と覗きをされたのは初めてだよ」

「覗きじゃないよ!! あんな裸見ても目が腐るだけだし!!」

「じゃあ次は三途の川でも覗いてこいよ」

「がぼごぼげっ!?」



あの馬鹿相手に自分を造るとかはちょっと馬鹿らしいかなと、現在進行形でアンナに頭を抑えられて溺死体にされそうなしーくんを見ながらババアは微笑ましい笑顔で動かなくなっているしーくんを見つめていた。





そんなお風呂覗き事件から1ヶ月程たち。蜘蛛の子亭。



「あのさぁ。なんで今日からアンナちゃんが一緒に冒険することになってるの? つーかなんで当日に報告なんだよ」

「察しろよババア。ここも遂にペット禁止になったんだよ」

「言うのはいいけど。本人の前で言うなよ絶対に」



いつもは本人の前でも平気でそういうデリカシーに欠けたことを言うのだが、今日はアンナも冒険の準備で部屋に引き篭もってここにはいない。いたら確実に血の雨が振っている。いや、あの2人なら良い門出だと笑いながら言いそうだが。

ちなみにツインテールをしてもババアネームがデフォになったのだが、既にババアは訂正するのも面倒なので諦めている。



「でも大丈夫なのかよしー。アンナちゃんって確かに戦闘能力高そうだけど女の子だし、タッパも小さいだろ」

「確かに。同族であるアイアンコングと結託されたら厄介なことになりそうだ」



絶対にこいつの死亡原因はアンナによるものが大多数を占めるだろうということが始まる前から予想出来たが敢えてそれを指摘はしたりしない。



「まあ楽しくなりそうだな」



そして、少なくともババアにとっては退屈に悩まされることはないだろうことが予想できた。それに満足した彼女は手元にある飲み物を一気に飲み干した。。



Tips

その⑧ 蜘蛛の子亭

我らが女将さんが経営する宿屋兼食事処 リーズナブルな値段と 凶戦士チックな看板娘が目玉らしい

表通りから離れた裏路地にあるが それなりに人気で食事だけや温泉だけの客も多い

前回の登校日が6月10日で 今回が7月11日 


次回はもっと早く投下するよ!!

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